【完結】迷子の友人は羨望する 作:シキヨ
あいつらのライブを終えて、一日が経った。
ライブの光景はこの目がはっきりと覚えている。しかと焼き付けたなんてかっこつけた言い方をするつもりはない。だからと言って、単純なもので言い表せるものなんてはなかった。寧ろ、配給を受けようとしたら自分の器だけ思いっきり量が溢れそうなぐらい貰ったような感覚すらあったんだからな。流石だな、あの二人は……。
『お前達の姉妹の相乗効果が作り出した静寂から春を告げて、暁を越えて彼方を駆け抜けていくことができていたライブだった。ライブ直前は絶対なんでこの二人でライブを?なんて思われてて当然かもしれねえが、お前らが証明してくれていた。アイドルのライブが見せられる情景、世界観ってのをそれこそカーテンが閉められていて何年も覗くことが出来なかった景色をこの目で焼き付けることができたんだ』
忌々しい歴史だ。
沈めたくなるようなものを送りつけて、どっちも恐らく引いていたはずだ。こういうのなんて言うんだったか?怪文書とかだったか?どうでもいいが……。
『半泣きしてたよね?半泣きしてたでしょ?』
ニヤついた表情全開のあいつのことを思い出す。
実際泣きそうだったのはそうだが、絶対言いたくねえ。初華がこういう奴だと言うのはもう言うまでもないが、もう一人姉の方は……。
『ありがとう結人、この長文初華が見たら笑ってくれると思う』
若干揶揄ってるのか判断がつかない内容を送りつけて来る初音。
寿司屋のときもそういう感じだったから、多分揶揄ってくるんだろうなこいつも……。こういうのにはもう慣れ過ぎて、もういつものかしか考えることが出来なくなっているのは感覚麻痺もいいところだな。こんなことを言ってたら、そよの呪いが来そうだが……。
「ったく、あいつらは……」
通常運転の三角姉妹の連絡をスマホで見つつも、自分の表情が崩れ切っていないか不安になる。
見られたらまずいものなんて見てはないが、こういうのを見ていて表情筋が綻んでいるなんてのはよくある話だしな。
「あいつらのお疲れ様会とかしてやりたかったんだがな……」
本来だったら、あの姉妹へ奮発してやりたかったところだ。
どうやら、初音の方はムジカで予定があるし、初華の方は仕事の予定が入っていて大変らしい。なによりも、初音には「奮発して貰わなくても大丈夫だよ」と言われたら、その代わり「大事にしてあげてね」と送られてきていた。
誰のことを言っているのか、マジで分からなかったがなんか含みのある言い方だ。
はあ、だがなんとなくそれがこれから会う人物のことのような気がしてならなかった。初音は学校同じだし、俺とあいつの関係を知っているかはともかく、気づいてはいそうだしな……。
スマホからの連絡が来ていてるのを横目で見ながらも、俺はバッグの中に戻す。
戻した後で、大量の動物のストラップ達が駅前の中で音を立てて、その音は反響することなく消えて行った……。
急いでいた、人と人の間を縫いながらも私は駅の方を目指す。
昨日DTMを弄って曲作りの練習をしていたら気づいたときには朝だった。こんなことはバイトを始めてから割とよくあること。出来る限り、睡眠をとって次の日まで持ち越さない方が絶対いいし、そうしたいところはある。自分の中である程度の睡眠方針というものがあっても、続けていたのは作曲としての力を高めたいのと、バンドという形を考えたとき、私はもっと自分の力を見れなくちゃいけないと考えたから。
「そういえば、昨日……」
偶々、目に入った三角さんのポスター。
佇まいが学校の三角さんと違うのは当たり前でしかないが、アイドルとかはこういう感じなのは頷ける。
「三角さん、か……」
前、三角さんが結人から何かを得たような感覚があったのは正しかった。
「あいつは全く……」
結人が話していたことを思い出す、もう一ヶ月前のこと……。
RINGでバイトをしているとき、あいつはとんでもないことを吐き出してきていた。聞いていて、「は?」とかすら言えなくなっていて、耳にはRINGで流れている音楽すら聞こえてこなかった。
寧ろ、自分を落ち着かせるので精一杯。
なんとか集中してバイトをやろうとしてテーブルを拭いたりしていても、あいつの言っていたことがずっと頭の中で余韻として残り続けてしまっていた。最悪だった、というより理解不能過ぎた。
あいつが言っていた内容……。
三角さんのことを助けたまでは納得できる。結人はそういう奴だから。問題はその過程だった。濁された感覚があって、家の問題をどうこうしてとかそういう話をしていたのは覚えている。肝心の部分が濁されていて、何の話をしているのかさっぱりだった。なんかこう余計なことと関わらせないためのような気がしたのも事実だけど……。聞いたら、絶対もっと頭を抱えそうだからもうあれ以上聞こうとしなかったけど……。
「10時?まずい……」
目の前にあった時計で時間を確認すると、時計の針が回転していた。
三角さんのポスターの前から走り始めて、私はあいつが待っているところまで行く……。
「ごめん、遅くなった」
「別に俺も今来たところだからいいぞ」
30分ぐらい遅れて到着すると、スマホを見ていたのか結人はカバンの中にしまう。
待ち合わせの場所を来る前、結人の目だけがあちこちを見ていたときがあった気がしていたから、多分先に来ていたのはなんとなく読めていた。
「行くか?」
何も言わず、頷くと結人が先を歩き始める。
それを追いかけてから、腕と腕が密着しない感覚で足を動かす。こうやって、出掛けることは結構増えていた。燈、愛音とかとも出掛けることが多いみたいだった。そよは興味ないとか言い出していつも断ってるけれど、あいつはなんだかんだ結人の馬鹿みたいな話をされていて聞いている方。野良猫はよく知らない、なんか前二人で話をしていたとき、オススメの猫スポットとか言ってたような……。
いや、そうじゃない。
首にかけているネックレスをそっと手で触れる。睦とかとも最近どうしてるとか気になると言えば気になる。
「結人、その……今日はありがとう」
「まだ早いだろ、それ。俺は立希と出掛けるの好きだからな」
「またそうやって……」
「事実だろ」
向けてくれている、ちゃんと見ててくれている。
自分であげた贈り物を瞳に映して、すぐ前を向いていた。
「こっちこそありがとうな、ちゃんと付けてくれて……」
「パンダのストラップ、バッグ付けてるから。後……」
「髪色似合ってるから」
結人の足が止まる。
言えなかったこと、言いたくても言えなかったこと。もう一つ言いたかったこともある。結人がくれたパンダのぬいぐるみはちゃんと部屋で飾ってあることを言いたかった。
「……手繋ぐか?」
あいつが変なことを言いだすまでは……。
足を止めてまで、顔すら見せないでそういうことを言っても全然カッコつかない。笑っているのか、顔が赤くなっているのを見せられないから誤魔化そうとしてる、結人はそういうところがある奴だから。
「い、いや……」
私もそうだ、断ればすぐ終わること。
何故、拒否なんてできないのかは私自身がよく知ってる……。
「その……」
身体が震えてる、寒いからじゃない。頭がおかしくなりそうだったから。手を繋ぐ段階なんてもう終わっている。認めたくないわけじゃない、寧ろいつでも出来ることだから私は目を瞑りたくてしょうがなかった。
周りからはとんでもない熱量を浴びされているのかは見ないふりをしたかった。仮でも、もし何か言われてたら意識し過ぎて結人のことを置いて行って私は帰りそうだったから。
「ほら、行くぞ立希」
「え?ちょっ!!ま、待って!!」
手を掴まれて、景色が変わった感覚。
さっきまでの心臓の音とか全部忘れてしまいそうなぐらい……。こういうところだ、結人はいつも猶予の時間をくれない。考えれば、考えるほどその時間が無駄だと思っているのか、手が出るのが早い。少なくとも、私との関係が一線を越えている辺りで……。
「い、一線……?」
は!?一線!!?
い、いや越えてな……いや越えてないとも言えない。そもそも、結人のせ……私から求めたこともあるせいで全部が結人のせいなんかできない。頭を抱えそうだった、寝不足でおかしくなっているのかそれとも手を繋がれているという状況が私を壊しているのかもう何もかもどうにもならなかった。
「え?は?一線!?」
「は!?い、言ってない!!い、一線とか越えてないから!!」
結人は下を向き始める。
思い返すものしかなくて、下を向いてなんとか立て直そうとしている結人の姿を見て、私は結人の手を引っ張って先を急ぐ。
「お、おい!立希!!」
反応なんてどうでもいい。
手を繋ぐ行為をして来たのは結人の方だから。お店着くまでの間ちゃんと握って欲しかった。私の気が済まないし、こうでもしないと釣り合わない。なによりも、私は悪くなかった。嫌いじゃないから、結人とこういうことをするのが……。
フルーツケーキのお店。
結人と来ていたのはそういうお店……。元々、私から誘って此処付き添ってくれない?と言った。一人で行くのもなんか違う。こういうお店は大体一人客なんていないし、客層とかはどうでもいい。一人でこういうお店で来るのがちょっと嫌なだけだった。
「言わないの?意外とか」
一通り、注文を頼んでから我慢できなくなって、自分から聞いてしまう。
落ち着かなくて、メニュー表をまた開いてしまう。
「お前だって、横からこういうもの好きなんだとか言われたくねえだろ。立希がケーキ好きだとしても、こういう店また行けるなーとか思うだけだし」
「また?」
「ああ、行きたいならな」
「……そこは任せる」
どうにも払拭できないものがあって、私は周りを見始めてしまう。
楽しそうで会話をしている人たちの姿が目に入る。こういう光景は当たり前でしかなくて、羨ましいという気持ちはあんまりなかった。子供の頃から、私は一人でいることの方が多かったから。それに今は一人じゃない、こうやって時間を過ごせる奴がいるから。MyGO!!!!!だってある……。
「じゃあ、明後日とかどうだ?」
目を細めてしまう。
即決即断なのは全然いい。寧ろ、グズグズされるよりは全然いい。問題なのは、こうやってすぐ決断してこっちの退路を封鎖してくる。そして、此処で聞き返したら絶対結人はまた「好き」とか言い出して来る。もう私の方が学習してしまっている。天然とかじゃなくて、こいつはやりたいからやるだけだから。
「レッサーパンダ、結人好きなんだっけ?」
「え?ああ……よく覚えてたな、中学のとき一回言ったきりだろ?」
結人がレッサーパンダ好きなのは覚えてた。
というより、そこで揉めたこともある。なんでパンダじゃないの?とか私が言ったこともあって、多分再会したときレッサーパンダのところを行かなかったのはそういうことだったと思う。
「その……ペンギンは?」
「え?ああ、ヒゲペンギンだけど?」
ヒゲペンギン……。
他のペンギンと違ってなんか独特なペンギンだった気がする。
「そうなんだ、じゃあその……水族館と動物園行く?」
「ああ、俺は構わねえが……」
ペンギンの方は全く知らなかった。
結人と水族館は全く行ったことがなかった。動物園は行ったことはあっても……。だから、行ってみたい気持ちはあった。結人の話とか、動物の話とか聞いてみたい感情があったから……。
「じゃあ、その明後日」
結人は「ああ」と返事をしてくれたのを聞いてから、私は背もたれに寄りかかりながらも、自分のことをこう自虐したくなってしまう。
気が早いのは……私の方かも……。
懐かしい感じだ。
俺がレッサーパンダが好きだと覚えていてくれたことは意外だった……っていうのは割と嘘でしかない。立希は気持ち悪がることもなく、俺のバッグで付けられている動物たちを見てこう言ってきたことを覚えている。
『パンダ好き?』
中学時代、立希がいきなり質問してきていた。
アクセサリーショップで誕生石を眺めているときだった。
『あーレッサーパンダな『は!?パンダじゃないの!?なんでレッサーパンダなわけ!?お前、なんも分かってない!パンダはあの白と黒だから良さがあって、名前を出すのがあっち!?どういう神経してんの?』』
店中とか全くどうでもよさそうだった立希。
良さを熱く語っていたというか、ほぼ人格否定のそれだったがあいつがパンダのことが好きで好きで堪らないのはあの時点でもうちゃんと記憶として残っていた。あの頃のあいつにしては、滅茶苦茶前のめりで語って来て、こっちが悪いことしかもな……と罪悪感を覚えたのは言うまでもないが……。
ああいう店では全く似合わない昂りだったかもしれねえが、そんな経験があったからこそ、ちゃんと覚えてくれていたことは嬉しかったし……。なによりも、昔をこうやって振り返れることができるのは案外悪いもんじゃない。過去が自分から見れば、嫌なものじゃなくてちゃんといいものがあると知れるきっかけにも繋がれるから。
「なに笑ってんの?」
「立希ののパンダの愛は昔から異常だったのを思い出してただけだ」
「は?当たり前でしょ?」
「ブレねえな、相変わらず……」
だからこそ、俺は立希のことを信用している。
ブレないし、信念があってちゃんと周りのことも見れている。自分のことを厳しく見ているが、誰よりも優しいなんてことは言うまでもねえ。
「お待たせしました、こちら季節のフルーツケーキです」
店員さんが俺達の前にケーキを置いてくれている。
秋ということもあって、やはり栗というかモンブランとパンプキンケーキが目の前に置かれる。モンブランはザ・モンブランという見た目をしているが、パンプキンケーキは一瞬チーズケーキと間違えそうだ。
「アホだな、これは」
「……なにが?」
「こっちの話だ」
自虐をしてからスマホで写真を撮っていると、立希は撮る気配もなくフォークで切り分けて、口の中へと入れていく……。その動作を見て、思春期馬鹿は何処か目を逸らしたのは内緒でしかない。森の中のざわめきのような自分を黙らせつつも、ケーキを上手に切り分けて立希の方へと持って行く……。
「……なにしてんの?」
「祭りのときのやり返し」
「は?ば、馬鹿じゃないの?」
何も言わず、口元へと持って行くと立希は固まってしまう。触れたら、すぐ崩そうだ。
心拍数が上がりまくってる、このままだとあり得ない数値ですとか言われそうなことになっていそうだ。それでも、俺は続行する。
立希の奴、こんな想いでたこ焼きを食べさせたのか?多分、祭りのときの感じを見るに自分でも気づかずとかそういう感じだろうし、俺もその後やり返してるから二度目なんだが普通に状況やばすぎるから早く食べてくれ。
「っ~~!!い、一回だけだから!そ、それ以上はやらないから……!!」
日差しよりも強すぎる暑さを感じて黙っていると、フォークが動いたような素振りがあった。
「美味しかったか?」
フォークが軽くなってから、俺はようやく立希の顔の方へと意識を変えて行く。
喧騒は鳴りやまらない。
「……当たり前でしょ」
足を宙ぶらりんとさせながらも立希が返して来る。
「な、なんで凝視してんの?」
「い、いや……」
言えるわけがねえ。
目の前の立希が耳の淵まで朱色で染まっていて、この店の中で一番画になりそうだとか話をしたら絶対怒られるし、そんなことを言った日には二度と口利かないとか言い出されるはずだ。
「……画になりそうだなって」
もう遅かった。
全部言っちまっていた、訂正することも咳払いすることもなく俺は引っ込めることなくスマホを出すと……。
「一枚だけだから」
立希が抵抗することなく、了承してくれる。
俺は無言のまま、スマホで写真を撮る。たった一回だけ許された機会を俺は無駄なものと変えないよう、意識を集中させて撮る。そこに映し出されているのは俺が今まで見て来ていた。
星々の輝きよりも美しく、どこを見ても忘れられない一枚でしかねえ。
スマホから目を放すことができない。感慨深いものだとか言葉で表すことが出来ないなんてのは何か話すことが出来ないからとかそういう感じになっちまうが、咀嚼することしかできなかった。
画面越しの景色が俺の感情をざわつかせるには充分だった……。
ああ、ダメだな。やっぱり、俺は立希の前だと……。
隠せねえわ……。