【完結】迷子の友人は羨望する 作:シキヨ
次の日、あいつからの連絡が遅いことに不服に感じていると、昼休みにあいつからようやく連絡が来ていた。どんな連絡を寄越したのかと思えば、たった一言で『行く』と返って来ていた。返事が遅かったことは少し気になっていたけど、あいつが来るのは当たり前でしかない。
「悪い、少し遅れた」
待ち合わせ場所のパンダ像の前で待っていると、結人が待ち合わせの時間から少し遅れてやって来ていた。あいつが来るまでの間に巨大なパンダ像を見て凄く可愛いってなっている自分がいて、一人ではしゃぎそうになっていたけど今はそういう気分じゃないとぐっと堪えていた。
「遅い、早くしないとパン……なんでもない。早く行くからついて来て」
結人の前に出て歩き始めて結人はその後ろを追いかけて来ていた。
危ない、あいつに本音を言うのもそうだけどもう一つ、パンダが観に来たくて動物園に来たことをバレるところだった。とりあえず、今はパンダ目当てだということがバレないようにするためにも他の動物も観覧してからにしよう。
「……」
私たちは今無言でゾウを眺めていた。
ゾウは周りをうろちょろしながらも歩き回っている……。
……話しかけづらい。
とっとと謝ってしまえばいいのかもしれないけど、昨日のこともあって話しかけづらい。それに私はパンダ以外の動物はそんなに興味がないからこうやって眺めていてもパンダほどときめきたりしない……。パンダ一筋だから……。重たい空気が伸し掛かるなか、先に口を開いてきたのは結人の方だった。
「立希、ゾウがなんで耳をパタパタとさせるか知ってるか?」
「……知らない」
「ゾウが耳を動かしたりするのは体温を調節する為なんだ。耳を動かして風を起こすことによって、血管を通して熱を発散させて、体を冷やすことができるんだって……。夏とかだったら、きっとそういう行動をいっぱいしているところが見れるんじゃないのか?」
「へぇ……そうなんだ」
結人は私の隣でゾウのことを語っていた。
ゾウのことを語っているとき、結人の目は輝いていて楽しそうに話していた。ゾウ、好きなのかな。
「カンガルーは一日で100km歩く個体もいて、凄く移動手段に優れた動物なんだが後退が出来なくてな……。少し面白い動物なんだ」
見る動物を変わる度に結人は私に対して動物のことを話してくれていた。
少し結人のことで分かったことがあった気がする。結人は動物全体が好きなんだ。動物の話をしているとき、凄く楽しそうに笑っている。見ているこっちまでも楽しくなってしまいそうになって、途中まで私は「へぇ?」とか返すだけだったけど……。
パンダのエリアにようやく来た私達。少し並んでからようやくパンダと対面出来た私は「可愛い」と言うのを必死に抑え込みながらも結人にあることを聞こうとする。
「ねぇ、パンダにはそういう話なにかないの?」
結人が語る動物の話に興味が湧いて来た私は自分が大好きな動物の話について聞こうとしていた。
「そうだな……知ってるかもしれないけど。パンダってのは基本的に一人一人で縄張りを持って一人で暮らしていることが多いんだ。食べ物を巡って争うことが少ないから、性格も温厚で恥ずかしがり屋っていう傾向もあるんだ。それ以外にも子供に対しても自立を促すために攻撃的な態度を示して、自分の縄張りを追い出す事もあるんだ」
さっき結人が動物全体が好きだという話をしたけど、ただ好きだから話をするという感じじゃなかった。好きだからこそ熱弁をするとかじゃなくてちゃんと相手の反応を見て話をするところもなんか……いいと思う。
それにしても……。
「私さ、パンダのことは好きだけど好きな理由ってふわふわしているとか、見た目のフォルムとかが好きとかそういう理由だったんだ。だから結人の話を聞いたとき、少し私と似ているなって感じたんだ」
「立希……」
「パンダみたいに縄張り意識があって一人が好きって訳じゃないけど……私ずっとコンプレックスを抱えていたんだ。お姉ちゃん、羽丘の卒業生で吹奏楽部で主将を務めてたから。人望も厚くてトランペットも上手くてコンクールとかもいっぱい賞を取って羽丘の吹奏楽部を栄光に導いた人だったんだ……そんな天才的な人だったからさ……ずっと劣等感を抱いてた。だから、私はずっと一人で抱えてたんだ。お姉ちゃんが出来て私にはなんで出来ないんだろうって……。それが原因で多分結構周りのことを寄せ付けないようにしたりとか一人でずっと頑張ろうとしていたから……それでもお姉ちゃんからすれば私は取るに足らない存在だったかもしれないけど」
お姉ちゃんのことはこれまで結人に話したことはなかった。
お姉ちゃんに対しては憧れという気持ちは多少はあっても劣等感の方が圧倒的に強かった。血の繋がりがあるお姉ちゃんのようになんで自分も出来ないんだろうかと悔しくなる日々の連続ばかりだった。
「そんなことない……」
「え?」
「俺は前のバンドの頃とか今のバンドの頃の話は全部燈からの聞きかじりだから立希が思っている話と全然違うかもしれないが……。それでも、燈は言っていた。燈が辛そうにしているとき、いつも立希は率先して気を遣ってくれているって……。それだけじゃない、言葉は少し厳しいかもしれないけどバンドのことをちゃんと考えてくれていて曲も作ってくれて本当に凄いって……」
「燈がそんなことを……」
そっか、燈がそんなふうなことを言ってくれていたんだ……。
私は今まで人一倍、いや……数倍頑張らなきゃいけなかった。お姉ちゃんを超えるために……。
「……そろそろ場所を変えるか、立希。もうパンダはいいか?」
「え?う、うん……」
今日はそれほどパンダを見る人達が混んでいなかったということもあって、私達はのんびりとパンダのことを眺めることが出来ていたけど、これ以上パンダのところに長居するのも良くないと見た結人が何処か休める場所を探してそこに座ることにした。
「結人、さっきの話の続きだけど……燈がそう言ってくれても私はやっぱり人の数倍頑張らないといけないと思う」
「別に頑張らなくてもいいとは言ってない。ただ、お前はお前のペースで頑張ればいいんじゃないのかって思ったんだ。劣等感を抱く気持ちなら俺も分かるけど、それで焦ってばっかりじゃ見えてくるものも見えなくなってしまう。そしたら、それじゃあ前を進むことなんて難しくなるんじゃないのか?だから、立希のペースで人の数倍頑張ればいい。ただ倒れたりするなよ、そうなったら俺も燈達も悲しむから……。それに俺はお前が少し羨ましいよ。俺は……立希みたいにちゃんと人のことを客観視して物事を言うことができないから。俺は臆病だから……」
私のことそんなふうに見てくれていたのは全く知らなかった。
だけど、臆病なのは結人だけじゃない。
「それこそ……そんなことない。結人が臆病なら私も臆病だから……。前のバンドのとき、燈が来なくなったとき私は燈を練習に誘うことも出来なかった……。燈を傷つけてしまうから練習に誘わなかったってあのときは言い聞かせたけど、燈と顔を合わせるのが怖かっただけ……。でもこれは私のエゴだけど……」
「お前は燈にとって一番大切な友人だったから、燈が一番辛かったとき燈の傍にいて欲しかったのにいてくれなかった。それが私は許せないし、これからも許せない。ライブに来てくれなかったことも……」
私のエゴだけでしかないのは勿論分かっているつもり。
結人のことを責められる立場じゃないのも分かっているけど、それでも私は結人に対して一番言いたかったことを言った。
「だから……次のライブもし来なかったらお前とは二度と口は聞かないし、絶交。それに燈とも二度と関わらせないようにするから」
「分かったよ立希、そこまで言われちゃ行くしかないな……。ライブ、必ず行くから」
「は?そういうのは私じゃなくて直接燈に会って言えば?それにそこまで言われちゃ行くしかないってなに?燈の友人のくせに燈のライブに来ないなんてありえない……ってなに笑ってんの?」
「いや……悪い。やっぱりそうやって厳しいぐらいの立希が安心するなって思ってな……」
口元の僅かな笑みに気づいた私は結人に言うと、普段通りになって安心したとでも言いたげにしながら言ってくるから、私は「はぁ?」と言うと結人が言葉を続ける。
「燈や立希が頑張ってるのはよく分かった。ライブに対する熱意も充分伝わった。だから、俺は絶対に見に行く。二人がそれほどまでに込めているライブに対する思いがどれほどのものなのか、それを確かめる為に前のライブに行けなかった償いの為にも俺は絶対に……見に行くから。そして俺の為にも……」
「……?だから、それを燈に言えって言ってるでしょ?」
「分かってる……」
心の底からの笑顔を見せつけるようにして結人は言う。
こいつには……絶対に言ったりしないけど正直私は……結人と再会できて良かったとホッとしている自分がいる。もうあいつのことなんてどうでもいいと考えないようにしていた時期もあったけど、それでも私は結人と再会できて良かった。今日だけは愛音の奴に感謝でもして……いや、そういうことをしたらあいつ調子に乗りそうだな。
「俺、絶対燈に言うから……」
でも……こいつの変わらないこういう馬鹿みたいに明るくて元気なところは……。
私も嫌いじゃないから。
「ゆ、結人君……今日はどうしたの?」
「その……改めてこういうことを言うのもおかしいのかもしれないけど……。でも、ちゃんとこういうことは言わないと駄目だなって思ったから言っておきたいなって……」
「言っておきたい……?」
結人君に呼び出された私……。
一昨日のこともあるから、結人君とどんな顔で会えばいいのかなんて分からなかった。なにより、この場には立希ちゃんもいるから尚更だった。
「燈達のライブ絶対に来るから……!!燈達がどれだけの熱を持ってライブに向き合っているのかこの目でちゃんと見届けるから!!前のライブに行けなかった償い、後悔の為にも!!今度は絶対に見に行くから……!!」
「結人君……う、うん!ぜ、絶対来てね!!」
「ああ……!!」
結人君の体の内側から心が温まるようなものを感じていた。
そっか、結人君あのときのライブのこと後悔していたんだ。私は結人君に言うことが出来なかったけど、本当はあのライブを見に来て欲しかった。私の初ライブを見に来て欲しかったけど、それを結人君に言うことが出来なかった。結人君にも結人君の事情があるからって自分の意志を出すことが出来なくて悲しかった、辛かった。
でも、今は違う。
今度こそ結人君が来てくれると信じられる気がしていた。理由は分からないけど、きっと結人君の真剣な眼差しがそう私に訴えかけてくれているから……。良かった、今なら本当に来てくれる気がする。
「燈のライブを見に来ないなんて損しているようなもんだけど……。燈、一昨日のことはごめん」
「結人に対して言い過ぎたかもしれないけどこれだけは言える。私はこれからもこの先もきっとあのライブを見に来なかった結人のことを許せないし、CRYCHICが解散したときに燈の傍にいてやらなかった結人のことを許せないと思う。だから、私は結人のことはこれからも許さない。だけど、こいつは燈にとっても……私にとっても友達だから……。だからその……」
「仲直りぐらいならしてやってもいいと思ってる」
「立希ちゃん……!!」
「言いたかったのはそれだけ……。でも次本当にライブに来なかったら、燈に二度と関わらせないから……それじゃあ私先にRINGに行ってるから……」
立希ちゃん……。
結人君のことをきっといつまでも許せないと思う。立希ちゃんは結人君から連絡が来なくなった後も『燈、あいつから連絡来た?』と言っていたから。きっと結人君のことを怒っていたけど、それ以上何も言わないで私達の前で消えたことが少し寂しかったし、辛かったんだと思う。
だから立希ちゃんは今自分が言いたかったことを全部吐き出してすっきりした様子になっていた。まるで、それは曇天から晴天を見つけたみたいに……。そんな背中を結人君と一緒に見ながらも立希ちゃんはRINGのある方向へと走り出していた。その走りは何処か自分の恥ずかしさを隠す為でもあるように見えて、決意を感じさせる走り方にも見えていた。
「じゃ、じゃあ……結人君。私も行くね?」
「燈、行く前にちょっと話しといておきたいことがあるんだけど、いいか?」
「……?」