【完結】迷子の友人は羨望する 作:シキヨ
「そういえばさ」
「どうしたの初華?」
喫茶店のテーブルの上で手を置いてだらんとし始める初華。
疲れているのか、そのまま初華はテーブルの上で手を置いて軽く指先で音を作り始めてる。なんの曲だろうか?
「お姉ちゃんたちは新曲とかないの?どっちでもいいけど」
「気軽に言ってくれるなぁ……」
期待の眼差しを向けて来る初華。
本当お菓子感覚で言ってくれるなぁ……。私もテーブルの上に手を置いてみる。なんかこう初華と同じことをしたかった。
「実はないわけじゃないんだ」
「なんか変な言い方するじゃん」
苦しい言い訳が出来上がってしまう。
まるで、それは砂糖を入れないでコーヒーを呑むみたいな苦さすらある。勿論、逃げたいとか聞こえないふりとかそういうことをしたいわけじゃない。初華を傷つけたくなかった、どう捉えても取り繕ってるだけでしかない地獄そのもの。
「初華も関連してる楽曲なんだ、飛び立つことが出来なくて羨むことしか出来なかった私が手を伸ばそうとした頃の話も含まれた楽曲でもあるから」
スマホを開いて、歌詞を見せる。
視界を落とすこともなく、初華は音を立ててグラスを置いた。一つ一つの言葉が地雷であって、爆発している。それでも、私は言うしかできなかった。
「燃える静寂、この楽曲のこと知ってるでしょ?」
「うん、最初の曲だよね」
「そう、私がお姉ちゃんのことを憎くて憎くて仕方なかった頃の楽曲。豊川家のことも含めて何もかも全部ぶち壊したかった。鮮血で満たせば、私の心は晴れやかな空模様になることを信じていたから」
初華はテーブルの上で手を組みながらも言う。
燃える静寂のことは勿論、把握している。初華の最初の楽曲であり、初華が初めて作り上げた楽曲。あの楽曲の歌詞にはこう記されているのを知っている。
「何事もやってみなければわからない、あの曲には私が子供の頃秘めていたものもある。まあ、お姉ちゃんへの当てつけだと言われたら肯定するよ、事実だし」
「初華の反応は当たり前だよ、私のしてきたことは何も変わらないよ、これからも」
手を組み直しながらも、初華は指で手の甲を擦る、音は立ててない。
神経を研ぎ澄ましているというよりも、自分の手の甲の肌触りを感じて昔を懐かしんでいるみたいだった。紅で染まった闇よりも、初華は過去の中であった幸福を掴もうとしてる。自分を許してくれたなんて言うつもりはないよ、それでもこれまでのことがあるからこそ私は初華とこれからもこのコーヒーみたいな苦みを味わいながら一緒に生きていたい。
「新曲の歌詞、いいや」
「え?いいの?」
コーヒーを飲もうとしたとき、初華はテーブルの上から手を引いて顔も上げていた。
スマホもそのまま返してくれていた。
「大体、お姉ちゃんが言及してくれたことでどんな内容なのかは想像はできる。点数をつけてあげるとしたら、百点ってところかな?」
指で一という数字を表す初華。
言わなかっただけなんだ。伝えることはしていなかったが、初華も私と考えていることが一緒だったんだ。ライブ会場で立って、二人で乗り越えて来た経験が私達を結び付けてくれている。目を通すことをしなかったのはそういうことだったんだ。
「さてと、お姉ちゃんもそろそろ時間でしょ?ほら行こ?」
「待ってよ、初華!まだコーヒー飲み終わってないってば!」
「じゃあ、急いで飲んでよ。ほら、先行っちゃうよお姉ちゃん」
鬼ごっこのように急いで立ち上がって行く……。
黒のバッグを手で持って歩き始めたのを見てから私も立ち上がると、急に立ち止まる。
「あいつも褒めてくれるんじゃない?」
「もしかして結人?」
結人の名前を出すと、初華の表情が日差しと合わさったように見えなくなる。
まるで照れ隠ししているみたいだったけど何処か歩く速度が速くなって、結人のことを語るのが楽しそうだった。
「そうそう、あの人私達のライブで半泣きしてたしさ。長文お気持ち表明、クソ長文章で感想送りつけてきてるし。此処とか、ほら……お前達の姉妹の相乗効果が作り出した静寂から春を告げて、暁を越えて彼方を駆け抜けたとか、てんこ盛りもいいところじゃん?」
連絡のところを見ると、凄い長文で私達のライブの何処がよかったとか長く書いてくれている。
似たような文章が私の方も来ていたから、かなり覚えている。中でも、覚えているのは……。途中で表現を訂正したり、心の声が漏れ出していたのが面白かったところだ。
「結人らしいよね」
「そこは同意」
注文用紙をヒラヒラと動かす。
初華はそのままレジでそのまま提示していた。
「今日はお姉ちゃんありがとう代として払っておくね」
「うん、ありがとうね初華」
財布からお金を出している初華の横顔が目に入る。
こうして横顔を見ると、やっぱり私と瓜二つだ。帽子を被っていて、眼鏡も掛けているから変装しています感はあれど、此処まで徹底していると初華がアイドルなんてことも気づかないと思う。私も此処まで徹底しないと駄目なのかも……。
「風引かないでよね、お姉ちゃん」
お店を出て、初華がマスクを揺らしながらも言う。
「私は看病出来ないんだから、大阪から来てなんて言い出さないでよね?」
看病か……。
あの日以外はいつも初華の看病をしていたのは私の方だ。初華はちゃんと覚えているかな?覚えているからこそ、今度は自分が看病とか言い出してくれていたのかもしれない。
「なにその顔?」
「ううん、熱を出したときいつもアイスを要求してきてたよねーって」
「子供の頃の話でしょ、それ」
初華の目がそのまま横へと流れてしまう。
明らかな現実逃避の姿を見せつけられてしまったせいで私は笑うのを堪えるため、口を風船のように膨らませる。初華もまだまだ、子供っぽいなー。
「はぁ……」
「私からしたらいい思い出なんだよ?初華」
「熱出したのが?まあいいやもう」
昔を懐かしんで微笑んでいることに気づいたのか初華は溜め息をついている。
「じゃあ……私は仕事行ってくるからね」
「うん、行ってきてね初華!私も行ってくるね!」
喫茶店を出てからというものの、ハイタッチをしてから私達は別れる。
初華はまだ東京で仕事が残っているから、それを終わらせてから帰るらしい。なら、まだ何処か出かけたりすることができる。期待をいっぱい抱えつつも、私はスマホを確認してから、今日の集合場所を目指し始める。
『終わったら、まなさんのとこ行ってドーナツ貰ってくるねー』
集合場所の確認を終えたタイミングで初華の連絡が通知で流れて来る。
相変わらず、ドーナッツが好きな妹の姿は変わらないままあり続けてる。後ろを振り向いて見ると、初華はこっちを向いて白い歯を見せて笑みを浮かべてくれている。
まるで、それは……。
「お姉ちゃんの分も食べちゃうから」
風邪で初華の髪が乱れる。初華の口元ははっきりとは見えなかったが、そう言っているような気がしてならなかった。等身大の中学生らしい姿そのものがあって、私は笑みを笑みで返した後で初華と別の方向を音を立てて歩き出せば、二人の影は日なたの方へと導かれていている。そんな感情すら湧き上がるほど、私は自分として……。
自分の方へと踏み出す……。
初華のためにも、みんなのためにも……。
スタジオの中、まだ約一名が来ていないなかでサキコが楽譜を提示してくる……。
というか、ハツコ遅すぎじゃない?妹の方と遊び過ぎでしょ、あいつ……。
「祐天寺さん、今回の曲はこちらですわ」
渡された楽譜を右から左右へと目を通して行く……。
スマホでPDFファイルで受け取ってはいた。率直な感想を言えば、こういう曲調のタイプかと頷くことは出来ていたが、文句というよりも難色を示したくなる部分があったのも事実だった。
「まーた私情挟んでるけれどこれ?」
スタジオの空気感が明らか悪くなってるが、私は無視する。
ムーコがギターの弦を触れるのをやめていたのチラッと目に入る。
「理由を聞いてもよろしいですの?」
「これアンタがほとんど考えた奴でしょ?ハツコらしさあんま感じないし」
褒めてるわけじゃない。
寧ろ、目を通すだけでこっちが恥ずかしくなって喉を掻き毟りたくなる。
「これは私の想いでもありますわ」
「想い?」
「自分の罪を認めて背負い、その上での覚悟ですわ」
「なんか未練がましくない?」
歌詞を読んでいても、メンヘラそれそのもの。
何処かを連れ出して欲しいとかもろ、それでしかない。
「覚悟を認める上では葛藤が当たり前ですわ」
「なによりも、過去を過去で投げ出すことはできませんわ」
一理あった。
実際、この歌詞を読む限りではサキコの心の中では自分の感情と向き合うのが怖がっていて自分と対立し合おうとしているような歌詞としても考えることは全然できる。ぶっちゃけ、頷くことができる内容。ちゃんと音楽としての形は起こせているし。
「よく読めば、ハツコらしさはあるかもね」
「ええ、そうですわ。歌詞は初音のを私がある程度編集したものですわ」
元の濃度とかを考えたら、絶対鳥肌ものでしかない。
考えたら負けだ。それこそムーコが主演を務めていたあの映画レベルの寒気がする可能性が高い。
「はぁ……やるしかないか」
とはいえ、ちょっとだけ考察する。
自分でも発情していそうな頃のハツコの歌詞を綺麗?な形として落とし込んでいる姿はよく出来ている方じゃない?これなら多分?元が知らないから何とも言えないけど。見るからに掃除しました。でも、汚れは落ちてないところは落ちてませんみたいな感じがある。指摘はしない、無視でいいや……。触らなぬ神に祟りなしとか言うし……。
「豊川さん、祐天寺さんも納得したところです。今後のムジカとこれまでのムジカのおさらいをしましょう」
曲の方を満場一致したところで、ウミコがペンでホワイトボードでまとめ始めようとする。
おー仕切るね、ウミコ。
「今後のムジカとこれまでのムジカ……?」
ムーコが反応を示していると、ウミコがホワイトボードで何かを書いている。
肝心の内容がウミコの頭が邪魔過ぎて何も見えない。
「八幡さん、まだ初音が来ていませんわ」
「あっ!す、すみません豊川さん!」
張り切り過ぎたウミコが頭を下げながらも、一旦書いていた文字を消そうとしていたときだった。スタジオの扉が開いた。
「ごめん!みんな遅れて!!」
「来ましたね!昨日はお疲れ様でした、三角さん」
「うん、ありがとうね海鈴ちゃん!」
手を上げて返しているハツコ。借りたスタジオの中を入ってきたのはハツコだった。
確か、ウイコと会っていたからとかで遅くなるとかだったはず。
「ライブお疲れ様」
「うん、初華ともちゃんと話せたよ睦ちゃん」
あの中学生、私の連絡で喧嘩売って来たのを覚えている。
ああいう奴なのは知っているし、行動が子供そのもの過ぎて今更気にしてもいない。ちょっかいを掛けて来る姿はマジでダルいとなるときもある。どっかのアホと似た可能性が絶対ある。
「全員揃いましたわね、八幡さんお願いしますわ」
「任せてください、Ave Mujicaのティモーリスが期待に応え「くだらない茶番はどうでもいいから早くやってくんない?」」
かっこつけたような字の描き方をする海鈴の姿が鼻について急かすと急に落ち込み始める。
頭を下に下げていじけてる……。この豆腐メンタルはこれだから……。
「そうですね、私はどうせ信頼されてないんですね」
「海鈴ちゃん、元気出してね」
「水飲む、海鈴?」
「いただきます、ありがとうございます若葉さん」
意味分からない珍妙な光景が広がってる。
いつから、ムジカはバンドじゃなくてお笑い芸人になったんだろうか。
「そこの漫才師たちさ、M-1でもなんでも目指してくれていいから進んでくれない?」
「にゃむちゃんも冗談言えるんだね」
喧嘩をいきなり売って来るハツコのせいで眉間に皺を寄せそうでドラムスティックを折りそう。
こいつら、全然話を進めようとしない。ムーコの家庭菜園のときもそうだったのを思い出す。直近のムジカはどうも芸人集団としか私は感じられない。
「若葉さん、やはりお笑いの素質もあるんですか?」
「私はない、モーティスはある?」
「ないよ!?私お笑いなんかやらないよ!?はい、睦ちゃん交代!」
「なるほど、それならば仕方ありませんね」
「ごめん海鈴ちゃん、何処が仕方ないの!?」
ボケとボケの間でモーティスが立ち上がってツッコミが炸裂する。
あれと同調するのは嫌だけれど、頭がおかしくなりそう。いや、言いたい事は納得できる。
私がM-1とか言い出したせいでそこからムーコの父親が芸人さんだから素質はあるのかもしれないとかそういう話を……あーもうせからしか!!うざったらしい。「ひんながみさま」とかいう思い出したくもない映画のタイトルで熱演してた女優がそんな才能の無駄遣いをされたら、私は本気で困惑しかできなくなる。
「ねえサキコ、このボケをボケで返す集団全員張り倒してもいい?」
「私は好きですわ祐天寺さん。賑やかな方が楽しいに決まっていますわ」
「マジで……?小学生ばっかじゃんこのバンド……」
開いた口が塞がらない。
現状、まともなのは私しかいないことを絶望という池の中で浸りたくなる。
「祐天寺さんも楽しそうですわよ?」
「はぁ!?私が!?」
いきなり話しかけて来たかと思えば、こじつけもいい所の話をしてくる。
話を振ったの私だから、そのせいで馴れ合ってるとか思われたのかもしれない、普通に最悪。
『あのさぁ……私はこいつらの引率の先生みたいな立場でしょ?』
なんて返したら、絶対ボケで返されるのは猿でも簡単。
溜め息すら出ないクソみたいな状況の完成、最早笑うしかない。
「ありがとうございます、若葉さん。助かりました」
「これで頑張らせていただきます」
休憩タイムを終えたムーコが次なる動きを見せようとする。
お願いだから、もう変なことしないでよね。今すぐ神社を駆けこんでお祓いして貰いたいぐらい、今年の私は厄日。もうこのまま帰ってマジでお祓い行ってやろうかな。
「さて一旦これまでのムジカを振り返ってみましょう」
ウミコが改めて文字を書き始める。
もう突っ込むのすらめんどくさ過ぎて何も言わない。場の流れが急激に凸凹過ぎて、指摘するのすら疲れて来ていたから。
「これまでのムジカはバラバラであり、一人の負担も大きく個が強すぎる印象が見受けられました。これは勿論、私の落ち度もあります」
「結果的、豊川さんの負担が大きすぎて一人の責任の大きすぎました、曲が作れるのは彼女しかいませんがもっと役割を分担するべきでした。なによりも若葉さんの件もそうです。そもそも、全員が全員個人のことを集中し過ぎていたの問題でした」
至って真面目な反省会から始まって自分の中でも冗談という色は消えつつあった。
退くことすら許さない、自分の瞳で狂いなき事実を改めて確認する。バラバラなのはさっきまでとかモロそうじゃんとかいうツッコミをしない。めんどくさ過ぎる。
「さて、此処からが今のムジカです」
ウミコのペンの速度が速くなっている。
脂が乗っているという言い方はおかしいけれど、そういう言い方が相応しかった。
「今のムジカは負担が前よりも数段よくなっています。個人個人のスケジュールは豊川さんのみならず、私の方もチェックしていますし皆さんも自分の仕事を逐一目を通しているはずです」
「ごめんねみんな……」
ハツコが頭を下げて謝罪をしている。
ハツコの場合、ライブのことじゃなくて前一度悪徳記者の取材を受けたらしい。しかも、ウイコが撃退してなかったら、そのまま押し切られていた可能性すらある。そこは姉よりしっかりとしていると思う、あの中学生。というより、姉の方が後先考えてないせいなんだけど……。
「いえ、三角さんが気にする必要はありませんよ。話を戻しますね。なによりも、サウナのとき豊川さんが言っていたことと重なりますが、個の力が高まったことで他のムジカメンバーは呼んでみたらどうなるんだろうか?という相乗効果も生まれ始めています。これはいい傾向でもあり、兆候です」
「なによりも、現在ムジカは一番調子がいいときです。これは油断してはならない時期ではありますが、テレビ・ネット・新聞・雑誌と言った種類は問わない媒体からの取材などが来ている状況です。デビュー当時と比べたら、比較的落ち着いてきていますが、若葉さんの力も加わったことでムジカは一段と高みを登ったのは明白です」
ウミコの熱が込められたこれまでのムジカと現状のムジカの話が一通り終わる。
思い出してみると、サキコがサウナのとき言っていた。個の力ってのは、言われたときはかなり違和感を感じているところがあった。今回ウミコがはっきりと言ってくれたことで問題自体が喉の違和感が解消された感覚すらある。
「祐天寺さん、何か異論はありますか?」
改めて頭の中で整理していると、名指しで言ってくる。
意表を突かれたわけじゃない。指定されるとか考えていなかっただけでしかない。
「なんで聞くわけ?」
「いえ、祐天寺さんが一番異論があるかもしれないと思ったんですが?」
「ないって言えば、嘘になるけど……ウミコの言う通りじゃない?実際、ムジカ全体としての仕事も個人としての仕事も増えてるわけだし」
勿論、それがムーコができないおこぼれを貰っているだけなのも気づいてる。
ムーコはバラエティ向けのキャラじゃないから、私が呼ばれることが多い。ムジカはバラエティ向けのバンドじゃないからにゃむちとしての姿でやるしかないのも事実。但し、求められているのはムジカとしての姿というチグハグを抱えている。悪循環というよりも、こればかりは世間が求めているとものが違うからとしか言えない。
にゃむちとしての私は……それなりにはやれている訳だし文句はない。高みを目指す気はある。女優としても。どれも散らかしている状態だったのをようやく綺麗で誤魔化すことができるようになった。部屋自体は綺麗で見せかけている過ぎないけれど、斜め前を立っている奴を越えるにはまだまだ程遠い。
「ムーコに関しては遅すぎるもいいところだけど、何もないまま演奏されるよりはマシだし」
その斜め前のいる奴のことを指摘すると、ギターをしっかりと握り始めてる……。
壊れ物を丁寧に扱う姿のように映って、私は東京公演のことを思い出す。
『いつまで迷っているつもりなわけ?』
この手でムーコの背中を押したことははっきりと覚えている。
「ムーコのギターの音、私は嫌いだから」
「……わかってる」
ムーコのギターはイヤホンが壊れたときの雑音みたいなもの。
耳を塞ぎたくなる、聞いていて苛々する。
それでも──。
私は背中を押して前を出ろと言った。
あいつらのことを……。
女優としても、ギタリストしても……。
理由なんてのはそれだけでいい。
認めた理由も……。
『睦ちゃん、海鈴ちゃんなんかこう情緒不安定じゃない?』
「海鈴はいい人」
『いやあ、そうなんだけど……』
モーティスと心の中で会話をしつつも、一人で軽く弾いてみる。
上の空のモーティスの姿が目の前で映りながらも他の人格達のことを考える。記憶として残ることはあっても、もうレゾナンティアはいない。名前のない音から、名付けられた音として姿を変えていって最終的には私の中へと継承されてしまった。寂しい気持ちはあれど、今もこの子がある。
モーティスは相変わらず、弾くことは出来てない。
凄い下手なまま……。
『睦ちゃん、今最低なこと考えた?』
「考えてない」
『絶対考えてたよね!?』
モーティスが頭の中で語り掛けてきながらも、私はこの手で弾き続ける。
最初から自分達のパートだからちゃんと楽曲を覚えないと、初音の足を引っ張ってしまう。
「睦ちゃん達、今日もよろしくね?」
「ん……よろしく初音」
達……。
ありがとう、初音。そう言ってくれて私もこの手が出せる全力を出し切りたい。
「初音、楽曲……どういうイメージ?」
「あーえっとね……この楽曲は小さな世界の中で自分達を取り巻く環境でそういう歌で……ううん、違うね」
初音は首を横に振ってから、咳払いをしていた。
まるでそれは覚悟を決めたかのようだった。
「この楽曲はね、子供の頃初華から祥ちゃんのことを奪い取って、箱庭から脱出したいと願っていた頃の私そのもの歌詞であり、祥ちゃんを執着していた自分そのもの歌詞なんだ……」
『睦ちゃん、これって黒歴史って奴だよね!?』
モーティスのそれは合ってはいるとは思う。
多分、初音が最初誤魔化してしまったのは初華との関係があって、自分がしてきたというよりも祥への執着心を色濃く描いてしまった歌詞だから、説明したくないと言う感情があったのかも。
「ダメだね、いざとなったら怖くなっちゃう。初華がいたら蹴っ飛ばされてたね」
自虐しながらも、前髪を弄っている初音。
そんな初音の姿を見て、私は過去の自分のことを頭の中で手で触れつつもこう語る。
「執着心……私もあった。祥やCRYCHIC、結人に対しても」
弦を軽く触れると、身体から込み上げてくるのは燃やすような暑さ……。
心臓がこの子の感覚を受けて一体化しようとしてる。私はまた指先を弦の方へと触れて行くと、自分の身を焦がしているような気がしてならない。まるで、それは炎と自分が一体化したみたい。
「みんな、同じ。だから、恥ずかしがらなくてもいいと……思う」
「睦ちゃん、睦ちゃんは凄いね。私はいつも励まされてばかりだよ」
「私も一人じゃ何もできない」
この子の魂を触れることができるようになった。
今の初音みたく、言語化できないものがあったのは確かだった。受け止める気が怖かった。でも、今はこの子と共にあり続けたい。
「だから、今日もよろしく」
「そうだね……」
「じゃあ、私も……頑張るね!!」
初音の心を触れることができた気がした、こういうのは悪くない。
寧ろ、思い出をより強固にしてくれる。これまでの思い出があるから、私は自分でも気づくことが出来る。初音はありのままの自分を選んだ。踏み出すことが出来たのはこの曲もあると思う。それ以上に、昨日あった初華とのライブが初音を強くしてくれているはず。なら、私も頑張りたい。
「……ん」
誰にも出せない力とハーモニーを奏でることで私はこの子をもっと知りたい、触れたい。
私は知ってるこの子の音色を……。拒絶された感情は私の中で抱えていた感情の数々。
この子の実力を出し惜しみせず、バンドを楽しいと言う感情を初音達の前で隠すこともしない。私はただひたすら弾き続けることを選び続ける……。
それが託されたものであり……。
私達の想いと繋がる……から。
隣の方から聞こえて来る若葉さんの音だけを頼りにしていたかった。
改めてこうやって生で聴くということは是非したいことですが、私もバンドメンバーです。それは機会があればといことにしておきたいですが、独り言として言いたいことがあります。
「若葉さん、貴方は最高ですよ」
私は貴方のことを月と捉えていたことがありましたが、間違いありませんでした。
人によってはその音はノイズかもしれません。感情というものを強く押し出すという意味では、三角さんもそうですが高松さんの歌声と匹敵するほどです。勿論、彼女とは明確に違うところはあります。貴方はボーカリストじゃありませんし、貴方のそれは自分の感情を無意識的に落とし込んでいるんでしょう。
耳を澄ませば澄ますほど、私自身の心臓の負担が強くなっていきます。こんなものを観客側から聞いてしまえば、最早心臓を掴まれたような感覚となって私達の世界へと放り込まれること間違いなしです。此処まで出来ているならば、最早矯正なんてしない方がいいまでです。
寧ろ、今の不安定さだからこそムジカという「人形館」の場所に相応しい。誰に何を言われようとも、絶対曲げることはしないでください。スピーカーなど無くてもその音は誰の耳にも届けることが、貴方の個という存在が力強く色濃く出ていますから。
全く……。
貴方を信じて正解でしたよ。
「睦ちゃん、よかったよ!」
「この子の実力もっと掴みたい」
一度目のスタジオ練習を終えて私は改めて自分のダメだった部分を調整していましたわ。
二人の声が鍵盤の音で遮られるつつも、小さく聞こえている中で……。
「私も頑張るね」
「ん……ありがとう」
初音と睦の声がしますわ。
先ほどの賑やかそうとは裏腹でキーボードの音だけが奏でられている空間の中で楽しげな会話をしていますわ。一通りの練習を終えて、私は改めて曲へと意識を向けて行きますわ。この曲は一筋縄ではいかない。この楽曲は言わば、私と初音の関係性を表したような楽曲ですわ。祐天寺さんが語るように、私情を持ち込んでいると言われても全く否定ができない曲ではありますわ。
それでも、この曲をやる意味があったんですわ。
『祥ちゃんの痛みを知ったからこそ、私はこの楽曲を書いてみたの』
『牢が無くなったからこそ、私たちにはこの楽曲は必要ですわ。いい音にして見せますわ、初音!』
出来上がったのが『Sophie』という楽曲。
スマホで作成された歌詞を見たとき、目を逸らすことはなくまだ完成形ではなかった歌詞を見届けていましたわ。取り巻く運命という名の囚人が嘆いていたばかりだった私と初音の人生。それでも生きていくことが大事だと、誰かへと投じて行きたい。そんな思いが込められていますわ。
これらを読んだとき、ちゃんと曲とするべきだと思いましたわ。だからこそ、何が何でもこの楽曲を産みだすことを選びましたわ。初音や睦、そして初華が前を向き出したように、私も睦が差し出そうとしてくれていた。
「睦、私も今度こそはちゃんと背中を押しますわ」
傘を差し出してくれていた睦。
CRYCHICを解散したときも、私がムジカを一度辞めたときも私は拒否してしまった。しかし、再結成してからは違いますわ。
「私は貴方がいてくれるだけでこの先の雨も止ませることが出来ると信じてますわ」
「雨を止ませる……」
睦は手を前へと広げていく……。
その手で雨粒を受け止めるかのような動作をしている睦は何かを思い出したかのように手を握り締めましたわ。
「祥……背中を押してくれたで思い出した」
「私の言葉でですの?」
鍵盤から指を離して、睦が見せて来たスマホの日付……。
私はこれに覚えがありましたわ。そう、これは私が去年祝うことがなかったもの……。後悔の雨粒というのは此処にありましたわね。
燈……。
「22日、燈の誕生日……」
今日の日付をスマホで確認すると、11月13日と書かれていましたわ……。
「分かっておりますわ、睦」
そうですわね、私も向き合うと決めたのがもう一つありますわね……。
例え、道が分かれたとしても友として祝うことは何も罪じゃありませんわ。なによりも、既に立希には実行済みですわ……。
ならば、私がすべきことはただ一つ……。
友として誕生日を祝うこと……。