【完結】迷子の友人は羨望する 作:シキヨ
「言っていること……意味分からないんだけど。なんでお前のところで働かないといけないとわけ?」
立希がこう言うのも無理はない。
いきなり俺のところで働いてくれてと言われて「はい」と二つ返事を返してくるほど、立希が利口じゃないという事も知っているしお人好しじゃないことも知っている。そもそも俺はまだ事情も話していないから。さて……此処からどうするか。はっきり言って立希をどう言い包めて四時間働かせるなんて考えてもいなかった。ほぼ突発的に決めた事だから何も決めていないというのが本当のところ。
「ちょうど今日のシフトで空きが空いたらしくて……それで頼みたいんだ」
直球でお前に悩みがあるからそれを解消させたいなんて言ったら、「は?」と返されるのがオチだ。こういうことで立希が手伝ってくれるなんて全く思ってもいないが最初の手段としてこういう話を切り出してみた。
「知らない、お前のバイト先なんだから自分でどうにかすればいいでしょ?」
思わず頷いてしまいそうになるほどぐうの音もでない正論だった。
確かに全く関係のない部外者である立希に頼むより此処でバイトをしていたり働いている人に頼んだ方がいいに決まっている。それは本当に事実だ。
「それがもう俺の知ってる奴に頼むから大丈夫ですよって言っちまったんだよ」
「は?私はやらないから」
結局、「は?」と言われちまった。
そして、返って来た答えというものがこうなるというのも予測していた。だから、俺はこうする。
「まあ、お前は関係ねえし此処のこと何も知らないからな。別に断るのは構わねえけど知らない職場でもちゃんとやり遂げられそうだしな。他の奴に頼もうとしたけどそよには速攻断られたし愛音はちゃんとやってくれなさそうだし。楽奈は中学生だし、燈に働かせる訳にもいかないだろ?」
楽奈の名前を出すまでは立希は全く表情を変えることなかったが燈の名前を出した途端、一瞬ピクリと顔を動いていた。それからして目を瞑って何かを考えているようだった。最後に燈の名前を出すことで立希が少しばかり思考を研ぎ澄ませる時間が出来ることは想定の範囲内だった。
燈をダシにするという行動は俺からすればちょっといただけない行動だったかもしれないが、時間もなかった今俺はこうするしかなかった。
「……分かった。燈に働かせる訳にはいかないから……。私がやる」
自分で言ったときも少しばかり「ん?」となったが、燈を働かせる訳にはいかないという発言どうにも危うい言葉だったような気がしてならない。いや、普通に危うい言葉か……。
「それでなにをすればいいの?接客とかレジとか?」
店内に入った俺は立希のことを店長に紹介した後に俺は立希のエプロンに手渡しながらも話をしている。
「ああ、それで構わねえぞ。重たいものを運ぶときとかは俺や他の従業員を呼んでくれ」
「……分かった」
他の従業員に頼れという言葉を言ったとき、何か言いたげにしていた。
頼るという言葉が今の立希にとって誰かに頼るという行為自体が今自分が弱いということを証明して突き付けられているということが起きている。本当はそれが悪いことではないと頭の中にあってもそれを上手く構築することができないと言ったところなんだろう。
此処で俺がはっきりと言葉に出すのは簡単なことだけど、立希が自分で人を頼るということを理解しなくちゃならない。それがこの四時間で出来るかは何とも言えないが……。
羽沢先輩ところでバイトをするようになってから色々な感情が芽生えてた。
最もその一つが私は自分という人間が「苦手、無理」という言葉を使うことが出来ないというのを嫌と言うほど認識させられることになってしまった。それ自体は前からそうだった。RINGで接客を頼まれて私がやっているときいつもお客さんに対して興味を持つことが出来なかった。
それに対して結人は違った。
結人は接客もキッチンも卒なく熟していた。あいつのことを監視しているときだって、私に対してタメ口を聞いて来る以外は本当に文句のつけようがなかった。あいつのちゃんとしているところを目撃していたこともあったのかもしれない。
『あっこれ此処のオススメなんだよねー!いつも此処で同じものを私頼んでいるの!!』
自分が頼まれてこうして羽沢珈琲店で手伝いをするとなったときも本当に自分という人間が嫌になりそうだった。お客さんに何かを頼まれたとき、自分が不愛想なんだということも認めることになってしまっていた。
「いらっしゃいませ……」
悪循環を抱えながらも私は今こうして結人がバイトしているアウトドアショップで手伝いをしている。いきなり結人に四時間手伝って欲しいと頼まれたときは「なんで私が?」となっただけど燈の名前を出されたら断れる訳にもいかなかった。
燈に働かせる訳にはいかないから……。
『これ渡しておくから』
結人から渡されたのは此処のアウトドアショップの何処に何が置かれているのかとそういうものだった。後は、どんなことに使えるとかそういうものまで事細かにまとめられていた。あいつはこういう仕事に関しては一切出し惜しみはしないタイプの奴だからこういうのをまとめているのは流石だと感じていた。
ただ、やっぱり……結人の力を借りないと自分が何も出来ないということにモヤモヤしている自分がいることは間違いなかった。
「すいません、ちょっといいですか!!」
あれから数十分経った後……。
私はお客さんに呼ばれてその方向へと向かうことにした。あいつから貰ったメモを渋々エプロンのポケットから取り出していた。その内容は簡単な接客用の手引きだった。テントやシュラフ、登山靴の基本的な違いや、初心者向けのおすすめ商品などが主に書かれていた。
見た感じ、アウトドアに慣れているような雰囲気で大きなカートにはテントのパッケージを置いてあった。聞かれている内容は、シュラフだった。私はメモの方に目を向けると、そこには『保湿性ならダウン素材が優秀。但し、湿気に弱い注意』と書かれてあるのに気づいた。
「ダウンの方が……暖かいと思います」
曖昧な言葉で返事をすることになってしまっていた。
男性は少し考えるように顎に手を当てている。
「なるほど。でもね、湿気の多い環境だと化繊のほうがいいって聞いたんだけど、この二つならどっちが速乾性が高いかな?」
その瞬間、私の頭は真っ白になる。
速乾性……。結人のメモに目を通そうにも追加で言葉を言われるという事態に予想外な出来事だと自分の中で認識してしまい、ページがめくる指が微かに震えていた。それを悟られないようにどうにか誤魔化そうとしていたが、私はあることをそのとき頭の中で思いついていた。
「どこで使うかとは決まってますか?例えば、寒い所ならダウンがいいですし、湿気があるなら化繊。テントの中でしたら、地面が湿ってるかもしれないですし、標高が高いなら夜はかなり冷えますから、持っていく場所持っていく場所で決めた方がいいと思います」
「……なるほど、確かにそうだね。テントの中で使うから化繊のを買わせてもらうことにするよ」
「ありがとうございます……」
全く知らない知識のものというのはちゃんと考えれば案外なんとかなるのかもしれない。
実際、私がこう言い出せたのは使う用途によって異なるのだから自分が使う場所でより最適な方を使えばいいと言うことを言いたかった。これが店員として正しいのかは知らないけど……。
「…………書いてあった」
お客さんが行った後に、私は一人で呟くようにして結人のメモを見る。
そのメモを見ている間、台車を持って歩いている結人が目に入ってその台車には幾つもののキャンプ用品が入ってた。
それからして後三十分ぐらいになろうとしていた。
結人のメモもあってなんとかやれていたけど、やっぱり自分の力じゃないということとなによりも……。
「最初からあいつだけでいいじゃん……」
あいつが活発的に接客をしているところを目撃していて自分が今此処にいる必要性がまるでなかったと感じてしまっていた。溜め息を吐きながらも私は自分という人間が何も出来ていないということを嫌というほど思い知らされる。
「出来る、出来ないか……」
昨日、羽沢先輩に言われた言葉を思い出す。
『立希ちゃんは
出来る、出来ないことがある。
私が思い悩んでいるとき、羽沢先輩がそう言ってくれていた。自信を持っていいと言われたときは本当に悪い気分じゃなかった自分がいたのは間違いなかったけどやっぱり頼るという行為が自分の中で引っ掛かっていたのかもしれない。
「おい、そこの店員ちょっと聞きたいんだがいいか?」
「はい」
「この前此処でランタンを買ったんだがよ、灯りが小さいんだよ。まるで役に立たなかったじゃねえか!!」
大柄な男は店内で声を荒げながらも言葉を発していた。
私はランタンを受け取りながらもそれがどれぐらい明るくなるのか確認すると勘違いしているのは客のほうだった。
「……ちゃんと説明書、読んだ?それ、用途によると思うけど?サブの灯りとして使うならともかく、それ一本でテント全体を明るくするっていうなら、そもそも選ぶもの間違ってるんじゃないの?」
「おい、誰に向かって口聞いてんだ?こっちは神様だぞ?」
大柄な男は私の肩を掴もうとしていたが、私は怯むことなくただ真っ直ぐ立っているとその手が肩に行くことはなく、誰かがその手を掴んでいるけどその手に私は見覚えがあった。
「おい、なんだお前?」
私の前に立って男の手を掴んでいたのは結人だった。
結人の表情は後ろに立っている私には見えなかったけど私のことを助けてくれていたけど、その実明らかに激怒しているということも後ろにいる私からも伝わっていた。激情に駆られているそんな結人だけど私は何処か心の底から嬉しく感じている自分がいた。
「おい、聞いてんのかよガキ……!!」
それでもなにも結人は答えずただ男の手を掴んでいた。
私はこのとき何も分からなかったけどきっと多分結人は客のことを睨んでいた。怒りに身を任せているけどどうにか自分でその怒りを抑えようとしているので精一杯と言った感じだった。
「おい、もう一度言「金は返してやるから立希に触れようとするんじゃねえ」」
微かに聞こえて来た結人の言葉にははっきりと怒りの声が聞こえて来ていた。
男は苛立たしげに鼻を鳴らし、最後に立希を睨みつけてから、渋々ランタンを結人の手に渡していた。
「クソが……!!」
結人は黙って商品を受け取ると、怒りを落ち着かせながらもレジへと向かった後に店員に商品を渡した後、近くにいた店長に結人は頭を下げた後に「すみませんでした……」と言っているのが聞こえていた。私はそれをただ黙って見ていることしか出来ず、自分がまた誰かを頼って誰かに迷惑を掛けてしまったという自己嫌悪に駆られてしまっていた。
「結人……その……」
バイト時間の終了のとき、私のことを気にかけてくれていた結人は一緒に店の裏まで来てくれていた。既にエプロンは脱いでいて、店長にも謝って来ていたけど結人には謝ることが出来ないでいた。一番迷惑を掛けたあいつに……謝りたかった。今目の前にあいつがいるのにどうしても「ごめん」の一言が言えなかった、そんなときだった。
「ごめん立希、俺のせいで」
自分が言い出そうとしてきていた謝罪の言葉……。
その言葉を先に切り出してきたのは結人の方だった。違う、その言葉を言いたかったのは私の方だ。客と揉めてその上結人に泥を被せて店長に謝らせてしまったことを謝りたかったし、何も出来なかったことを謝りたかった。
「元はと言えば、俺がいきなりこうして立希のことをバイトに放り投げて手伝わせた俺の責任だ。だから、本当にごめ「お前が謝らないで……」」
「え……?」
結人の言葉を反射的に遮ってしまった。
自分が謝罪をしなくちゃいけないという思いが結人の言葉を遮ってしまったのだとすぐに気づいたけど、その謝罪の言葉が出なかった。私が結人に謝ることが出来ないでいるのはきっと自分が惨めだということを認めたくなかったから。本当に自分の嫌なところには嫌気がしてならない。
「……」
でも、このままでいいわけがない。
こいつはこいつなりに私と向き合おうとしてくれた。私に誠意を見せようとしてくれていた。なにより、結人は私にとって……希望だったから。ちゃんと言いたい。謝りたい。こいつは私のことを「真希さんの妹」とは呼ばなかった。私が震えているとき、手を差し伸べてくれた。いつも対等に接してくれた結人だから私はちゃんと謝りたい。
「……ごめん、私が悪かった」
言いたかった言葉を言った瞬間、自分の肩の荷が下りたような気がしてならなかった。
言葉を口にするということがこんなにも大事なのを知らなかったけど、悪いものじゃなかった。寧ろ、清々しさすらあった。
「立希……」
「……私が最初に揉めるようなことしなきゃ結人が怒ることもなかったから。でも……これだけは言わせて欲しい……」
「怒ってくれてありがとう……」
自分がかなりらしくないことをしているのを自覚していた。
そよや愛音が此処にいればきっと今の私を笑っていたかもしれない。それでも結人は私がこういうことをしても笑わないで受けいてくれるのを知っている。結人はお人好しで馬鹿だけどそういう奴だって私は知っているから。
「……お前の肩に手が触れられようとしたときのこと正直あんまり覚えてねえんだ。多分、棚の方に押されるという予想していたから怒りのあまりにあいつの手を掴んでたんだ」
「……そうなんだ」
咄嗟にあいつの手を掴んでいたのはなんとなく気付いていた。
それでも私のことを助けてくれたのは本当に嬉しかったということは変わらなかった。
「でも、立希が無事で良かったよ」
「…………そう」
結人から目を逸らしながらも少し恥ずかしくなっている自分がいると感じながらも結人にそう言われていることが悪い気分じゃなかった。誰かに助けられるということが悪いことじゃないと感じるのは私としては複雑な感情だったけど、少なくとも今なら言えることがある。私はやっぱり一人じゃ無理だということを……。そう言えば、結人が前にこんなことを言っていたような……。
『別に頑張らなくてもいいとは言ってない。ただ、お前はお前のペースで頑張ればいいんじゃないのかって思ったんだ』
あのとき、私はそれでも自分のペースで頑張っているだけじゃ無理だと感じていた。自分のペースで人の数倍頑張ればいい、焦らなくていいって……。複雑だったけど嬉しかった。でも、愛音の奴がこう言っていた。
『でもさ、頑張っていれば必ず見てくれる人達がいる訳じゃん?』
あいつにあんなことを言われるなんて全く想像していなかったけどあいつの言っていることは正しかった。間違ってなかった。本当に癪だったけど……。
「だからお前が謝る必要なんてねえよ。さっきも言ったけど、いきなり手伝ってくれって言って誘ってこうさせちまったのは俺の責任だからな……。それと……」
「あんまり一人で背負いすぎんなよ」
こういうところだと思う。
結人のズルいところは……。最近の結人はかなり荒っぽい言動が増えて来たけどそれでも今でもあいつはその内に優しさが秘めている。そういうものがあるからこそ私は結人のことを許せないという感情は今でもあるけど、こいつのことが……本当に嫌いじゃないとも言えてしまう。
寧ろ、私にとってこいつは……星乃結人は……。
希望でもあるから……。
「……また来たんだ」
「ああ、来たよ……コーヒーとサンドイッチな」
羽沢珈琲店……。
結人の言葉と羽沢先輩の言葉を胸に秘めた私は自分の出来ることだけを考えるのと背負い過ぎないことを考えていた。難しかったけど二人に言われた言葉は悪いものじゃなかったらその二つを大事にしようとしていた。
「……ブラック好きなの?」
「ん?ああ、集中するのには丁度いいしシュガーとか入れるとちょっとカロリーが気になるしな」
「確かにそうかも……。私も作曲してるときゼリー飲料とかコーヒーとかよく飲むから分かるかも……。コーヒーとサンドイッチ一つずつ」
そう復唱しながらも私は注文用紙を持って歩き出そうとしたとき、結人に呼び止められる。
「今の感じでいいから頑張れよ立希」
接客のことを言いたかったんだと思う。
結人は笑みを浮かべながらもそう言ってくれていた。背中を押してくれている。やっぱり私の中であいつという人間は希望であるのには変わらなかった。ただそれをあいつの目の前で実感させるのは恥ずかしいから……。
「余計なお節介しなくていいから……」
今はこの思いを胸に秘めておきたい……。
あいつが私にとって大切だということも……。