【完結】迷子の友人は羨望する   作:シキヨ

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今度は守ってやらないからな。

「猫か……」

 

 野良猫かと思われる猫が俺の前を通り過ぎて行った。

 その猫は俺に対して見向きもせず歩いていた。少し前なら俺に餌をくれ、撫でろと言わんばかりな態度を取っていただろうが今はそんな態度すら取ることはなく俺の目の前をただ通り過ぎている猫の背中を見送りながらも俺は……あることを思い出していた。

 

 

 

 

 それは愛音が俺が働いている店に三回目の来店をする前のことだった。

 俺は学校に行く前、その日も同じように野良猫を見つけていた。見覚えのあるその野良猫は俺が初めて楽奈を見つけた猫とそっくりな見た目をしていたのだ。所謂、キジトラと呼ばれる柄で基本的に茶色ベースに黒く細い縞模様が入っている模様の猫だ。血種は恐らくアメリカンショートヘアという奴だろう。

 

 俺はその猫のことを観察するだけで特に追いかけるようなことはせず、そのまま通り過ぎようとしたときだった。誰かが俺に声を掛けて来ていた。

 

「ゆいと、この前のライブどうだった?」

 

 俺に話しかけていたのは楽奈だった。

 彼女はあのときのようにギターを持ってはおらず、今日はどうやら学校に向かっているようだった。服装を見る限りだと、花咲川か……。じゃあ学校自体はあいつ(立希)と一緒か、と少しだけあいつのことを思い出していると楽奈は俺の考えていることなど無視して話を続けようとしている。

 

「ゆいとの一生の記憶に残るライブになってた?」

 

「……ああ、なってたよ。一生記憶に残るライブに、な」

 

 俺にとってもあのライブは今後一切忘れることはないライブだったのには間違いなかったが、俺は自分が醜い人間ということが分かってしまうほど燈に対する劣等感を今でも抑えることが出来なかったんだ。

 それに気づいたのか、楽奈は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまんねー男」

 

 あのライブの話をされて俺の体は震えていたんだ。

 その震えが楽奈には感動したとか、今でもあのライブを忘れられないものだとかそういうものじゃないだということに気づいていたんだろう。だから、楽奈は俺にああ言っていたんだ。俺が愛音と三回目のとき、アウトドアショップで少しばかり上の空になっていたのは楽奈に言われた「つまんねー男」という言葉が原因だった。

 

 

 

 

 それから、脳裏で愛音のことや楽奈の言われたこと……。燈のことで頭が離れなかった、俺にはやっぱり誰かと関わらないなんてことは本当に無理なのかもしれない。繋がってしまった人との結び目は解くことなんて出来ないのかもしれない。それでも、俺はもう誰かを傷つけたくない。だから、俺は燈が校門の前で待っていようと既にもう何度も彼女の前を何も言わずに通り過ぎていた、今日だってそうだ。俺は燈の前を何も言わず、ただ通り過ぎて行った。

 

 

 

 

「靴が一つ増えてるな……」

 

 寄り道をせず、家に帰ってきた俺は玄関で靴を脱ごうとしたときだった。

 あまり見慣れない登山用の靴がそこには置かれていた。もしかして、この靴……。

 

「よぉ、結人……。元気そうじゃねえか?」

 

「父さん、いつ帰って来てんだ?」

 

 俺は家の中に入ると、そこにはリビングで夕方から日本酒を飲んでいる父さんと飼っているゴールデンレトリバーの『ミモザ』を撫でている姿があった。

 

「ようやく落ち着いてな、今日帰って来たところなんだ……。それにしても、結人聞いたぞー?燈ちゃんとあんまり上手くやれてないらしいじゃねえか?」

 

「……別に、そんなことねえけど」

 

 燈の話をされると分かった途端、強めに通学カバンを置きながらも自分の部屋に戻ろうとしたときだった、父さんが俺の肩を叩きながらもこう言って来ていた。

 

「結人、少し話をしねえか?」

 

「断る」

 

「まあ、いいだろう?少しばっかりの親子同士の話ってのを偶にはしねえか?」

 

 ……どうせ話をしても話として出ることは燈の話だということをなんとなく分かっていた俺は話をする気なんて全くなかったけど、此処で断っても父さんは俺のことをお構いなしにデカい声で話を始めそうだと思った俺は椅子に座って、父さんと話を始まるのが待っていた。

 

「結人……俺はお前に親として何かをしてやれて来た訳じゃねえ。母さんが亡くなった後も冒険に明け暮れて旅を続けていたからなー。それに此処にいるミモザの世話にだってお前に任せてばっかりだったからなー」

 

「何が言いたいんだよ?」

 

「燈ちゃんがお前の学校やらバイト先を聞いて来たとき、おかしいと思ってな。今でも仲が良いならそんぐらい普通は知っているはずだ。なのに、俺に聞いてきたってことは上手く行ってねえんだろ」

 

「余計なお世話だよ父さん」

 

 なるほど、だから愛音は俺のバイト先を知っていたのか……。

 俺が思金で働いているということを恐らく燈から聞いて愛音は行動を起こしていたんだ。これはあくまでも俺の推測だが、燈もあの店に一度は来ているはずだ。

 

「いいから聞けって……。俺はお前と話をちゃんと今までしてこなかった。だから、こんなことを言う資格がないのは分かっているつもりだ。俺は父親として失格も同然だからな。それでも言わせてくれ、お前……何もかも突き放そうとして一人になろうとしているな?その包丁のような言動はなんだ?随分変わったじゃないか」

 

 ああ、そうか……。

 父さんは俺のことを知らないもんな。これこそが本当の俺だということを……。今まで俺を包み込んでいたのは醜くて穢れた弱い自分だったけど、今の俺は本来の自分そのものだ。今まで見え隠れしていた怪物が俺の中ではようやく目を覚ますことが出来たんだ。だから父さんも誰もかれもがこの俺自身のことを知る訳がない。それを父さんに言うつもりもない。

 

「どうでもいいだろ、そんなこと」

 

「……お前、燈ちゃんとなにかあったのか?なにかあったから燈ちゃんはお前のことをちゃんと知ろうとしているんじゃないのか?いや、この際だからはっきり言うぞ……お前燈ちゃんが手を差し伸べようとしてくれているのを気づいてるんだろ?」

 

 何も言い返すことが出来なかった。全部事実だったから。

 父さんは今まで色んな場所や国を見て来たから洞察力や観察力といったものはかなり備わっている。だからすぐに人が何を考えているのか、何を感じ取っているのか見抜くことが出来るんだ。此処で開き直って「ああ、そうだ。俺は一人になりたいんだ」と言えたらどれだけ楽になれただろうか。でも、俺は言い切ることが出来なかったんだ。俺にはたった一つだけ断ち切ることが出来なかったものがあったからだ。

 

「待て結人、話はまだ終わってねえぞ!!おい結人!!」

 

 

 

 

 

「分かってんだよ……そんなこと……」

 

 俺は自分の部屋の鍵を閉めながらもただ一人部屋の中で渦巻くなってしまう。

 部屋の中ではただ一人。安心するはずなのに俺は何処か寒気を感じながらも震えていたんだ。

 

 

 

 

 

 父さんに言われた言葉が頭の中で離れないなか、二、三日が過ぎようとしていた。通り過ぎる度に案じていたはずの罪悪感はいつしか感じなくなっていた。その間にも燈は俺のことをいつも校門前で待ち続けていたが、俺は燈に話しかけることは全くなかった。俺と燈の縁は此処までだ。これ以上繋がることはなければ、結ばれることもない。それでいい、それでいいんだと自分の中で言い聞かせることが出来ても燈は俺の声を聞こうとしてくれていたことが頭の中で全く離れようとしていなかった。

 

 

 

 

 

 

 そんなある日だった……。

 

 

 校門の方で騒がしい声が聞こえてくる。

 ただ騒いでる声は男の声だった。本来なら特に気にすることもないはずなのに、俺には何か嫌な予感がして校門の方へと急ぐようにして足を動かしていると、燈が男子複数人に囲まれているのが目に入って俺はすぐに燈の方へと駆けつけたのと同時に俺は一瞬自分の中で記憶が途切れてしまっていた。

 

「ゆ、結人……!!?」

 

 俺は気づけば、そいつのことを殴りそうになっていたが間一髪スレスレで俺の拳が校門の壁へと反れていたのに気づいたのには自分の拳を振りかざした後だった。

 

「…………悪い、ムカついたからぶん殴りそうになった」

 

 少しの間だけ無言でいた俺は落ち着きを取り戻すために軽く深呼吸をしていた。

 

「え?あ、ああ……」

 

「……ナンパするのはお前らの勝手だけど、何も言わない相手にただ気色悪い生の欲望ぶつけようとしてんじゃねえよ。次やったら腕捻るぞ」

 

「わ、悪い……!!」

 

 あいつらが校門前のから去って行く姿を見ながらも俺の方を一瞬だけチラッと見ていた燈が視界に入る。助けるつもりなんて全くなかった。気づいたら俺は無意識の内に体が動いていて、あいつのことを殴ろうとしていた。燈を傷つけられると防衛本能が働いてしまったから、俺はそんな行動に出てしまったんだと自分を納得させようとしていたが、それだけじゃないことは俺は分かっていた。

 

 俺はやっぱり、燈との縁を切ることが出来ないんだろう。

 

「燈……もう来るな」

 

「お前が此処に立っているってだけでかなり目立つんだよ。女子校の生徒となりゃ尚更な……。飢えた狼共がお前に牙を向かないようにちゃんと自分の身は自分で守ることだな。それにお前は……なんでもない。分かったら、早く行け」

 

「明日も此処で待ってるから、結人君……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………今度は守ってやらないからな」

 

「結人君、待って……」

 

 燈が俺の制服の袖を掴んで離そうとしない。

 俺はそれでも燈の方を振り向くことはなく、ただ俺は燈が俺の制服の袖を離すのを待っていた。

 

 

 

 

 

 

「助けてくれて、ありがとう……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……偶々通りかかったから助けただけだ」

 

 

 

 

 

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