【完結】迷子の友人は羨望する 作:シキヨ
雨が降り注ぐなか、どれだけの沈黙が続いただろうか……。
俺と燈は互いに話しかけることはなく一緒に歩いていた。歩いている速度は同じ、歩幅は俺の方が少しばかり大きいはずなのに俺の方が少し遅れて歩いているような気がしていた。そんなふうに感じ取れていたのはきっと俺が燈から一歩も二歩も遅れているからだろう。
信号待ちをしている間だってそうだった。
俺と燈は同じ傘の中に入っているというのに俺は燈から一歩引いてた。自分が燈よりも明らかに劣っているという劣等感を抱えながらもそれでも、俺は傘の中に入れていたが不思議な俺の中で抱えていた燈に対する劣等感は徐々に薄れつつあった。
「タオル、持ってくるから此処で待ってろ」
「うん……」
俺の家の前で燈のことを待たせつつも、俺は靴を脱いでから自分の家の中へと入っていた。玄関をチラッと見たときにもう一つあった薄茶色の靴は置かれていなかった。どうやら、父さんは今家にはいないようだった。確認してから、俺は浴室前からバスタオルを持って来て玄関へと戻り、燈の濡れている髪を拭いて上げていた。
燈は何も言うことはなかったが、俺にバスタオルで髪を拭かれている間少し微笑んでいるようにも見えていた。そんな燈の様子を確認しながらも俺はある程度濡れていた髪が指先で触れば、多少は濡れているのが分かる程度にはなっていた。
「燈、一回シャワー浴びてこい」
燈は無言のまま頷きながらも靴を綺麗に脱いで、並ばせてから俺の家の中へと入る。その後、燈を浴室に一人にして俺は燈用の着替えを持って行こうとしていたのだが……此処で問題が発生する。母さんが死んでからというもののこの家には女性用のものなんか全く置いてない。辛うじて俺の服を貸すぐらいは出来るだろうが、今からダッシュでコンビニで肌着だけでも買ってくるか……。あーいや……男が女もんの肌着買うってかなり抵抗あるしなぁ……。って言ってる場合じゃねえ、仕方ない。買ってくるしかねえ、このマンションをダッシュで下りて帰ってくればそのぐらいはどうにかなるはずだ。コンビニなんて目と鼻の先なんだからな。
「はぁ……本当になにしてんだろう俺……」
燈を家に上がり込ませてその上、俺の羞恥心を何とかする為にわざわざ女性用の肌着を買ってくるとか本当に馬鹿みてえだ。店員もなんでこの人、女性ものの肌着買っているんだろうという目で見ていたしな……。本当に最悪だ……。頭を抱えながらも、俺は燈に「着替え此処に置いておくからな」とだけ伝えておいた。それから程なくして俺は自分のスマホでこれからの天気を見ていると、どうやら今日はこの後ずっと雨だそうだ。
「結人君、その……着替え。ありがとう」
俺がいつも着ている白のパーカーにジーパンを着ている燈の姿を見て、「あー結構悪くねえな」という感想を抱きながらも俺は燈のお礼に返事をしていた。
「あーサイ……あーなんでもねえ」
「合ってたよ」
「……なんか俺が変態みたいで嫌だなこれ」
「……?」
俺は恥ずかしい思いをしたと自分に言い聞かせながらも頭を掻いていた。
そうとも知らずに燈は俺の方を見て「どうしたんだろ?」と言いたそうにしている。それが余計に恥ずかしい思いをすることになっていた。
「結人君の部屋行ってもいい?」
「ああ、構わねえけど……」
燈は俺の了承を得てから、俺の部屋へと先に入る。
俺も自分の部屋の中へと入ると、そこには久々の俺の部屋に入る燈が俺の部屋というものに注目しながらも見つめていた。
「結人君の部屋、懐かしい……。昔はいつも此処で一緒にゲームしたり、お互いが好きなものを見せ合いっこしたりしていたよね……」
「そうだな……燈はあんまりゲーム得意じゃ無くて俺にいつも負けてたっけな」
「そう……だったね」
燈は俺に話を合わせる為にゲームを上手くなろうとしていた。結果は全然だったけど俺が燈に何かを教えると言うのは意外と楽しいもので一緒にお菓子を食べたり、時間があればお互いのものを見せ合いっ子したりしていたのを思い出しながらも俺はゆっくりと呼吸を整えてあることを聞こうとしていた。
「燈、一つだけ聞きたい……。俺はお前に劣等感があるのをずっと隠してきた。それを言っちまった……。もう今まで通りってのは無理なはずだ、それでもお前は……俺のことを大切だと言ってくれるのか?」
「私にとって結人君は大切……。例え、劣等感が私にあったとしてもそれでも結人君のことは凄く大事だから……助けたいし、悩んでる結人君を放っておくことが出来ない」
「……それがお前自身の為にならないとしてもか?俺はお前のことを二度も傷つ……いや、もう二度だけじゃないな。俺はもうお前のことを何度も傷つけている。その原因となった一回目をお前は忘れた訳じゃないだろ」
と俺が言ったものの、燈は何処かが様子がおかしかった。まるでその一回目となっている原因のことをまるでよく覚えていないとでも言いたそうにしていた。……昔、本で読んだことがある。トラウマというものはある一定以上の精神状態になった場合、その惨い記憶と共に忘れてしまうことがある、と……。
燈はあの一回目のこと、俺が「頑張れよ」と冷たく笑いながらも言っていたことを覚えていないのかもしれない。だとすれば、俺は燈にとって辛く冷たい記憶の断片を呼び起こす行為をしてしまったのかもしれないが、心の奥底では何処かこれを好機と捉えている自分がいた。まだ何処かにこれが起点になって燈は俺に失望してくれると期待している自分がいたんだろう。
あのときの記憶のことを思いだそうと苦しんでいる燈の姿を見ながらも俺はやはりもう「後戻りすることは出来ないんだ」と実感させられていた。俺が燈を傷つけたと言う過去は絶対に変わらないんだ。俺はようやく、一人になれることが……。
冷たい、寒い……。
今にも凍えそうな感じがする。結人君の部屋に居るはずなのに、どうして私はこんなにも寒く感じている自分がいるんだろうか……。それはきっと結人君に言われたあの言葉が関係しているからだ。
『その原因となった一回目をお前は忘れた訳じゃないだろ』
私はずっと自分の中でその記憶を封をしていた。
思い出したくなかったから、結人君にああ言われて寂しかったから。傷ついたから……。だから私はあのときのことを出来れば思い出さないように今まで閉じ込めていたけど、それが今私は思い出そうとしている。
封が開けられた記憶は私にとって傷ついた過去の記憶なのは間違いない。結人君には絶対にあのライブに来て欲しかった。CRYCHICとして見せられるライブ、私が舞台に立って歌う初めての舞台を結人君に見て欲しかった。その気持ちは凄く強かった。
────頑張れよ。
冷たくも笑みを浮かべている結人君の表情は今でも忘れることは出来ない。私はこの記憶を思い出すのを怖がっていたのは今なら分かる。けれど、私はそれ以上に結人君を助けたいという気持ちは変わらない。今まで結人君は私のことを導いてくれた。きっと結人君からすればその行為は自分を苦しめることでしかなかったのかもしれない。それでも私に勇気をくれた、力をくれた。大切なことを教えてくれた。
だったら、今度は私が結人君を助けたい……。
「燈、なにしてんだよ……」
一人になれたはずなのに、燈は俺のことを全く放そうとしていなかった。
それどころか俺にしっかりとしがみついて力強めに抱きついていた。
「あのとき、私が結人君に冷たく笑いながらも頑張れって言われて傷ついたのは本当のことだよ……。ライブに来て欲しかった、私の初舞台に来て欲しかった。それを冷たく言われたのは凄く悲しかった、寂しかった、辛かったよ……」
「だったら……」
「それでも結人君が私にとって大切だってのは変わらないよ」
「なんで……なんでそこまで言えるんだよ」
俺には分からなかった。
くだらない劣等感のせいで俺は燈をあの日傷つけてしまったというのにそれでも燈は俺に手を差し伸べようとしてくれていた。あの日のことで燈が傷ついたのとだとしたらこれ以上燈はもう俺に関わるべきじゃない。俺が関わっても燈を傷つけるだけだけだから。
「だって、それが本当の結人君でしょ?醜くても、どれだけ惨めでも私は受け入れるよ」
「そうか、そうだな……。ああ、これが……本当の俺だ。こんなみっともねえ俺はお前を受け入れてくれるって言うのかよ……。流石に人が良すぎるだろ燈……」
「それは結人君の方だよ……。私のことを突き放したくてしょうがなかったのに、どうして私に立希ちゃんのことを頼むって言ってくれたの?どうして私と一緒に出かけてくれたの?今その結人君の誰かに見放されたという口調が本音の言葉だっていうのも分かってる。でも、それでも結人君は私のことを看病してくれた。私のことを守ってくれた。結人君は今でも凄く優しくて頼りになって私にとってヒーローみたいな存在だった。結人君は私のことを傷つけたくないからもう関わりたくないって言うかもしれない、それでも私は結人君との繋がりを断ち切りたくな「もういい、もう分かった……」」
「…………俺の負けだ、燈」
最初からこんなことは分かり切っているつもりだった。
どうやったって俺は燈に勝てないことなんて……。
「俺は……お前を傘の中に入れた時点で受け入れちまっていた。その事実はお前に言われた通り変わらない、俺はお前との繋がりを断ち切りたかったはずなのに断ち切ることが出来なかったんだ。中途半端だな俺は……」
「それでもいい、それでもいいよ結人君……。中途半端でもいいから進んで行こう、私も力になるから……。だから、どうして結人君が前に進めないのか、私にも教えて?」
「…………多分、きっと最初は些細なことだったんだ。本当に些細なことから俺で自分が弱いだとか臆病とか感じるようになっていたんだ。でも、明確にそう感じるようになったのは燈の部屋でノートを見たときだった。俺はあのノートを読んだとき、俺は燈が俺とは違って明確な意志を持つ奴だと分かったような気がしていたんだ。それからお前といる時間が凄く苦痛に感じるようになってそれからのことは燈も知っているだろ……俺は本当に最低な人間だ」
「最低でもなんでもいい、それでも結人君が私を助けてくれたことは変わらない。それに対して結人君はきっとどうしてそんなふうに思ってくれる?と言うかも知れないけど、私は何度だって言うよ……私にとって結人君は」
「大切だから……。だから一緒に前に進んで行こう?結人君?」
自虐を含めた言葉にすら燈は俺に肯定感を与えてくれていた。
勝てる訳がなかったんだ。最初から燈に俺が勝てる訳がなかったんだ。自分の瞼にじわじわと込み上げてくるものを感じながらも俺はその顔を燈に隠すことはしなかった。自分の顔には透き通ったものが流れながらも俺はこう言うのだった。
「本当に……俺の……負けだよ……」
「勝てる訳が……なかったんだ」
「お前に……」