【完結】迷子の友人は羨望する   作:シキヨ

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朽ちた人間は水を与えられる

「すいません、この人に生頂いてもいいですか?俺の方は……コーラで」

 

 目の前を通過しようとしていた店員を呼び止めて、俺は飲み物の注文をすることにしていた。

 店員さんに飲み物を注文することにした。店員が注文を受け取って目の前を去っていくのを確認してから俺はおしぼりで手を拭いていた。

 

「結人君……だったかな。キミは優しいね、さぞいいお父さんに育ってもらったんだろうね……。俺とは大違いだ」

 

 この人……清告(きよつぐ)さんを担いでいる間に俺は自己紹介を軽くだけ済ませていた。俺と一緒に歩いたこともあって酔いは若干ではあるものの冷めているようだった。いい父親に育てて貰ったという発言に俺は心の中で少しばかり曇っていた。まあ、これはこの人に喋る必要もないことだ……。今投げるべき言葉は……。

 

「娘さん、祥子さんでしたっけ……?彼女は貴方のこと、不出来な父親と責めているんですか?」

 

「どうだろうか……。でも、きっと俺のことなんて目障りだとしか認識していない。祥子に迷惑を掛けてた俺のことなんか……」

 

 清告さんはグラスの中に入っている水を鏡代わりにしながら映し出されている自分の姿を自嘲する……。

 

「……なにかやったんですか?」

 

「結人君には関係のないことだよ、キミのような希望に満ち溢れているような子が知るべきことじゃない」

 

 机の手元に置かれてあるグラスに入った水を少しばかり飲む……。

 

「話せば楽になる、そういうこともあるんじゃないんですか?例え解決しなくても、心が安らいだりとか」

 

「心が安らいだり、か……。そうだね、じゃあこの話は俺の独り言だと思って聞いてくれればいい」

 

 最初の方のは心が揺らいだというよりはどうせ無駄だろうけど、と含みが混ざっていたような気がしてならなかった。

 

「私は豊川に婿入りした所謂、婿養子だったんだ。瑞穂との結婚はお養父さんにはあまり認められなくてね、それでも瑞穂や祥子との生活は決して悪いものじゃなかった。大変な日々だったけど、家に帰れば楽しそうにピアノを弾く祥子の姿があった。お疲れ様と言ってくれる瑞穂の言葉が疲れを癒しくれるような感覚だったんだ……。なにより、親子で話をするというのはとても良いものだった……」

 

 自らの手を広げた後に、握りこぶしを作るもののその握り拳には力が入っていなかったことが伺えていた。それほどまでにこの人は弱っているんだろう……。

 

「でも、その幸せは長く続かなかった。祥子が中学生のとき、瑞穂が死んだんだ。俺も祥子も悲嘆に明けて暮れたよ……。愛していた瑞穂の死は俺にとって辛いものだった……。だけど、まだ祥子がいる。あの子は月ノ森の学生として生活をし、バンドをこれまで以上に続けて行くはず。娘の希望を絶たせたくなかった。私はこれまで以上に邁進して行こうと思ったよ……。だけど、それも長くは続かなかった……」

 

 店の厨房の方を軽く眺めた後に、渇いた笑みを浮かべている……。

 その笑みは悲哀すらあるものだった。俺は遮ることなく全ての話を聞いてから、喋ることにしていた。これはあくまで清告さんの独り言なのだから……。

 

「俺が豊川の不動産の社長をやっていた頃の話になる。なんとか娘の為にも日々努力しようとしていたとき、土地所有者を装いと地の恣意的に売却して、購入代金を騙し取る。所謂、地面師の詐欺に遭って、俺はグループに……」

 

 

 

 

 

 

 

「168億円ものの損害を出してしまったんだ……。その後、どうなったかはキミみたいな若い子でも分かるだろう?お養父さんから責任を取る為、一族から追放されることになったんだ。少し難しい話をしてしまっただろうけど、どうだ?笑える話だろう?妻や娘の為に精進しようとして、その結果このザマだった。それにまさかあの詐欺が……あの人達が関係していたなんて。おっとこれはキミには関係ない話だ、忘れてくれ……」

 

 話を終えた後、再び渇いた笑みをしている。

 あの笑みはきっと本当に自分を嘲笑う為だけにしているんだろう。そうすることで、自分を情けない人間。娘や妻のように立派な人間になれなかったんだと自分に納得させる為に……。この人の苦しさは話を聞いているだけでヒシヒシと伝わって来た。自分の中で何を言うべきなのか迷っていると……。

 

「まあ、これは俺の独り言だ……。キミみたいな陽の光を当たるべき子供には関係のない話だ」

 

 一瞬、スマホで俺は豊川の不動産にまつわる詐欺事件について調べる。

 すると、幾つかのネットニュースが発掘された。当時社長であった清告さんの名前もある。そして、加害者側は主犯を含め逮捕されているようだった。時期的に見れば、CRYCHICが解散した時期とも重ねることが出来る……。

 

「お待たせいたしました……!」

 

 店員が俺達の下に飲み物を提供してくれている……。

 届いて即座に手元に届いたコーラを半分以上飲み干す。そして、強めにテーブルの上に戻すと音が若干響く……。それから周囲を見渡す。此処は居酒屋……。仕事帰りの人達や大学生が仕事の話だったり、学校の話だったり、日々の話をしている。そんな中、俺達の会話というものは重苦しいものなのかもしれない。

 

「此処まで独り言に付き合ってくれてありがとう……。そして、居酒屋に運んでくれてありがとう。キミは本当に心の優しい人だ、俺みたいなくだらない人を助け「それ以上、自分のこと自虐するのやめませんか?」」

 

「貴方の話を聞いていて、貴方は貴方なりに頑張ろうとしていたのはちゃんと伝わりました。俺のことを優しいと褒めてくれてますけど、貴方は俺なんかよりよっぽど誠実の人で素晴らしい人だと思います」

 

「ははは……キミは面白いことを言う。俺の何処が誠実なんだ?瑞穂を亡くした後、祥子の為にこれまで以上に空回りしてその上詐欺に遭って……アパートで俺のことを追いかけてくれた祥子と一緒に暮らしたものの、俺の方は酒浸りで生活。祥子は中学生の頃からバイトの日々。中学生で出来るバイトなんて限られていたというのにあの子は健気に生活の為になんとかしようとしてくれていた。なのに、俺と来たらどうだろうか?娘が一生懸命生きようとしている傍で俺は酒に溺れる生活を送っては警察のお世話になる日々だった」

 

 

 

 

 

「これの何処が誠実なんだ……!!?」

 

 机を何度も叩いている……。

 残り半分のコーラを飲んでから立ち上がって、俺は厨房に居る店員にこう告げる。

 

「……すみません、お勘定お願いします」

 

 怒りの矛先をぶつけて来てる……。その間に俺は代金を支払うことにした。

 このままこの場所で話し合いをするというのは無理でしかなかった……。俺は清告さんの服を掴みながらも店の外へ出る……。そして、そのまま離れた場所へと向かう。狭い細道に入ったところで俺は清告さんを離す……。

 

 

 

 

「結人君、キミは本当にいい子だ……!!俺に情けを、可哀想だと、苦しみを理解しようとしてくれている。それが自分を惨めにしてしょうがないんだよ……!!頼むから俺の目の前から消えてくれ……!!」

 

 

 

 

 

 鈍い拳の音が頬に炸裂する……。

 気づけば自分の体が宙を浮いているような気分が感覚になる……。ああ、そうか。ようやく俺は痛みを知れた……。これが……痛みなんだな……。だけど……。

 

「……」

 

 親指で頬を擦っても特に傷や血が出ている感覚はなかった。

 それらを知ってから俺は地面から立ち上がることにしていた。

 

 

 

 

 

 

「貧弱な拳ですね……。それが今の貴方を証明しているんですよ……」

 

「まだ俺に同情を……!!」

 

「同情じゃねえよ!ざけんな!!いい加減目覚ませって言ってんだよ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「アンタいつまでそうやって自分のことを責めているつもりだって言ってんだよ!!」

 

 暗がりの細道の中で俺の声だけが響いている。それはどの音響機器よりも優れていたかもしれない。そして、それはきっと清告さんにも……。

 

「俺は168億円を騙されたこと、詐欺に遭ったこと、父親になったこと、娘を持ったことないから分かんねえからガキの理論を振りかざすしかできねえ!感情論でしか話をするしかねえ!!他人の家族の話に割り込むのはどうなんかと思う!!でも、これだけはぜってえ言える……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつも娘の傍に居るアンタが……!なんで娘のことを考えるじゃなくて……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「自分のことばっか貶してんだよ!!!」

 

 言い過ぎているのは分かっている。

 俺はあの人のように痛みを知らないし、体感したことはない。例え、体感したことがあっても俺と清告さんとでは痛みが違う。それは知っているが、俺には抑えられないものがあった。いつも傍に父親が居なかったから……。だから、傍に居てやれているのに懺悔ばかりしているあの人のことが耐えられなかった……。娘の傍にいるなら寄り添って欲しいというわがままな俺の感情が自分の言葉を言い続けていたんだ……。

 

「自分のことが……惨めでもいいです、辛くてもいいです。苦しくてもいいです、許せなくてもいいです。それでも……それでも……娘さんの傍にいてやってください。何かをしたいという願いがあるなら叶えてあげてください。それがきっと……貴方に出来ることですから」

 

「変われる訳がないだろう……」

 

「すぐに変わる必要なんてないです。少しずつ……進んで行けばいいんです。もし、不安だったら……」

 

 

 

 

 

 

 

「俺も手伝いますから……」

 

 これらの言葉がどれだけ届くかなんてのはこのときは知る由はなかった。

 ただ、俺は自分の我がままのに発言をしているだけなのだから、逆上されても仕方ないとなっていたけど、清告さんは俺に何かを言うことは無くなっていた。ただ、俺に肩を借りて赤坂の方まで向かうことになっていた。

 

 赤坂に行った理由は清告さんの住んでいるアパートがそこにあるからだった……。

 

 

 

 

 

 

「此処ですか、清告さん?」

 

「ああ……。ありがとう、結人君……」

 

 激しい口論の末だったからか、もうほとんど酔いは冷めているようだった。赤羽駅から歩いてこの場所まで来ていたから、風に当たり続けた結果なのかもしれない。……にしても、とてもじゃないが元社長が住んでいるアパートとは思えないな……。

 

 視界に入っていたのは遠慮なく言えば、ボロアパートという言葉が相応しいだろう。

 人が住んでいる場所にそんな言葉使いたくなかったが、もうこのアパートが建てられてかなりの年数が経っているのは見るだけで分かるほどボロい……。

 

「あの……さっきは……すみません、ガキの理論押し付けて……」

 

「いや、気にしないでくれていいよ……。それより家の前まですまない、それじゃあ結人君……」

 

「はい、それじゃあ……おやすみなさい」

 

 「ああ、おやすみなさい」と言おうとしている清告さんの前で家の扉が開く音がした。

 そして、開いたのと同時に……。家の中からは銀髪の女性が……いや豊川祥子が出て来ていた。

 

「お父様……」

 

「おかえり……祥子……」

 

「…………ただいま」

 

 豊川祥子の方は返事をするのにかなり間が空いてからだった……。

 中へ入って行く父親。家の外へ出て来る豊川祥子……。

 

 

 

 

「星乃結人さんでしたわね……」

 

「ああ……」

 

 こうして豊川祥子と話すのは初めてだ。

 何度か燈を介してお互い鉢合わせしそうになったりしたことはあったが……。

 

「お父様を家まで運んでくれたこと、ありがとうございますわ」

 

「別に気にすんなよ。ただ……お前と親父さんのことは伏せて置いた方がいいだろ?燈達には」

 

「ええ……申し訳ありませんが、お願いしますわ」

 

「ああ……任された。それじゃあな、豊川……」

 

「ええ、それでは……」

 

 何度かお互いの顔を知っているほどの関係ではあったのに俺と豊川は話すことはしなかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「流石にこの時間はやってねえか……」

 

 次の日の朝……。

 俺は学校に通学する前に赤羽に来ていた。昨日はもう夜が遅い時間ということ、街灯が少ない場所ということもあって俺はスマホの地図アプリと睨めっこをしながらも歩いていると、目的のポロアパートに辿り着いた。それから部屋番を確認してから、二回ほどノックすると……。

 

「星乃さん……何故貴方が此処に……」

 

「これ、親父さんと豊川の分」

 

「……!?」

 

 豊川に袋を押し付ける。

 何だが何なのかとなっている豊川が袋の中身を見ると、驚いている様子だった。そう、俺が豊川に渡したの今日一日の食事だった……。

 

「申し訳ありませんが、施しなら受け取れませんわ」

 

 袋を俺に押し付けて来る豊川。

 

「じゃあ、玄関前に置いておくからウーバーイーツが来たとか思って食ってくれ。流石に此処まで来て渡そうとしたもんは罪悪感で食えねえからな」

 

「……どういうつもりですの?」

 

 怪訝そうな表情で俺のことを警戒している豊川……。

 

「別にどういうつもりでもねえよ……。ただ、お前の親父さんから話は聞かされて貰ったからな……。あんな話を知って聞かなかったことにするなんての無理だし、放置するのも悪いが俺には無理だ。だからこうすることにした……」

 

「お人好しですわね」

 

「……かもな。ところで親父さんは?」

 

「お父様なら昨日の夜から何か考え事をするようにして眠っておりますわ……」

 

「……そうか。じゃあ、これ玄関前に置いておくから食べてくれ。俺はこれで失礼するから」

 

 この先どうするかは清告さん次第だな……。

 とはいえ、本当俺は馬鹿みたいに人のことを助けようとしている……な。

 

 

 

 

 

 

 

 

「こりゃあ、そよ・ザ・デンジャラスに呆れられても仕方ねえわな……」

 

 

 

 

 

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