【完結】迷子の友人は羨望する 作:シキヨ
「睦ちゃん!睦ちゃん、起きて!」
目覚まし時計みたいなモ―ティスの声がする。
光のような自分の目線の上を流れるような気がしてならない。
「睦ちゃん!」
私の身体を思いっきり手で叩かれている。
「今日、誕生日!!」
スマホでセットしていたアラームを素早く手で止める。
それからして、私は再びベッドの中へと入る。
「睦ちゃん!!」
モーティスの目覚ましが全く止まらない。
心の中で聞こえて来るモーティスの声を止めるため……。
「……起きた」
とりあえず、起きてみる……。
ぐったりと起きた体を起こしてみて思ったのは……。
「誕生日……」
自分の身体の半分はまだベッドの中……。
その温かみの中で、誕生日の概念が自分の中であまりパッとしなかった。
燈の誕生日を祝ったとき、あんなにも誕生日のことで自分のことを渦巻かせていたのが嘘みたい。まるで、誕生日に慣れてしまった感覚。
自分の細胞がいつもと何ら変わらないと教えているみたいだった。
『睦ちゃん、また考え事?』
『折角の誕生日なんだし楽しまないと……!』
誕生日を楽しむ……。
『睦、お誕生日おめでとうございますわ!』
在りし日の記憶を思い出して、ベッドから立ち上がる。
祥に誕生日を祝ってくれたとき、自分が此処にいてもいいんだと肯定してくれいた気がしていた。
『これは私が作ったケーキですわ!』
『祥が?』
大きなお皿の中に広がっていたのはホールケーキ。
色鮮やかなイチゴ、美味しそうな生クリームがデコレーションされていて中央には私の中と歳が書かれているチョコプレート。
『ええ、そうですわ!家政婦の方には私が作るのは……!と止めらましたわ』
「それでも作ってくれたの?」的なことを言っていたのを覚えている。
初めて祝福をされて、戸惑いはあった。いつも周りからは気を遣われるような形で祝われてた。本心からじゃないものを感じ取りながらも、自分を「若葉」の娘として人を笑わせようとした。
『睦、もしかして口に合いませんでしたの?』
『違う、美味しい』
本当は甘すぎた。
クリームの量が多くて、何処か甘ったるい味が続いていた。
祥を悲しませたくなかったから、敢えて言ったのに……。
『睦、こちらの部分の方が美味しいですわ』
『え?』
祥が指していたのは私が食べていなかったホールケーキの左の方。
気づいていた。
空気をなんで読んだのを何故分かったのか私にはどうしても分からなかった。
『いいんですのよ、本当は分かっていたんですわ』
違うと言おうとした瞬間、笑っていた。
自分の失敗を私と共に笑う。そんな在りしの日の記憶がこうして蘇ること。私にとっても、あれは初めて誕生日を実感できた日でもあった。
そして、今年も誕生日がやって来た。
今年の誕生日は少し違う。ムジカのみんなもいれば、先輩達。そよ達や、結人もいる。一人で祝う時間じゃなくて、誰かと一緒に祝う歳。自分の誕生日、16歳を迎えることに……。
『若葉さん、自宅の方いらっしゃいますか?』
外に出るため、着替えをしているとスマホが光る。
海鈴からの連絡だった。
『今日は若葉さんの誕生日ということでしたので、家までお邪魔させていただきました』
海鈴が誕生日を祝ってくれる。
ムジカのメンバーだから当たり前のはずなのに、こうして誰かに祝ってもらうのは不思議な感覚がある。さっきまでは自分の周りには人がいるなんて話をしていたはずだった。
『わかった』
海鈴の連絡を返す。
着替えて私は部屋を出ようとする。扉を開こうとしたとき、気づいていた。自分はこの誕生日を楽しみにしていたんだと……。
開けた扉の力の具合がそれを証明する。
ドアノブに触れていた手は触れた瞬間、勢い開けていた。自分でも驚いていたけれど、これが証明そのものだった。
私は誕生日が楽しみだった。
「若葉さん、誕生日おめでとうございます」
「……ん」
その事実だけが正解だった。
玄関の方へ行って開ければ、海鈴が紙袋を手に持ったまま祝ってくれる。
「若葉さん、家の中は今日よろしいですか?」
「構わない」
「ありがとうございます、お邪魔しますね」
一番最初に直接祝ってくれるのが海鈴だというのは何か不思議な気分。
そんな海鈴が家の中に入って靴を綺麗に整えている。玄関先に置かれてある靴は私と海鈴のしかない。お父さんもお母さんも仕事で、私のことを祝うのは夜になると言っていた。
お母さんはきっと気が進まないだろうけど……。
「若葉さん、こちらどうぞ」
「これは……?」
「若葉さん、最近ジムに買うようになったそうですね?」
リビングの方へ行って、海鈴がテーブルの上に何かを取り出して見せてくれている。
黒い袋のようなもの、見たことはあるけれど実際に使った事はないもの。
「こちらは日々の運動と共に飲むのに相応しいプロテインです」
「初心者にオススメするならば、味の良し悪しで続けるのが苦になることも多いです。ですが、このバナナ味は違います。飲みやすさ、飲んだ後の後味共に悪くはありません。但し、飲み過ぎには注意してくださ……」
「ど、どうかなされましたか?」
海鈴の声がいきなり震えていた。
「プロテイン詳しい」
「え?ええ、それは当然ですよ。日々のトレーニングには欠かせませんから」
ホッとしているのか、息を吐いている。
笑っていたのはおかしいからじゃない。心の中のモーティスは「またトレーニングオタクが出てる」なんてことを言って、呆れていた。
私の場合は、自分と似たようなことを始めてくれたことが嬉しくて詳しく話そうとする海鈴の姿。楽しそうに話してくれているその姿が、自分の感情を柔らかくさせてくれていて、表情が緩むという流れができてしまった。
「よ、よかったです……」
冷笑されたわけじゃない。
それに心底安心したのか、海鈴は自分の背中を軽く叩いている。感情が乱れないように、気を付けようとしていたのかもしれない。
「海鈴、そっちの箱は?」
「ああ、これはですね……。運動をしている人にでもオススメのケーキを作って来たんです」
「あるの?」
「ええ、あります。運動をしているからと言って、糖分を控えたいという感情は当然湧きますが、どうしても食べたいときが来るのは当たり前です。そんな状況下の中で、どうしてもケーキを食べるならば、こちらの……」
「プロテインヨーグルトケーキです」
電気の照明がついていない状況なのに、一気に部屋の中全体が暗くなったように錯覚する。
『え?普通のケーキじゃ駄目なの?睦ちゃん』
わ、分からないなんて言えなかった。
運動中、筋トレ中だから甘いものを食べられない発想は納得できる。なによりも、私の誕生日を祝いたかったからなのも……。
「若葉さん、安心してください。材料はオートミール粉、プロテイン、ギリシャヨーグルトなどです!どれもこれも健康志向ですよ!」
『普通のケーキの方がよくないそれ!?』
至極真っ当なモ―ティスの意見が飛び交う。
まるでツッコミ芸人みたいな速さだった。
「若葉さんさあ、どうぞ食べて貰って構いませんよ」
「…………ん」
首を縦に振るまで、流石に時間が掛かってしまう。
目の前にあるのは普通のケーキ……?
見た目は真っ白で、まるでチーズケーキみたい。
そう、普通のチーズケーキに見える。
それを頭で理解していても、名前や材料のせいでケーキの劣化版に見えてしまってしょうがない。オートミール、嫌いじゃない。嫌いじゃないけど、ケーキに入れて欲しいかと言われたら全然違う……ような。
「いただきます……」
とりあえず、海鈴が持って来てくれたプラスチックのフォークで一口食べてみることにする。
手が震えながらも、一口を勇気を持って食べてみることにすると……。
「……?」
『え?睦ちゃん、まずいの?』
違う、寧ろ美味しくは……ある。
頭の理解が追いついていないだけ。これは本当にケーキなんだろうか?という疑問が頭の中で生じていて、何度も頭を傾げてしまいそうになる。口の中で咀嚼する度に、頭の中では「?」が浮かび上がる。
「プロテインバー?」
「なっ!?ケーキですよ、若葉さん!?」
率直に出てしまった。
味はなんというかプロテインバーだった。バニラ味のプロテインを使ったと思う。それのおかげでチーズケーキっぽい感じが出ていて、いい感じ。ただ頭がどうしても致命的なまで違うと思えてしまう。
それでも、私はもう一口食してみることにした。
それには理由がある。
祥と一緒に祝った誕生日のことを思い出していた。
あの日、私はどうして祥が気を遣ってくれたのかどうしても分からなかった。
今ならその理由が分かる。
例え、それがケーキとは思えないほどの混乱があったとしても、こうして誰かを祝う気持ちがある。それだけで、幸せの二文字を使うことは、充分だったから私は……。
「プロテインバー美味しい」
「ケーキですよ!?若葉さん!?」
海鈴のツッコミを聞きながらも、私はもう一度口の中へとプロテインケーキを入れていく……。
その一口、一口を噛み締めながらも……。
笑うことができていた……。