【完結】迷子の友人は羨望する   作:シキヨ

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後悔しない選択

 薄暗い部屋の中……。

 電気は付けていなかった。目の前に映る画面をただぼんやりと眺めてしまう。

 

 分かってる、分かってる。

 何度自問自答したとしても、この問いに答えが出なくて息苦しいことぐらい、自分で知っているはずだった。この胸で楔として残り続けているのは、単なる悲しみじゃない、嘆きじゃない。知っていた感情に名を付けるのが怖くてしょうがなかった。

 

『ごめん、移すと悪いから行くのやめとく……』

 

『明日、必ず祝うから。本当に悪かった』

 

 昨日の夜、ベッドの上で自分のことを隠すことで精いっぱいだった。あまりにも辛かった。

 結人君は気を遣ってくれていたんだ。ただ気を遣うだけじゃない。いつもの結人君なら……。

 

『体調悪いが、お前の誕生日は絶対祝いたいから』

 

 無理をしていたはずだった。

 川で溺れている子供を助けたときだってそう。傘を差し出してくれたときだってそうだった。いつだって結人君は自分の為じゃなくて助けたいから助けてくれていた。この体を縛り付けようとしている鎖が教えようとしてくれているのは、断言したことで……。

 

『大丈夫だよ』

 

 言わせないようにするためだった。

 そんなことが起きてしまえば、辛くなってしまう。期待していたからこそ、この楔が違う形で自分のことを強く締め付けることを結人君が先回りしてくれていたんだ……。

 

「ゆいくん……」

 

 一人っきりの部屋じゃない、みんなが居てくれている。

 本当は会いに行きたい。結人君のところへ行きたい。私が倒れたときみたい、看病してくれたのはゆいくんとあのちゃんだ……。恩を返したい、結人君の傍にいてあげたい。本当は不安でしょうがない。

 

 

『そうか……頑張れよ』

 

 

 前みたいになるのが……怖い。

 

 

「抹茶ケーキ……」

 

 お皿で分けた抹茶のケーキを楽奈ちゃんが食べようとしている。

 ろうそくの火はとうに消えている……。

 

「楽奈ちゃん、フォークあげるね」

 

「ありがとう」

 

 楽奈ちゃんがフォークを受け取って、ケーキを切り崩している。

 一つ一つの動作を見つめて、どうにか気分を紛らわせていることしか出来ないでいると、あのちゃんが肩を叩いて来る。

 

「ともりん、ゆいくん大丈夫そうなの?」

 

「わからない……」

 

「一緒に行く?」

 

 返すことができない、行きたいと言えばよかったはずだった。 

 言葉を出そうとしても、私はこの手で握っている贈り物と机の上にある贈り物が目に入ってしまう。

 

 MyGO!!!!!のみんなから誕生日を祝って貰って、誕生日プレゼントを貰った。あのちゃんからはこれから寒くなるから、ペンギン柄の手編みマフラーをくれた。温かそうだった。楽奈ちゃんからは猫の置物を貰った。何処に飾ろうか、迷った。そよちゃんはペンギンの付箋をいっぱいくれた。新しい付箋、いっぱい手に入った。立希ちゃんからは……。

 

「行くようだったら言ってね!」

 

「う、うん……ありがとう」

 

 曖昧な返事で濁してしまう……口先が震えてしまう。

 時間だけが過ぎて行って、時計の針が動き出すのを止めることができなかった。

 

「燈、大丈夫?本当に大丈夫?」

 

 意志を示すのが精いっぱいだった。

 気にしてないよと言ってしまえば、自分を解放することが出来たはずだった。それが出来なかったのはこの心の結を破壊してしまえば、自分の感情を耐えきれなくなる。だから、息苦しさを呼吸を忘れることしかできない。

 

「燈……」

 

 立希ちゃんは心配してくれている。

 ざらざらとした感触のものを握り締めてしまう。立希ちゃんがくれた贈り物を……。

 

「燈。その……私にとって燈の詩は……いや、行きたいなら」

 

 

 

 

「行った方がいいと思う」

 

「……え?」

 

 立希ちゃんが何かを言い掛けようとしたとき、立希ちゃんは手を握ってくれる。

 手は冷たかった。冬の外で雪を素手で触った後みたいな寒さをしていた。そんな手でも、私は立希ちゃんの話を聞きたかった。立希ちゃんは……私のことをよく見てくれている……から。

 

「健康管理できないあいつが悪いのはそうだし、燈が迷うなら、追いかけた方がいい。私は燈が後悔する選択肢を……」

 

 

 

 

「選んで欲しくない」

 

 耳の中へと届いて行く……。

 立希ちゃんの言葉が届いて行く中で、私はこの手で掴んでいる立希ちゃんの贈り物、それは『石』だった。その石は丸っこくて白くて綺麗でかなり磨かれてる石だった。立希ちゃんが念入りで磨いてくれていた石みたいだった。

 

 立希ちゃんはこう言ってくれていたのを覚えている……。

 

『これからも燈と共にバンドを続けたい。だから、その石は……生涯の証として残しておきたい』

 

 どんな思いよりも重い、それは……モーティスちゃんが語っていた内容も思い出させてくれるものだった。

 

『睦ちゃんが辛いときは支えて、私が辛いときは睦ちゃんが支える!』

 

 支え合う、後悔しない選択肢……。

 

『この贈り物は……私からの過去の記録そのものですわ』

 

 記録……。

 みんなが教えてくれたことがある。モーティスちゃんや祥ちゃんだけじゃない、睦ちゃんだって教えてくれた。過去の大切さを……。

 

 もし……。

 もし、このまま私は行かないで家で閉じこもって明日を迎えて結人君が祝ってくれたとしても、心の奥底では去年と同じ感情がシャボン玉のように思い出してしまう。

 

『燈、ケーキは冷蔵庫の中入れてあるから!お母さん、お仕事だからごめんね』

 

『う、うん……大丈夫……』

 

 中学三年生のとき、一人ぼっちの誕生日を迎えた。

 お母さんは夜勤でお父さんも仕事で一人ぼっちの誕生日をテーブルの上で迎えていた。空白の一年の中で私はただひたすら自分を押し殺すことが正解だと信じていた。火を付けず、煙も立つことがない部屋の中でホールケーキを一人で切り分けていた……。

 

 

 

 

「ともり、行かないの?」

 

「楽奈ちゃん……?」

 

 濁った過去を手で触れていると、虚ろから戻って来る。

 声を掛けてくれたのは楽奈ちゃんでケーキを食べ終わったみたいだった。何もなくなったお皿の方ばかり注目していると、楽奈ちゃんがまた声を掛けてくれる。

 

「ゆいとの一生の思い出」

 

「最初のときの……?」

 

 楽奈ちゃんはフォークについていた生クリームを軽く舐めてから再び話してくれる。

 

「一生思い出になる行事、たんじょうび」

 

「もしかして楽奈ちゃん、一生の思い出になるから行ってあげた方がいいって言いたいんじゃない?」

 

 そよちゃんの言葉に反応して、無言で頷いている。

 俯くことはしなかった。ただみんなを置いて、立ち去ってもいいのか不安だった。みんなが祝ってくれて、来てくれた。なのに、結人君を追いかけてこの場を離れてしまうのは来てくれたみんなに悪い気がしていた……。

 

「ともりん!やっぱり、行った方がいいって!ゆいくんもともりんが来てくれたら元気になるかもしれないし!ねっ!」

 

「根拠はないけど……愛音の言う通りだと思う。今日あいつの傍にいてやれるのは燈だけ」

 

「だから、私達には構わず行ってくれて構わない」

 

 結人君が言っていた支え合う。

 モーティスちゃんが言ってた支え合う。その意味が自分の中で実感することができていた。離れたら駄目、来てくれたみんなに悪いという感情は悪いものではないけれど、託してくれたみんなの感情からは……。

 

「みんな……」

 

 

 

 

 

「行ってくる……」

 

 逃げたくなかった。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 よかった、燈はちゃんとあいつのことを追いかけてくれた。

 結人が体調悪いと言い出したとき、流石に怒りたくなってしまった。

 

『は?お前明日燈の誕生日だけど?』

『すまねえ、ちゃんと祝うから』

 

『燈のこと……悲しませないで』

 

 その後、既読がついていたけど、それ以上返って来ることはなかった。

 普段体調を崩すなら、しっかりしてで終わるけど。今日という日で体調が悪いから、いけないと言われると自分の中でもあの日の再来だと考えてしまう。

 

 中学時代のことはもう振り切れてはいる。

 連絡も既読がついてたし、ちゃんと返してくれていた。安心はしていたけど、不安がないわけじゃなかった。

 

「ともりん、あのときの恩返しできてよかったぁ……」

 

「あのときの……?」

 

「あーいやなんでもないよ、そよりん。お皿持ってくね」

 

 愛音が何か意味深げなことを言ってる。どう見ても、何かあった奴だ。

 皿を持ったまま、愛音は部屋を出てキッチンの方へと向かって行った。

 

「珍しいね、楽奈ちゃん」

 

「燈ちゃんの背中を押してあげたの」

 

 言われてみれば、野良猫が燈の背中を押したのは意外だった……。

 燈の方は野良猫のこと結構頼りにしているみたいなところがあるのは知っていた。あんまりこの二人がどういう関係なのかとは私も詳しくない。

 

「初めてじゃない」

 

「そうなの?」

 

「おもしれーこといっぱいとどけた」

 

 

 

 

「これからもとどける」

 

 誇らしげに息を軽く漏らす野良猫。

 あいつの話していることは相変わらずよく分からなかったけど、多分野良猫は……。

 

 

 

 

 あいつの手を掴んだ側なんだ。

 私がこの手で燈への贈り物として……。

 

 

 

 

 

 あの石を掴んだように……。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……!!」

 

 こうやって走って来たことは何度あっただろうか。

 バンドをまた始めてから……走り出すことが多かった。誰かを追いかけて、誰かをつなぎ止めたかった。後悔した日々もあった、見ないふりしたくなったときもあった。羽を閉ざして、ただ溶けてしまう氷の上で空を見上げていればいつかは手が伸ばされていたのかも……しれない。

 

「……違う」

 

 そうじゃない、証明してきていた。

 自信がないこの手で証明しようと頑張ろうとしていた。必死だと笑われても、救われて救われて来た人生ばかりだった。そこでいつもいてくれたのが……。

 

 

 

 

 

「燈、来たのかお前?」

 

 彼がいる……。

 あの頃の彼じゃない、あの頃の自分じゃない。もう通り過ぎることも、突き放されることもない。この心はとうに楔という痛みから解放されていて、楽でいられていることに気づいたのは……後になってからだった。

 

「いや、そうじゃねえよな……」

 

 息を吐けば、それは穏やかなもの。

 一瞬、下を向いた後で結人君はマスクをしたまま……。

 

 

 

 

「来てやれなくてごめん、遅くなったな」

 

 温もりをくれる、抱きしめてくれている……。

 熱があるからこその結人君の身体が教えてくれている。私自身が教えてくれている……。

 

「16歳の誕生日おめでとう」

 

「うん……」

 

 

 

 

 

「ありがとう……」

 

 

 

 

 

 

 

 後悔する選択をしなくてよかった……。

 

 

 

 

 

 

 

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