【完結】迷子の友人は羨望する 作:シキヨ
Ave mujica編についてです。展開としましては、アニメ一話に関してはおおよそそのままになっております。それ以降はオリジナル展開が含まれています。
それでは新しい幕へ……
Horologium numquam sistit(矢印の先、透明文字)→時計は決して止まらない
人形は繁栄なる愛を欲し、人間は黄泉の愛を放棄する
「えー此処からは雑学になるが、お前らは黄泉の国を知っているか?」
授業中、俺はシャーペンを軽く指先で回しながらも先生の雑学を耳の中に入れ始めていた。こういう雑学というものは基本的にどうでもいいとなる奴の方が圧倒的に多いだろうが、案外知識として身に付けておくには悪くないものが多かったりする。
「日本では古事記や万葉集、霊異記などに記されているもののことだ。古事記の解釈では一般的には死者の世界を意味するとされているものだが、一説ではそういう風には読み取ることが出来ないとも言われていて最近では
古事記とは今は現存する日本最古の書物と頭の中に入れてながらも、先生の話を聞き続ける。それにしても、黄泉の国の話か……。この話は俺もよく知っていると言うか凄く有名な話だ。この話を聞く度に実際にそういう黄泉の国というものが存在するのか気になっている。
イザナミという神がカグツチを生んだことに亡くなり、イザナギという神が彼女に会いたいと強く思い、黄泉国に追いかけて行った。此処までの話ならなんとまあ浪漫がある話に聞こえるが、それだけで終わる訳がない。彼女は再会した彼に暫くを見ないでくださいと言ったのだが、彼は彼女の姿を覗いてしまった結果、そこに居たの彼女は既に変わり果てていた姿に変わっていた。彼女は激昂した。恥をかかされたからだ。怒りに満ち溢れた彼女は彼にこう言い放った。
「1日に1000人殺す」
と……。
それに対して、イザナギは……。
「1日に1500の産屋を建てる」
と応酬があったと言われている。
そして、それ以来イザナミは
「なんとまあタイムリーなことだな……」
そう呟いたのは勿論、理由がある。
自分が明日行こうとしていた場所はその二人の神にまつわる場所だったからだ。本当にこう都合よくその話を聞かされることになるなんて全然想像していなかったけどな……。さて、明日の日程でも綿密に練っておくか。別に宛てのない旅をするというのも悪くないが計画的に行動するってのも嫌いじゃないからな……。
「思ったより時間がかかりそうだな……」
と難儀な顔をしていたのには理由がある。
最初の地点を大体池袋とした場合、大体二時間ぐらいかかるということが判明していて今電車に乗って少し頭を抱える事態になっていた。これ自体は前から知っていたことだし、そう悲観することでもない。なにより、こういうことには慣れているがやはり電車の中に二時間揺られるというのは少し退屈でしかない。過程を楽しむのも好きだが、どうもこういうときに自家用車があればとなってしまう。
「まあ、流石に無理……だな」
16歳だからバイクの免許は持っている。
ただバイクを買う金が全然貯まっていなくて買うことが出来ていない。こういう一人旅とかしていればそりゃあ金が無くなるなんてのは当たり前でしかないが……。後はまあ……楽奈のせいだな……。
独り言が誰にも聞こえないように言っていると、電車が動いている音が車内では響いている。周りを観察すると、イヤホンで音楽を聴いている人や友人と話している人、休日出勤に追われている人達が目に入りつつも目を瞑る……。
「眠い……」
背伸びをしながらも自分という人間を整えながらも、次の電車へと乗り換えようとしていた。二時間、電車に乗るという行為は少々骨が折れる行為ではあったけど悪いものでもなかった。徐々に移り行く景色を目に焼き付けるという行為は楽しいし、なにより俺を満たしてくれるから……。乗り換えの電車に乗るもすぐに電車は着くことになり、そのまま電車を降りることにする。
「着いたか……」
目的地に辿り着いて先ほどの動きを再現するようにして手を大きく空へと広げつつ、背伸びをする。似たような行為に飽きるということもなく、それを終えた俺はそのまま改札を取って駅を出ようとしたときだった、紫髪の女性が目の前を通過したのと同時に声が響く。
「ばからしかー!!」
聞こえて来た声は恐らくこういう言葉だった。
何処の県の方言だっただろうかとなりながらも、俺はその声を音楽代わりにしようとしていたが、声が聞こえた先がその目の前を通過した紫髪の女性だということに気づいた。
「…………大丈夫ですか?」
まさか自分の隣にいた人が叫んでいるとは気づくことも出来なかった俺は隣にいた紫色のショートヘアーの少しばかり大人びている女性に話しかけることにした。普通ならこういうとき何事もなかったようにするのが当然なのかもしれないけど、どうしても気になって俺は仕方なかった。これじゃあ、立希に余計なことに首を突っ込んでいると言われても仕方ないなと苦笑いをしていると、女性の方は「やべっ!?」みたいな表情をしている。どうやら、誰も聞いてないと錯覚して叫んでいたようだ。これは逆に声を掛けるべきじゃなかったかもしれないと後悔しそうになっていると、紫髪の女性は何を言おうか迷った後にこう言い始める。
「もしかして……聞こえてた?」
心底複雑そうな顔をする女性になんて声を掛ければいいのか言葉に詰まる。
頭の中で思考を研ぎ澄ませようとするものの、何を言えばいいのやらとなっていた俺はほぼヤケクソでこう答える。
「すいません……聞こえていました」
馬鹿正直に答えると言う愚かな選択を取ることになってしまったが、これ以上言えることがなかった。嘘も方便とは言うが俺から声を掛けてしまった以上、誤魔化すことなんて出来る訳がない。
女性は「マジかぁ……」と言いつつ、誰かに自分の叫びを聞かれていたことをショックを受けているようだった。何かしら、慰めの言葉を言おうとしたがそもそも俺はこの人が恐らく福岡弁?のようなものを発していたのは間違いないが、どう言葉を返せばいいのか本当に困り果てていた。
「いやぁ、まさかこういう形で誰かと一緒に旅をすることになるなんてね」
「俺もちょっと意外ではありますよ」
バスの中で俺と女性……いや
祐天寺さんもどうやら此処に一人で旅をしに来たようで向こうからどうせなら二人で行かない?と誘われて、俺は共に行動することを選んだ。俺を誘ったのは彼女曰く旅慣れしてそうな顔をしていたからということらしい。一人旅の醍醐味はこういうところだ。思わぬ出会いがあって、共に旅をすることもある。こういう新しい風を吹かせてくれるはいつだって好奇心を高めてくれるもんだ。
「そういや結人は秩父に何しに来たの?」
「俺は温泉と神社に参拝しに来たんですよ」
「温泉?温泉ならこの辺じゃなくても結構あるじゃん」
「まあ、日帰りとかなら他にもあるのは事実ですけど、そういう場所は大体温泉地も一緒に楽しみたいから日帰りで行くのはちょっと違うなってなったんですよ。家に犬にいるんであんまり一人にしておく訳にもいかないんで」
「あーなるほどね」
草津や箱根と言った温泉地をどうせ行くなら一泊二日とかで行きたい。ああいう魅力的で尚且つ温泉と食べ歩きを堪能できる場所なら尚更。最も、俺にはそんな時間はない。父さんが帰って来てくれたらまあ行けなくはないけど……。
「そういう祐天寺さんはどうなんですか?」
「偶には長閑な景色にゆらりとするのも悪くないかなーって思って此処に来たってわけ。流石に電車二時間キツ過ぎたから、今度一人旅行を決めるときはちゃんと考えるかってなったけど」
「此処、自然が多いですもんね」
なるほど、どうしてあのとき叫んでいたのかずっと気になっていたけどそう言う理由だったのか。確かに慣れていない人が電車二時間乗り継ぐと言う行為は厳しいのかもしれない。
「そうそう、こういう何もないところに行くと自然とストレスも和らぐってもんでしょ?それにSNSで映えそうな場所とかもありそうだし」
祐天寺さんの話を暫く無言のまま聞いていた。
自然が豊かで歴史や文化も深い地域だというのは本当なことだ。都心からも比較的近いにも関わらず、山々に囲まれた美しい景観が広がっているから今日みたいな学校が休みな日とかは人で溢れているはず。
「というかさ……敬語使わなくてもいいよ?後、普通に下の名前で呼んでいいよ」
「え?あっ、いや……」
「多分、歳も近いだろうしさ……。高校生でしょ結人?」
「そうですね……」
一瞬で気まずくなっている。
恐らくこの言い方的に祐天寺も高校生という可能性が高い。しかも、俺と高校一年生……。ずっと大人だと認識して接していた為、なんというか申し訳なくなって俺が謝ろうと口を開こうとしたときだった。
「滅茶苦茶気まずそうな顔してんじゃん結人」
「いや、……当たり前だろ」
「まあ年相応に見られないのはよくあることだし、別に怒ってる訳じゃないから。気にしなくていいよー」
「悪い……」
申し訳なくなっていると、それをにゃむは面白がっている。
祐天寺にゃむ……。
俺はこの人のことを何処かで見覚えがあるような気がしていたが、それは正しいものだった。何故なら、俺はそよや愛音からひたすら「にゃむち」という動画投稿者のことを聞いたことがあって、一度だけその動画を拝見したことがあった。そして、今目の前にいる祐天寺にゃむの容姿と一致しているのだ。
まあ、だからと言って「にゃむちですか?」とかは聞いたりしない。
そういうのはオフで聞くの失礼だろうし、俺はファンかと言われたら全然違うしな……となりながらもバスの中でにゃむと話をしていた。
「此処……だな」
長い時間またバスの中で揺られながらも辿り着いたのは三峯神社……。
休日ということもあって、バスの中は満杯もいいところで今は解放感に満たされながらも俺達は少し歩き始める。
『三峯神社』
歩いた先に鳥居が見えて来て、俺が一度立ち止まる。
そして、お辞儀をしてから中へと入って行くとにゃむもお辞儀をした後に鳥居を潜る。
「三峯神社、秩父神社・
……うんちく防がれた。
いや、でもよく考えたら燈や立希がちゃんと聞いてくれたぐらいで他の人からしたらこういうのは要らなかったりするのかもしれん……と若干落ち込みながらも再び歩き始めて、少し経った頃に拝殿に着いた。拝殿に着いてからというものの、人だかりが出来ていて少し暇な時間が増えていると隣にいるにゃむが写真を撮っている姿が視界に入る。俺も写真を撮るか、となりながらも撮ろうとしたときに狼の像の写真がスマホにはあった。
何故、狼の像を撮ったのかと言われれば、此処の神社は狼を守護神としているからだ。
そうこう言っている内に自分達の番になり、俺達はお参りを済ませる。
心を清らかにしながらも俺はお願いごとをする。綺麗な彫刻に魅了されながらも、俺は賽銭箱から除けて階段を降りて行くのと同時に自然という自然から生命を吸い取るようにして鼻から呼吸をする。そうすることで自然の香りを感じていると、にゃむの声が聞こえてくる。
「なにしてんの?」
「あーいや……自然を感じていたんだ」
自然という木々を通して耳で虫の嘆き等を聞こえていると、にゃむがそれを遮るようにして声を掛けていた。
「へぇ、随分変なことしてんねぇ」
「実感はしてる……。口で真っ向から言われたのは初めてだけどな」
「あーなんか気に障っちゃった?」
「別にそんな気にしてねえからいいって、実際変だしな」
五感を通じて得れるもの……。
それが他者から見れば変なことをしていると白い目になられるのも無理はない。俺はそういうように思われない訳が無いとなっていたのは事実だしな。
「結人ってそういうのが好きで一人旅とかしてんの?」
「そういうのもあるな、体験ってのは貴重な糧にも繋がる。それが人によっては成長って奴になることもあったり、自分の生き方を発見できたりすることができるって俺は少なくとも信じてるな」
「ふーん?確かに悪くなさそうじゃん、その成長の糧って奴」
少し含みのある言い方をしつつも俺の言葉に反応を示すにゃむ。
どうやらさっきの五感を通じてはよく分からないようだったが、こっちは何か彼女に染みるものがあったようだ。彼女が本当ににゃむちなら、俺がそよに言っていた「見えない努力」というものを彼女がしていてそれに触れるようなものだったのかもしれない。
「そういや、にゃむは何をお願いしたんだ?」
「そりゃあ、健康でしょ?私はこれからバリバリ健康に生きてこれまで以上に若麦を実行していきたんだから。明日のにゃむはこれまで以上に強くならなきゃいけないのに、風邪とか体調不良なんて起こしてたら成長なんて全然出来ないじゃん」
「随分ストイックなんだな」
「いやいや、これぐらい当然じゃん?自分という人間を高めて作り上げる為にはそういうものに罹っているようじゃ話にならないって」
彼女の強い眼差しを感じる。
その強固たる瞳は意志というものがあった。
「まあ、確かにそうだな……」
祐天寺にゃむに関して俺ははっきりと言えることがあった。
彼女は間違いなく目標に向かって鍛錬を惜しまないタイプだ。そして、自分を売り込むことができるなら使える武器は何でも使うという人間。こういう奴は信念さえ持っていれば、それに向かって努力を続ける。強い人間って奴だな……となっていると目の前をカップルと思われる人間が通って行った。そのカップルは縁結びの木がどうのという話をしていて、それににゃむが視線を一瞬送りながらも俺にこう問いてきた。
「ねぇ……結人。一つ、聞いてもいい?」
無言のまま頷くと、にゃむは語り始める。
「昨日好きでも今日飽きたって言葉、どう思う?」
その言葉はまるで哲学でも問いかけられているかのような難しい質問だった。
ただ、俺には一つだけ言えることがあった。
「確かにその昨日好きでも今日飽きたっていう言葉は正しいのかもしれない。人の感情は常に変化するもんだ。感情は固定されたものじゃない。環境や状況が変わりゃ好みも変わるし、人間の本質は飽きやすい生物……」
「それで?」
「……そもそも本当に好きならそういう感情が一瞬で消失されることなんて、ないんじゃねえのか?好きっていう感情は長い時間を掛けて形成されるものであって、一日で消えるようなもんじゃねえ。今まで積み重なったものが……そうだな、例えば音楽とか本、趣味なら長期間にわたって楽しめることが多いだろ?なのに、それが一日で飽きちまうようなら一時的な興味なものだった可能性が高いし……その程度で飽きるなら」
「ぶっちゃけ、そこまで好きじゃなかったんじゃねえのか?そういうものが」
自分でもこういう哲学めいたものに対して、答えを出せていることに驚きだが過去の俺を振り返ればかつて燈や立希のことを忘れられなくても忘却出来なかったという経験を基にして話でもしていたんだろう。だから。こうして口に出していることが出来ていたはずなんだ。
「へぇ、意外と辛辣な意見じゃん?でもさぁ、それって矛盾してるよね?人間の本質が飽きやすいなのに、一日で消えるようなもんじゃないっておかしくない?」
「そういう風に見えても仕方ないじゃねえのか?俺が言いたいのはそこに好きという感情があったのなら、飽きたと思っても、何時かはまた戻って来るんじゃねえのか?好きという感情は……時に」
「
何度も言うが、こういう哲学じみた話をするのは本当に難しいけど俺は嫌いじゃない。論理的に基づいて話が出来ているかはどうかはともかく、俺はこう思うと信じていると一種の解釈を述べ手自分が今どういう主張と考えをしているか整理できるからだ。
「なんか…………マジで変わった奴だね、ゆいぴって」
「…………そうか」
愛音や燈からあだ名で呼ばれているから、すぐにあだ名と気づくことが出来ていたが即座に反応することが出来ていなかった。そして、変わっている奴というのも今更否定するつもりはなかった。
「奥殿もあるらいしけど、行くか?」
「いいよー、でその奥殿って奴は何処まで歩くわけ?」
「結構歩くぞ」
「え?マジ……?もう足痛いんだけど……」
「……じゃあ、やめておくか?成長って奴が出来るかもしれないが……。まあ、此処で戻るってのも得策なんじゃねえのか?」
わざとにゃむがどういう言葉を返して来るか、分かってはいつつも俺はわざと煽るような発言をすると自分の頬を両手で叩いた後に、にゃむは歩き始めていた。
「なにのろいことしてんのー?行くんでしょ、奥殿。そっちが煽って来たんだから」
焚きつけられたにゃむはそのまま俺より先へと歩き始めている。
その背中を少し見た後に俺も行くかとなって動いていた。
「……だな」
電車の中、隣には爆睡しているゆいぴがいる。
不本意な初日の朝を迎えることなったけど今日という一日ははっきり言って、濃密過ぎるという日になっていた。神社に、温泉、美味しいご飯。ご飯に関しては確か、わらじかつ丼は正直きつかったけど……。まあ、でも撮れ高が多めな出来事が多くて、自分的にはかなり満足だった。どうせなら、動画を回したかったけど今日は完全にオフだったからそういう機材とかは一切持ち込んでいなかった。スマホでも撮れないことはないけどね。
『ぶっちゃけ、そこまで好きじゃなかったんじゃねえのか?そういうものが』
それにしても、ゆいぴは本当に私と同じぐらいの子かと思えないほど大人びている奴だ。
本当に変わった奴だなとなっていたけど、その生き方のおかげで自分という人間を煌めかせて輝かせていたんだろうな……。
あのときの言葉は本当に辛辣としか言えないけど、でもそういう捉え方もあるっていうのを知れたという意味では案外興味深かったかもしれない。でも、私は意志を変えたりしない。私がやるべきことは求めているものを与えること。それが出来ないようじゃいつまで経っても意味がない。
「ゆいぴ、電車着いたよ?起きなかったら、そのまあ置いて行って車掌さんのお世話になって貰うけどいいよねー?」
ゆいぴの到着駅に辿り着いたことに気づいた私は彼のことを揺すりながらも、起こしてあげるとゆいぴが体を揺らしながらも「悪い、ありがとう」と言いつつも「じゃあな」と言っている声が聞こえて来て、私も「じゃあねー」と返していた。彼が電車から降りたのを確認してから、心の中でこう思っていた。
星乃結人……。
本当に変わった奴だけど、中々面白そうな奴だった……。こういうこともあるなら一人旅というのも案外悪くないのかもしれないとなりながらも、自分の足の痛みを我慢していたけどこれもゆいぴが言っていた成長の糧って奴に繋がるならなんでもいいかとなっていた。
祐天寺にゃむ……。
あの人と一人旅をしていてはっきりと断言できることがあった。あの人は……本当にどんな手段でも使う人だし、好機と見れば必ず食らいつこうとする人だ。あまりに強すぎる欲求でありながらも、その実自分に対して出し惜しみはしないというのは明確だった。俺が扇動したとはいえ、自分という人間を彩る為奥殿の方を歩いたり景色をよりよく自分を美しく見せる為に何度も写真を撮ってとせがまれた。此処まで言うと、なんか良い所がまるでないみたいな言い方になるがそれは違う。
あの人なりに優しさや自分に対する厳しさというものは確かにあった。
微かに見えたが手には豆のようなものが複数個所が出来ていた。それぐらいなら、大したことはないのかもしれないがどう見てもそれが努力の結晶のようにしか見えなかった自分がいた。なにより、なんだかんだにゃむは優しい。
俺のことなんて起こさなくてもいいのに起こしてくれたり、温泉に入るときもロッカーで百円玉を使うことになるが、持ち合わせておらずそんな俺に対して一つ貸し、ね。と言いながらも俺に貸してくれていた。なにより、俺のことを変な奴とは言っていたけど、嫌味で言っているようにも聞こえなかった。気に障った?と言ってくれていたしな……。そよが今目の前にいたら呆れられたりしていたかもしれないとなりながらも、駅を出て歩いていた。
暫く歩いていると、この時間ということもあり人がかなりいるようだった。
歩道を歩きながらも一旦軽食を食べようとしているとき、目の前を長髪の茶髪の女性が過ぎて行った。
「……そよ?こんな時間まで外出歩いてるなんて珍しいな」
「結人君こそその膨れ上がっているリュックはなんなの?まるで旅でもして来たかのような感じだけど」
「ああ、実際今旅して帰って来たところだからな。ちょっと時間あるか?」
「……いいけど」
軽食を済ませたくて仕方なかった俺はそよも巻き添えにする。
それからして、偶々目の前にあったサンドイッチ系の店に入ることにした。
注文をして、俺が会計を済ませてそのまま座席を確保してそのままそよと向かい合って椅子に座る。そよの目の前には野菜が豊富なサンドイッチが置かれており、俺の目の前には生クリームがたっぷりなフルーツサンドが置かれている。軽食と言う割には食べ過ぎか……とツッコミをいれながらも俺は徐々にそのフルーツサンドを口の中に入れていく。
みかんやキウイ、いちごなどのフルーツが盛りだくさんの中、口には生クリームが広がっているというのは至福の時間でしかなかった。
「紅茶のギフトありがとう」
「ああ、別に気にすんな。俺が勝手にそよに感謝してるってだけだからな」
「……よく知ってたね。私が紅茶好きだってこと」
「そりゃあ、RINGで大体紅茶ばっかり飲んでたの知ってたからな。お前がいつもオススメって言ってくるのは覚えてたし」
RINGのカフェでそよが頼んでいるのは大抵紅茶だ。
空から矢が降らない限り、恐らくそれは変えるつもりはないはずなんて馬鹿げたことを思っていた。
「それにそよだって俺が甘いもの好きだってこと知ってるだろ?」
「そうだね、結人君羽沢珈琲店でいっつも甘い物ばかり頼んでたもんね、いつか糖尿病になっても知らないから」
「気にしてくれてんのか?俺の健康、ありがとうな」
そよは露骨に嫌そうに溜め息をついているのを無視しながらも俺はサンドイッチを更に口の中に放り込む。にしても、健康か……。俺があの神社で祈って来たことは燈達がいつまでも健康にいられますようにということだ。目の前で燈が倒れて熱を出していたことは今でも記憶に新しいから自分の中でそれがトラウマになっているのかもしれないが、それでも誰かが病気で欠けるなんてことは嫌だからな……。
あの神社は病気除があるし、なにより人生が変わるとも言われている場所だ。そして、なによりあの二人の神様が祀らわれている場所だ。
『お前らは黄泉の国を知っているか?』
先生の言葉が脳裏を過る。
自分の中であの黄泉の国のことが気になって仕方ないのは黄泉の国に行けば、母さんに会えるかもしれないなんていう幻想を抱いているのが強いのかもしれない。死んだ人間に会えないということは頭では分かっていても今の成長しているはずの自分を見て欲しいと言う意志があるんだろう。安心させたいという欲望があるんだろう。
「大丈夫?顔色悪いけど」
「え?あ、ああ……俺なら大丈夫だ。ただその……すげえ話し辛いことを言ってもいいか?」
「……言えばいいんじゃない?」
と言われたものの物凄く言葉に詰まる。
この話は此処でするのは相応しくないとそよからすればあんまり聞かれたくない話だろうとなっていたからだ。愛音の言う通りに右ストレートを打ち込む感覚で直球で言うことなんて出来ないし、悩みながらも俺は言うことに決める。
「もし、父親に会えるとしてお前は会うか?」
空気が一気に濁ったものとなっていた。
俺達の上には照明があって、光り続けて明かりという機能として正常に働いていたはずなのにその照明が一気に豆電球ぐらいの明るさになったような気がしてならなかった。なにより、俺の周りには重く暗い空気が夥しく現れていた。
「結人君って本当に嫌がらせみたいなこと聞いて来るよね……」
「悪い……」
「謝ってほしい訳じゃないから……。ただ私はどうしてお母さんや私を置いて離婚したのかとか聞いてみたい気持ちはあるかな。自分がどうなった姿を見せたいというよりはあの日、どうして私のことを置いて行ったのか、ってことを……。それのせいでかなり苦しむことになったから」
自分自身で苦しめた首は張り詰めた空気と共に少しずつ解かれていくことになっていた。
「自分を抑圧するって凄く大変なことだったの。小さい頃はあんまりそういうの抑えないようにしてたけど、両親が離婚してから自分を抑えなくちゃいけないって自己暗示するようになった。抑えなくちゃ人間になれないからこそ、自分という仮初の人間を作ったの。結人君ならこういうのよく分かるんじゃない?」
「…………ああ」
俺もそうだった。
俺は自分という弱くて醜い自分を抑える為に仮初の自分を作り上げて冷たい笑顔の中に本心を隠すことにした。結果的にその本心は燈や愛音によって破壊されて今の本当の自分が出来上がった。人には尖った刃物なんて言い方もよくされていたけど、これが本当の俺だったんだ。
「でも、そよは……そよは逃げずに立ち向かおうと「そういうのやめて、本当に苦手だから」」
言葉を遮られて、俺は何も言えなくなっていたがどうしても言いたくて仕方なかった。あまり、それを押し切って言い切ることにした。
「そよは逃げずに立ち向かおうと頑張って見せたんだろ?普通に凄いじゃねえか、俺にはそれが出来なかった。心の違和感に向き合おうなんて、必死に藻掻こうなんて」
「……はぁ」
前髪を整えてから何度目か分からない溜め息をついているそよ。
「本当結人君って人の話聞かないよね。燈ちゃんや愛音ちゃんにそっくり」
「え?」
「気づいてなかったんだ?結人君って本当にあの二人にそっくりだよ?本性を曝け出してから凄く頑固なところとか燈ちゃんにそっくりだし、愛音ちゃんみたいに人の領域に勝手に踏み込んでくるところとか本当にそっくり。ただ、愛音ちゃんと少し違うのは……」
「人の領域に土足に踏み入れてその上で寄り添って、手を差し伸べようとしてくるところ……。私は結人君のそういうところ本当に苦手だけど……」
「救われた人もいるんじゃない?」
そよの言葉が綺麗に聞こえて、鮮明な色となっていた。
俺にとってその言葉は今この場の自分で重くしてしまった空気を循環させて、濁ったものを失くすほどだった。覚えがない訳じゃなかったからだ、何度も何度もそれを常に脳内に記憶として収納されていたから知っていたはずなんだ。だからこそ、こんなにも満たされている自分がいたんだ。今まで自分のおかげじゃなくてお前が進んできたおかげだと言ってきたけど、彼女から言われたことがちゃんと届いていたんだ、俺の心に……。
「そよ……何か他に頼むか?」
「じゃあ……紅茶もう一杯頼める?」
「分かった、少し待っててくれ」
そよから紅茶もう一杯を頼まれて俺はレジの方へと向かうことにしていると、小さくそよがこう言っているのが聞こえていた。
「苦手だけど……私も救われていたのも事実だから……」
小さな声ながらもその声は心の中に強く残るものとなっていた。俺はやっぱり、言葉という伝わるものが好きなのかもしれないとなりながらも店員に注文を頼む。
「ほらよ、そよもう一杯持ってきたぞ」
「ありがとう」
そよの方に紅茶が入ったティーカップを置いてから、もう一度椅子に座り直しつつも都会の喧騒を眺めていた。高層ビルが空に向かって伸び、ガラスの壁に反射する夜の街灯が一層煌めている。道を行き交う人々の足音が、まるで背景音楽のように耳に響いていたのと同時に俺は珈琲を一杯飲んだ後に、ある言葉を思い出していた。
『結人の名前は人と人を結びという意味があるの……。貴方は人との結びを繋がりを決して絶やしては駄目よ?』
俺の名前、結人の由来を嬉しそうに語っていた母さんの顔を今でも覚えている。
あのいつも父さんに厳しい顔つきの母さんじゃなくて優しい顔つきで笑顔で楽しそうに話している母さんの顔を……。そう、知っていたはずなんだ。母親の愛というものを……。なら、俺には不要だ。
今更黄泉の国なんてものは……。