【完結】迷子の友人は羨望する 作:シキヨ
事前に『第46話 変えたのは結人君だから(長崎そよ生誕記念)』を読んでいると分かりやすいです。大体、数年後の話だと思ってください。
これに乗るようになってから、何年が経っただろうか。
自分の身体の一部として馴染むようになったのは時間がかかった。
乗るだけなら幾らでもできるが、そういうことじゃない。
俺が言いたいのはこうやってバイクを乗りこなすことで五感を通すための武器にも繋がるってことだ。
肌を通す風、耳から得る車の通過音。
手に握るハンドルの感覚……。こういう乗り物に乗ってりゃ、そんなものは当然でしかねえが……。俺はぶっちゃけ、困っていることがある。それもかなり……。
「無理しなくてもいいんじゃない?」
物凄く現実的なそよの意見が後ろから聞こえてくる。
こんなことを言われるのは俺のせいでしかない。
理由なんて、限られてる。
そよをバイクの後ろに乗せるという行為。それが、死ぬほど恥ずかしくて物理的に穴を掘ってその中に入りたくてしょうがない。それぐらい俺は追い込まれてる。
「いや、してねえよ……」
「ふーん?じゃあ座ってもいい?」
そよの意地悪な発言のせいで俺は無言になってしまう。
してやったりみたいな顔であいつは表情を緩ませようとしている。
実際にはしていねえが、そういうように見える。
「はぁ……」
考えなくてもすぐ出ることだ。
バイクで出掛けるということを意味すること。要は、誰かを後ろに乗せる行為になる。そのせいで俺は何とも言えない気分になっていて、何度も後ろにいるそよのことが気になってしまう。
「もう仕方ねえか……」
覚悟を決める。
そんなものを此処で使うのは明らかおかしくてしょうがないが、自分を納得させるにはこれしかなかった。行き先に着けばどうにかなる。
そう信じたくてしょうがなかったのは内緒だが……。
この手で握るハンドルの感覚だけが、自分のことを正直にさせてくれる。肯定してくれる。
今日という日を楽しもうって……。
なら、後は進むだけ。
目的地である長野に向けて──。
バイクを駐車させると、我先にとそよが降りる。
背中に当たっていた感覚が完全に無くなって若干ホッとしていると、そよの突き刺す視線を後ろから感じる。
「なんだよ?」
「どうかしたの?」
再び、俺は無理矢理で首を縦に振ることしか出来ない話をされてしまう。
「なんでもねえ……悪かったな」
無言が続いている。
はっきり言ってしまえば、全く否定できないからだ。自然で満ち溢れた場所。
耳にあるのは木々のざわめき。
目にするのは綺麗な山々だというのに、俺の中にあるのは熱さというものでしかない。
バイクから降りることにしていると……。
そよが景色を目で追いながらも、確認している。
「で?どうよ、長野は?」
「悪くはないかな?」
「自然もたくさんあるし、空気も美味しい。都会の喧騒は少なくとも、大違いだとは思う」
「都会の喧騒も悪くはないんじゃないのか?」
そよは自分の手を軽く広げて見つめる。
弄りはせず、どちらかと言うと自分の記憶に触れているようだった……。
「どうかな?あんまり五月蠅いのは好きじゃないし」
「だから、こうやって静かなところ選んだんだろ?松本城とか善光寺とかじゃなくて」
若干、選ぶの苦労したんだからと俺は思ってしまう。
あんまり人混みが多いところは苦手というより、好きじゃないのがそよだ。こうして、安曇野市を選んだのもそれが一つの要因。途中まで、美ヶ原高原とかも候補に入れていたが此処を先にするより、安曇野を先にした方がいいだろうなと思ってた。
「こうやって気を遣われるのは嫌だったか?」
「ちゃんと見てくれてるんだね」
「読みやすいからな、そよは」
バイクに寄りかかりながらも、俺は広がる風景に目を奪われる。
広がる田園、田植えを終えたのかもう既に稲が出始めてる、これから収穫なんてのはまだちょい先かもしれないが、その頃には俺達の食卓に出て来るんだろう。
「結人君はどうしてこういう景色好きなの?」
「五感を貫くことができるから……だな」
木々で覆われている山々。
あの遥か先を乗り越えるのはいつになるだろうか。もしかして、バイクや車じゃ無くて徒歩で歩いて登山をするなんて日も来るかもしれない。そよはそういうの肉体を使うのは嫌いだから、無理かもしれないが……。
「私達の前でも言ってたよね、五感ってやつ。結人君にとっての五感って、音楽とか旅を通して得れるもの?」
「それもある、人ってのは外部から得たもので自分という人間を彩ることができる。依存じゃなくて、自分という人間を形作るとき、得て見て学ぶことは大事なんだよ。勿論、それは強制するつもりなんてないが……」
スカイツリーで愛音から語った頃からそれは変わらない。
自分の中にある五感というもののおかげで此処まで来れた、そよ達共と出会うことが出来たんだから。
「得るだけじゃ成長はできない、なによりもそよ自体も心当たりだろ?」
「何が言いたいの?」
「痛みは痛みでしかない、それでも止まった時を生き続けたら、人は死んじまうってことだよ」
風が舞う……。
気づけるわけがない、見れるわけがないというのに山の奥の木々ですら揺れているように見えている。そう錯覚させてしまうのは俺の言葉じゃなくて、足で踏みしめた砂利のおかげ……。
なのかもしれない……。
結人君の一言、一言はいつも自分の胸の奥を突き刺して放してくれない。
その度に傷つくことばかり。
傷は傷でしかない。
彼が言っているのはCRYCHICという傷を乗り越えたとしても、私の中でもCRYCHICを忘れることはできない。こうして、今もMyGOのベーシストとして活動していてもそれは変わらない。
どれだけ時計の針を進んだとしても、自分の感情は変わることがあっても……。
この心が覚えてる。
「結人君って結構意地悪なこと言うよね」
「いつものことだろ」
山の頂点が視界には光る。
ああいう場所に行くことはないと思う。頂上なんて寒いだけだし、なによりも疲れるだけしかない。自分の頬を伝う汗をハンカチで拭う。それと同時に、彼の顔をマジマジと見つめてしまう。
結人君の表情もそれぐらい輝いている、あの頂上のように……。
この夏の暑さには負けないぐらいには……。
「結人君、軽井沢とか行く予定ある?」
「……いいのか?」
「何処かの誰かさんがまた事実を突きつけたから、偶には人混みを避けてみないでその人だかりになるのも悪くないかなと思っただけ。それに、楽奈ちゃん。お蕎麦好きだったでしょ?」
「お土産として買うってことか?それとも、話のネタとしてってことか?」
敢えて何も答えない、バイクに跨ってヘルメットを被る。
結人君の答えは事実だけど、それに答えるかは自分が決めることだから。
「蒸れるの嫌だから、早くしてくれる?」
「逢瀬のままに……一時間半ぐらいかかるけど大丈夫か?」
スマホで行き先を確認していた結人君が申し訳なさそうな顔をしてくる。
「途中休憩してくれるならいいけど?」
「はいはい、わがままなベーシスト様なことだな……」
結人君はまた口元を緩ませる。
その表情の正体をいつも知っている。
人の本心を網で掬いあげるようにして拾おうとする。
どれだけ自分が心にもないことを言われても、彼は自分を誤魔化そうとはしない。
寧ろ、馬鹿みたいに自分に正直であろうとしている。
バイクの走る音がする。
五月蠅くて構わない。彼の後ろじゃなかったら、絶対に乗らなかった……。
「おい、近いぞ」
わざと彼の背中に密着して、座り込んであげる。
抗議の目を向けてくる。
「こういうの好きなんでしょ?男の子って?」
「いや、俺は……」
信号待ちしている彼がヘルメット越しに困り果ててる顔をしている。
顔はその奥の中に存在するのに、どうしても分かってしまう。
「好きなんでしょ?」
「……あーもう好きにしろよ」
結人君は私の意見を肯定してくれていたようだけど。
言っている意味が理解できたのか、ハンドルを握る手が軽くなってる……。
「先に許可出したのは結人君だからね、ちゃんと責任取ってよね?」
「お前が言う責任は重たいんだよ……」
「嫌いじゃないくせに」
自分でも思うときがある。
彼に対する思いは何処か歪でしかない。
「ああ、嫌いじゃねえよ」
彼自身もかっこつけたがるクセがあるし、それをやめようとしない。
傷つくのは自分だと知ってるのに……。
私の方もそうだった……。
普通じゃないと気づいているのに、それが辞められなくて仕方なかったから。私はこうして彼に心を許している。彼やMyGOとの皆となら、自分をちゃんと考えることが……。
できるから……。
軽井沢のお蕎麦屋さん屋に来て座ってると、蕎麦が載せられたお盆がやってくる。
軽く写真を撮った後で、結人君の小さな悲鳴が聞こえて来る。それは変なものでしかない。
「やべっ薬味入れ過ぎた……」
結人君がどうにか誤魔化そうとしておつゆの中に入れたわさびをかき混ぜようとしてる。
ちょっと行儀が悪くて、私は思わずこう言ってしまう。
「子供っぽいね、結人君って」
お盆の上に少し零した結人君を見て、思わず滑稽で笑ってしまう。
いつもなら呆れて何も言えなかった。知らない人のふりをするのが当たり前だったのに、こうやって揶揄ってしまう。その理由は私自身にも結人君にもある。
「うるせえよ、ったく……黙ってれば可愛いのにな」
「それは結人君もそうじゃない?黙ってればかっこいいのに、ね?」
「はいはい、そうだな……」