【完結】迷子の友人は羨望する   作:シキヨ

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確かにあるもの

「結人君、湯畑だよ!」

 

「逃げはしないんだから落ち着けよ」

 

 手すりを軽く握りながらも、今にも身を乗り出しそうになる。

 この手で握り締めた手すりの感覚には私が今日と言う日をどれだけ楽しみにしていたのかを表すには充分。何故なら、今日は睦ちゃんの誕生日でもあり私の誕生日なんだからね。

 

 朝は割とちょっと変な目に遭ったけれど、これからは違うもん。

 心の中でガッツポーズを決めていると、「海鈴は変じゃない」なんて睦ちゃんの声を無視する。

 

「温泉は待ってくれないんだよ?」

 

「いや、待ってはくれるだろ……」

 

 指差しした先に広がるのは見たことがある光景。

 

 箱?みたいなものにたくさんのお湯みたいなのが入ってる。中でも、滝のような湯畑は物凄く綺麗で暫くの間は此処にいたいと願いたくなっちゃう。難点なのは人が多すぎるのと……。後は……。

 

「臭くない、これ?」

 

 鼻を抑えながらも言ってしまう。

 抑えた上でも強烈な臭いが鼻の中には入って来る。

 

「そうなんだが、あんま言うなよ」

 

「え?あっ、ごめん!!」

 

 結人君が呆れたように息を吐いている。

 周りの人たちが私の発言を「確かに」と頷いている様子を見ていて、手を合わせて私は謝る。

 

「硫黄の匂いって、ゆで卵みたいな匂いだよね」

「そりゃあ加熱したときの卵に含まれる硫黄成分と同じ物質だからな」

 

「えーっと、硫化水素だっけ?」

「ちゃんと覚えてんだな……」

 

 結人君は関心しているのか、無言で軽く拍手してくれる。

 明らか、感情が込められてない叩き方で口を膨らませて見せると結人君が口元を隠して笑っている。

 

「結人君~?」

 

 含みを込めた拍手をしてくる結人君。

 それに対して、私は結人君の呼び方を伸ばして言うと、結人君は視線を逸らす。

 

「悪い悪い、写真撮るか?」

 

「流石、結人君!私の機嫌の取り方を分かってくれてる!」

 

 ちょっと嫌味を込めて言うと、結人君が鼻で笑っている。

 湯畑の滝の前で写真を撮る。周りの人たちは空気を読んで、捌けてくれる。

 

「それじゃあ、撮るぞ」

 

 睦ちゃんからは目立たないようにとか、特に言われていない。

 

「サングラス外さなくていいのか?」

 

「外すから待ってて!」

 

 一応、ムジカのメンバーだから変装だけはしてきた。

 じゃないと、結人君のお忍びデートが公開デートになっちゃって週刊誌に握られたい放題になっちゃうんだもん。そうなったら、祥子ちゃんとかはともかくにゃむちゃんがスピーカーになるのは目に見えている。

 

「はい、撮ったぞ」

 

 結人君が私の写真を撮り終えてくれる。

 たった一つの写真をスマホから目を細めて見てみると、大きく指先を広げてピースしている自分の姿が映っている。表情は満開の笑み。これはにゃむちゃんよりも完璧、女優の顔そのものだよ。

 

「結人君も一緒に撮ろ!」

 

「おい、スマホどうすんだよ?」

 

「誰かに撮って貰えばいいじゃん!」

 

 結人君の尤もな発言を聞いて、私は周りにいる人たちを掴めようとする。

 

「あっ、すみません!ちょっといいですか!?」

 

 結人君が止めようとしてくる声が聞こえて来ていたけれど、私は止まらなかった。

 観光に来ていた綺麗な髪の色をした女性に声を掛ける。その人にスマホをお願いして、写真を撮ってもらうことにした。

 

「それじゃあ、行きますよ!はい……!」

 

「結人君ー!!」

「は!?おまっ!!?」

 

 女性の方が準備を始めてくれたのと同時に、結人君の身体が間近に感じる。

 結人君の腕は太くて、それなりに鍛え上げられた筋肉をしている。こういうところは冒険家のお父さんらしい体格をちゃんと引いているよね。

 

「チーズ!!」

 

 結人君の身体に抱きつきながらも、結人君の心臓の音を確かめる。

 心音を確かめる度に、ちゃんと一定のリズム感じゃない。私の心臓に呼応するみたいにちゃんとどんどん早くなってくれる。

 

「もう一枚撮りますか?」

 

「い、いいで「お願いします!!」」

 

 それが嬉しくてしょうがなくて、女性にもう一枚お願いしたくなる。

 結人君の視線なんて知らぬ顔をして、バースデーガールをちゃんとお祝いしてよねと結人君のことを……。

 

 

 

 心の中でウィンクする。

 また、一つ心臓の音を感じながらも……。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 暗く曇った感情なんてもない。

 この空のように晴れやかな気分そのものだ。

 

 寧ろ、清々しいほどまでの充実感がある。

 前からモーティスが来たがっていた草津。

 

 俺自身も此処は気になっていた。

 湯畑は幾らでも見えるが、此処の泉質は刺激強めで肌がピりつくようなものがある。但し、効能は確かで筋肉痛とかでも結構治るとか話もあるぐらいだしな。なによりも、白く濁り切った温泉は温泉本来の良さを感じさせてくれる。

 

「結人君、うんちく語りたくなってきた?」

 

 俺は無言のままでいる。

 そう、モーティスが抱きついて写真を撮って来るまではそう思っていたが……。あいつが抱きついてきたせいで、自分の身体がどうにも熱くなってしまっている事実。

 

 もう一つ、こいつがAve Mujicaのモーティス。

 若葉睦であるということが誰かにバレないか、内心は心配で仕方なかった。勿論、俺はそんなことを今更気にしていないが特ダネを握られたらこいつ自身も終わるからだ。

 

「お前な、もっと芸能人としてというか……」

 

「え?なになに?ダメなの?」

 

 自分の眉上を掻いてしまう。

 あいつが言っていたゆで卵というか硫黄の匂いが気になって仕方ない。それもあって、自分の感情を横に受け流すことはできてる。周りのどんちゃん騒ぎ具合もあって……。

 

「にしても、睦ちゃん酷いよねー!」

 

「もう一枚ぐらい結人君と撮らせてくれてもいいのに!」

 

「一枚ぐらいあいつに撮らせてやってもいいだろ」

 

 もう一枚、写真を撮ることになった。

 モ―ティスはかなり気分も上がっていて、もっと密着しようとしてたがその瞬間……。

 

『結人……いい?』

 

『構わねえよ』

 

 密着するのを辞めて、ただ俺の手を握ったまま睦は俺と共に写真を撮る。

 自然体であろうとする睦と心の中で抗議の声を上げているであろうモーティスの姿を想像することはできていたからこそ、俺も自然に笑うことができてた。

 

「ダメダメ、睦ちゃんは甘やかすとすぐ調子乗るんだもん」

 

「それはどっちかと言うと、お前だろ……」

 

 自分のことを棚に上げて、睦に責任になすりつけようとしている。

 勿論、それが冗談だってのは分かっているつもりだ。

 あいつ自身、楽しそうだったし本気で怒ってるわけじゃねえからな……。分かりづらいというか、分かりやすすぎるんだが……。

 

「ほら、結人君!湯畑も見たことだし、湯巡りって奴しよ!」

 

 俺の背中を押しながらも、モーティスは急かして来る。

 モーティスの足の速さがどんどん早くなってきたのを見てしまう。

 

 硫黄の匂いは鼻からどんどん消えて行く……。

 消えたのと同時に一つだけ確かなものがあった。

 

「分かった、分かった。押すなよ」

 

「今日はちゃんと楽しませてやるって言ったろ?」

 

「当たり前じゃん!!」

 

 背中を手で押される感覚……。

 楽しそうにはしゃいでいるモーティスが居続けている姿。今日という一日がモーティスや睦にとって……。

 

 

 

 

 どういう一日なのかを知っているからこそ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

「夜になってきたな……」

 

 湯巡りをした後、心が温まっていた。

 湯巡りをしたからじゃなくて、体を包む確かな暖かさ。結人君のコートという暖かさが此処にはあった。

 

「結人君これ温い!温い!」

 

 公園の中にある温泉の中に手を突っ込むと、結人君がなんとも言えない顔をする。

 え?なんでそんな顔してくるの?

 

「温いと言ったり、熱いと言ったり大変だなお前は……」

 

「仕方ないじゃん!さっきのお湯は頭おかしいよ!あんなの人が入る温泉じゃないよ!」

 

「だから、熱いって言ったろ……」

 

 私が言っているのは白旗の湯……。

 草津の凄い目立つところにある温泉。

 

 無料という破格の値段で温泉に入れるのは全然いいんだけど……。

 死ぬほど熱くて、結局入るのは断念して体に掛けるとかぐらいしか出来なかった。それでも全然、熱くて何度も腰抜かしそうになって周りの人に笑われたし……。

 

「かつての将軍様である源頼朝が絶句してすぐ出たとか言われてるほどだからな」

「へえ……そうなんだ?」

 

「絶対、源頼朝が誰なのか分かってないだろ」

「え?ああ、あれだよね?港区?」

 

 耳に何も残らなくなる……。

 あるのは小さく何かが流れているような音……。

 

 変な空気が広がる。

 結人君が一瞬絶句していたのか、口を大きく開いていたような気がする。気のせいじゃない、多分絶対そう。

 

「悪い、俺が馬鹿だった」

 

「え?なんでそうなるの?」

 

 聴こえていた「マジか」と言う声。

 私が言いたかった意味が伝わらなかったのかな?港区のうんたらさんって鎌倉の人だよね?あれ……。

 

「私なんか間違ってたこと言ってた?」

 

「いや……悪い」

 

 下の砂利の方を見つめ始めて、何処か気まずそうにする結人。

 そんな結人君の姿に信じられないと思って、ほぼ体が密着した状態で近づこうとする。

 

「一応、勉強はしておけよ……」

 

「なんでその言い方するの!?」

 

 猛抗議するため、手を強く振る。

 勢いよく手を振りすぎて、何かが落としたような音がしてくる。

 

 あれ?もしかして今落としたのって……。

 

「え?やばい……かも」

 

 手で握っていたスマホが手元にまるでない。

 さっきまで手で持っていたスマホがないような気がしてならなくて……。

 

「おい、どうした?」

 

 バッグの中を確認しても、携帯が見つかる様子がない。

 これは流石にやばいと焦ってしまって、座り込んで砂利の方に手を綺麗に擦ってみるも落ちている気配すらない。

 

「携帯落としたかも!?」

 

「嘘だろ、お前……。何処で落としたんだ?」

 

「わ、分かんない。今結人君に近づいたときは手にあったんだけど……!」

 

 身体を屈めて、スマホを探す。

 結人君がスマホの明かりでスマホを探そうとしてくれている。

 

「最後見たの足元なんだよな?」

 

「え?う、うん……!」

 

 やばいやばい、あのスマホにはこれまでの大事な思い出が詰められてる。

 結人君との思い出、まなちゃんや睦ちゃん達との思い出がたくさんあるもの。なのに、それを私は落としてしまった。画面が割れてるだけなら、全然構わないけれど。もし、見つからなかったらこの世の終わりだよ。

 

「なら、近くにあるだろ」

 

「あ、ありがとう」

 

 真剣な様子で結人君が探してくれている。

 ずっとこういう人だとは知っているけれど、こうやって必死になってくれてる彼を見て、何処か私はそんな彼の後ろ姿を見つめてしまう。

 

『自殺したかったの……間違いだろ……!!』

 

 函館の夜の海の輝きは忘れることはない。

 あの静けさを忘れることはないよ。

 

 なによりも、結人君が私のことを止めてくれたこと。

 北海道という大きな場所から私のことを見つけ出してくれたことが思い出してしまうのは……。

 

 

 この場所が、この時間がその全てを思い出させてくれるものだった。

 一つ一つ場所を確認しながらも、ちゃんとスマホがないのか確認してくれている結人の姿……。それが、何処か私にとっては……。

 

 

 

 

「ほらよ、スマホあったぞ」

 

「ありがとう、結人君」

 

「失くすなよ、思い出あるんだからな」

 

 今日一番の思い出。

 この手で受け取ったスマホが証明してくれている。

 

『睦ちゃん?私の誕生日ってあるのかな?』

 

『誕生日、同じじゃダメ?』

 

 ふと燈ちゃんの誕生日を祝う前のことを思い出す。

 あのとき、睦ちゃんは自分のお家の玄関で誕生日のことを深く考えて込んでいた。燈ちゃんの家の前に着いたときもとそう。自分がいつ生まれなんて分からない。自分が生まれたことすら罪なんて気を重くしていたのを……。

 

 それは海鈴ちゃんやみんなが祝ってくれたおかげで否定できていた。

 よかったね、睦ちゃん。

 

 

 

 

 そして、よかったね私……。

 

 

 

 

「うん!!」

 

 首を強く縦に振る。

 

 思い出はこのスマホがちゃんーと残ってるもん。

 睦ちゃんの誕生日のことも……。

 

 

 

 

 私の誕生日のことも……!!

 

 

 

 

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