【完結】迷子の友人は羨望する 作:シキヨ
ボウリングの玉を持つ力よりも、隣で騒いでるお姉ちゃんの声がする。
まなさんと手を叩き合っていて、好スコアというかストライクを出せたから喜んでいるのは分かる。分かるけど、しつこいしなんかムカつく。
そう思うのは無理はないの……かも。
いや、分からなくはないよ?嬉しいよね、ストライク取れて嬉しいよね。目の前でボウリングで苦戦している妹さえ除けばさ……。手をだらけきった状態にして、立ち上がりながらも無慈悲なまでに広がる自分のスコアを見せつけられる。どれもこれも、ガターか微妙なスコアで気が重くなる……。
「中指・薬指を第二関節まで入れて、親指は奥まで入れた方が持ちやすいよ?」
「あーありがとうございます……」
「ストライク目指そ!」
「そ、そうですね……」
まなさんが笑顔で手を振ってくれる。眩しすぎる。
自分のスコアと格闘していることに気づいてくれたのか、まなさんが持ち方を教えてくれる。
年甲斐もなくはしゃぎまくってるお姉ちゃんとは違って、優しいし頼りになる。
「やってみよ……」
教えられたことを意識してみる。
持ち方を変えてみても、重くのしかかるのはボウリングのボール。この場所にいる自分の軽さとは裏腹にあるもの。私は一歩一歩歩き出して、そのままボウリングの球を投げてみる……。どうなるかなんてのはこれからのお楽しみでもあったが……。
軽やかに投げたボウリングのボールが向かった先は中心……。
そのまま、逸れてレーンの端へと吸われていくと思っていたが、そんなことはなく……。
「え!?」
目の前で起きたのは全ピンが倒れるという異常事態。
自分の目を疑ってスコアボードの方を見てちゃんとストライクと表示されている。思わぬ事態の出来事に、手を上げてくれているまなさんに気づくことが遅れてしまう。
「よかったね!」
「え!?は、はい!」
ようやく気づいてまなさんと手を合わせて叩く。
お姉ちゃんも手を上げていたので、敢えて私が逸らして手を叩くと……。
「初華の最初のストライク祝ってあげようと思ったのに」
「いや、その前に滅茶苦茶私のこと煽ってたよね?お姉ちゃん」
「そ、そうだったけ……?」
「初華はまだまだだねーとか煽ってたのは誰だっけ?」
お姉ちゃんが苦笑いをしてくる……。
こういうところは昔から変わらないというよりは立場が逆転した気がする。昔はどちらかと言うと、私の方がお姉ちゃん側だったし……。こういう細かい日常の中でも自分達の違いを改めて実感するのは余裕があるから。とか思いたくはないけれど、事実は事実だった。
『お姉ちゃん、私の勝ちー!』
島で何度も家まで競争して、いつもお姉ちゃん相手に勝ち誇って自慢げにする。
そういう日々が続いていたのがあの島……。薄れゆくものの中にある確かな記憶だけが存在する。まさか立場が逆転するとか全く考えていなかったけど……。
「さてと……次もやってやりますか」
気合は充分手に入った。
流石にライブのときほどなんてのは嘘でしかないけれど、こうやって初めて好スコアを出すというのは結構脳汁が分泌されて最高に堪らない。頬に伝わる汗を自分の手の甲で拭きながらも、私は椅子に座る。
「そういえば、初華写真集買ってくれた?」
「買ったけどよくやるよねお姉ちゃん、ああいうの」
「初華もやってみたら?」
「え?やらないけど……」
手を組みながらも、目を細めてしまう。
露骨な顔をしてしまう。
「どうして?」
「いや、やったら素の自分ばっか求められるようになるしそれは私の世界観と違い過ぎるというか見たい気持ちも分かるけどさ」
別に嫌じゃないし、なんならやってもいい。
ただそれをアイフラメとして考えた場合、絶対違う。素の自分を見せることだって、ファンが見てみたい世界ではあると思う。実際、お姉ちゃんのAve Mujicaが受けたのだってそういう側面もあったからだと思う。ただ、それを私がやったら自分の世界観を完全に壊す。だから、嫌だった。
「ちゃんと考えてるんだね初華」
「当たり前でしょ」
元々自分がなりたかったアイドル……。
私の場合、アイドルというよりもシンガーソングライターに近い存在な気もする。なによりも、こうして復讐をするためにアイドルになったはずなのにその標的と今はこうしてボウリングしている状況は何処か面白くもおかしくもあった。
「今となってはお姉ちゃんと肩を並べるぐらいなんだしね?」
「私はいつでも初華と肩を並べてるよ」
「……ありがと」
無意識的に背もたれに寄りかかる。
こういうところは本当にズルいというかもう慣れっこではある。お姉ちゃんがこういう人だから私が心を開けたというのもあるだろうし、手を掴むことが出来たんだと思う。溺れることしかできなかった私に呼吸というものを教えてくれた存在ではあるのも、お姉ちゃんだから。
「でも、私は初華の写真集見たいけどなー」
「え?まだその話引っ張るの?」
終わっていたと思っていた話が戻ってきて、背筋が伸びてしまう。
「いる?私の写真集とか?」
首を軽く傾げると、お姉ちゃんは口元を見せて来る。
「私は見たいよ?」
「事務所通してセクハラで訴えてもいいお姉ちゃん?こっちが余裕で勝てるだろうから」
勝ち誇ったように言うと、不服そうに顔を膨らませているお姉ちゃん。
妹の写真集を強請る姉とか普通の神経で考えたら真面目に理解できない。どうせ様になりそうとかそういうことを考えているか、内心面白がっているのかどっちかでしかない。こうなると、最早手のつけようがないから無視したくなる。
「お姉ちゃんさ、最近結人と会った?」
無言で肯定して来て、私は足を組み始める。
目に入る、ズボンの皺……。
「へえ、じゃあなに?私とは会ってないでお姉ちゃんとは会ってるんだ?あの人?」
「結人も忙しいんだよ」
「マジで刺してやろうかな、あの人」
テーブルの上にあった水溜まりが目に入る。
ペットボトルを置いてあったから当然。そこから連想するのがあの日のことなんてのはあまりにも頭おかしい。手を差し伸べたくせに、送って来るのは連絡だけとかふざけてる。
「好きなんだね、初華」
「はあ?お姉ちゃん頭おかしいんじゃないの?誰彼構わず、助けて来るあんな馬鹿を?」
水溜まりを軽く手で拭きながらも言う。
残った感触は手が濡れているだけの感覚。そして、心にあるのはお姉ちゃんの不用意な発言。
「相変わらず初華は素直じゃないなあ、遊びたいなら結人に連絡してあげなよ?折角東京来たんだし」
「いや、あいつと遊ぶために東京来たわけじゃないんだけど……」
元々仕事でこっちに来た。
それからお姉ちゃんに呼ばれて、東京でわざわざボウリングをしてる。東京ならもっとやることあるはずなのに、こうやってどこでも出来そうなことをしてる。どうせやるなら関西でやって欲しかった。というか、そっちの方が私は楽だし。
とはいえ、お姉ちゃんの言っていることも正しい。
此処はグダグダ言わずに連絡を入れる。
「これでよしっ……」
スマホに連絡を打ち込んでから、私は足を組むのを辞める。
「なんて入力したの?」
お姉ちゃんにスマホを見せてあげる。
そこに表示されているのは……。
『暇なんだけど?』
の一言でお姉ちゃんは口元を抑えて笑っている。
若干、恥ずかしい感情になりながらも既読がついて結人からは……。
『東京来てるのか?』
と送られてくる。
お姉ちゃんが肩を叩いてくれる、普通に痛い。
「よかったね」
「……なんかお姉ちゃん、きしょいんだけど」
率直な剛速球を繰り出してしまう。
実際、そう。今のお姉ちゃんはなんかしてやったりみたいな顔をしていて凄いウザかった。
「ご、ごめんね初華」
素直に謝られる。
直球で言ったとはいえ、なんか申し訳ない気持ちになってきた私は……肩の力を落としつつも……。
「変わんないね、お姉ちゃん」
「初華もだよ?」
お姉ちゃんが立ち上がって、ストライクを取ったまなさんと手を叩き合う姿が目に入る。
そんなお姉ちゃんの後ろ姿を見つつも、私も立ち上がってから……。
「……そうだね」
と答えた後に、まなさんと手を叩き合う。
こう言いながらも……。
「お姉ちゃんに勝ったら、煽り散らかしません?まなさん」
「ほどほどにだよ?」
「分かってますって」
そう言いながらも、私もボウリングのボールを持ち始めてお姉ちゃんの投球を見る。
ストライクじゃなかったけど、スコアは好調。流石は私のお姉ちゃんと褒めてあげたいところだけど、お姉ちゃんの快進撃もここまで。何故なら、私の快進撃が始まるのだから。息を吐いてから、私はボールを持ったまま覚悟を決める。
一つ一つに力を込めて……。
ボールを投げて行くと……。
「あっ……」
小さく声が漏れる。
空中を舞う。一瞬だけボールが空中を舞って、辿り着く先は……。
「初華、ナイスファイトだったね!」
レーン外で逆に煽られる。
恥ずかしいという感情すら出なくて、私はただ膝をついて落ち込むことしか出来なかった。普通に屈辱過ぎる。なんだ、この感情。いつもはお姉ちゃんに勝てるのに……。
「ほら、次も頑張ろ初華」
「お姉ちゃん嫌い」
立ち上がって、パーカーのポケットに手を入れながらも言う。
足の立ち上がりは意外と早かった。
「え?本当に嫌い?私は初華のこと好きだよ?」
「はいはい、嫌いだよお姉ちゃん」
仲直りしてからずっとこれ。
ウザ絡みしてくるし、私が妹だからか知らないけどさ。
「意外と嬉しいけどさ」
「何か言った?初華?」
「なんも言ってない」