【完結】迷子の友人は羨望する   作:シキヨ

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彼女は俺に日を見る

「えっと……睦だよな?」

 

 無言のまま彼女は頷いている。

 

「これそよ達に……」

 

「え?ああ……ありがとうな」

 

 淡々としながらも彼女は高級店の紙袋に入っているものを手渡されるが、彼女は少しばかり何かを心配そうにしているようだった。

 

「どうかしたか?」

 

「……きゅうり、ちゃんと食べられるか心配」

 

 一瞬「きゅうり……?」と反応になるが、紙袋の中身には大量のきゅうりが入っていた。

 ……差し入れで野菜というのはあんまり聞いたことはないけど、彼女なりの気持ちということなんだろうか。

 

「……一つ食べてみて」

 

「わ、分かった……」

 

 ほぼ無理矢理といった形で俺はきゅうりを食べることになったが、確かにちゃんとしたものでなければそよ達も食べることは出来ないだろう。まさかRING内の店内で生の野菜をそのまま実食することになるなんて意味不明な光景だと頭の中でぼやきながらも紙袋からきゅうりを一つ取り出す。まあ、厨房とかなら割と食べる機会もあったかもしれねえけど。

 

「結構イケるな……」

 

 そう独り言のように言いながらも俺はきゅうりを口の中に入れていた。

 口の中に広がり始めたのは、みずみずしい冷たさとほのかな青々しい香り。噛む度にシャキッとした歯応えが心地いい。何処からどう食べてもどう見てもきゅうりの味だと頷けた俺は睦に食べた感想を言う。

 

「ちゃんときゅうりだったぞ」

 

 安心したのか、ホッとしているようだった。

 

「生も美味しいけど、味噌を付けたりしたらきゅうりって美味かったりするんだよな」

 

「味噌……?」

 

 きゅうりを丸ごと一つ食べ切った後に俺はそんな言葉が出ていた。

 今日のライブもMyGOが始まるまでほぼ裏方に徹していたから疲れや空腹感のあまりそんな言葉が出てしまっていたようだった。

 

「ああ、簡単に言えばきゅうりに味噌を付けてそのまま食べるってことだな。結構簡単だし、食べやすいからな。後はきゅうりのアイスとかだな。串を刺してそのまま凍らせたりとかして食べたりしてな」

 

 後は……俺は全くやったことというか未成年だから飲んだことはないけど父さんがきゅうりのカクテルを飲んでいるところを目撃したことはある。実際に美味いのかは知らないけど、美味しそうに飲んでいるところを見た限りだと、きっと美味しいだろう。酒飲んだことねえから知らねえけど。

 

 きゅうりの色々な調理法だとか食べ方とか頭の中で考えていると睦はボッーとしているようだった。いや、どっちかと言うと自分が知らない世界があるんだということを入れていたのかもしれない。

 

「今日のMyGOのライブどうだった?」

 

「……良かった」

 

 それが彼女の本心でしかなかった。

 どうして言い切れる?と言われたら、彼女の表情から読み取れるものがあったからだ。

 

 若葉睦……。

 俺は彼女のことを物静かで無口だとさっき話していて認識していたが、その認識は少しばかり違うのかもしれない。彼女もまた燈と似たように自分だけの色というもの世界を持っているのかもしれない。彼女の彩りに気づいた俺は頬を緩ませていた。

 

「ありがとうな睦、これあいつらにちゃんと届けておくから」

 

 再び無言のまま睦は頷いている。

 その頷きを確認してから俺は紙袋を手に持って歩き出していた。

 

 

 

 

 

 

 

「結人……お日様のように暖かった……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日……何故かMyGO……いやMyGO!!!!!の打ち上げに参加させられていた。

 別にバイトが終わって帰ろうとしていた訳じゃないし、RINGでまだやることが残っていたから作業していたら山吹先輩に「打ち上げやってるから行ってきていいよ」と言ってくれて俺は参加することになった。俺としてはこいつらのライブが成功してその打ち上げなんだから俺が此処にいるのは流石に違うんじゃないかと疑問になっていたが、前に燈が言っていた「一緒にいてほしい」と言われたことを思い出して、俺はこの場でみんな一緒に抹茶パフェを食べることになっていた。

 

「ほらほら、ゆいくんもちゃんとこっち来てよ」

 

 俺の背中を押しつつ、燈の隣に座らせようとしてくる愛音。

 いつものの愛音らしい強引な方法に俺は何も言わずにただ座って待機ていると、愛音の挨拶から始まっていたが誰もが全くその挨拶を聞くことはなかった。まあ、これもこのバンドらしいかとなっていると燈からの一言で場の雰囲気は一気に変わる。

 

「一瞬一瞬をたくさん重ねたら一生になると思う……」

 

 一瞬一瞬をたくさん重ねたら一生になると思う、か……。

 

『いや、こうやって失敗したことがきっといつかいい思い出になるんだろうなって思ってな。成功したこととか楽しかったとかもそうだけど、失敗しても美味しかったり楽しかったねって言えることってかけがえのないものだって俺は思うんだよ』

 

 ふと自分が燈に言った言葉の記憶が泡が浮き上がる。

 燈がどんな思いを込めて意志を宿してその言葉を放ったのかなんてのは燈の言葉の強さで判断がついていた。

 

「ゆいくんも……だよ?」

 

「俺も……?」

 

 このことに自分も含まれているという認識が全くなかった為、俺は少し間抜けな反応をしてしまう。

 

「は?当たり前でしょ?お前燈や私より先に死んだら許さないから」

 

「…………何気に重たいこと言ってくれるな」

 

「なんか言った?」

 

「なんでもねえよ……」

 

 こいつ、人に自分が何言ってるのか分かってる?とか言っておいて自分がどういう発言しているのか掴めてないんだな。……俺としてもその言葉はすげえ嬉しいけど。それに死ぬまでこいつらの演奏が聴けるってことだしな……。

 

 

 

 

「はぁ……流石に食べ過ぎたな……」

 

 抹茶パフェを食べ終わった後、俺は立希と向かい合って座ってコーヒーを二人で飲んでいる。他の奴らはどうしたかと言うと、楽奈は抹茶パフェを食べられてご満悦だったようで早々と帰って行った。残ったのは燈達で燈、愛音、そよは三人で一緒に話をしていた。

 

「結人、その……嬉しかった。私のドラムを褒めてくれたこと……。前の前のライブもそうだし、昨日のライブだってそう。お前はちゃんと私のを聴いてくれていた。前にも言ったけど、私は幼稚な感想が返ってきたらお前のことを本気でぶん殴ってやろうとしてた。でも、お前はちゃんと言ってくれたから……」

 

 前の前のライブ、そして今回のライブ……。

 同じような感想を立希に言っていたらこうはならなかっただろう。俺は違いを出しつつ、先日のライブがどれぐらい前のライブに比べて良くなっていたのかとかもちゃんと感想として立希に伝えていた。今回のライブのことで言うなら前のライブが即興ということもあって事前準備とか全く皆無の状態だったけど、今回は事前に……準備はしていたこともあって余裕はありつつドラムを叩くことが出来ていたと俺は伝えていた。前のライブの方が俺にとってはこのバンド、MyGO!!!!!が一体感と化した感はあったけど、それでも今回のライブも引けを取らないとらなかったということも伝えていたからこそ立希はこう言って来ていたんだろう。なによりも立希はちゃんと自分達のことを忖度抜きで評価してくれたのも良い方向に向かっていたのかもしれない。

 

「別に気にすんなよ、俺は俺のやれることをしてるまでだからな」

 

 立希が感謝の言葉を伝えるということに対して違和感を覚えることはなかった。

 俺が愛音や立希、燈に対して本音をぶちまけたように立希もまた自分の想いを俺にぶつけようとしてくれているんだと……。

 

「立希……」

 

「なに?」

 

「改めてこれからもよろしくな、バイトの先輩としても……」

 

 

 

 

「そう思うなら、ちゃんとバイト中は敬語使って。なんで凛々子さんや戸山先輩達には敬語なのに私にはタメな訳?」

 

「あーそりゃそうだな……悪かったですよ立希先輩」

 

 

 

 

 

 

 

「…………やっぱり、いつも通りでいいから」

 

 

 

 




Q.長崎そよはきゅうりを受け取ったのか?
A.そよ自体は受け取っていません。また、そのことを睦や結人は知りません。
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