【完結】迷子の友人は羨望する   作:シキヨ

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空白を縫う

『睦ちゃん、お誕生日おめでとう……!』

『若葉さん、睦ちゃん何歳になったの?』

『えー?確か、15歳とかだったかなー?』

 

 誕生日の度、思い出す。

 心からじゃない持ち上げてる異質な感じ、お母さんと祝ってくれる芸能人の声。なによりも……。

 

『睦ちゃんの誕生日?そんなものないよ』

『誕生罪の間違いだよね?』

『生まれて来てごめんなさいって言ってよ』

 

 玄関でかかとが靴の中に入ると同時に思い出す。聞こえない、届かないフリし続けていた。

 自分達の声。呪われていたとか、恨まれていたとか言うつもりもない。変わることのない真実を抱えながらも、こうやって偽れることもない自分の誕生日や誰かの誕生日を祝って来た。立希の誕生日も……。

 

 

 

 

 

『睦ちゃん?私の誕生日ってあるのかな?』

 

 靴紐を結びながらも感情が波のように流れていると、モーティスが話しかけて来る。

 

「モーティスの……?」

 

 靴紐を結ぶ手が止まった、考えたこともなかった。

 存在、一つの私としての誕生日。あんまり聞いたことがない話……。

 

「誕生日、同じじゃダメ?」

 

 モーティスの誕生日はあまり知らなかった。

 いつ生まれたのかも本人もよく知らないみたいだったから。だから、私は自分と誕生日が同じだったら、覚えやすいと思って……。

 

『睦ちゃんの誕生日、1月14日だっけ?』

 

『燈ちゃんの二ヶ月後だよね!今からケーキとか食べられるの楽しみだなぁ!』

 

 心の中で何処からともなく持ってきたフォークを取り出している。

 あの世界では何かを実体化させるということすらできたのは初めて知った。私が心の世界に入ったら、偶に散らかったりしていたのはそういうことだろうか。

 

『あれ!?睦ちゃんと誕生日同じだったら、プレゼント一個とかならないよね?』

 

「あるかも……」

 

『えー!!?』

 

 駄々をこね始めるモーティス。

 引っ繰り返した虫みたいでその光景が面白くて私は若干微笑みながらも、誕生日の話を思い出して頭が教えてくれたことがある。

 

 若葉睦として生まれた誕生日は私のものじゃない。

 

『どうして睦ちゃんは楽しくないなんて……言ったの?』

 

 彼女の誕生日だった。

 消滅してしまった幾つものの若葉睦の中の最初の生年月日。私はいつか生まれたのかなんて考えてしまえば、CRYCHICの解散日としか言えない。解散した日が生誕日なのはあまりにも……。

 

『睦ちゃーん!?』

 

 後ろから炸裂音みたいな音がする。

 モーティスが拡声器を持ってた。

 

「……なに?モーティス?」

 

『まーたー!暗いこと考えたでしょ!?』

 

 地面と密着している姿はなかった。

 今度はテーブルの上をフォークの底で叩いて、音を鳴らしながらも抗議の声を上げているモーティス。そうだった、私の心の声はモーティスには筒抜けだった。

 

「考えてない」

 

『本当!?絶対考えたよね!?』

 

「本当……行くモーティス」

 

『そうそう!そうだよ!今日は燈ちゃんの誕生日祝うんでしょ!?前日だけど!』

 

 心の中で無言の肯定をする。

 祥と共に、今日は燈の誕生日を祝う。モーティスが言っていたように、前日祝うのはおかしいかもしれない。明日はMyGO!!!!!や結人達と祝うだろうからと、祥が気を利かせていた。

 

「あら?睦ちゃん、出掛けるの?」

 

 靴を履いていると、お母さんが話しかけて来る。

 心の中で舌を出している。私は自分の表情を玄関で置かれている鏡で見れば、自分の表情は変わっている様子はなかった。

 

「ん……行ってきます」

 

 今まで言ったこともないことを初めて言ってから、私はそのまま家を出る。

 

『返事ぐらいしてくれればいいのにね、睦ちゃん!』

 

「いい……私がしたいから」

 

 

 

 

 しただけだから……。

 後悔はない。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

「誕生日、思うところはありますわね……」

 

 孤独の空間をただ一人で眺めてしまう。

 お母様が亡くなってからと言うものの、とても誕生日を祝ってもらえるような状況ではなかった。なによりも、お父様のことがあってからは誕生日という概念すら私の中では消えてしまっていた。

 

 こうやって誰かを祝う行為自体は立希が二人目……。

 

「あまり感傷に浸るのはよくありませんわね……」

 

 ダメと言うつもりはありませんわ、触れることも時には大事ですわ。

 ですが、過去の自分からいつだって抜け出すことはできない。それが私自身の罪でもあったからこそ、私は誕生という日を誰よりも早く祝う気持ちはありますわ。これは使命ではなく、私自身がやり遂げたいという覚悟がありますわ。

 

「大それたことですわね……」

 

 友人の誕生日を祝うだけで覚悟というのは……。

 玄関のたった一つの靴を履きながらも、私は先に家を出て行かれたお父様のことを思い出す。

 

「お母様、お父様は……いえ必要ではありませんわね」

 

 ピアノの上で置かれてある赤いドレスの人形。

 お母様が遺してくれた形見。天国からも私たちのことを見守ってくれているはずですわ。ならば、これ以上は無粋ですわね。

 

 

 

 

「行ってきますわ」

 

 誰もいない、誰かに伝える訳でもない。

 私の声が家の中で響くことはなく、私は家を出て行きましたわ。目指すのは燈の家……。睦ももしかしたらもう来ているのかもしれませんわ……。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

『睦ちゃん此処だよね?燈ちゃんのお家』

 

「ん……合ってる」

 

 燈の家に来たのは二週間ぐらいぶりだった。

 燈の家で待ちながらも、風で紙袋が揺れ動いてしまう。

 

「モーティス」

 

『ん?なになに!?』

 

 家で誕生日のことを考えたときのことを紙袋の重みで実感し直していた。

 

『モーティスの誕生日』

 

『誕生日の話してくれた?今日が誕生日とか!?』

 

「今日は……ちょっと」

 

 ケーキが食べたいのか、モーティスは強く押して来る。

 実際、誕生日は今日と言われてケーキを食べる。そんなことをしたら、毎日が誕生日……?モーティスだけ365歳?私よりも……年上?

 

「ぷっ……!」

 

 吹き出しそうで私は口元を押さえてしまう。

 365日毎日ケーキを食べて、生活して一人だけ凄いお年寄りになる。ちょっとだけ……面白かった。

 

『ちょっと睦ちゃん!人のことおばあちゃん設定にしたでしょ!?』

 

「……ごめん」

 

『あっ!もし、365歳だったらギネスとか狙えるかな!?』

 

 自分の年齢の高さよりもギネスを狙うことが出来ることが興味を示すモーティス。

 

『ちょっとツボらないでよ睦ちゃん!』

 

「ご、ごめん……」

 

 堪えようとも我慢していた。

 実際は無理だった。モーティスがギネスとか言い出した時点で笑い声を誤魔化すことが出来なくなって、どうにか後ろを向いて景色を確認しながらも、一つ一つの車の色とかでも覚えて誤魔化そうとしていた。でも、限界で笑うのは抑えらないでいると、後ろから音が聞こえて始める。

 

『あれ?睦ちゃん、もしかして……』

 

 

 

 

 

「睦ちゃん……?待ってたの?」

 

 音がしていたのは燈の家の扉だった。

 モーティスが教えてくれたことで何事もなく、笑っていた姿もなかったことにする。

 

「笑い声聞こえてた?」

 

「え?う、うん……睦ちゃんの聞こえたから」

 

 平穏となった私の心の中では……。

 自分がこうして心から笑ったのはいつからだろう?という不思議な感情もこの心にはあった。笑みということをすることはあっても、こうやってお腹の底から笑ったのは久々だった。

 

『睦ちゃん、そろそろ……!』

 

 紙袋をしっかりと掴んでから、そのまま燈に誕生日プレゼントを渡す。

 

「燈、誕生日おめでとう」

 

「あ、ありがとう睦ちゃん……中開けてみてもいい?」

 

 しっかりと紙袋を手で受け取ってくれる。

 燈の持つ力が強かったのか、紙袋が若干凹む……。

 

「ん……」

 

 手を入れている……。

 その手で掴んだのか燈はそのまま引っ張って中から取り出してみると……。

 

 

「絆創膏と……文房具?しそと……きゅうりの妖精?」

 

 燈が取り出していたのはしその絆創膏ときゅうりの妖精の絆創膏。

 

「きゅうりの妖精はきゅうりのマスコットキャラ、竹串で腕とか足が作られていてきゅうりの豊作を祝うための」

 

「そうなんだ……ありがとうね睦ちゃん」

 

『睦ちゃん、相変わらずセンスが奇抜というかなんか奇妙というか……』

 

 燈のお祝いとモーティスのツッコミがほぼ同時にしてくる。

 選んだのは私だから、後悔はしていない。なによりも、こうやって誰かの誕生日を祝えることは複雑な心がありながらも、私自身は嬉しかった。それは勿論燈だからこそと言うのもある。燈には何かを返したかったから。

 

「燈、モーティスからもあるらしい……からちょっと待って」

 

「え?う、うん」

 

 意識を集中させて自分の心に念じながらも、私はモーティスと交代しようとする。

 モーティスが何を渡そうとしているのかは知っている。何故なら、何度も私には相談してないからと念押ししてきていたからだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

「ようやく交代してくれたね睦ちゃん!」

 

 腕を組みながらも実感する、此処からはもう私の土壇場……。

 睦ちゃんとかいうセンスの欠片もない贈り物なんかよりも、私の方が燈ちゃんのことを理解してるし、喜ばせることができることを証明できる機会。

 

『モーティス全部聞こえてる』

 

「今いいところなの!睦ちゃん!」

 

 この心の声が完全、駄々洩れなんとかならないのかなーもう。

 これのせいで私がシュークリーム食べたいとか考えてるときもバレるんだもん。

 

「ってごめんね燈ちゃん!独り言にしか見えないよね!」

 

 危ない危ない、睦ちゃんのせいで独り言を言っている危ない人だった。

 燈ちゃんはこういうの気にしないだろうから大丈夫だけど。

 

「待っててね、燈ちゃん」

 

 バッグの中を手を突っ込んだらごそごそという音が。

 

「あれ……?」

 

 嫌な汗が額に流れてる……。

 え?忘れてたりしてないよね?まさかだけど……。え?それは普通にヤバいんだけど……。焦り始めていると燈ちゃんが紙袋の中にまた手を突っ込み始めている。いやいや、そっちにはもう……。

 

「もしかして、これ?」

 

「え!?あったの!?」

 

 燈ちゃんが手が突っ込んだ先には包装されているものがちゃんと入ってた。

 あれ!?そっち入れた覚えないんだけどな、睦ちゃんもしかして弄った……?

 

『知らない』

 

 あーこれ絶対弄ってる。人が知らない間で紙袋に移動させてる。

 もーこれだから!睦ちゃんは……!!い、いやそれよりも……。

 

「ペンギン……!」

 

 燈ちゃんの目が輝いている。

 おーこりゃあもう睦ちゃんの誕プレよりも圧倒的いい反応だよ。これでこそ意味がある行為だよ。睦ちゃんがさっきあげた妖精の奴は嫌そうにはしてなかったけど、困ってそうだったもんね燈ちゃん。勿論、燈ちゃんも嬉しそうだったよ!

 

「そうそう、しかもねこれペンギンのタンブラーなの!燈ちゃんが好きなケープペンギンの!探すの苦労したんだ!あっ使い方分かる?大丈夫?」

 

「だ、大丈夫……ありがとう」

 

 

 

「モーティスちゃんも睦ちゃんも……」

 

 心がポカポカとした気持ちだった。

 贈り物を送るというのは誰かへの感謝の気持ちを伝えるという意味があるとか聞いたことがある。だとしたら、この感情は悪いものじゃない。おばあちゃんが言っていた通りのものだ……。

 

「うん!ちゃんと使ってよね燈ちゃん!!」

 

「使うね、ホットミルクとか入れたり……」

 

「じゃんじゃん使ったね!使い方分からなかったらいつでも言ってね!」

 

 タンブラーならいつでも牛乳が飲み放題だから。

 燈ちゃんも牛乳が大好きだろうから、たくさん飲めるはず。今度こそ一気飲みをググイッといっぱいして欲しい。

 

「ありがとう……そのモーティスちゃん」

 

「ん?どうしたの?」

 

 何かを聞き出そうとしている燈ちゃん。

 下を俯いてて、具合悪かったのかな……?

 

モーティスちゃん、仲……いいんだね睦ちゃんと」

 

 途端に口元が緩み始める。なーんだ、そんなことか。

 当たり前じゃん、だって私は……。

 

「睦ちゃんは私の半身だよ!半身!!そりゃあそうだよ」

 

「半身?」

 

「っそ、私達は一心同体!」

 

「睦ちゃんが辛いときは支えて、私が辛いときは睦ちゃんが支える!お腹すいたらケーキやご飯を食べるし、楽しいことがしたかったら楽しいことをする!それが私達なんだ……!」

 

 燈ちゃんの問いを答えると、何故かまだ浮かない顔をしている。

 どうしてなんだろう?え?いいこと言ってたよね私……?

 

『ねえ、睦ちゃん?傷つけるようなこと言ったかな?』

 

『言ってない……。別の何かだと……思う』

 

 一旦、退避して心の中で会話をする。

 別……?別ってどういうこと?体調悪いとかじゃなくて、悩みでもあるということなのかな。だとしたら、私が解決してあげなくちゃ。

 

「燈ちゃん、どうかした?もしかして、結人君と喧嘩でもした?」

 

「えっとね……ゆいくん、その体調悪いみたい……」

 

 燈ちゃんの視線がもう地面の方向だ。

 え!?結人君、このタイミングで体調悪くなってるの?どんなタイミングで!?明日は燈ちゃんの誕生日だよ!?ちゃんと治さなかったら、燈ちゃんの前で引っ叩いてでも連れてってあげるんだから。

 

「え?あーその……喧嘩とかで会えないじゃないよね?」

「違う……よ?」

 

「ゆいくん、明日はちゃんと行くって言ってくれてる……から」

「咳き込んでで、熱出してるみたいで」

 

 スマホを持って来てくれた燈ちゃんとの実際のやり取りがあった。

 ちゃんと既読もついている。割と即レスしてる。具合悪くて即レスしてるのよくわかんないけど、昔みたいなぐちゃぐちゃな関係になったわけじゃないならいいか。

 

「あーよかった」

 

 息を吐きながらも、私は落ち着いていた。

 安心安心、これなら大丈夫。もし来なかったら私の方は別れ話してもう結人君とはいちゃいちゃしてあげないからとか言うつもりだったよ。とりあえず、馬鹿結人君の心配はこれ以上もうしなくていいや。

 

「それじゃあ、燈ちゃん私は帰るね!結人君にはキツく言っておくね!」

 

「お、お手柔らかに……ね?」

 

「うーん、考えとくね!」

 

 女の子の誕生日前日で風邪引いてるような悪い人なんか忖度してあげないもん。

 徹底的、弄ってあげて燈ちゃん泣かせたら何かしらの24時間刑を執行してあげるもん。

 

「それじゃあね、燈ちゃん!改めて誕生日おめでとう!」

 

「うん、ありがとう……」

 

 

 

「睦ちゃん、ケーキ食べに行こう!」

 

 誕生日を祝うといういいこともした後だ。

 こういうときはやっぱり自分へご褒美をしたくなる。急いで燈ちゃんの家の前から離れて、出て行くと睦ちゃんが声を掛けて来る。あっ、結人君にも連絡しておかないと……。

 

 

『ちゃんと風邪治しなよ!!』

 

 すぐ既読がついて……。

 

『わかってるよ』

 

 内心、なんでお前が知ってるんだよとか思ってそうだけど無視。

 ふふっ、燈ちゃんから聞いたんだよー。

 

『モーティス』

 

「ん?なに?睦ちゃん?」

 

 

 

 

 

『祥は……?』

 

「え?」

 

 

 

 

 

「ああ!!忘れてた!!!」

 

 

 

 

 楽しくなってたあまり祥子ちゃんのこと全然忘れてた……!

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 歩道を歩いていると、何処か見覚えがある方が通って行きましたわ。

 いえ、あれは……。

 

「睦……?」

 

 睦が今通っていたような気がしますわ。

 

『ケーキ食べて来るね!』

 

「これは……モーティスですわね」

 

 先ほど、燈の家から出て来たという感じですわね。

 返って、燈との二人の時間を作れるという意味では悪くはなかったかも……しれませんわね。

 

 

 

 

「此処ですわね……」

 

 手を伸ばそうとしても、震えてしまう。

 息を吸おうにも吸うことができない。吸えば、猛毒でも吸い込んでしまうみたいでしたわ。

 

「ダメですわね、これでは……」

 

 怖いという訳ではありませんわ。

 私の中で躊躇いが起きているとすれば、自分の感情が穏やかではないからですわ。この手でこの家の扉に触れてしまえば、それは消滅する。簡単なことのようで、難しいことなのは私の中で恐れという名の恐怖心が強いからですわね……。

 

「怖いということですわね……」

 

 色々と整理してみても戻ってきますわ。

 自分をどう取り繕っても、来ること自体が怖かった。自分で選んだこととはいえ、逃げられるのであれば逃げたいのが事実。だからと言って、私は……。

 

「燈、来ましたわ」

 

 インターホンを鳴らすことを止めたりはしませんでしたわ。

 退路を断って、私がある。ならば、堂々としていればいい。友としての務めはそこから始まるんですわ。沈黙と言う名の静寂が続くなかで、家の鍵が開いたような音がしてそのまま扉が開いて行く……。

 

 時の流れと同時で、私は息を呑みながらも私が待っていると……。

 

「祥ちゃん、来てくれたんだね……」

 

 私は首を軽く縦に振ってから、伝える。

 

 

 

 

「燈、誕生日おめでとうございますわ」

 

 言葉として届けることでようやく肩の荷が下りたような気がしますわ……。

 そうですわね、元来誕生日というものは人が生まれた日を祝う行事。私の中では何処か空虚で空っぽのようなもののように感じてしまっていたのはなにも始まったことではなかった。

 

 私はお母様が死んだあの日。

 お父様が壊れてしまい、CRYCHICが壊れてしまったからずっと私は誰かを褒めることが出来なかった。CRYCHICの頃の私は上書きすることがお父様がまだ頑張ろうと、無理をしてでも立ち上がろうとしてくれていたからですわ。でも、今となっては……。

 

「そうじゃありませんわね……」

 

「燈、プレゼントを持って来たんですの……」

 

「祥ちゃんも?」

 

「ええ、睦達も来ていたのですね。私からもほんの僅かの贈り物がありますわ……」

 

 手で持っていた黒の小さな紙袋から私はあるものを取り出そうとする。

 燈からすれば、最早これは必要のないかもしれませんわ。それでも、私たちとしては必要なもの……。例え、道が分かれたとしてもこの思い出だけは何も変わらない……。

 

「ありがとう……」

 

 両手で受け取ってくれている……。

 

「祥ちゃん、これって……」

 

「ええ、そうですわ……」

 

 

 

 

 

「CRYCHICの写真ですわ」

 

 燈が開いたのは……アルバム。

 燈が一枚一枚、開いて行けばそこにあるのは……CRYCHIC時代の私たち。カラオケで歌っている私達。カフェで飲んでいる私達。スタジオで楽しく練習している私たち。どれも色褪せることのないもの……。

 

「今更あの頃を忘れられないなんて言い出すつもりはないですわ」

 

 はっきりと燈の顔を見つめながらも、意識を足へと集中させる。

 

「この贈り物は……私からの過去の記録そのものですわ」

 

 私が燈の家の前で立つのを恐れていたのはこういう……ことですわ。

 勇気も覚悟も決意も足りていなかった。この写真を見せれば、燈が傷つくことになってしまう。不安が過りつつも、私がこのアルバムを渡す事を選んだんですわ。

 

 

 

 

「それぞれが別の道、方角だとしても過去は記憶として残り続ける、在り続けるんですわ」

 

 

 

 

「だからこそ、渡したかったんですわ」

 

 矛盾していますわね、私は……。

 そよが言っていた通りですわ、私は何処までも自分勝手でしかない。堪えようとしているのに、自分の頭が許してくれない。自分がしたいからしているだけ、逃げているだけ。それなのに、私はこうやって自分が正しいと"しか"思えないことばかりを続けている。

 

 これでは罪が増えて行くばかりというのに、私は自分を許したくなってしまう……。

 

「祥ちゃんがくれたこのアルバム、CRYCHICは……私達にとっても大切な大切な存在」

 

「だから…‥このアルバムを絶対忘れないね……?」

 

「ええ……」

 

 持ってくれている、その実感が……込み上げてる。

 ほんの少しばかり強めで包み込んで大事に手で……。

 

 私は……それだけで……。

 

 

 

 

「ありがとうございますわ……」

 

 

 

 

 

 一滴の雫を落とすには……。

 

 

 

 充分な理由でしたわ……。

 

 

 

 

 それで私は初めて……。

 

 

 

 

 

 

 自分を許せそうだったんですわ……。

 

 

 

 

 

 

 

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