【完結】迷子の友人は羨望する 作:シキヨ
「つーか、俺バイト中なんだが……」
市ヶ谷さんにスタジオから退去命令を出されてそのまま出たのはいいものの、あの人俺がバイト中だって知ってて言ってるんだよな……となりながらも、俺はカフェの方へ向かうことにする。それにしても、本当に先輩達のバンドというのは凄まじいものだった。心の奥から湧き上がる源のようなものを奮い立たせているような気がしてならず、俺は今日のバイトを乗り切ろうという意欲が湧いて出ていた。
「あのちゃん……これ」
「え?ともりん、いいの!?」
「うん、ゆいくんのことで助けて貰った……から」
「気にしなくていいのに!ありがとう、ともりん……!!凄い綺麗だねー!!」
燈達の話し声が聞こえてくる。
どうやら燈が愛音に俺の件で助けて貰ったお礼に贈り物を渡しているようだった。愛音の反応的に星座にまつわる何かなのだろう……。愛音の星座は確かおとめ座だから、そういうものだろうとなりながらも俺は関係者の扉を開けて一旦、その中へと入って更衣室からあるものを取り出していた。それからそれらを持って、俺は関係者の扉を開けて燈達が座っている席の方へと向かう。
「愛音…………ほらよ」
何の脈路もなく、愛音に包装紙に包まれたものを渡すといつもみたいににんまりとした笑顔を剥きだして来る。最早慣れたので俺は鬱陶しいとすら感じていなかった。
「急にどうしたのー?」
「……愛音にはかなり世話になったから、まあそのなんだ。その感謝を込めてって言うか……あーえっと……あーもうなんでもいいから受け取れ!!」
感謝を伝えるだけというのに若干照れが入ってしまう。
それがなんでなのかは勿論知っている。自分を曝け出せたのは目の前にいる愛音が初めてだったからだ。それでいて、こいつは俺の恩人でもあってある程度は自分の本音を話せるのだがどうも恥ずかしさの方が勝ってしまうことのが圧倒的に多いのは自覚しているつもりだ。本当に嫌な話なのだが、その隣に座って優雅に紅茶を飲んでいるそよが少しばかり薄笑いをしているのが視界に入って更に恥ずかしくなっていた。
「えー!ありがとう!!開けてもいい?」
「ああ……」
了承を得てから、愛音は包を開けている姿を横目に俺は黙り込んでいたが、貧乏揺すりをしてる。渡した後も赤裸々にされたような気分でしょうがなくて俺は今すぐにでも飲み物を飲んで喉の渇きをなんとかしたかった。
「えー!なにこれ、凄く可愛いじゃん!!」
「ポメラニアン……」
燈の小さな声で犬種を言っている声が聞こえていた。一瞬、顔を手で覆いたくなりながらもあいつの反応に少しホッとしている自分がいた。と言うのも、俺は愛音がどういう動物が好きなのか割とあやふやだった。ただ、前にスカイツリーに行ったときにお土産を買おうとしていたときに犬が描かれているお土産を眺めていたのを知っていた。
だから、俺は今日これを渡した。刺繍が施されている眼鏡ケース。柔らかなベージュの生地に、刺繍に刻まれているのは愛らしいポメラニアン。ふわふわの毛並みまで丁寧に再現されていて刺繍はポメの優しい表情と丸っこいシルエットを引き立たせている。ケースの角には、小さな肉球の刺繍も添えられている。
「愛音ちゃんの何処で買ってきたの?」
「偶々行った雑貨屋で売ってて買ってきたんだよ」
「こういうのも売ってるんだね」
と先ほどの悪戯っぽく笑うそよの姿はなくなって来ていて俺の熱は冷めつつあった。
「ゆいくん滅茶苦茶見つけ上手じゃん!!」
愛音は偶に眼鏡を掛けているときがある。
俺とスカイツリーに行ったときもそうだったが、俺のことを探るためにアウトドアショップに来ていたときも眼鏡をしていた。まあ、眼鏡ケースなんて持っているから要らねえかもしらねえけど愛音が前に犬好きだということを聞いていたし、興味ありげにそういうグッズを見つめていたから買ってきた。ぜったーいにこんなことは本人に言わないが……。
「その……視力悪いのか?」
「え?あー実はそうなんだよね。普段はコンタクト付けているんだけど、こうなんかビシッと決めたときは眼鏡を付けているというかさ」
「まあ言いたいことは分からんでもねえが……。要は普段より気合が入ったような気分になれるってことだろ?」
「そうそう、流石ゆいくん!話が分かるー!前にそよりんにも同じこと聞かれて、知的に見えるよねーと言われて意識的に眼鏡付けることも増えたんだ」
「私そんなこと言った覚えないけど?」
「えー?ちゃんと私のことを知的に見えるって言ってたけどなー」
「本当に言ってないんだけど……」
自分が頭がいいということを是が非でも押し通したい愛音はその意見を曲げずにいる。
「いやーやっぱり眼鏡のフレームを少しクイっと上げるだけでも頭良さそうに見えるよねー」
「頭良さそうに見える?俺のクイズ答えれなかったのにか?」
わざと痛い所を突くと、愛音は「うっ……」と声を出している。
いつもこいつにニヤついた笑みを浮かべられるからこういうときにこっちが上に出ていれば愛音は何も言うことが出来ないはず。しめたとなっていると、愛音は「うーん」と言った後に、何か悪だくみを思いついたような顔をする。なんだ、すげえ嫌な予感がする。
「ふーん?ゆいくん、そういうこと言っちゃっていいんだ?ゆいくんが必死に頑張って隠そうとしているあの写真を誰かに見せても「俺が悪かったからやめろ!!ああやめろ!!馬鹿が!!!」」
あの日の写真をダシにされた俺はそれ以上余計なことを言う前に声を荒げながらも制止させる。まるでそんなことは無かったと言わんばかりに。
「マジで誰かに見せたりするんじゃねえぞ愛音!!お前のせいでそよに一夜の間違いを犯し「本当のことじゃないの?」」
「は!!?本当のことじゃねえが!?何言ってんだそよ!?」
「一夜の……間違い……?」
「あーえっと、俺はマジで何もしてねえからな!?燈!!?」
例の写真一枚の件で愛音だけに留まらず、事態は更に大きくなってる。
そよに突っ込まれて、燈からは疑問を投げかけられた俺は退路を断たされそうになっていた。
「五月蠅いんだけど結人」
「あー悪い……」
RINGの入口の方から戻って来た立希。
その隣には「抹茶パフェ」と小さく呟いている楽奈がいる。先輩である立希から、注意を受けて一気に落ち着きを取り戻していると俺は立希に贈り物を渡していた。
「滅茶苦茶美味かったケーキのお礼。後、迷惑掛けたから……その謝罪も含めて」
「…………後で開けるから」
「ああ、それでも構わねえよ……」
顔を逸らしながらも立希は受け取りつつも小さな声で言っているのが聞こえていた。
それから程無くして、俺は燈に色々なペンギンが空を飛んでいるのが描かれているグラスと100枚入りの動物の付箋。そよには百貨店で買った紅茶のギフト。楽奈には可愛らしい猫の置物を渡した。総額を考えると割と頭が痛くなるが気にしないようにしていた。
「本当にありがとうね、ゆいくん」
「あー別に気にしなくていいぞ愛音……」
それぞれ全員に贈り物を渡せた俺は仕事に戻っていた。
愛音はカウンターに座りながらも話しかけている。その奥では燈が俺が渡した付箋を綺麗に整理し始めている。その光景を眺めながらもゆったりと紅茶を飲んでいるそよと抹茶パフェを頬張っている楽奈。立希は……関係者の扉の奥へと入って行った。
「そういえば、さっきゆいくん。感謝って言ってたよね?」
「ああ、そうだが……」
「りっきーもさっきこんなふうなことをしてくれたんだよね」
「……立希が?」
そんなふうなことを決してしないとは言わないが、愛音に贈り物を渡すとかそういうのを全く想像できない。寧ろ、「は?なんで私が渡さなくちゃいけないの?」と言いそうなぐらいだ。
「あいつが贈り物渡したのか?」
「違う違う。さっき、私たち全員分奢ってくれたんだ。凄い珍しいなーと思ってたんだけど、多分ゆいくんと同じで何か感謝の気持ちを伝えたかったとかなのかなってー。まあ、りっきーだから全然違うかも知れないけど」
「立希がか……」
確かに立希が何かを感謝を伝えるということは珍しいことだから愛音の言う通り、違うという可能性はあるが俺は本当に立希なりに感謝の言葉を伝えようとしていたんじゃなかったのすら思える。
『これ食べて』
本当にいきなりのことであのときは「え?」となっていたが、あいつなりに俺にお礼を言いたかったんだ。なにより、あいつは受けた恩を仇で返すタイプじゃない。だとしたら……。
「いや、あいつのことだからきっと……伝えたかったんじゃねえのか?感謝の気持ちって奴を……あいつはそういうのきっちりと返すタイプだからな……」
「……」
手には結人から渡されたものがある……。此処最近、本当にらしくないことばかりしている。
結人にケーキを作ってそれを渡したり、愛音達にお礼を兼ねてRINGのカフェの料金を全額支払ったりと……。孤独を貫こうとしていた頃の私が聞いたら、卒倒するかもしれないその行動……。
『で……今日は立希ちゃんの奢りって聞いたけど?』
『え!?りっきーの奢り!?」
『抹茶パフェ……』
『いいの?立希ちゃん?』
RINGのカフェ内、私はこの日バイトは無かった。
遠慮してくれている燈、一番先に奢りだと聞いていたそよ、食べる気満々の野良猫。驚きを隠せないでいる愛音。それぞれ四人が反応をする中、私は少し無言でいた後に「そうだけど」と言うと、愛音が口元を緩ませている。
『りっきーもしかして何か悪いものでも食べた?』
『……愛音だけ自分で払って』
『えー!?それは流石になくない!?いつもの鬼みたいなりっきーじゃなくて心優しいりっきーかと思ったのに』
『愛音ちゃんに同調する訳じゃないけど、確かに立希ちゃんが奢ってくれるなんて珍しいね。何かいいことでもあったの?』
愛音の後にそよが私の言葉に耳を疑っているようだった。
自分でもこんなことを言っていたのはおかしいとはなっていたけど、羽沢先輩が言っていたように日頃の感謝を伝えると言う行動は決して悪いもんじゃなかったから私は口ではなく行動で伝えようとしていた。
『別にそういう訳じゃないけど、ただ…………なんでもない。そういう気分ってだけ』
その後、私は四人から注文を聞いてその注文を凛々子さんに伝えていた。愛音と楽奈が馬鹿みたいに頼んだからとんでもない額になったけど、楽奈以外はこれっきりだからということで自分に言い聞かせていた。
本当に自分でもどうしてこんなことをしているのかなんて聞かれたら、確かなことだけは言える。私は羽沢先輩から言われたあの言葉がずっと胸に響いているから。憧れのAfterglowの人から言われて、私は結人にケーキを作って行動をした。燈達にバンドへの感謝の気持ちを込めて、行動をした。全部が全部伝わっていないかもしれないけど、私は自分が出来ることをした。だから、もう満足したと自分の気持ちを落ち着かせながらも私は結人から貰ったものの包みを開けて行くと、その中身が露わになっていく……。
『そういや立希って誕生日いつなんだ?』
あの日の言葉を思い出す。
包みを開けると、そこには手紙のようなものが入っていた。
『ケーキ滅茶苦茶美味かった。後、立希が言いたいこと全部俺には響いているから安心してくれ。立希は俺のことを凄い客観視してくれるし、すげえ大切だから……もし俺が道を間違えそうになったら立希が全力で食い止めてくれ。変な手紙になっちまってるだろうけど、これだけは言わせて欲しい』
『誕生日、祝ってやれなくて悪かった。立希が辛かったとき、傍にいてやらなくて悪かった……。後悔ばっかりで懺悔しか出来ないけど、最後に言わせてくれ』
『俺はお前のことちゃんと見てるから……』
読んでいる手紙が折れそうなほど力が入る。
瞼からは透明な何かが零れ落ちていたのに気づいたのは少し経ってからで包の中を完全に開けるとその中には大きめなパンダのぬいぐるみが入っていて私はそれをがっしりと抱きしめていた。