【完結】迷子の友人は羨望する 作:シキヨ
話の展開としましては、前回の話の続きと捉えて貰っても構いません。
「ゆいと……蕎麦まだ?」
楽奈は待ち切れないのか、俺の服の袖を掴んで弱めに揺らしながらも「早く」と急かして来ている。
「ああ、悪い……。ちょっと待ってくれ」
俺は今楽奈と一緒に蕎麦を食べに行くことになっていた。
詳しい経緯を省くが偶には楽奈にこういうご褒美を与えるのも悪くない……。いや、俺いつもこいつに抹茶パフェ奢ってる気がするけど、今は深く考えない方がいいだろう。
と頭の中で財布事情のことを一旦置いておくことにしておくことにした俺はスマホの地図アプリで蕎麦屋を調べていた。楽奈の好みに合わせて抹茶そばを食べられる場所を探していた。本当だったら、宇治抹茶蕎麦とかも考えていたんだが、やっている店が京都にしかないということもあって断念した。別に新幹線で向かってもいいけど、流石に楽奈がついていける気がしなかったからだ。いや……でもこいつって抹茶とか蕎麦とかライブのことに関してはかなり熱があるから案外乗り気で京都までついて来てくれそうな気はするが……。
「ゆいと……見つけた?」
「ああ、見つけたぞ。行くか」
地図アプリでようやく目ぼしい店を見つけた俺は楽奈を連れて早速その店へ行くことにしていた。少し電車で揺られることになると伝えると、楽奈は「食べられるなら何でもいい」と言っていた。この様子なら本当に京都までついて来てくれた可能性が本当にありそうだ……。いや、行かねえけど……。
「そういや、楽奈って……花咲川通ってるんだよな?」
「うん」
「中学だからそんな絡みあるか知らないが、立希の奴と話したりしないのか?」
「りっきーによくRINGまで連れて来られることある」
なるほど、少し話を聞いただけで立希が苦労しているということがよく知れる。
あいつとしては楽奈みたいな奴は普段は放置しておきたいだろうけど、バンドのこともあって放置する訳にはいかない。自由奔放の奴だから本当に何処で何をしているのかがよく分からないし、知らないから本当に苦労していそうだ。
まあ……立希の奴はあんまり人と話をするような奴ではないから、雑談とかそういうことはしてないだろうが……。ただ楽奈が立希に懐いているところはなんとなく想像できる。それを立希が好ましく思っているかは知らないが……。
「電車来た」
「だな……」
楽奈と共に駅に辿り着いた俺達はホームで電車を待っていた。
こういう駅での電車の待ち時間が短いというのは本当に都会というものは有難い。別に田舎だからどうのとか言うつもりはないが、前に何の調べもせず田舎の方に一人旅をしたときに電車の本数が半日に一回しかないというところを目撃したときは本当に絶望しかけた。
電車の扉が開いたのと同時に、俺は楽奈のことを壁際に立たせて俺は通路側の方に立つことにしていた。こういうことを愛音の前でしたら「優しい」だの「流石」だとか言ってくるのが脳内で再生されてくることを鬱陶しくなっていると、楽奈は抹茶蕎麦を食べられることを楽しみにしているのか期待しているような表情をしていた。
俺はこいつのせいで懐が寂しくなってきているが、それでも楽奈が美味しそうに抹茶系の食べ物やらを食べているところを見たり猫を撫でたり遊んでいるところを眺めているのは決して見てて飽きないから俺はまあいいか、となっている。本当はよくねえけど、なんならそよとか立希辺りにそろそろ甘やかすなと言われそうだが……。
「楽奈、着いたぞ」
目的の駅に着いて、俺は楽奈と共にホームへと降りて行った。
ぞろぞろと人々が降りて行くなか、俺は楽奈がはぐれてないか確認しながらも前に進みながらも駅の中へとやって来てそのまま改札を出ることにした。注意深く楽奈がはぐれてないか何度も確認していたが、楽奈の気を惹くものが特になかったことに安堵しながらも、俺達は駅を出ていた。
「蕎麦、何処?」
「ああ、ちょっと歩くぞ」
楽奈が退屈しないうちに蕎麦屋に着くことを祈りながらも、俺は駅から少し歩いた場所まで歩くことにしていると俺はあることに若干気づいてた。それは楽奈はあくまで俺の早さに合わせて歩いているところだった。別に気にすることではないが、自分の好きなものだというのに浮かれている様子もなくただ隣を歩いている姿に俺は少し意外だった。
「此処?」
俺は無言で頷いていた。
店の前に辿り着いた俺達は……少しだけ店の外観を見る。店の名前が書かれている暖簾が出ている。古びた木の引き戸の向こうに、仄かに出汁香りが漂っている。入口脇には年季の入った木製の看板が据えられ、この店の看板を何百年も示してきたいということを教えてくれていた。
「入らないの?」
「ああ、悪い……。じゃあ、入るか」
店の外観を眺めていると、少し暇そうにしている楽奈が目に入った俺は店の扉を開けて中へと入って行くことにしていた。
「いらっしゃい!!」
という声と共に俺達が引き戸をくぐると、ふわりと鰹と昆布の出汁の香りが鼻をくすぐる。店内は木の温もりに包まれていた。壁には古びた短冊メニューが並んでおり、筆書きで『ざる蕎麦』や『抹茶蕎麦』と味わい深い文字で書かれている。
「二名」と言った俺達は座敷に案内された。
靴を脱いで綺麗に整えると隣で靴を少し雑に脱いで置いてある楽奈の靴が目に入って、俺は整えて直していると、既に楽奈は案内された場所に座っていて今から絶対に蕎麦を食べるという意志を示していた。俺はそんな彼女に苦笑いをしながらも向かい側に座りながらも、楽奈に確認をしていた。
「抹茶でいいか?」
と言うと当然と言いたそうにしながらも楽奈は「うん」と返事をしていた。
店員を呼び止めてから俺は『抹茶蕎麦』を二つ注文した後に、厨房の方を見るとこの店の店主と思われるご年配の男性の人が蕎麦を作っているところが少しばかり見えていた。カフェで働くようになってからというものの、こういう食事処とかで働いている人達のことをより尊敬の眼差しで見る機会が増えていたような気がする。となどと考えながらも温かいお茶を飲んでいると、楽奈が目を輝かせている……。
「どうした楽奈?」
「ねこいる」
「猫……?」
視線を向けている方を確認すると、確かに楽奈の言う通りそこには灰色の猫が少し大きめな座布団の上に丸くなって気持ち良さそうに寝ているようだった。
「此処の看板猫なのかもな」
「看板猫……」
「看板猫じゃないが、駅に猫がいるところもあるらしいな」
「駅に猫……?」
俺の話に食いついたのか、餌を見せつけられて喜んでいる猫の如くの反応になっている楽奈。その表情に俺は少しばかり自分の口角が緩んでるような気がしていた。こうも話に食いついてくれると言うのは楽しく仕方ないもんだからな。
「ああ、駅舎とかに住み着いた猫がそのまま駅の象徴になったりすることがあるらしいんだ」
詳細な話をすると、更に俺から話を聞こうとする楽奈。
情報を調べていると楽奈はその場所に行きたいという意思表示を示してくるがどうやら東京からだとかなり難しいことが判明する。俺一人だけならまあなんとかなるが、楽奈はまだ中学生だ。あんまり夜遅い時間まで外を歩かせる訳にも行かない。
「ゆいと見つけた?」
「あーいやこの近くには流石にいなかったな……」
そう告げると楽奈は「つまんない」と言いたそうにしている。
そんな顔をされてもお前が中学生の間は当分無理なもんは無理だとしか言えなかったがなんとか楽奈の機嫌を取るべく、俺はバッグの中から猫のキーホルダーを取り出してそれを楽奈に見せる。
「これ楽奈にやるよ」
「……!いいの?」
「ああ」
手のひらを広げてきた楽奈に対して俺はその手の上に置いた。
受け取った猫のキーホルダーを観察している楽奈。それもそのはず、渡したキーホルダーはかなり特徴的な猫のキーホルダーだったからだ。
デフォルメがされており、瞳の色は琥珀色。
体の色は茶色であり、首元には赤色のリボンが結ばれている。特徴的なのは光の加減でその猫の瞳の色が変わるというところだ。なんとも不思議な光景で、楽奈はそれが気に入ってくれたんだろう。
「ありがとう、ゆいと……。大事にする」
と言いながらも早速自分が持って来ていた小さめのバッグに結んで取り付けている姿を俺が眺めていると、店員がお盆に抹茶蕎麦を乗せて持って来てくれていた。
テーブルの上に抹茶蕎麦が乗せられているお盆を置かれると、俺が箸を楽奈に渡してから自分の分の箸を取る。抹茶蕎麦を食べるなんて久々だなと期待を膨らませながらも俺は蕎麦を見つめている。
器用に並べられている緑色の蕎麦。わさびやネギ、大根おろしと言った定番のものが入っていた。こういうとき、ちょっとずつ付け足して行くのが基本なのかもしれないが、俺はそういうのは面倒なのでいつも豪快に全部ぶち込んでいる。そして、それは今もだ。小皿に入っているわさび以外の薬味を全部これでもかとつゆにぶち込む。流石にわさびを全部入れるなんて自殺行為はしない。
薬味が入ったのを確認してから、俺はせいろに盛りつけられている蕎麦を箸で掴んでそのままつゆの中へと入れていく。深い茶色のつゆの中に入れると、緑色の蕎麦の自己主張が止まる様子がなかった。まあ、色合い的に主張が減る訳がないんだが、こういうつゆに浸しているときというのはなんというか今から蕎麦を食べるんだなという感覚になって嫌いじゃない。
「美味しい……」
麺をつゆの中に入れていると、先に抹茶蕎麦の感想を言ったのは楽奈の方だった。
まるでこの世の幸せを掴み取ったかのような表情で瞳には生という一文字を宿している楽奈。見ているだけで美味しいというのが伝わって来ながらも、俺もつゆから蕎麦を取り出して麺を味わいながらも食べていた。
「確かに美味いな……」
簡単な言葉だったが、出て来た言葉がそれだった。
「美味しい」という単語を口にした後、俺は続けるようにして蕎麦を箸で掴んでつゆに浸して口の中に入れていくという作業をしていくと抹茶蕎麦というものの味の奥深さを舌と口で実感させられていた。
噛む度に、蕎麦の素朴な風味の奥から、抹茶のほろ苦さと微かにある甘さがじんわりと広がる。つゆに軽く浸していたこともあって、鰹と昆布の出汁が抹茶の渋みを引き立たせていて、より一層奥深い味わいを生み出している。さっぱりとしながらも、何処か余韻の残る上品な一品に、自然と箸が進んでいると俺達は黙々と箸を進ませていた。
本当に美味しいものを食べるというとき、人は箸が止まらなくというのはこういうことを言うのかもしれない。昭和の佇まないお店の中で俺達はひたすら蕎麦を完食していた。
「楽奈、そば湯飲むか?」
「飲む」
つゆの中にゆっくりとそば湯を注ぐと楽奈が「ん……ありがとう」と言いながらも温かくなったつゆを口の中に入れていた。銀髪の少女がそば湯を飲んでいる姿というのはなんとも絵面的に個性的なものだったが、俺は特にあんまり気にしないようにしながらも自分で注いだそば湯を飲みならも俺達はのんびりとしていた……。
「猫……」
そば湯を飲み干した後、俺が会計済ませている間に楽奈は看板猫のことを撫でていた。猫は楽奈が撫でたことによってどうやら起きたようだった。
「気持ち良さそう……」
猫は細めた目のまま喉を鳴らし、楽奈の指先に頬をすり寄せていると楽奈の口元は軽く緩んでいて、もう一度指を猫の耳の後ろに滑らせる。すると、猫は気持ち良さそうに目を閉じて、更に身体を預けるようにして丸くなっていた。
「あら?その子が懐いているなんて珍しいわね」
「え?そうなんですか?」
「ええ、その子ウチの看板猫なんだけどあんまり人に懐かないのよ。いつも知らん顔して寝てるのに、気に入った人にだけにはこうして満更でもない顔をするんだよ」
店主の奥さんはそう言って、小さく笑う。
看板猫というのにあんまり人に懐かないというのは如何なもんだろうかとなりながらも、俺は楽奈と看板猫が楽しそうにしてる姿を見ながらも何処か二人が重なって見えていた。それはきっと二人が気まぐれという意味では「似た者同士」なのだからなのかもしれなかった。
「ご馳走様でした……!!」
「美味しかった……猫も触れて満足」
「はい、ありがとうね!!また来てね二人共……!!」
店内を出る前に俺達は店主の奥さんに笑顔でそう言われながらもこの店を出た。
楽奈は最後までこの店の看板猫と戯れていた。猫も満足そうにしていて、とても充実した一日を過ごせたと言いたそうにしていた。俺も一応触らせて貰う事には成功して、かなり撫で心地が良さそうにしていたのを覚えている。こうやって、気まぐれな猫でも懐いてくれるというのは案外嬉しかったりする。
「どうした楽奈?」
店内をすぐ出て、珍しくスマホを確認している楽奈。
「今日…………誕生日だった」
「……は!?お前なぁ……そういう肝心なことは最初に言えよな」
「……?」
いきなり自分が今日誕生日だというものだったから、驚いてしまったが驚くなという方が無理があるという話でしかなかった。当の楽奈は「どうしたんだろうか?」と言いたそうにしているが俺は頭の裏を掻きながらも楽奈にこう伝える。
「食後のデザートに……抹茶のケーキでも食べに行くか?」
「……!!!行く……!!」
あまりにも早い即答に俺は笑いそうになりながらも、俺はすぐスマホで抹茶ケーキが食べられそうな場所を調べることにしていた。今日、この日という楽奈の誕生日はどうにも俺の懐が寂しく……いやいつも寂しくなっているな……。まあ、今日ぐらいは流石に勘弁してやるかとなりつつも俺は調べ終えた店を楽奈と共に向かうのだった……。
今日と言う一日は凄く楽しかった。
ゆいとに抹茶の蕎麦と抹茶のケーキ……それと猫のキーホルダーに柚餅子も買ってくれた。それ以外にもいっぱい買ってくれた。
「楽奈、今日は随分遅かったじゃないか」
「出かけてた」
「そうかい、まあちゃんと帰って来たんならいいさ」
家に入ってリビングに行ったとき、おばあちゃんがテレビを見ていた。
時計の針をよく見ると、時間はもう20時を過ぎていた。ゆいとやともり達といると時間があっという間で時計を見るの……忘れる。でも、本当に楽しい。それに明日はともり達も誕生日祝ってくれる、明日も楽しい日々になる。
「楽奈……冷蔵庫にケーキがあるけど食べるかい?」
「食べる」
「そうかい、じゃあ唄が帰って来たらロウソクも付けて食べるとしようか」
「ん……」
返事をしながらもゆいとから貰ったものを整理していると、おばあちゃんがまた話しかけてくる。
「今日は偉く上機嫌だね」
「おもしれー男に誕生日祝ってもらってた」
今日一日が楽しかったということをおばあちゃんが感じ取ったのか、そんなことを聞いて来ていた。それに対して少し誇らしげに自分の感想を言うと、おばあちゃんは納得したのか笑みを浮かべながらもこう言った。
「どうやらアンタ好みの小僧のようだね」
「うん……ゆいと気が合うし良い奴だしおもしれー男」
「アンタがそこまで言うってことはよっぽどの小僧なんだろうね……その小僧のこと大事にしてやりな」
「うん」
「大事にする」