【完結】迷子の友人は羨望する 作:シキヨ
結人の仕事ぶりは正直関心するものばかりだった。
こいつのことだから仕事で手を抜くということはないのは分かっていたけど、此処までしっかりとしていたとは知らなかった。掃除の方は床もテーブルも椅子も綺麗に丁寧に拭いている。接客の方はあいつの言う通り、実際私は得意じゃない方だから結人の言っていることは正しいし、あいつは自分で宣言した通り、ちゃんとやってみせている。ちゃっかり、オススメで紅茶を勧めたりしているのは愛音とかから聞いたことを言っているだけなんだろうけど……。
「結人君、結構しっかりしてるねぇ」
凛々子さんの言葉に何も反応せず、私はただ黙り込んでいた。本当のところは初めての割にはよく出来ていたと方だと感じていたけど、あいつのことなんて微塵も褒めたくないから私は本心を隠すことにしていると、結人が接客に戻っていたのを私は視線を送りながらも見ていた。
◆
RINGでのバイトを始めてから二日が経っていた。RINGでの仕事は意外と楽な方だった。
仕事に対して楽という言い方はあまり良くないのかもしれないが、それでも俺がバイトをしているアウトドアショップに比べれば重量物を運ぶなどということは比較的少ない為、やり易い方だった。あそこでバイトを始めた頃は、重たいものを運ぶのに一苦労したのを思い出していたが、ちゃんと考えてみれば愛音が言っていた『当たり前のことを当たり前に』やっていたせいもあるんだろうな……。他の人から見れば余計なことでしかないんだろうが……。
「やりづれぇな……」
立希としては俺のことを監視しているんだろうが、ずっとあいつの視線を感じているとやり辛くて仕方ない。愛音みたいにずっと話しかけてくる訳じゃないからマシなんだが、それでも鋭い視線がずっと凍てつくようにして降り注いでいる。
保管庫からコーヒーの材料を調達していると、バイト先の先輩である山吹先輩が俺の仕事を手伝おうとしてくれていた。
「これ手伝うね」
「俺の仕事ですし悪いですよ」
「遠慮しなくていいって、男の子でも持つのは結構大変でしょ?」
「……ありがとうございます、山吹先輩」
山吹先輩はしっかり者という印象を俺は抱いていた。RINGのカフェ内でもそれ以外でもそれは変わらず此処のスタッフの間では頼れる人とも認識されているし、俺もそう感じていた。
俺は隣でコーヒー豆が入っている袋を持っている先輩を見ながらも女性に重たいものを持たせるのはあまり良い気分ではなかったが先輩の好意に甘えていた。山吹先輩は弟や妹もいるらしいからそれもあって面倒見がいいんだろう……。
「そういえば、戸山先輩……。この前此処で合同ライブやってましたよね?」
時間帯は昼過ぎを超えて、客足が少なくなって来てから俺は戸山先輩に聞いていた。
「もしかして見に来てくれてたの!?」
戸山先輩は面白い人ではあるんだけど、なんというか色々と忙しい人という印象がある。凄く明るくて元気な人ではあるし、話していて面白い人なのは間違いない。
「あーいや……俺は友人のバンドしか見てなくて……すみません」
戸山先輩がガッカリしている姿を俺は申し訳なそうにしながらも言う。戸山先輩と山吹先輩はPoppin'Partyというバンドをしていて戸山先輩がボーカルとギター。山吹先輩がドラム担当らしい。曲としては明るくて元気な曲が多くライブではコールやクラップなどをしてかなり盛り上がっているらしい。
「それでもライブ見に来てくれたんだよね!?どうだった!?」
戸山先輩が期待するような眼差しでこちらを見て来ていた為、俺は申し訳ない気持ちになっていたが俺は口で燈が見せてくれたものを感想を言いながらも説明していた。戸山先輩はその話を聞く度に楽しそうに頷いてくれていて話しているこっちまで明るい気分になりそうだった。
「そっかぁ!!楽しんでくれて良かった!!」
自分のことのように嬉しそうに笑う戸山先輩。
先輩は底抜けなく明るい人という印象が強くなって行き、山吹先輩は凄く頼り甲斐がある先輩だということを認識し始めていた俺はあまり人と馴染めるようなタイプではない立希がこのアルバイト先で上手くやれている理由がよく分かった気がしていた。
今日のシフトでは立希はおらず、俺は自分のシフトが終わる際戸山先輩に凄い勢いでお疲れ様と言われて「お疲れ様でした」と返しながらも俺は苦笑いを浮かべていた。店の外に出ていると、スマホの通知音が鳴り響いてそれを確認すると、そこには燈からの連絡だった。俺はその連絡を見て急ぐようにしてある場所へと向かう。
「燈、愛音はどうしたんだ?」
燈がいる場所に辿り着くと、座り込んでいる燈の姿が目に入る。
俺はすぐに何かが起きたということを察知して燈に質問をする。
「えっと……その……そよちゃんを二人で追いかけてたんだけど……。そのときにそよちゃんがはっきりと愛音ちゃんにこう言ったの……。愛音ちゃんも楽奈ちゃんも……今のバンドには要らないって……」
「そうか……」
完全に落ち込んでいる燈だったが、その瞳はまだ諦めている訳じゃなさそうなのは俺には分かっていた。
「燈、愛音はどっちの方向に行った?」
「えっと……多分ショッピングモールの方だったと思う……」
「ありがとうな、ちょっと行ってくるわ……」
『本当にしつこいね燈ちゃんは……私はバンドはやらないって言ったでしょ?』
そよさんは月ノ森の人達と一緒に帰っているところを燈ちゃんが腕をがっしりと掴んで話をしようとしていた。それをそよさんが振り払った後にそう言っていた。
『それでも私はそよちゃんと……またバンドをしたい……』
『そう?じゃあ、良いこと教えてあげる。燈ちゃん、私はね……愛音ちゃんも楽奈ちゃんも
『え……?』
燈ちゃんは思考が止まったように体が動かなくなっていた。そよさんがあのとき言っていた言葉……。あれは紛れもなく本心だった。最初から私のことを利用してその上でCRYCHICを復活させようとしていたんだ。利用されていること知らずに私はバンドが出来るなんて思い上がっていた自分が馬鹿みたいに感じてしまい、私は後ろを振り返って歩き始めようとしていたとき、燈ちゃんは私に声を掛けて来るけど、特に反応することはなかった……。
また逃げた……。
留学に失敗してそれでもやり直そうと決めていたのに、私はまた逃げてしまった。今回ばかりは仕方ないよね……。燈ちゃんだって、きっと祥子ちゃん達とのバンドの方が楽しかったに決まっている。私は居ない方がいいよね……。
「……なに不貞腐れてんだよ愛音」
「結人君……」
ショッピングモールの椅子に一人で座っていると、結人君が隣に座って来ていた。
暫く無言が続くなかで先に口を開いたのは私の方だった。
「…………私さ、要らないんだって……」
「バンドにか?」
「…………うん、そよさんにそう言われた」
私や燈ちゃんにもう自分のことを追いかけて欲しくて出ていた本心なのは分かっていたからこそ私が辛くなっていた。
「んで?お前は要らないって言われてやめんのかよ」
「だって、要らないって……」
「ああ、そうだな。お前はきっとそよにとってはCRYCHICを再結成させるための踏み台でしかなかったのは事実だろうよ。だけどな、燈は違ったんじゃねえのかよ?」
「燈ちゃんだってきっと……」
スカ―トの上に置いてあった手は握り拳となっていたが、その手が震えていたのは私にも確認出来ていた。
「ちゃんと聞いたのか、それ」
「え……?」
「燈にお前がバンドに要らないのかってちゃんと聞いたのかって聞いてるんだよ。あいつにとってお前は俺との結び目を再び結ばせてくれた人間だろ。そこまでしてくれた人間のことを要らないってあいつが言うって本気で思ってんのか、お前」
「……それは」
彼に言われて初めて気づいた。
燈ちゃんにとっては私は自分と彼の関係を再び繋ぎ止めてくれた存在。そんな私のことを燈ちゃんがいらないと言うかと言われたら分からないけど、それでも燈ちゃんは私と分かれる前にこう言っていた。
繋ぎ止めてくれて、ありがとうって……。
本当に嬉しそうに私に笑いかけて来ていた燈ちゃん。あの表情を知っているからこそ言い切ってしまっていた自分が不安になっていると、彼は言葉を続ける。
「正直な……俺はお前のことを鬱陶しいと思ってたしうんざりしてた……。バイトしている店に来たかと思えば、買ったのはアロマだけで燈と俺の関係を全く知らないくせして聞きたがってきて人の領域に踏み込んで来て俺の話を聞きたがろうとしていた、正直耳栓してえぐらいだったよ」
「それでもお前は諦めることなく俺や燈のことをなんとかしようとしてくれていただろうが……!俺が嫌そうにしても拒絶してもお前は何度でも俺と向き合おうとしてくれただろ!?そのお前は何処行ったんだよ!?そよに何言われようがバンドを続けようとしていたのがいつものお前だろ!!?お前俺に言ったよな!?俺とお前は友達だって……!!だから一回しか言わねえからよく聞けよ!!俺に聞かせてくれよ!!」
「自己顕示欲が強めで目立ちたがり屋のギターの音っていうのを……!!」
友達……。
私は友達だってあのときは言った。あのときはただ男の子の友達って面白そうとか思っていたけど今ははっきりと違う。彼と友人になれて良かった。此処まではっきりとしたことをちゃんと言ってくれる男の子友達って全然いなかったし、彼の言葉って棘があるけど真っ向から殴って来るって感じで聞いていて嫌な気分はしなかった。
なによりも彼は私に対して苛立ちを覚えながらも本気で怒ってくれていた。彼が此処まで熱い男の子だったなんて知らなかったけどなんか凄く……。
嬉しかったな……。
「ゆいくんってさぁ……本当に口悪いよね」
思わず口にしてしまった言葉。
すると、ゆいくんは眉を細めて「は?」と言う。
「お前普通此処で罵倒とかしないだろ、ふざけてんのか」
「私は本当のこと言ったまでなんですけどー?女の子が悲しそうにしてたら辛かったねーとか言ってあげるのが普通なんじゃないの?」
「それで何になるんだよ?同情するだけして放置とか……」
「一番最低な奴がすることだろ」
やっぱり優しい……。
本人はそう言われると凄い嫌な顔をするけど、優しさがどういうものなのかちゃんと分かっている。本人はそれが当たり前のことだと認識しているみたいだけど、それでも私は自分の心が温かくなりそうだった。
「後は……あいつに任せた方が良さそうだな……」
「え?」
彼が後ろを振り返っているのを確認してから、私も振り返るとそこには……。
「燈ちゃん……?」