【完結】迷子の友人は羨望する 作:シキヨ
羽沢珈琲店での手伝い……。
気づけば明日が最終日を迎えていた。初めはあのAfterglowさんからのお願いということもあって、気合を入れて頑張ろうとしていたしカッコつけたかった自分もいた。でも、今は自分の出来ることをやろうとなっていた。羽沢先輩から言われた、出来る、出来ないは私からすれば少し難しいことかもしれないけど……。やれることはやってみたかった。
「此処のシフォンケーキ、凄く美味しかったです、また来ますね!!」
「ありがとうございます……!」
結局、接客は羽沢先輩に比べたら全然まだまだだけど……。私なりに精一杯やれることだけをやることが出来ていた気はする。結人に話しかけたときみたいにやるのは流石に出来なかったけど……。あいつが背中を押すようにして言ってくれていた、一人で背負い過ぎるなという言葉は胸に響いていたし、なにより……楽しみもあったから……。
『三人でまた……中学のときみたいに話したいから……』
もうあのときの関係に戻ることは出来ない。
結人は燈や私に本当の自分を曝け出すことを選んだように、私も燈から遠ざかるようなことをしてしまった……。結人に少しぐらいなら……いやこれはまだ言わないでおきたい。そういうこともあって、私たちは前までの関係になることは出来ないけど……前みたいに三人で話す事は出来るかもしれないならその道を選びたいから。
閉店時間になり、店には羽沢先輩と私だけが残っていた。
他の従業員の人はもう上がったみたいで、二葉先輩は今日は休みだった。私たち、二人しかいないこのお店の中で静寂が続いていると、羽沢先輩が私に話しかけて来ていた。
「立希ちゃんって……結人君とは結構仲良いの?お店の裏でお話ししてたよね?」
「すみません……バイト中に」
「全然気にしないでいいよ。立希ちゃん、お店の中で結人君と話しているときは落ち着いて話せているし楽しそうだったからちょっと気になったんだ」
自分があんまりにも結人と私語が多かったのかもしれなかったと反省していると、羽沢先輩が首を横に振っていた。「気にしないでいい」と言ってくれているような気がしていた。
「結人とは……中学の頃に出会ったんです。先輩は燈のこと知ってますよね?」
「うん、高松燈ちゃんだよね」
「その燈のことで私がちょっと勘違いしてそれから結人とは話すようになったんです。燈のいいところとかちゃんと気づけててそんなに悪い奴じゃないなんだってなって……少し嬉しかったんです。自分の好きなものを共有できるのが……。でも……それ以上に私と結人を繋げてくれたのは……」
「真希さんの妹だって接してくれなかったところだったんです……。知らなかっただけなのかもしれないですけど、結人は私のことを立希は立希だろって言ってくれているような気がして……心の支え、希望になってたんです」
今でもあのときの手の感触を思い出すことがある。
きっと結人は本当に咄嗟に私のことを落ち着かせるために触れてくれてそれが私にとって……心の支えになっていた。余裕が無くてそれでもお姉ちゃんを追い越したかった私にとってあいつの姿は希望だったから。
「立希ちゃんにとって結人君はとても大切な友人なんだね」
「大切……そうですね……」
自分の中でようやく一致するものに出会えた気がしていた。
その言葉は何度聞いて来たかも知れない言葉だったし、自分でも気づいていたものだったけど私は憧れのAfterglowの羽沢先輩から「大切」という言葉が聞くことによって私があの日、結人が燈を突き飛ばした日……。自分まで傷ついていたのはきっと間違いなく、結人が大事だったから。自分にとって希望で心の支えだったから、きっと心の中で……。
結人という人間に怒りや裏切られたという感覚だけじゃなくて、失望や悲しみがあってそれが「喪失感」にも繋がっていた。
「何度か結人に失望したことがあるんですけど、多分きっとそれは……安心できる存在が壊れることへの恐怖心があったんだと思います……。信じられる奴だと安心していたから……あいつなら全部分かってくれるかもしれないなんてエゴを抱えていたから……。だから私は……いえ、すみません羽沢先輩、こんな重い話をしてしまって……。それでは失礼しま「待って、立希ちゃん!!」」
自分が結人に対する感情を曝け出す度にこんなことを先輩に話すべきじゃないとなっていた私は……話をするのを止めようとしていた。なにより、こんな話を憧れの人にするべきじゃなかったと少し悔いていた私は退勤しようと歩き出したとき、羽沢先輩に呼び止められて足を止めてしまっていた。
「私は結人君と立希ちゃんがどういう関係なのかはっきり知らないけど……。今の話を聞いて思ったことがあるの」
「立希ちゃんにとって結人君って、自分が自分でいられるための人だったんじゃないかな」
「!!!?」
その場で固まってしまって何も言うことが出来なかった。
羽沢先輩が言っていることは……核心を突いていたから。結人は……私にとって大切な拠り所だった。燈やCRYCHICと居た日々も楽しかったけど、自分を自分として見てくれている結人が変わってしまったことが本当に許せな……いや、自分まで裏切られたと傷ついてしまっていたんだ。だから、あの日私は燈を突き飛ばしたあいつに裏切られたという失意があったんだ。
「羽沢先輩……その……ありがとうございます……」
深々と頭を下げながらも言っていた。
「自分だけだったらきっと辿り着けなかったでした。おかげで……自分のことが分かった気がしました……」
「ううん、気にしないでくれて大丈夫だよ。自分の心を知るって凄く大変なことだもんね」
きっと自分だけだったら本当に気づくことが出来なかった。
ずっとモヤモヤしていたものの正体がようやく掴めていたそんな気分だった。
「羽沢先輩、その……一つお願いしてもいいですか?」
「はぁ……」
夜空に瞬く無数の星々が、静寂の中で淡い輝きを放っている。
闇に溶け込んでいて広がる空の奥深く、その光はまるで私の今の心を表しているようだった。
『羽沢先輩、本当にありがとうございました』
『ううん、結人君に伝わるといいね』
隣に置いてある白い箱を横目で見ながらも私は今モールの階段に座り込んでいる。
本当は早いところ、結人にこれを届けたかった。でも、恥ずかしいという感情が抜けきれなかった私は結人の家とは反対方向に逃げていた。これじゃあ意味がないということを分かっていても立ち上がることが出来なかった。目を瞑って、時間を稼ぐようにして思考をしていると声が聞こえてくる。
「なにしてるの立希ちゃん」
「そよ……」
「隣座るね」
許可を取ることなく、そよは私の隣に座っていた。
夜更かしはしないとか言っていたそよがこの時間にモールにいるのは意外だったけど、今はそんなことどうでも良くなっていた。眩い街灯の光に目を奪われていると、そよが話し出していた。
「それ、結人君に渡すんでしょ?」
「関係ないでしょ……」
「まあ……確かに私には関係ないしどうでもいいことだけど。早めに行ったん方がいいんじゃない?」
素っ気ない態度を取ってたいけど、その実あいつは気遣ってくれているというのは伝わっていた。
「なんで結人に渡すって分かったの?」
「じゃあ聞くけど、立希ちゃんって燈ちゃんに誕生日以外で面と向かって渡せる?」
「渡せないけど……」
「……即答するのもどうかと思うけど、そういうこと。立希ちゃんが後プレゼント渡すなら結人君しかいないでしょ?」
なんでそこで溜め息をつかれるのかは意味不明だけど、よく考えなくても私がプレゼントを渡す相手なんていうのは結人だけなのは確かかもしれない。燈の誕生日以外だとあいつぐらいにしか……そういうの渡したことないから。
「まあ立希ちゃんがそうやってずっと迷っていたいって言うなら、何も言わないけど……。でも、結人君ならちゃんと喜んでくれるんじゃない?だって、その隣に置かれているのって……」
「久々のプレゼントなんでしょ?」
「久々の……」
そうだ、これはあいつに渡す久々のプレゼントになる……。
最後にあいつにプレゼントしたものはちゃんと覚えてる。あいつが動物の中でも好きだと言っていたペンギンの小さなぬいぐるみをあいつに渡していたことを……。そして、その一週間後あいつとは会わなくなった。
「行くの?」
「此処で縮こまってても仕方ないから」
今まで渡して来ていたプレゼントよりも今日渡したいプレゼントは……一番重要なものだったのは間違いなかった。だからこそ、私はこの箱をちゃんと結人に渡したかった。そこにはもう恥ずかしいという感情はなかった……。
「確か此処……だったはず」
結人の家の前に辿り着いた私。
何度かあいつの家の前で一緒に帰った事があったから場所はちゃんと把握していた。インターホンを指で押そうとしていたが、その指が震えている。いざあいつの家の前に来てまだ自分が恥ずかしさと緊張があるという事実を抑えながらも、意を決してインターホンを軽く鳴らす。待っていると玄関前で歩いて来る音が聞こえて来ていた。程なくして家の扉が開くと、そこにはジャージ姿の結人がいた。
「これ食べて」
結人が喋り出す前に私はケーキが入っている箱を結人に突き出す。
困惑している結人は感謝の言葉を言いながらも受け取ったのを確認してから、私はこう言う。
「食べたら後で感想教えて」
「え?あ、ああ……」
「じゃあ……」
恥かしさを隠すために、結人が開けていた家の扉を無理矢理閉めていた。
結人が玄関から居なくなったのを確認してから私はその場を離れていくことにした。
羽沢珈琲店、最終日……。
今日も店の方は大盛況で凄く忙しい。でも、私はやれることをやるし、最終日だから気を引き締めてやると決めていた。
「注文お伺いしま……結人……」
呼ばれたテーブルに辿り着くと、そこには結人が座っていた。
今日は一人で来ているみたいだった。
「コーヒーとパンケーキな……。後、それと……」
「ケーキ美味しかったぞ」
「…………当たり前でしょ」
結人の注文をペンで書きながらも私は……自分で作ったケーキがちゃんと美味しかったと言われたことがどれだけ自分の支えになっているかなんてことは結人に言うつもりはなかったけど、嬉しいという感情にはあいつには伝わっていると信じたかった。
「モールのライブ……楽しみにしてて」
「ああ、楽しみにしてる」
「……じゃあ」
本当に言いたかったことは言えなかった。でも、これでいい。聞きたかった言葉は聞けたから。結人のテーブルの前から離れて、そっと息を吐いていた。口に合わなかったとは言われなくて良かったとホッとしている自分がいるのと同時に、そんなことを言ってきたら二度と口効かないとなっていた自分がいたから……。
「どうだった立希ちゃん?」
「美味しかった……みたいです」
「そっかぁ、良かったね」
キッチンの方に戻って来ると、ケーキの件で羽沢先輩が心配してくれていたのか聞いて来ていた。羽沢先輩に話を聞いて貰った後、私はキッチンを借りて一人でケーキ作りをしていた。もう閉店時間が過ぎているし、羽沢先輩も帰りたかっただろうに私がケーキを作るのを見ていてくれていた。
「その……昨日はありがとうございました。キッチン貸していただいて……」
「大丈夫だよ、日頃の感謝伝えたかったんだもんね」
日頃の感謝……。
そう、私は結人みたいに日頃の感謝を言葉として伝えられるほど器用じゃない。きっとあいつに面と向かって言おうことなんて出来ない。恥ずかしいという気持ちの方が勝ってしまうから。でも、私なりに伝え方はあった。
「そうです……ね。そういうの恥ずかしくて……言葉じゃ言えなかったですけど」
「きっと結人君に伝わってるよ、思いが込められたものはきっと、ね?」
結人に感謝が伝わっているかどうかなんて本人に聞かないと意味ないけど。それでも、私はあの行動をして良かったと信じられていた。今、自分の中にある心の模様がかつてのように曇っているわけじゃなくて、穏やかなものになっていたから……。
「いらっしゃいませー!!」
二葉先輩の声が聞こえて来たのと同時に、長い髪の女性が一人で店にやって来ていたみたいだった。お客さんは「一人です」と声が聞こえて来ていた。
「羽沢先輩、接客行ってきますね」
二葉先輩や他の従業員の人で接客をしているのが限界になってきているようで私は接客に回ることにした。既に出来ていたコーヒーが入れてあるカップを持って、店の方へと行くことにしていた。
「うん、頑張ってね!!」
何も言うことはしなかったけど、私は羽沢先輩の言葉に後押しされていた。
戸山先輩達や羽沢先輩、そして結人みたいには私はやれないけど自分が出来る範囲でやり遂げたい。
「すみません、注文いいですか?」
「はい、今伺います」
コーヒーカップをお客さんの下に置いてあった後、注文を頼まれた私はそのままそのお客さんの下へ向かうことにしていたが、その声は何処か聞き覚えがあってそこに行くと、そこは結人が座っていたはずのテーブル。さっきまで誰も座っていなかった向かい側に長い白茶色の髪の奴が座っていた。
「立希ちゃん、此処のオススメとかある?」
「季節の限定ケーキ」
此処に何度か入店してきていると言うのに今更になってオススメを聞いて来るそよ。
そよが接客相手だった私は適当に接客を済ませようともしていたけど、羽沢先輩に頼まれた手伝いということもあってこいつのことを邪険に扱うことが出来なかった私は溜め息を何度もしながら接客を続けてとっととそよの前から去ることにしていたけど、少しばかり自分が成長していると実感できていたかもしれない。いつもならあいつの接客なんて適当にやっていたから。
「っそ……、じゃあそれとコーヒー頼める?」
「分かった……」
注文用紙に注文を書き留めていると、そよがこう言っていた。
「良かったね」
そよの口から出ている言葉は紛れもなくあのケーキのことだと伝わっていた。
自分の頬でも緩んでいてそれでそよに伝わっていたのかもしれないと私は少し表情を硬くしようとしていたが、微かに残っている結人のあの言葉が忘れることが出来ないでいた私は息を整えた後に自分の気持ちを素直に独り言として口にする。
「手作り、あいつに褒めて貰って嬉しかった……」
『これ食べて』
ケーキを渡されたとき、困惑という言葉が相応しいぐらい俺は戸惑っていたが今日立希の言葉を聞いて気づけたことがあった。あれはきっと立希なりに自分の想いというものを伝えたかったんだ。だから、丹精込めて俺が好きなチョコケーキを作ってくれたんだ。確かにある証明が、俺にとって言葉では表せないほど心というものに明るくさせてくれていたような気がしながらもこう独り言を言っていた。
「立希……ありがとうな……」