【完結】迷子の友人は羨望する 作:シキヨ
『…………今度は守ってやらないからな』
俺はあのとき、燈に対してああ言った。
あれは忠告のつもりでもあった。燈をこれ以上傷つけさせない為にも寄せ付けない為にも此処が危ない場所だということを認識させて二度と校門前に立たせないつもりだっただけど、燈は結局次の日も校門前で待っていた。
「なにをやっているんだろうな、俺は……」
あろうことか俺は誰かが燈に言い寄ったりしていないか、不安で仕方ないのかそれともかつてのように俺が守ってやらなくちゃいけないとでも思っているのか俺は燈のことを見守っていた。縁が切れないというのはどうやら本当のことだったらしいのと同時に、燈は忠告されても尚俺のことを待ち続けていることに対して俺は自分自身にどうして燈に対して言葉を掛けてやらないんだという罪悪感が戻りつつあった。
早く燈に声を掛けて楽になってしまえばいいものを俺の中では自分の中でずっと隠し続けていた劣等感を燈に見せてしまったせいでこれまで通りに話すことなんて出来る訳がないだろとしか言えなかった。だから俺は燈に今まで通りいつものように話をすることなんてできなかったし、その資格はないと思っていた。
「……燈の奴、夜になるまでいたな」
俺が校門前を全く通らなかった、からなんだろうが……。
まさかあそこまで待ってくれているとは正直考えてもいなかった。俺が来ないと分かったらすぐにでも帰ると予想していたが、実際は俺が来るまでずっと校門前で粘り続けていた。俺が最近男子のことをぶん殴りかけたこともあって、あいつに手を出す奴はいなくなった……。それ自体はホッとしていたけど、まさかあそこでずっと待ち続けてくれているとは想像もしていなかったから、俺はこれまでの罪滅ぼしと言わんばかりに俺は「これ以上はもう大丈夫だ」と判断したときに燈に「いつ待っててくれて悪い……」と言いながらも「でも俺にはお前と話す資格なんてないから……」とだけ伝えて逃げてしまうとしたときだった。燈はこう言っていた。
「明日も此処で待ってる……から」
「はぁ……」
と溜め息をつきながらもショッピングモールの外階段に座りながらも夜空を眺めている。
いつもなら気分転換になれたこの行為も今の俺にとっては何も感じなかった。手を伸ばして星を掴もうとしてもそれを実感できず、俺にはただ虚無という感情だけが浮かび上がっていた。一人になりたかったはずなのに、いざ一人になった途端感じてしまうこの感情に怯えることはなかったが、徐々に俺は不安を感じつつあった俺はそんな自分を振り払うためにショッピングモールの階段を下りて、歩き始めていた。信号を渡り歩いていると、見覚えのある人物が俺の目の前を通り過ぎようとしていた。普通なら俺は無視していたはずだった。なのに俺には無視できない理由があった。
「そよ……大丈夫か?」
声を掛ける必要なんてなかったのに俺は声を掛けてしまったんだ。
俺が声を掛けたのには理由があった。そよの表情が俺が前見たときよりかなり優れていなかったからだ。
「……また同情?」
「そう思って貰っても構わねえよ……」
本当に声を掛ける必要なんてなかった。
知っている奴だとしても、知らないフリをして見なかったことにすればいいだけだというのに俺にはそれが出来なかった。これじゃあ愛音が言っていた通りだ、俺は優しさを振りまいているだけの馬鹿に過ぎねえな……。
俺とそよは特に会話をすることもなく夜遅くまでやっている喫茶店で少し休憩することにしていた。会話をするということは全くなかった。お互いにお互い話すことなんてないと思っていたからだろうな……。暗い表情をしていたからと言って何かを聞くってのも得策じゃねえだろうしただ黙って時が流れるのを待っているのがいいだろうと俺は思っていたが流石に何かを話すべきだと踏んだ俺が話を始める。
「月ノ森の生徒がこんな時間までなにしてんだよ」
「結人君には関係ないでしょ」
「……そうだな、俺には全く関係ねえな。お前が何処でなにしてようが……」
そう、俺にはこいつが何処で何をしてようが全く関係ないのことだ。
だからこれはただの雑談のつもりでしかない。これ以上会話を繋げるつもりもなかった。
「……結人君って何か変わった?」
「別に変わったも何もねえよ、これが俺なんだからな」
怪物だった俺が今まで気づくことはなかった本来の俺そのもの……。
他人から見れば今の俺は衝撃が走るものなのかもしれないが、そんなことはもう気にしていない。俺はもう周囲を寄せ付けるつもりはない。燈だって俺のことを校門前で待ち続けているけど、何れは絶対に諦めてくれるはずだ。今は来ていたとしても何れは絶対に来なくなるはずだ。
「そう、でも……。これだけは言っておく……」
「燈ちゃんってしつこいよ」
「それだけは言っておいてあげる」
俺はこの言葉の意味をよく理解しているつもりだった。
燈はどれだけ俺が突き放そうとも、離れようともしない。燈も言っていたが、それはきっと俺の力になりたいから、俺の助けになりたいからその一心であいつは俺に手を差し伸べようとしているんだろう。何の見返りもいらない、ただかつてのように俺と隣で話したいという感情しかなかったんだろう。そんなことは俺は百も承知だった。
それでも俺がずっと燈の手を払いのけて浅瀬で泳いでいるのは俺が燈の傍にいる資格がないとずっと自分に言い聞かせているからだ。言い聞かして言い聞かせるほど俺の心が傷ついているというのは自分でも分かっているくせにそれでも逃げようとしている。
そして後になって分かったことだが……。
そよもまた燈のしつこさを味わっていた。愛音が俺に接触している間、燈はずっとそよをバンドンに引き戻そうと必死になっていたらしい。駅でそよが無視しても彼女の手を掴んで話をしようとしていたらしい。一歩も食い下がろうとしなかった燈を見ていたからこそそよは俺に対してまるで「観念した方がいい」と言わんばかりに言って来たんだろう。
そんなことは分かっている。
どれだけ燈の手を払おうとしても燈以外の奴、愛音がまた俺と燈のことをなんとかしようとしてくるはずだ。俺は結局、一人になることなんて出来なかったんだ。どれだけ繋がりを断ち切ろうとしても新しい繋がりが出来てしまう。結びが出来てしまう。愛音がその一人だ。俺はあいつとの繋がりなんてものを作るつもりはこれっぽちもなかったのに俺はあいつとの繋がりを作ってしまった。きっと、あいつは燈が諦めても俺と燈の関係を戻そうとしてくるだろう。もう逃げ場なんてということだ。俺には受け入れるだけの勇気がなかった。
雨が降り始める。
今日は天気予報は晴れだと聞いていた。急激な雨に帰ろうとしていたクラスの奴らが嘆いている声が聞こえながらも俺は教科書をバッグの中に詰め込んでいると、雨は次第に強くなっていた。この様子だとすぐに止むかもしれないし、暫く降るかもしれない。流石の燈もこの大雨の中待ったりしないで何処かで雨宿りしているはずだろうと俺は考えながらも、廊下を歩き出していたが、俺の足は何処か早くなっていた。
もしも、だ……。
もしもあいつが大雨の中待っていたりしたらどうだろうか……。あいつは俺に無視されようが、男子に囲まれようがそれでも俺のことを待ち続けていた。そんなあいつが大雨が降ったくらいで俺を待つのを止めるだろうか、いや……止める訳がない。
だって、あいつは……。
本当にしつこい……からだ。
降り注ぐ雨粒が俺の傘で止められているなかで、校門前でずっと俺のことを待ち続けている燈。彼女は傘を持ってはおらず、顔や頭、制服は雨が当たる度に濡れていた。びしょ濡れになっている彼女を数秒見た後に俺は溜め息をついていた。
その溜め息は諦めと呆れが混じったような溜め息だった。
もう分かったよ、燈……。お前は俺がなにをしようが俺に何をされようがずっと俺のことを待ち続けるんだな……。
だったら、俺はもう……こうするしかねえだろ……。
「傘の中入れよ」