【完結】迷子の友人は羨望する 作:シキヨ
スタジオでの練習を終えて、家の中でドラムを叩いている。
練習に練習を重ねているせいか、手には痛みが残り続けている。軽く腱鞘炎を起こしたのかもしれないと思って、手を冷やしながらも結人に言われたことを思い出す。
『俺は聞き専だから専門的のことは何も言えねえ。あくまでも素人の意見だと考えてくれ』
『バンドとしては全然まだ出来上がってねえ。寧ろ、チグハグでしかない。愛音は練習だからなのかあんまり自分らしさ出てねえし、楽奈はアドリブ全開だしそよは……』
言っていたことは、全部私が言っていたことと何も変わらなかった。
歯を食い縛って、話を最後まで聞き続けていた。バンドとしての足場はほぼ完成。此処からは、自分達で自分達らしさを出して行くしかない。
足場の次に必要になってくるのは、支える為の楽曲。
燈の詩は完成していない。急かす気なんて更々ない、私は連絡を返さないでひたすらに燈の連絡を待ち続けていた。急かしてしまえば、燈の詩を最大限まで引き出すことは出来ないから。
手を冷やしつつも、私は前々回のライブで使った楽譜へと目を向ける。
曲がない今、出来るのはこれからのバンドのことを考えること。自分のドラムの腕を磨き上げることが一番大切なことだった。こういうとき、技術的じゃなくて魅せるためのパフォーマンスを鍛え上げるのも一つの手として普通にアリだと思う。ただ、私は選択肢として選ぶことはしかない。
理由は目立つための魅せなんて愛音と被るし、技術が出来上がってないのを誤魔化しているだけ。私に最も必要なのは……。
バンドを作り上げる為の土台でしかない。
冷えていた手からドラムスティックを握って力強くシンバルを叩いた。叩いた後に、残響のように余韻が残っていると、手元に置いてあったスマホに通知が鳴る。
「燈……?」
思い悩んで、行き詰って連絡してくれたのかもしれないなんて妄想をしながらも通知を確認すると……。
『りっきー!衣装どうする!!?』
「……は?」
「うーん、どうしようかな……?」
私、千早愛音は迷っていた。
バンドのことも勿論、そう。早く家に帰って、りっきーに怒られたところを直さなくちゃいけない。
『は?衣装?衣装なんかどうでもいいから、早く指摘したところ練習して』
慈悲もなく、一刀両断してきたりっきーの返答が来る。
うーん、これは手ごわい。
『えー?MyGO!!!!!として新しい門手を迎えたなら、心機一転やるしかなくない?』
バンドとしての形が決まった以上、より一層身を引き締めるためにもこういうのは心構えが大事だし、なんてことも付け足す。
「これなら流石に納得してくれるよね?」
スマホを眺めながらも、商品の糸に目を通しているとまた通知音が鳴る。
『愛音ちゃんが自慢したいだけじゃないの?』
『え!?当たり前じゃん?新しい衣装ですって拡散すればより一層ANON TOKYOのブランド力も証明できるし』
途端にりっきーとそよりんの連絡が返って来なくなる。
返事がないから、これはもう了承ってことでいいよね。はいはい、これはもう決定。私はまたお店の商品の方へと視線を戻す。
「さてと、どれを選ぼうかな……」
本腰を入れて、頭の中でデザインを考える。
やっぱり、私達のバンドって青と白が基調みたいなところがあるから方向性はそっちの方がいいかな?いやいや、こういうのは心機一転って言うんだしもっと違う色の方がいいかも……?
「うーん、どうしよ……?」
どうせこうやって、悩むことになるならゆいくんの一人や二人連れて来ればよかった。
いや、ゆいくんが二人もいたら心臓が幾つあっても足りないけど、お店の中で座り込んでると錯覚してしまうほど悩みに悩んでいると、声が聞こえて来ていた。単なる日常会話のはずなのに、どうしても気になってしまった。
「でね、私のクラスに愛音ちゃんがいてね」
「愛音ちゃん?」
「うん、明るくてみんなの相談に乗ってくれて、いつも引っ張ってくれるんだ!」
私の話題!?いやいやだったら、嬉しいけど千早なんて苗字はいっぱいいるから違うかな。
私の話だったら、そりゃあ勿論嬉しいけどね。なんて能天気なことを考えながらも、話に聞き耳を傾ける。
「今はバンドを組んで「え?千早って千早愛音ちゃん?羽丘にいるの?」」
「……え?」
手に取ろうとしていた毛糸を掴めない。
頬が熱くなる。触れられたくないものに触れられてしまう気がするから。気まずくなってしまう。
「イギリスに行ってるんじゃなかった?」
間髪入れずに逃げ出したくなるのを堪える。気のせいだって、言い聞かせたくなる。
世界には似ている人が三人いる。同性同名の人が三人いてもおかしく……ない。逃げ出したくなるのを堪えた訳じゃない、気づいてる。足が震えて動けないことぐらい……。
「え!?愛音ちゃんってイギリスに留学してたの!?」
見栄が剥がされてしまった音が聞こえる。
此処までずっと小さな紙で貼り続けていたものが崩れる瞬間が訪れていた。
『自己顕示欲が強めで目立ちたがり屋のギターの音っていうのを……!!』
『私と一緒にバンドやって……!!』
ゆいくんとともりんの訴えが脳裏に過る。
自分が自分らしく、あり続けられる。見栄を張り続けても許される場所。
「愛音ちゃん、留学してたんだ!?凄いよ、一度でも海外に行けるなん「……っ!!」」
塞ぎ込んでいた足は走り出してしまう、お店の中を走り出して逃げ出してしまう。
拒絶、否定されるなんてことはあり得たはずだった。
肯定されるのは……肯定されるのは……。
考えてもいなかった……から。
「はぁ……」
モールの外の階段の前に座り込んでしまう。
街灯だけが私を照らし出してくれている。こういうときに限って、外を歩いている糸の視線が気になってしょうがなくなる。
「留学のこと吹っ切れてたつもりだったのになぁ……」
留学を断念してもう五ヶ月は経っていた。
今はもう10月。GW明けてすぐ辺りだっけ、私が日本に戻って来たの……。
自分の中ではまだ留学のことが頭から離れていない。バンドをやれば、留学のことなんて頭から無くなっている。いつかはゆいくんに話せて、お互いに笑い合える日が来るのかもしれないなんてことが夢見ていたはずだった。彼ならきっと笑ってくれるって……。でも今、現実としてあるのは失望されるよりも肯定されたことで行き場のない感情を抱えてしまう。
「どうしよう……」
肌で風の強さを時間する。
肌寒さを感じながらも、衣装のことなんてもう頭の中に残っていなかった。
今から家に帰っても、ギターなんて絶対に弾ける訳がない。
かと言って、このまま悪循環を残し続けていたら明日絶対ともりんに気づかれる可能性が高い。どの道、詰んでいるかも……。留学のこと、ちゃんと言えるかな?
いざとなったら、逃げ出しちゃうかも……。
湧き上がる過去の自分の姿が頭から離れなくて、私はイギリス留学時代の自分のことを思い出すことしか出来ない。
『千早ならきっと行けるよ!!』
『イギリス凄いじゃん!!?』
無理に決まっているなんて心の内側が見え透いた。
話を合わせてくれていた。みんな、私のことを慕っていてくれているように見えて、無謀なことを知っていた。英語なら話せると、見栄を張って留学。
結果は最悪なものだった。
空気と同化してしまいそうなぐらい、一人の夜が寂しくてしょうがないのはいつ振りかな。あの日々のことも乗り越えられたら……。
どれだけ楽だったかな……。
「でね、この前アメリカに住んでる子がね──」
次の日、私はバンドの練習をサボって喫茶店に来ていた。
最近、新メニューが出たらしいから気分転換に味わおうとしていた。
「実は海外でやろうと思ってて──」
全部嫌がらせに聞こえてしょうがなかった。
「愛音?」
話している内容が全部私に向けられているものだと感じてしまう。
自分に居場所なんてない、息を忘れてしまう程辛くなってしまう。
「愛音さんですよね?」
ともりんの連絡、無視して喫茶店に来ちゃった。
逃げ出しちゃうかもじゃなくて、今度はちゃんと不都合な事実から逃げ出したんだ。足は重くなんてなかった……。
「聞こえてないんですか?」
「すみませーん」
手を誰かが目の前で掲げていることにようやく気づいて、意識をそっちに戻すと私は後ろに倒れそうになる。
「え?……え?初華ちゃん!?」
目の前に初華ちゃんが立っている。
人の声が全く聞こえていなくて、私のことを誰かが覗き込んでいたんだ。
「なに大げさな反応してるんですか?そのまま後ろに倒れて、大怪我しても知らないですからね」
「い、いやなんでこっちにいるの!?大阪じゃなかったっけ!?」
「用事があって、都内に来てるだけですよ。フラペチーノ飲みに来ちゃダメなんですか?」
「わざわざ池袋で!?他にもっとあるじゃん!?」
「ライ……別に何処だっていいじゃないですか」
「いや、そうだけどさぁ!?」
目の前に突如現れた初華ちゃんのせいで、自分の中にあった留学のことが一瞬だけ頭から離れてしまう。お化けかと思ったとかは絶対に言えないけど……!
「今、人のことお化けだとか思ってました?」
「なんで、分かるの!?」
「いや、乙女の勘ですけど?」
「絶対違うよね!?」
どう考えても、私で弄って遊んでいるようにしか見えない。というか、多分表情でバレてたと思う。普通に初華ちゃんも笑ってるし、顔はこっちに見せないようにしていたけどなんとなく顔を膨らませてるように見える。
「隣いいですか?」
「え?う、うん……」
了承を得てから、初華ちゃんは紙袋を置いて向かい合って座って来る。
「それでこんなところで一人で寂しく飲んでてどうしたんですか?」
フラペチーノを一口飲んだ後に、ポケットに手を突っ込んでる。
「あーそれは……ちょっと言えないかも」
留学の件に引き戻されたのものの、私は初華ちゃんに話すことができなかった。
「言えない奴ですか?」
「スマホ弄りながら言う!?」
ポケットから手を取り出したかと思えば、スマホで誰かと連絡している。
聞く姿勢になってないなんてことを突っ込もうか、悩んだけど何も言うことはしない。というか、初華ちゃんが目の前にいることだけでも驚きだし……。
「なんですか?話したいんですか?話したくないんですか?はっきりしてくれませんか?」
「いや、聞く姿勢じゃないよねそれ!!?てか、話聞いてくれるたりす──「しませんよ、あの人にでも相談してみればいいんじゃないんですか?」」
「え?あの人って……?」
「クソおとぼけ結人とかにですかね?その方が早く解決するかもしませんよ」
「それじゃあ、私はこれで……」
初華ちゃんは言うだけ言って、フラペチーノを全部飲み切って去って行く。
最後に見せたのは小悪魔的に笑みを浮かべていて、あのSumimiの妹なのに、ちょっと性格が悪く感じる。いや、大分悪いよね初華ちゃん……。
というか、もう全部飲み切ったの!?
早くない!!?さっきまだいっぱいあったよね、フラペチーノ!!?
「はぁ……もういいや」
初華ちゃんのことで色々と突っ込み所を入れていたら、キリがない。
そんなことよりも……。
「明日からどんな顔をして学校行こうかな……」
イギリスに留学していたことがバレた。
留学に失敗したことも含めて。逃げ道なんかもうない。いつもなら……。
へっちゃらで笑うことなんて出来るのにな……。