【完結】迷子の友人は羨望する 作:シキヨ
『睦ちゃん、いい笑顔だね』
あれは本心だった。
睦ちゃんという一人の人間がモーティスちゃんと共に生きる道を選んで自分の目で世界を見ようとしている。その姿に私は共感をしていたし、睦ちゃんも睦ちゃんなりの答えを見つけ出すことができたことを何処か称えてあげたい気持ちだった。
『自分で世界を見るのは何も……罪じゃないと知れたから』
睦ちゃんはああ語ってくれていた。
ペンの進み具合も早くて楽しそうな睦ちゃんの姿を見るのは悪くないものでもあり、新鮮そのものだった。だから、私は睦ちゃんがノートを書き込んでいるのを黙って眺めていた。あのノートはこれまでの記録が描かれているノート。この先の睦ちゃんを照らすもの……。
『そよのことも書いてある』
ノートを書き終わった後の何気ない一言が頭の中で残り続ける。
どうしても悪い意味でしか捉えることができなかった。睦ちゃんを傷つけて来た側の人間だからこそ、自分とのいい思い出なんかあるわけがない、そう断言してしまいそうだから。私はそれほどのことをしたのと同時に、私は覚えてる……。
『強くなったね、睦ちゃん』
『そよのおかげも……ある』
『そよと居られるから』
『そっか……私も楽しいよ』
前向きの記憶ならちゃんとある。
瞼を濡らしてしまうほど、焦がれていたものを掴めた。どうしても、悪かったときの記憶ばかり振り返ってしまうのは自分の頭が過去は過去で変わらないと言っているから。切り捨てることができない代物を背負って、私は生きて行くことを決めた迷子として立ち続けているから……。
「そよ、何か飲むか?」
真っ白となったティーカップを眺めていると聞いて来たのは……結人君。
気を遣ってくれている、こういうところは彼らしい……。
「話し相手になってくれる、結人君?」
「……ああ、俺でいいならな」
立希ちゃんへの確認をしていたのか、ほんの少しだけ間が空いてから結人君が椅子に座る。
「結人君は……睦ちゃんのことどう思う?」
「一言で表すのは無理だろうが構わないか?」
了承の意味を込めて、首を振る。
ティーカップの中で振り返っている姿はもうなかった。
「あいつは自分だけじゃなくて、自分の内面と向き合った。並大抵のことじゃできねえことだし、その上で自分で見て来た世界を綴ろうとしている。記憶と記録を残すことは自分が振り返ったとき、大きな財産になる」
「勿論、裏を返せば傷にもなる。過去の自分を縋りたくなるときもあるだろうからな、だからこそ俺は一つだけ言える。あいつにも何度も言ったが……」
「あいつは強くなったよ」
「そうだね、私も……」
「同意見かな」
睦ちゃんは睦ちゃんの答えを出していた。
結人君の言っていたことは何も間違ってない、振り返ることで傷つくこともあれば縋りたくなるときもある。あの頃はこんな幸せだったはず、今の自分が不安でしょうがないという衝動で支配されてしまう。そうなったら、どんなことだってしまう。かつての私がそうだったみたいに……。
なによりも……。
今だったら、ちゃんと言葉の意味を理解できる。
『そよちゃん、交差点って不思議……』
これが燈ちゃんの言っていたことだと思う。
睦ちゃんは睦ちゃんなりの場所、道を見つけ出した。私もまた、このMyGO!!!!!という居場所で……自分なり自分を肯定してあげたい。
ずっとそうだった……。
『私たち捨てられちゃったの?』
『いい子じゃないそよちゃんなんていらない』
『お願い、祥ちゃん達がいないと私……!』
『私にできることがあるならなんでもするから……!』
解放してあげた。
燈ちゃんの前で、みんなの前で私は自分が認めて欲しくてしょうがなかった。いい子じゃないと、捨てられちゃうから。子供の頃、同級生の純粋な話は私の中で今でもトラウマでしかない。同情してくれる子、直球で言ってくる。どれも私を異物として扱うものだった。だから、私はいい子であろうとした。CRYCHICと出会えて、何もかも変われると願っていたのも全ては夢の中の幻想だった。
幻想の中へと消えてしまったものだとしても、この手で包みたかった。
もう今はない、もう戻ることはない。
今はそれでいいと言えるのは……。
此処にいる二人と、今はいないみんなが、もう孤独の私は……。
存在しないと教えてくれたから……。
「自分で見て来た世界を綴る、か……」
多分、睦も同じ思いでノートを描き続けていたんだと思う。
睦は親がどうのとか言われていた自分を乗り越えてた。そよもそう。
「あいつには余計なお世話だったのかもな、立希」
「あいつも、ああ見えても陥りやすいところもあるから」
「結人のしようとしていたことは間違ってなかったと思う」
結人がそよのことが心配だったからこそしていた。
自分がそうだったから、睦と自分のことを比べたしてないか?とか、色々と気を配ったはりしていたんだからこそ、思い込みだと反省しているに違いない。結人はそういうところがあるから。
「……そうか、ならいいんだがな」
結人はそれ以上何も言わず、仕事に戻ろうとする。
そんな姿を見てから、私は睦がしていたことや結人が言っていたことを改めて思い出して、三角さんが言っていた。『日常』という単語を思い出す。
あれを私は日常の味というものを知っていると捉えていた。
息が詰まりそうなときこそ、日常は必要不可欠だってことを……。それは今も変わることもない。
「三角さん、ライブやるんでしょ?」
「知ってたのか?」
「偶々耳に入っただけ」
学校行ったとき、三角さんがソロでライブをやるとかいう話を誰かがしていたのを覚えていた。
「あーあのさ……」
「なに?」
「初音のこと話しておきたいんだが?」
「……別にいい」
結人が弁明をしようとすると、制止する。
顔には「いいのか?」という表情がもろに出ている。
「なんか色々混みあった話になりそうだから、後三角さんの表情を見る限り結人が悪いことしたわけじゃないんでしょ?」
「ああ、まあ……そこはいや、違う気が」
「……なんでそこだけ歯切れなるわけ?」
どうにも心当たりがあるみたいではある。
聞いてても、頭痛がするだけだし聞く必要はないとしか言えなかった。というよりも、なんかツッコミどころ溢れる話ばかり聞かされそうな気もしていたから。
「はあ、もういいから一回話してみて」
「ああ……」
結人は何から説明をすれば、いいのか分からないでいたり、何処か濁したりしているのがなんとなく悟れているなかで話を聞いているうちで結人がかなりとんでもないことを燈の告白の裏でしていたことを知って……。
「はああ!!!?」
想像の範疇を軽くしていることをして、持っている皿を一枚割ったのを気づいたのは……驚いてからだった。
『絶対、お姉ちゃんと一緒にライブやる』
改札口での初華の決意は、私の中で響いている。
来月、来月……。私達はついに、自分を解放することができる。新幹線という変わった場所の中でライブをするというのも楽しかったけれど、今度は違う。今度は多くのお客さんを招いて初華と共に歌い上げる。
『指切りしよ、初華……』
小指同士で繋がりは今でも私の中で鮮明な記憶でしかない。
指を洗ったとしても、消えることのない思い出だから。
目を瞑って、自分を落ち着かせる。
冷たい夜風が私のことを連れて行ってくれるのかもしれないなんてのはもうなかった。今、私にとってあるのは過去という島でもなく、鳥籠も存在しない。私は私のため、立ち向かう。
「楽しみだね」
「初華」
夜の中で包まれているライブ会場を見つめつつも、手を伸ばす。
あの日を乗り越えるためのライブまで残り一ヶ月だと自分の中の秒針を……。
動かしながらも……。