【完結】迷子の友人は羨望する 作:シキヨ
「ゆいくーん!!こっちに紅茶とコーヒーお願いね!!」
「分かったよ……」
大きな声で注文をしてくる愛音……。
特色のある声だから、すぐに誰が注文してきたのかなんてのは把握できるな、本当に……。と少しばかり声の音量下げられないのかとなりながらも、俺は早速紅茶とコーヒーの準備をしていると……昨日のことを振り返る。
『明日……結人……空いて……る?』
いきなりということもあって、一瞬だけ自分の思考が止まりそうになっていたが睦の言葉に返事を返していた。あの後、羽沢珈琲店に戻って初華に先走って睦を追いかけたこと謝ると、初華は許してくれていた。
『初華って睦と知り合いなのか?』
名前を呼んでいたこともあって、気になって初華に聞くと「友達の友達なんだ」と答えてくれていた。よくある奴かとなりながらも俺はそれ以上何かを投げかけるということもせず、その日は初華と別れることにした。ただ、俺は帰り際……。
『あんま無理すんなよ』
どれだけ通用するのかは知らない。
何もせずただ黙っているよりはマシだと踏んだ俺はそれだけ告げることにしたんだ……。
「ほら、紅茶とコーヒーだ」
と俺はまずコーヒーを……燈の方に置いてから愛音の方に紅茶を置いた後にガムシロと砂糖を少しばかり置いた。そう、今日はこのカフェに燈と愛音がやって来ていた。
「……燈、少しいいか?」
「え……?うん」
「……今日、此処に睦が来るんだが大丈夫か?」
「睦ちゃんが……?大丈夫……だよ?」
「そうか、ならいいんだ……」
余計なことだったかもしれない……。
燈にとってCRYCHICのメンバーだった睦と会うのはあんまり快くないことかもしれないとなって、念のため燈に前もって知ってもらうことにした……。そもそも、燈って睦と会ったりしていたんだろうか。あんまり、この二人が会ってるところ想像できないんだよな。性格は割と似てる気はするんだが……。
「睦ちゃんと……知り合いだったの?」
「ん?まあな、前にも立希に言ったけど……二回目のMyGO!!!!!のライブのときに少し話をして、それから会ったりすることもあったんだ。ほとんど偶然だけどな」
少しばかり首を傾ける燈。
そういえば、あのとき小さく睦の名前を呼んでそれを立希に普通に聞かれていただけだ。燈が知らなかったことは後になって思い出していた。
「二人共?なにコソコソ話してるの?」
燈と内緒話をしていると、愛音が俺達の話に割り込んでくる。
とはいえ、睦は有名人の娘だし色々と面倒なことになる前に愛音に説明した方がいいよな……。
「あー愛音、実はだな……。此処に「結人……」」
「……え?」
ふいに俺の名前を呼ばれて、肩を揺らしたのと同時に後ろを振り返るとそこには睦の姿があった。どうやら、俺が燈と喋っている間にカフェの中に来ていたようだった。俺はすぐに睦を席に案内しようとした瞬間だった。
「え!?女優の森みなみと芸人の若葉のむす「バッカ!!言うんじゃねえよそれを!!」」
思わず愛音の口を塞いで俺は睦に「悪い!」と謝ると、首を横に軽く振りながらも「気にしない」と動作をしている。
「仲……いいんだね結人」
「え?あ、ああ……」
それ自体は否定するものではないじゃないし、特に否定することもなかった。
「ご、ごめん……!睦ちゃん、あんまりこういうこと言わない方が良かったよね?」
愛音の口を塞いでいた手を離した後に慌てて謝罪をしていた。
「大丈夫」
「本当にごめんね」
「本当に大丈夫」
特に表情を変えることもなかったことから、慣れているんだろうな……。
あんまりこういうことって身近にないほうがいいだが、生まれながらにして有名人の娘だもんな……。
「睦、何処に座る?」
「睦ちゃんも一緒に座らない?」
「結人の仕事してる姿……見れる場所がいい」
「ーん?なら、一番左端のカウンター席だな」
愛音の「えー?」と残念そうな声が店内に響きながらも、俺はグラスに水を入れてそれを睦に渡す。睦は軽くお辞儀をしながらも「ありがとう」の意志を示していた。
「ところで睦は今日はどうしたんだ?」
「結人の……バイトしてる姿見たかった」
「そうか、いいのか?それだけで?」
「いい……」
それだけでいいのか?と俺はなりながらも、愛音に追加注文されていたものを持って来ていた。どうやら本当に俺がバイトしている姿を見に来ていただけだったようだ。俺が注文を渡していると、睦はそれを観察していた。人にバイトしている姿を目で追われるというのはあんまり慣れないが、立希の鋭い目つきで監視されていた頃に比べればまだ全然マシだ。
その後、睦に紅茶を渡すと早速紅茶を飲んでいる睦が視界に入ってから視線を燈達の方へ向けると燈が歌詞ノートに歌詞を書いているようだった。その隣では愛音がスマホと睨めっこをしているようだ。なんかよく知らんから放置しておくか、となっていると燈が一旦歌詞ノートを閉じて椅子から立ち上がって睦に近づいて隣に立っていた。
「睦……ちゃん……。その……元気にしてた……?」
「してた……」
睦の隣に座り話をする態勢に入る燈。
この二人やっぱり暫く会っていなかったんだな……。あんなことがあった後だから、会うのは難しいか……。
「その……えっと……睦ちゃ「ライブ……良かった」」
「え?」
「燈達の……MyGO!!!!!のライブ凄く良かった……」
「…………睦ちゃん」
……どうやらこの二人が話せないと杞憂していたのは俺の気のせいのようだ。
二人は確かにあまり話をしたがる性格じゃないけど、少ない口数でちゃんと話をしようとしている。CRYCHIC時代、二人がどういう会話をしていたのかはあんまり燈の口からも聞いたことはないが、どうやら二人共相性はいいようだ。何故なら、二人は微笑んでいるからだ……。
「睦ちゃん!!私は!?私のギターはどうだった?」
そして椅子から立ち上がって割り込んでくる愛音。
まあ、こればっかりは別にいいか?いいのか……?
「愛音のギターは……凄く太陽みたいに燦燦としてた……。聴いてて凄く明るく照らされたような気分だった……」
「そんなに褒めてくれるの!?ありがとうー!!ねぇねぇ、ゆいくん!睦ちゃんが好きなの一つ頼んでいいよ!」
「……サンドイッチ」
ほぼ即答で注文をしてくる睦……。
「え?睦ちゃん、遠慮しなくてもいいんだよ?」
「きゅうり入ってるから……」
「あー……そういうことか」
愛音と燈が疑問になったのと同時に俺もどういうことだ?となっていたが、すぐに意味を頭の中で理解出来ていた。あのとき、袋で詰めて持ってきたきゅうりは案外自分の好きなものを育てて持って来てくれたのかもしれないんだな……となりながらも俺はサンドイッチを作り始めることにする。
「あのちゃん……そういえばずっとスマホ凝視してたけど……どうしたの?」
「あーそれそれ!実はさー、近々ね」
「Ave Mujicaのライブがあるんだ……!いやー、もうこれが本当に楽しみでしょうがないの!!最速武道館だよ!倍率めっちゃ高かったんだ!!睦ちゃんはAve Mujica知ってる?」
呂律が凄まじく回りながらもずっと喋り倒す愛音。
またいつものミーハー愛音が始まったかとなりながらも、俺は出来上がったサンドイッチを更に乗せて睦に渡そうとしていたが……。
「睦……?」
愛音の言葉に耳を傾けている様子もない。
ただ、そのAve Mujicaという名前のバンドにまるで気に障る内容でもあったのかような表情をしていた。
「周りが話してるのは……聞いたこと……ある」
暫く口を閉ざしていた睦は冷静さを必死に取り戻そうとしつつも、一語一句はっきりとしおうとしていた。
「なんか……ごめんね睦ちゃん」
「…………大丈夫」
その大丈夫はまるで自分を納得させる為のかのようなものだった。
……あの反応っぷりはマジでAve Mujicaという単語が睦の中で引っ掛かっていたのは間違いないな。でも、いったい睦とAve Mujicaに何の関係が……?あのバンドは仮面バンドだし、素性も経歴も一切不明だ。というか、人形という設定だからそういうものはないだろうが……。さっきまでの睦が気になりながらも俺は……仕事に戻っていたが雑誌の中で一度だけ見たMujicaのメンバーの顔が記憶から復元化されていた。
その中には薄緑色の長髪の少女がいたようなきがしてならなかったのだ。
ただ、気がしてならなかったのなら別に気にするほどでもないかもしれないが記憶から復元されるほどのものなら大事なことなのではないかとなりつつも俺は後で確認をしようとなっていた。
「あっ、楽奈ちゃん今日もやる?」
「やる」
睦の一件から程なくして、俺のワンオペから解放されて凛々子さんもカフェの方を手伝ってくれていた。愛音と燈は元の席に戻っていた。そして、今この場には四人目の客……楽奈がギターを担いでやって来ていた。愛音と燈が楽奈に反応を示すなか、睦は「あっ……」と小さく声を出すと、楽奈が「むつみ、いる」と睦のことを視認していた。
「愛音、ギター」
「今日持ってきてないんだ、ほら練習ないじゃん?」
少し残念そうにしながらも、今度は睦の方へと寄って来る。
「むつみ、ギターは?」
「え?」
「弾こ?」
「…………持ってきてない」
自分が言われるとは想像していなかったのか、睦は楽奈の言葉に反応に困りながらも答えていた。楽奈は睦をギターを弾けることは知らないはず……となっていたが、そういえば一度だけRING内で休憩中に俺がCRYCHICの練習中の動画を見直していたことがあった。そのときに楽奈が「何見てるの?」と言いながら、動画をほんの少しだけ一緒に見ていたことがあったのを覚えていた。楽奈の奴、よくあれだけで覚えていたな……。
「……分かった」
楽奈はギターケースからギターを取り出す。
それからして凛々子さんや俺の許可を得る訳でもなく、ギターをアンプに繋ぎ始めてから音を確かめることもなく早速ギターを語らせていく……。
楽奈は楽しそうにピックを使ってギターを弾き続ける。
体を激しく動かしたりして見せてたり、ニヤリと笑っている表情が本当に心の底からギターを弾くということがあいつにとっての感情表現、言語の処理の仕方のように思えるようになったのは此処であいつの演奏をよく聴くようになったからだろう。
俺もあいつの演奏を聴くのはかなり好きだ。
魂を震わせるようなあいつのギター捌きは聴いていて本当に飽きない。自由勝手に弾き続けているというのにそこに嫌になる感情はない。本当に天才的なレベルで上手いからだ。だからこそ、聴いていて惚れ惚れするそんな感情が湧き上がっていると、カウンターに座っている睦が楽奈の演奏に夢中になっていた。確か、睦はCRYCHICのときギターを弾いていたから楽奈からなにか得られるものでもあったのかもしれない……。
「ふぅ……満足……」
いつものようにギターを弾き終えた楽奈。
一息つくかのようにして息を吐いた後に「抹茶」と俺に言ってくる。それに「分かったよ」と言いながらも、注文を受けていた。
「楽奈ちゃんって本当に凄いよねぇ、こう出鱈目弾いてるように見えるけど実はかなり正確に弾いてるところとか……!」
「あのんも……ギターよく弾けてる」
「ほんと!?楽奈ちゃんに褒められちゃった!!」
バンド内で褒めてくれるのが基本燈以外いない愛音は楽奈に自分のギターを褒められて嬉しそうにしている。まあ、あいつの周りで褒めてくれそうなのって俺ぐらいしかいないし、バンド内だとマジで立希とかそよは褒めてくれなさそうだもんな。立希はまあなんだかんだああ見えて愛音のこと評価はしてそうだが……。
「……楽奈」
愛音が照れながらも「そうかなー」と言っている横で、声を発していたのは睦だった。
「ギター……どうやって弾かせてる?」
「…………心のまま」
俺から受け取った抹茶パフェを一口食べながらも答えると、睦は何かを考えている様子。
それに対して、楽奈はこう問いかける。
「むつみ、次は……弾こ?愛音も」
愛音が楽奈の言葉に軽く返事をしていると、再び話を振られた睦が返事に迷っているようだったが……。
「…………うん」
了承をすると、楽奈が満足そうにしながらもギターをケースの中に閉まっていた。それからして、一度席に座って水を飲んでいる彼女の姿が視界に入っていると愛音の声が聞こえてくる。
「ねぇねぇ、ゆいくんも一曲歌ってみてよ」
「なんで俺が……。というか俺バイト中なんだが……」
「いいじゃんいいじゃん。楽奈ちゃんのギター聞いてたらゆいくんの歌声、聞きたくなってきたんだ。この前のもその前も凄い上手かったじゃん」
バイト中だというのに俺の歌声が聞きたいという言い出して来る愛音に困惑しかなかった。割とバイト中にやりたい放題やっているとはいえ、職務を放棄して歌い始めろというのは流石に意味が分からな過ぎる。
「ゆいくん……歌上手だったの?」
「あーいや、上手いかって言われたら微妙なんだがな……」
燈が興味ありげに聞いて来ていた。
あんまり人様に自分が歌っている姿を披露したこととがないから自信がないってだけかもしれないから、まあ何とも言えないのもあるんだがな……。
「え?結人君、歌上手かったの?折角だったら、一曲歌いなよ?」
「あの……凛々子さん。此処はいつからスナックになったんですか……」
「いいと思うけどな、お客さんを喜ばせるのも店員の仕事だよ?」
「いや、だからいつからスナックに……はぁ……」
まさかの凛々子さんからの援護射撃を受ける愛音。
まあ、この人はこういうの面白がりそうだから言い出すかもしれないというのは割と想定はしていたけど、実際に言われると本当に困るな……。
「……睦と楽奈も聞きたいか?」
「ゆいとの歌声、聞きたい」
「……私も」
逃げ道が無くされてしまい、何も言えなくなる……。
二人が割と期待の眼差しになっているから断りづらいというのもあるんだが……。
「はぁ……やるしかねえのか……。そんな期待しないでくれよ」
今日のバイトに戸山先輩がいなかったのは少しばかり良かったと思うべきなのかもしれない。先輩、こういうの滅茶苦茶ノリノリでやっていいと言いそうだし。……山吹先輩も普通に言って来そうだな……。
「流石に音源ってないですよね、凛々子さん?」
「うーん、すぐ用意するのは難しいかな」
凛々子さんに俺は歌おうとしている曲を確認すると、すぐ音源を用意するのは難しいと言われる。仕方ない、アカペラで歌うかとなっていると楽奈がギターを担いで俺に「どんな曲?」と聞いてくる。ある程度、楽曲を楽奈に聴かせると「分かった」と小さく言っていた。流石、楽奈……。一発で音を覚えるなんてな……。
「じゃあ、頼めるか楽奈?」
「……うん、ゆいとから入って」
大きく深呼吸をすることにする。
目の前に燈達がいるということを消し去って、自分の世界に入る……。
「好きな人ができた……確かに触れ合った……」
産業廃棄物に無数の人形が放棄されているかのような映像が頭の中に浮かび上がる。
……俺はこの曲のMVを見たとき、無残なものもあるけど人形にも……。
心があるような気がしてならなかった。
何を言っているのか分からないと言われるだろう。
嘲笑うことをされたりするだろう、でも俺は違うと認識していた。それが人の形をしているからそこに悲しいという感情があるのか?そんな無粋なことを考えてしまう俺もいるが、多分それは違う。自分や人が大切にしたものっていうのは壊れたりすれば悲しいという感情が湧くはずだ。そしてただ、それが「破壊される為だけの人形」を供養するためのものだとしても、そこに魂があるのならば人は苦しい、悲しいという気持ちが湧き上がるはずだ。
だから、この映像が批判的に言われるのも分からなくもない。
でも、俺は好きなんだこの曲が……。このMVが……。
この曲は元々、あるゲームのテーマソングとして作られた曲。
俺もそのゲームはやったことがあって、その内容に軽く触れるとすればこの曲はゲームのストーリーやキャラ達の心情に重みを与えているものになってる。ゲームで登場する、アンドロイドたちが苦悩し、命の定義や存在価値とは何なのかと問い続けることになる。そんな作品になっている。そして、この曲のテーマは……。
命を投げ出すに値するほど、大切なものは何か……。
「世界を滅ぼすに値する、その温もりは……二人になれなかった……。孤独と孤独では、道すがら何があった?傷ついて笑うその癖は……そんなに悲しむことなんて……無かったのにな」
「心さえ……心さえ……!心さえ……なかったなら……!!心さえ……!心さえ……!!」
「心さえ……なかったなら……!!!」
自分の服を強く掴みながらも、目をぎゅっと閉じて、涙をこらえながら感情を吐き出しながらも何度も自分に言い聞かせるようにその言葉を言い続ける。まるで、それは心の中の葛藤を表すように服を掴む手を震わせて、体を何度も揺らす姿はまるで自己との戦い、心の中で押し殺した感情が込み上げるようだった。痛みや苦しみ、そういう苦悩がぶちまけるような歌声ははっきり言ってやり過ぎを超えていたがそれで俺は全身全力でやっていた。出し惜しみはしたくなかったからだ。
そう、こういう状態になればもう燈達なんて視界に入っていなかった。楽奈のギター音が少しばかり聴こえていたが自分が想像する歌い方のままに、感情のままに歌い続けながらもこう思っていた。
命を投げ出すほどの賭けられる大切なものがあるか、ないか?と問われれば、それはある。俺は……燈達と作り上げたこの繋がりを大事にしたい。俺が悪い方向に行けば、きっと立希が俺のことをぶっ叩いても助けてくれるはずだ。だから、俺はもう進むことを止めたりしない。でも、あの日燈を傷つけたあの日のことは俺は一生忘れない……。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
歌い切り終わった後、完全に息切れを起こしていた。
感情のままに歌い続けその世界に浸るという歌い方は本当に疲れてしょうがないが、これが一番やりやすいからまあいいよな。となりながらも俺はその場で膝をついてしまう。
「ゆいと、良かった」
「……ああ、楽奈こそありがとうな」
凛々子さんが心配してくれてグラスに入った水を持って来てくれていた。
グラスに入った水を飲んでいると愛音が俺に話しかけてきている声が聞こえていた。
「ゆいくんの歌い方ってやっぱりこう……ともりんの歌い方と凄く似てるよね」
「そうか?自分の歌い方なんかより燈の方が好きだけどな」
グラスを凛々子さんに返しつつも「ありがとうございます」と言う。
愛音に褒められているのは悪い気分じゃなかったが、自分の歌声が燈と似ているというのはなんかあんま違うような気がしてならなかった。まあ、感情のまま歌い続けてる点で似てるって言われたら「ああ……」とはなるが……。
「それで……これで満足か、愛音?」
「もう一曲!」
「歌う訳ねえだろ、こっちは一曲でへばってるんだよ。……燈と睦はどうだった?」
一曲でへばるのはどうなのかとなりつつも、立ち上がる。
まだ呼吸が荒いのも実感していた。
「良かった……よ?凄くゆいくんの……歌から感情が……聞こえてた」
「そうか、なら良かったのかもな。睦は……睦……?」
燈の反応を確認した後に睦に俺のが良かったかどうか、と確認しようとしていたが睦がティーカップを持とうとしたまま固まっている。さっきと同じだ……。
「睦、大丈夫か?」
全く動かなくなってしまっていた睦に俺は声を掛ける。俺がもう一度同じ言葉を繰り返していると、愛音も燈もさっきのこともあって心配になっていると、まるで石化が解けたかのようにして睦の体が動き始めた。
「……良かった」
「……そうか、なら歌った甲斐もあったか「結人が歌ってた曲……」」
「どういう……曲?」
睦が少しばかり興味があると言いたそうにしながらも聞いてくる。
「そうだな……」
少しばかり考える。
この曲は哲学的なものがかなり含まれているから、あんまりそういう難しい話をするのもどうかとなっていたがボカして伝えるよりははっきりと内容について言った方がいいかと決意した俺は睦にこう話し始める。
「この曲のテーマは……命を投げ出すに値するほど、大切なものはなにか?っていうテーマがあるんだ」
「命を投げ出すほどに値する……?」
「ああ、あくまでの俺のこの曲に対する解釈なんだが……自らの命の価値を問い直すことになるもんじゃねえのかな?って俺は少なくとも思ってる。そして、これは俺なりに導き出した答えなんだが……」
「そこに
あくまでも俺の考察だけどな、という言葉をもう一度付け足していると睦は何も言わずにティーカップの中に入っている紅茶を鏡のようにして眺めている。少しばかり難しい話をしてしまっただろうかとなりながらも、俺は自分の仕事を戻る。
「結人君、本当に歌上手なんだね。バンド組んじゃえばいいのにー」
「そんなコンビニ行ってくるみたいなノリで言わないでくださいよ、そもそも俺はバンドとかやるつもりはないですし」
「ええ?絶対売れると思うのにな」
「無責任なこと言わないでくださいよ……」
その気にさせようと凛々子さんが言ってくるが、俺は特に乗せられることもせず淡々と皿洗いを熟そうとしている。全く、本当凛々子さんもこういうことすぐ言ってくるよな……。皿洗いをしながらも先ほどまで睦が座っていたカウンターの席を見つめるが、もう誰も座ってない。
「大丈夫、二人共一緒に付き添ってくれたんでしょ?」
「まあ、そうですけど……」
睦は俺の歌を聴いた後、急用を思い出したと言って帰ったのだ。二回ほど気分が悪そうな睦を見たこともあって心配した愛音、燈は睦を連れて家まで送ってくれたようだった。最初は睦は「いい」と断っていたが、愛音が無理矢理睦と共に一緒に帰ろうとしたとこで睦は諦めていた。そして、今この場に客としているのは水分補給をするかのように抹茶パフェを食べている楽奈だけだ。
「……楽奈、前に言ってたこといい加減教えてくれないか?」
「……?」
スプーンを口の中に入れながらも疑問を浮かべたような表情になっている楽奈……。
「前に言ってただろ?睦が二人だとか……」
モールでのライブを終えた後の発言がずっと気になって仕方なく、改めて確認すると楽奈が少しばかり目線を上にしていた。
「…………言葉通り」
それ以上楽奈がそのことで口を開くことはなかった。
ただ、いつものように俺が聞こうとしたら何も言わずにいた訳でもなく、今回はちゃんと答えてくれていた。それが、俺が良いものを聞かせてくれたからそのお礼だと言わんばかりだった……。
「言葉通り、か……」
これが意味する言葉がどういうことなのかは……俺にはまだ判断材料がなかった。
楽奈はあまり喋らろうとしないタイプの為、あれ以上口を割らせるのは無理だと判断した俺は黙々と仕事を続けていた。
それから二時間は経っただろうか……。
もうその頃には睦もRINGから出ていて、帰って行ったようだった。俺も仕事を終えて、更衣室で着替えを終えて店を出る。
「そういや、Ave Mujicaのこともう一度調べるんだったな……」
店を出てスマホで検索をしようとしたとき、着信音が鳴り響く……。
「睦……?」
電話の相手は睦だった。
もしかしたら、今日のことで申し訳なかったとかそういうことを言いたくて電話をしたのかと思って、俺は電話に出る。
「どうした睦?」
電話を繋ぐと、風のような音が聞こえ始めて来る。
睦は外にいるのだろうか、俺がもう一度「どうした?」と言っても反応がなかった。ひたすら睦の言葉を待っていると、息を吸うような音が聞こえてくる。
「ショッピングモール前の……公園で会える?」
ようやく睦の声が聞こえてくれば、それは俺と会いたいという内容だった。
バイトを終えたということもあって、特に断る理由もなく俺はそれに対して了承をすると「じゃあ、待ってる」と言う声が聞こえてくる。早速、公園を目指して歩き始めることにした……。
「睦、来たぞ……こんな夜遅くに一人で公園いたら危ないぞ?」
注意をしていると、睦が黒猫を指先で軽く撫でている。
睦が俺に気づいたのか、俺に顔を向けながらも立ち上がる。そして、月夜に映し出された睦の顔はまるで……人形のように美しかった……。
「睦……?」
何故か睦の名前を疑問風に呼んでいた自分がいる。それが何故なのか?と言われたら、答えることが出来なかった。もしかしたら、楽奈に言われた「どっち」だとか「言葉通り」とかそういうものが離れなかったのかもしれない。だからこそ、俺はこう聞いてたんだ。
「睦……なんだよな?」
まるで再確認するようにして、その名前を呼ぶと睦らしき人物は口元を徐々に緩ませながらも口を開いていく……。
「疑問に思うよね?だって……」
「私は睦ちゃんじゃないよ?だから結人君に…………私の自己紹介をするね」
「初めまして、結人君……」
「私の名前はモーティス……。簡単に言うと……」
「睦ちゃんの別人格だよ」