【完結】迷子の友人は羨望する 作:シキヨ
和室……。
初めて来たわけじゃないけれど、この空間をじっくりと目で追っていた。しんとしていて、決して心が温まる場所じゃなかったということを知っている。車の音もない、エアコンの音もしなかった。ただ祥のピアノの音だけが寂しく響いてそうな場所。
「睦、テーブルの用意ありがとうございますわ」
「ん……」
その静けさは一つのテーブルが置かれたことで感じさせることもなかった。
祥が鍋をテーブルの上に置いてくれたおかげで心も体も温まりそうだったから。
「睦は鍋はやったことがあるんですの?」
「お母さんがみんなを呼んで偶に……」
「打ち上げと言う感じですのね?」
首を軽く縦に振る。
昔のクセなのか、祥は私がお母さんの話をしたとき口を開きっぱなしだった。あんまりいい感じじゃないのは祥ですら知ってたこと。咎めることすらせず、私は話を続けてる。その方がいいから。
「だから、やるのは初めて」
「では私が教えますわ!」
誇らしげに言ってくれる。
そんな祥の姿を見るだけで私は肩の力が抜けたように嬉しく思っていると、スマホに通知が鳴っている。
『あーその……よかったぞ』
結人からの連絡だった。
写真集の感想をちゃんと送ってくれていて、自分のなかで満足しつつありながらもこう送り返す。
「足りない」
既読がついて、次はどんな内容を送って来たのかは見ないでも分かる。
物足りなかった。だから、ちゃんとした感想が欲しくて待っていると結人は……。
『ちょっと待ってくれ……』
冷や汗ダラダラな結人の姿が思い浮かぶ。
『待ってる』
お礼を言うと、再び既読がついていた。
こうやって結人を弄ると言う行為は私自身は決して悪いものじゃない。心の中にいるモーティスからは『むっつりすけべ』とかそういう単語が聞こえていた。
「どうしたんですの睦?」
「面白いことがあった」
「よっぽど面白いことだったんですのね」
「ん……」
本当に面白いことだった。
私が勘違いをして、買ってあげてそのままサインをしてあげた。自分のサインを入れるのはファンの子以来で思えば、結人には一度もしたことがなかった。サイン以上のことはしたことはあった。
『あーその……睦らしさは出ていたというか……』
『勘弁してくれ、誰にも言わないでくれよ?』
降参の合図。
結人は自分の非。非ではないけれど、それを認めて自分の過ちを誤魔化さないでいる。そういうところを確認できて、私は指先を手早く動かしながらもこう送った。
『ありがとう』
それだけで充分だった。
自分の写真集を他人に見られるというのはあまり慣れていない行為。周りから褒められてもどう反応をすればいいのか分からないことが多かった。自分なりの自然体でいいとカメラマンさんは言ってくれていたけれど、それが分からないから普段通りの自分でいた。
それを結人が褒めてくれたのならあの文章だけで十分だった。
「睦、食材の方準備できましたわよ」
「わかった」
結人の感想も聞けた。
此処から久々の祥との食事……。
『睦、これは私の家の御自慢の紅茶ですわ!』
お母様がいて豊川邸にいた頃の私はよく睦を屋敷の中へ招いて一緒にお茶を飲んでいましたわ。
二人で学校のことや休みの日のことを話したりはしていては日常というものをこの手で掴み取れていた。あのときはまだ自分の身体が陽だまりに照らされていて余裕があった。
それからは言うまでもないですわ……。
このお鍋で使っていた料理の腕も私が中学生で此処を来て余所の家の家事を手伝うことでお金を貰っていたという理由があるから。こうして、誰かに料理を振舞うというのはある意味友人という立場であれば初めてではありますわ。
煌びやかに光るお肉、新鮮そのものなお野菜。
それらを目に入れつつも、私は台所からテーブルの方へ運んで行く……。本当でしたら、ムジカの五人で今後の親睦会も含めてやるというのは悪くない一手。ですが、初音達はそれぞれ仕事があって来れるわけもなかったんですわ。またの機会という意味では楽しみですわ。ただ今はこうして……。
「睦はクタクタ派なんですの?」
「シャキシャキ」
箸をしっかりと掴みつつも、鍋に野菜からまずは入れていく。
睦も同じように箸で野菜を掴もうとしていましたが、苦戦しているようで何度か掴んだ先から落としそうになっていたのを私が入れる。
「お野菜をじっくりと堪能したいんですのね、分かりましたわ」
睦もクタクタ派……。
私も子供の頃はお手伝いの方にお野菜をじっくりと味わうのでしたら、そちらの方がよろしいですわと教えられたことがありましたわ。驚かれていた顔をしていたのも覚えていますわ。子供はどうしてもお野菜が嫌いですわ。だから、少々普通とは違うなんてことも思っていたのかもしれないですわ。
「睦はお料理とかはなさるんですの?」
先ほどの自分の話で思い出したかのように話題を振る。
「一度だけやったことは……ある」
目線を畳の方に置いてしまう睦。
何処か気まずそうな顔になってしまって、私が声を出そうとした瞬間でしたわ。
「モーティスに微妙って言われたの……覚える」
「挑戦できただけ凄いですわ、何を作ったんですの?」
「ハンバーグ……ちょっと焦げてて言われた」
「彼女なら言いそうなことですわね」
焦げていたのが口に合わなかったからこその発言なのかもしれませんわね。
後はソースとかの問題かもしれませんわね……。なんてことを考えていると、睦はお野菜を軽く口の中に入れて呑み込んでいましたわ。ゆっくりと味わいながらも、箸を進めている。そんな姿を見てやはり思い出すのは昔のことですわ。
「睦覚えていますの?いつか話していたことですわ」
「ピクニックのこと?」
「ええ、そうですわ。覚えていてくれたんですのね……」
目頭が熱くなりそうでしたわ。
子供の頃、お互いに話していたことだというのに睦もちゃんと覚えていてくれていたんですわ。
「小学生のとき、授業の一環で将来の夢のことについて話し合うというのがありましたわね?私も睦も将来の夢と言われてピンと来ないでいた。睦の方は周りから将来芸能人になると言われていたのを覚えていますわ」
「祥は……お母さんとお父さんを楽させてあげたい」
「ええ……そうですわね」
お父様がいつも横になっているところを思い出しながらも、私は記憶に触れる。
在りし日の私のこと……。
小さい頃の私はピアノの習い事をしていた。
コンクールに優勝したりしていて、お母様もお父様も睦も……。なによりも、お祖父さまもわずかながらに期待を向けていてくれていたのを知っていましたわ。私がピアノを奏でれば、聴いてくれる人々の感情の中に何かを届けられるかもしれない。そう思うようになっていたのは年を重ねてのこと。
あの頃は……みんなの笑顔があったからこそ私は弾くことができていた。
誰かのために奏でる演奏、歌というものは強い感情となって浮かび上がる。響き上げることができる。そうなれば、完成品となって姿形共に十二色。思いを込めたものというのはそれだけ充分に強い。
「それぞれの道が叶ったとき……」
「私たちは二人で一緒に何かを作って食べたいという話も……」
朧げな夢の中で私たちが互いに考えた先の目標。
今となっては懐かしい思い出の一つでしかないんですの。それでも、一つだけ言えることがあるんですのよ。
「その夢は今、私達にとって実現可能なものとなったんですわ」
「睦はバンドを選び自分を掴めた」
「私は……」
一呼吸を入れてから続ける……。
空白のない日々の食事のなかで私はお肉を一口で食べながらも……。
「睦と共にバンドを歩むということ」
「これは小さな目標でもあり、これからも私は……」
「二人で話しながらも食事を楽しんで行きたいんですわ」
子供の夢であろうとも、私たちが掲げた夢であるのは間違いない。
一度切りで終わらせていいものでもない。
『睦、私たちの夢が実現したとき二人で旅に出るんですわ!』
『山々に囲まれた大地の上でサンドイッチを食べたりして、二人で二人のことを語り合うんですの!』
『きっと楽しいですわ!!』
いえ、子供の大きな夢だったのかもしれませんわ……。
お母様たちと一緒に行ったピクニックが忘れられず、大人になったとき睦と共に行ってみたいという望みがあのときはあったからこそ、私は睦の隣で目標を掲げていたんですわ。大人になって、今実現できる。ピクニックではなくても、私たちは私たちのやり方で食卓を囲みたい。何故なら、
「私も祥とまた鍋を食べたい」
「ええ……!」
「勿論ですわ、睦!お野菜、シャキシャキですわよ!」
「ん、シャキシャキ……。祥、豆腐できてる」
「ありがとうございますわ、睦……!」
こういうのも悪くはないからですわ……。