【完結】迷子の友人は羨望する 作:シキヨ
「祥ちゃん、これから私たちのAve Mujicaが始まるんだね!」
「ええ、そうですわ初華!この武道館で私達のAve Mujicaが始まりますの!この武道館はほんの序章に過ぎない……気合を入れてやりますわよ」
私は楽屋内で座りながらもお二人の話を聞いていました……。
豊川さんは何処か前より元気で明るくなった気がしてなりませんでした。張り詰めたような表情ではなく、何処か笑顔で三角さんと話をしつつ、ハキハキと喋り、何処か前向きになっている彼女を羨ましくなりつつも私は豊川さんと三角さんの絆とも呼べる関係が羨ましいという感情があったという自分に驚きしかありませんでした。
「勿論、睦も八幡さんも祐天寺さんもですわ!」
此処にはまだ祐天寺さんは来ていない。
なのに名前を呼んでいるというのは彼女が本当にこのAve Mujicaというバンドをやりたいという心意気だったのかもしれませんでした。ですが、何処か腑に落ちない自分がいたのも確かでした。それはきっと……自分の中でまだ信頼というものに揺らぎがあるからなのは間違いなかったでした……。もしくは、彼女自身にこのバンドをどうしたいのかという迷いがあるのか、どちらかなのは分かりませんでした……。
「信頼、ですか……」
「ん?どうしたの海鈴ちゃん」
「いえ、なんでもありません……お気にならさずに」
三角さんが私のことを心配してくれていたようで顔を覗き込むようにして見ていましたが、それを振り払うようにして私は扉の方を眺めていました。こういう風に誰かに心配されるというのはあまり好きではなかった私は何も無かったと言わんばかりな態度を取っていると、三角さんが「大丈夫かな?」と言っている声が聞こえていました……。そういう声がしつつ、一瞬鏡の方に浮かない自分の顔がありました。それは多分、当然でしかなかった……。私は立希さんに言われたあの言葉がずっと頭から離れないのだから……。
『信頼って……言葉とかそういうもので表すものじゃないでしょ』
バッティングセンターにいたあの日……。
トドメを刺すようにして言われた立希さんの一言は何もかも心に響いてしょうがなかった。何気ないものだというのに……私は目の前で楽しそうに話している豊川さんと三角さんが本当に羨ましくて仕方なかった……。きっとそれを欲していた……。信頼や繋がりというものを……。
「武道館……」
「そういや、楽奈は此処来るの初めてなのか?」
「うん、初めて……」
心底楽しみそうにしながらも楽奈が返事をしている。
子供の頃から色んなライブを堪能してきた楽奈がこの場所に来るのは初めてということもあって楽しみという感覚はあったのかもしれない。
「睦の演奏楽しみ」
「だな……」
そう、俺と楽奈は睦の招待を受けて此処にやって来ていた。
楽奈も誘うのは意外だったけど、こうして誰かと一緒にライブを見に行ったりするというのはかなり悪くないもの……。それが楽奈だというのなら、尚更だ。口数は少ないが、ライブに関しての情熱は立希よりも負けていないからな……。
「……あっゆいくん達がいる!?どうして!?」
後ろからそんな声がして振り返ると、そこには愛音とそよの姿……。
そういえば、随分前に愛音が「ムジカのライブ当たったー!!」とか騒いだりしてたこともあったなとなっていると、そよが目を細めながらも俺に視線を送っている。
「……結人君達もライブ見に来たんだね」
「招待して貰った」
楽奈の直球が炸裂する。……この程度ならまだ誤魔化せるとなっていた俺は何も言わなかった。
絶対そよがうざ絡みしてくるけど。
「招待……?ふーん、
相変わらず、皮肉交じりに突っかかって来るそよに俺は無視をする。
こいつの言動に一々突っ掛かっていたら骨が折れる。言葉合戦になるしな……。
「え?ゆいくん、Ave Mujicaから招待を受けたの!?凄いじゃん!!ねぇねぇ、どうやって招待して貰ったの!?」
「むつ「お前馬鹿……!」」
急いで楽奈の口を塞ぐと、そよが更に目を細めている。
小声で俺が楽奈に「後で蕎麦奢ってやるから、睦のこと内緒にしておいてくれ」と伝えると、無言のまま目を輝かせている為、俺は口元から手を離していた。
「結人君なにか隠してる?」
「いや、何も隠してないぞ……」
「……っそ、今話しておいた方が楽になると思うけどな」
若干一理あることを指摘されつつも、そよは歩き出していた。
とはいえ、発言が若干怖くて俺は後で後悔しないことになるのを祈るしかなかった。因みに、愛音は俺にどうやって招待されたのか気になって仕方なかったようだが、そよを後から追いかけて行って俺達は事無きことを得た……。
関係者用のチケットで中に入れた俺達は……。
関係者用の席へと案内されていた。こういう関係者以外の席ってのはRING以外だとあんまり馴染みない気分だから少しそわそわとした気分になりながらも、楽奈と共に座っていた。周りを見れば大人ばかりで空気が張り詰めそうになっていると、何処かで見た事あるような顔が目に入る。
「あれって……確か……」
白髪混じりのご年配の男性……。
ネットニュースの記事に載っていた顔だ……。間違いない、あの人物は……。豊川
『娘の祥子の武道館のライブは見に行けそうにないんだ……。関係者で入れるか祥子も直前になって打診をしてくれたんだが、スポンサーには豊川グループが居てね。中々そう上手くは行かなかったんだ。それでもなんとか入れないか打診して貰ったらしいけど、やっぱりダメだったみたいでね……』
豊川グループの人間が視界に入ったことで、清告さんの言葉を思い出す。
あの人は……既に豊川グループを追放された身……。その人物が此処の関係者席に居る事も、娘のライブを見ることすらも許さなかったんだろう。たかが一スポンサーにそれだけの力があるとは思えないが……。
「モーティスやドロリスが使っているギターって7弦って奴なんだよね!!」
「うん、凄い珍しい奴って聞いた!」
下の方からそんな会話がしている……。
「楽奈、七弦ってそんな珍しいのか?」
「六弦が主流だから、後慣れが必要」
「ああ、そういうことか……」
楽奈の話は簡潔だったが、凄く分かりやすいものだった。
楽奈や愛音が使っているギターは六弦だからそういう説得力があったのかもしれない。でもまあ、楽奈なら七弦も使いこなせるんじゃないのかとすらなっている俺が居たけど……。とはいえ、こういう場所に来て音楽的な話を聞けるというのは当たり前だけどなんかこういいなとなっている。
「場所、か……」
「どうしたのゆいと?」
「いや、MyGO!!!!!も何れ武道館に行くのかって思ってただけだ」
「ゆいとのこと、絶対連れてく。それでいっぱい泣かせる」
「ふっ……相変わらずだな楽奈は……。そんじゃあ、そんときが来たら延々と泣きべそ掻いてやるよ」
意志表明なんかじゃない。
楽奈の武道館に連れて行くという発言は紛れもなく、本気だった……。だからこそ、俺は楽しみにしていると伝えると、「絶対連れてく」ともう一度言い切っていた。こういうところだよな、楽奈の良い所って……。単純で短いものだけど、はっきりとそれには意志が宿っているというか……。そういうところが本当に嫌いじゃないとなっていると舞台幕が徐々に下りて行く音がしていた。どうやら、Ave Mujicaのライブ……いや舞台劇が始まろうとしていた……。暗がりの中の舞台幕が開き始める。
そこには三人の人形が既に座っていた。
空白の二席が残るなか、一人目の人形……自己紹介をし始めていた。
「ドロリス……我、悲しみを恐れる勿れ」
自己紹介を終えていた金髪の人形……。
彼女が三角初華だということは……。
既に把握していた……。
『祐天寺さん……信頼ってなんだと思いますか?』
「信頼ねぇ……」
私はこのバンドに最初から信頼なんてものはなかった。
そもそもこのバンドに入った時点で自分が此処から成り上がる為の踏み台としか認識していなかった。周りには森みなみの娘、sumimiの初華という最強の二人がいるこの二人すら踏み台にすることが出来れば私はこの先マルチタレントとしてじゃなくて、女優としてやっていくことも可能なはず。元々、マルチタレントをしようとしていたのは色々と器用な方がこの先やっていけることも多いからだった……。
そして、あの子が好きそうな言い方をするなら今宵の
「今日こそ完璧なアタシを見つけてもらうんだ」
私のこのくだらいなごっこ遊びでの役目は人形。
それもただの人形じゃない、アモーリスと名付けられた人形。愛を意味するステージネーム……。これがどういう意味なのかなんて私は知るわけがない。サキコに聞いたけど、答えは返って来なかったし……。まあ、それももうどうでもいいや。これから私が全部ぶち壊すんだから。こんなくだらない仮面ごっこよりも顔を出した方がもっとより良く話題になるってことを証明してみせれる最高の機会……。この武道館で……。
「アモーリス、貴方に必要なのは完璧なみだしなみと完璧な笑顔。お客様には一番を見せつけなければなりません」
失笑すらしてしまうほどの言葉の数々……。
あーそうだった、この台本を考えたのはオブリビオ……あーもう祥子でいいか。こんな凝って凝ってな人形劇な台本を考えてくるところは本当に凄いと思うよ。でも、それだけ。だって、こんな仮面の下の分からない笑顔なんて誰も欲しがる訳ない。
「アモーリス!?なにを!!?」
思わぬ行動を取られたと言わんばかりの反応を示される。
此処まで気持ちいいぐらい痛快な反応をされると、こっちも楽しくてしょうがないとなっているとお客さんの方から私のことを「にゃむち」と呼ぶ声がしてきている。そうそう、これこれ。私はこれが欲しかった。今までお客さんに披露してきたのは所詮仮初めの笑顔……。でも、今は違う。くだらないものを外したことで私は自分というものを曝け出すことに成功した。何度も言うけど、此処まで想像通りの展開になると、もう清々しいなんてもんじゃなかった。あーでも、これで終わりじゃないんだよね……。これからお客さんにはもっと面白いものを見てもらうことになるからさ。
「嘘!?森みなみの娘!!?この前、映画出てたよね!?」
自分の仮面を剥がすだけじゃなくて、ムーコの仮面を今度は外させた。
ほらほら、お客さんもこんなふうに楽しそうに反応をしてくれている。折角の武道館なんだからもっと楽しんでもらわないと……。ん?なんかムーコ、思ったより反応薄い……。正直これは想定していなかった。もうちょっと驚くとかそういう素振りをするとなっていたけど、いったいどういう……。
「あーなるほどね……」
小声でムーコの視線の先を追うと、あの変で面白い子がいた。
へぇ……ムーコもあの子と知り合いだったんだ。まあ、そういうことはあるかとなりつつも今度はウミコの仮面を私は外していた。
「やりたいようにやるってこういう意味だったんですね……」
「そうそう、まあ悪く思わないでよウミコ」
私のことを睨んでいるウミコを後にして続けるようにして……サキコの方へと向かう。サキコに関しては少しばかりは感謝はしてる。私にこうして謎の仮面女バンドとしてデビューをして、注目の機会を与えられた訳だし、でも……それももう終わり、終幕。
「いい顔~!」
屈辱を受けているときの人間というのはこういう顔をするのかもしれない。
ウミコの悔しそうな顔を眺めながらも今度はウイコに視線を送りつつこう切り出す。
「でアンタはどうするー?」
立ち上がったウイコは仮面を外すという選択肢を選んだ……。
そして、耳にはちょうどいいぐらいの観客の声が聞こえて来る。全てが計画通りに事が運ぶというのが楽しくてたまらなかった……。自分の描いた絵図通りに行くなんてのが此処まで……。
気持ちよかったなんて……。