【完結】迷子の友人は羨望する 作:シキヨ
「この前……立希が羽沢珈琲店でバイトしているところ目撃したんだ。あいつのこと観察してたんだけど……接客上手く行ってなかったみたいでさ……。どうにか誰かを頼るっていうことを教えてやれないかなって思って……。アウトドアショップの手伝いをさせたんだ」
「それで……手伝って貰ったのまでは良かったんだが……。立希が客と揉めて俺がそれを止めたんだ。客との揉め事を止めている内に俺は余計なことをしちまったんだって自分で後悔したんだ」
結人君が水槽に手を触れながらも悔しそうに歯を食いしばっている。
水槽から照らされている微かな光が結人君を照らし出していたけど、今の結人君に影ばかりが集まって来そうだった。
「どうして……?」
「だって、そうだろ?俺がバイトを手伝わせなければ、立希は嫌な気分にならなかったかもしれないって思うと……すげえ嫌な気分になったんだ」
結人君が何に悩んで何に苦しんでいたのかを……言葉で発してもらうことでようやく知ることが出来た。きっとそよちゃんは結人君が何か悩んでいるという事を知っていたから、私に「誘ってみたら?」と言ってくれたんだ。そして、結人君は言わなかったけど、きっと心の中では立希ちゃんの方がもっと嫌な気分になっただろうに……。って言っているのが聞こえていた。
結人君に何を伝えて何を言えばいいのかは私には分からなかった。
でも結人君を助けたいという気持ちがあった私は気づいたら結人君の手を掴んで左右上にクラゲの水槽を眺められるこの場所から離れて歩き出していた。水槽の前を通る度に私たちが青く光っているように見えているのを何度も確認しながらも……。きっと周りの人達が私たちのことを見ていたけど、今はそんなことを気にせずある場所へと向かって行った。
ガラスの向こう側では……小さなペンギンたちが泳ぎ回っている。青く揺れる水の中を、彼らまるで風に舞う羽のように軽やかに進んでいた。水面に向かって真っすぐ浮上しているペンギンもいれば、泳ぐのがあまり得意じゃないのかちゃんと泳げていないペンギンもいる。そんな多種多様なペンギンがいる水槽が私は好きだった。
そして、結人君も知っている。
私がこの水族館の中でも幻想的に空に向かって飛んでいくようなペンギンの水槽が好きだということを……。一歩前に出て水槽の前に出てから、結人君の横顔をそっと盗み見る。彼の目はペンギンたちの動きを追い、少しだけ柔らかな青い光を帯びていた。先ほどまでの悩みに沈んでいた顔とは違う。言葉を発すれば、きっといつものように少し得意げに……でも何処か照れ臭そうに語ってくれる……はず。
そう期待していると……結人君は息を吸って吐いてから結人君はもう一歩前に出て語り始めてくれていた。
「あれは確かケープペンギンだったよな」
「うん……」
「別名はアフリカペンギン。絶滅危惧種で南アフリカの沿岸部とかで生息していて特徴としては……腕のラインが一本で細くて、同時に顔の白い部分が多いところ……だったな。それでいて、ロバの鳴き声に似ていて、ジャッカスペンギンとも呼ばれることもあるんだよな」
いつものように結人君は語り出してくれていた。
この行動が正しいのか正しくのないのかはわらかなかったけど、結人君がこうして何かに夢中になって話をしてくれているということは……この時間というものが救いになっているのかもしれないと実感できていると暖かな気持ちに包まれている自分がいると、結人君は私の方を向きながら話を始めようとしている。
「燈……俺はさ……こうして動物のことを話が出来るようになったのって燈のおかげだったりするんだ」
「そう……なの?」
「ああ……動物が好きって言うのは確かにそうなんだけど。多分燈が動物の絵柄が貼られている絆創膏とか集めててその名前をすぐ言えるところを見て凄いと感じた俺は……その燈に凄いと言って貰えるようにするために動物のことをもっと知ろうとしていたんだ、なんか情けないよな」
「そんなことないよ……?」
きっと今自分のことを笑ったのは自分が小さな劣等感に呑まれて馬鹿みたいなことをしたと言いたかったからこそ私はそれを否定すると、結人君は苦笑いしていた。
「私は……ゆいくんの話を聞くの好きだよ?いつも楽しそうに動物の話をしてくれるところとか……。私の知らないことを教えてくれるゆいくんのことを尊敬していたし、その話を聞いていて楽しかったし、そうやって話してくれるゆいくんが好きだよ?」
「…………そうか」
少し恥ずかしそうにしながらも彼は視線を逸らしている。
ちょっとだけ……だけど私も本当は少し恥ずかしかったりしていたのは結人君には見せないようにしていた。
「だからね……ゆいくんとこうしている時間って特別だし凄く大事なんだ。きっとそれ自体は本当に数秒の出来事だとしても……。不死になることは出来ないから、それを噛み締めて生きていきたい……」
「燈……」
「今回も……そうだったの。ゆいくんが何かに悩んでいるなら、私は力になりたかった。それがゆいくんにとって……鬱々しかったとしても……ゆいくんの力に……なりたかったから。たった、数秒数分のことでも私にとっては凄く貴重だから……悩みを聞いてあげたかった……」
あのときと一緒……。
結人君が私のことを突き放したときと……。あのときと決定的に違うのは結人君が今こうして私に隣にちゃんと立ってくれていること。私に悩みをちゃんと打ち明けてくれたこと……。
「お節介なんて思ってる訳ないだろ」
「だったら……立希ちゃんも同じだよ……。ゆいくんも立希ちゃんも……嫌な気分になったかもしれない。でも、それは……泡のようにすぐ消えて……。きっと立希ちゃんの思い出に……なったはずだよ……。だから……だから……」
「立希ちゃんも……きっと……後悔していることを知っているから……」
ペンギンが羽を広げて大空を羽ばたいている姿を見ながらも結人君は笑顔になっていた。その笑顔を見ただけで私には分かったことがあった。結人君の中での悩みは解消されたんだと……。
「燈にはやっぱ…………敵わないな」
「そんなこと……ないよ。ゆいくんの悩みを聞いたとき……どうすれば分からなかったから……此処に来た……。励ましたかったから……」
言葉で伝えられるかが凄く不安だったから、結人君をペンギンの水槽の方へと連れて来て結人君のことを救うことが出来ると勝手に信じ込んでいる自分がいたのかもしれない……。結人君も此処で見るペンギンの水槽の景色が好きだったから……。
結人君が小さく「これが言葉と行動か……」と言っているのが聞こえながらも、結人君の横顔を眺めながらもそっと彼の袖を指先で掴んでいると、水槽の中では小さなペンギンがもう一度、水面を蹴って宙に舞いながらも、仲間のことを追いかけていた。
「結人君は……今でも此処の景色好き?」
呼び方を「ゆいくん」から「結人君」に変えながらも結人君の服の袖を掴む力を少しだけ強くしていた。
「好きだよ、よくこの水槽の景色を見に来るために燈のお父さんと燈と一緒に来ていたよな。お互いにあのペンギンが今なにしているとか言ったり、俺がケープペンギンの生態を話したりとかしたこともあったよな。それで……一時間ぐらいは此処を眺めていたから燈のお父さんが椅子に座り込んでいたのも覚えている。でも……一番覚えているのは……」
「燈と一緒にこの水槽を眺めていたこと……だな」
「私も……だよ」
結人君が前に言っていた言葉を今でも覚えている。
失敗したことでもきっといつかいい思い出になるって……。成功したこととか楽しかったとかもそうだけど、失敗してそれを楽しかったねと言えることがとてもかけがえのないことだ。私もそう思うし、そういうことが一瞬一瞬の積み重ねに繋がって行く……。でも、やっぱり私にとって一番大切なのは……こういう結人君との日常がかけがえのない日々……だから。
だからもし、不死になったりしたらそういう日常というものが薄れちゃう気がする……。
それに私は……先に結人君に死んで欲しくない。自分だけ不死なんて……そんなの嫌だ。じゃあ、二人で不死になればいいのかもしれないけど……。それも嫌だ、私は……私は……あのちゃん達の思い出も切れかけのボールペンの芯みたいに薄くなって欲しくないから……。
「燈……?」
気づけば、私は結人君に背後から抱きついていた。
自分でも気づかないうちにそういう行動を取っていたことに驚いてしまっていたけど、凄くいい気分だった。結人君の芯からある心の暖かさというものを感じることが出来ていて安心出来ていた。あのときの冷たさはもう感じない。今の結人君は少し口調が荒っぽいけどそれでも……凄く頼りになって私にとっての……。
「…………少しだけだからな」
「うん…………」