【完結】迷子の友人は羨望する   作:シキヨ

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人形は言葉のいらないものを欲する

 子供の頃からバンドをしていた。

 そのバンドのことを運命共同体だと信じていた。このバンドで私達は有名になって初めてのライブに出て、武道館に立つ。それが夢でしたが、現実は違いました。

 

 

 

 

 現実は……。

 誰も熱意を注いでくれなかったバンドでした……。初めてのライブの日、私は楽しみで仕方ありませんでした。それはまるで、次の日遠足に行く子供が眠れないで夜更かししてしまう。そんなありきたりなものが相応しいのかもしれません。そして、幕を明けることになった次の日……。

 

 

 

 その場には私以外のバンドメンバーは誰も居ませんでした……。

 悔しくて今にも泣きそうで震えていました。観客席から向けられている同情の視線が痛いほど突き刺さり、私はあの日以来バンドというものに固執するものをやめたのでした。何重にもバンドを掛け持ちをすることで……。

 

 

 時にこんなことをよく耳にしていました。

 

 

 

『海鈴さんってそんなにバンド掛け持ちして大変じゃないの?』

 

 同じクラスの人にそう尋ねられることもありました。実際のところ、大変という感覚があったのは最初の内はありました。ですが、次第にそういうものは消失していくことになりました。何故なら、私はバンドというものを掛け持ちすることで一つのバンドにこだわるという選択をしないで済むことが出来るようになったからです。

 

 気持ちを預けるだとか、感情を預けるとかそういう奥深くのものに触れることすらも接することもすらもしないで済むというのは悪いものではありませんでした……。しかし、Ave Mujicaと言うバンドは何かが違いました。

 

 その何かは恐らく『息苦しさ』でした。

 私にとってこのAve Mujicaというバンドはただの居場所の一つでしかありませんでした。しかし、豊川さんの真剣な行動。バンドに対する情熱への導きが私の人生を変えたのかもしれません。豊川さんになら全てを預けられる、私は今まで熱意があったのはあのバンドだけでした。それは恐らく、自分の気持ちばかり先走ってしまえばまたあのときのように壊れてしまうという恐怖心があったのかもしれません。ですが、Ave Mujicaは違ったのでした。

 

『八幡さん、此処の演奏なのですがもう少し激しめにお願いできませんか?』

 

 ある日のことでした。

 いや、これは数日前ぐらいの出来事。武道館に向けての練習の日々を行っていたのですが、ある日豊川さんが私の演奏にメスを入れようとしていました。

 

『激しめですか?確かに動きとかパフォーマンスがあった方がいいかもしれませんね』

 

『いえ、そういう意味ではなくて……。もっと情熱的な演奏を聴きたいのですわ』

 

『情熱的ですか?ですが、私たちAve Mujicaは人形バンドのはず。情熱的というのは少々おかしいのでは?』

 

『確かにそうかもしれませんわ。ですが、お客様の皆様を喜ばせてこそのプロ。バンドを掛け持ちしていてライブと言う実戦経験が多い八幡さんでしたら出来るはずですわ』

 

『……出来るはず、ですか』

 

 自分の手に持っているピックを集中的に眺めつつ、豊川さんの言葉が残響のように残っていました。数日程度前から豊川さんは何処かバンド仲間に対して情熱を持って接するようになっていました。

 

 迷いの中でも希望を見出しつつ、進みだそうとしている彼女に光を見出しつつ彼女の言葉に強い意志のようなものがありました。それはそれまでも確かにあったものでした。豊川さんは最速武道館という最強の武器を作り上げることに成功して見せたのですから。

 

 

 ああ、だからですかね。

 強い意志を持つからこそ私は立希さんや星乃さんの関係が尊くも自分の中で羨ましくなってしまっていた。ああいう強い繋がりを持ち、強い信頼があり、複雑で何処か重たいものがある関係を目の前で焼き付けられたから私は欲しているんですね。

 

 

 

 

 

 ────言葉のいらない繋がりを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「星乃さん、居ましたよ」

 

「え?ああ、本当……って愛音と睦もいる?」

 

 八幡と一緒に走りながらも楽奈のことを探していると、歩道橋で三人で星空を眺めていたようだった。楽奈の方は飽きてきているのか、手すりに寄りかかっている。

 

「あっゆいくんだ!!」

 

 一番真っ先に俺に気づいたのは愛音だった。

 

「なんで愛音と睦が此処に?」

 

「あーえっと、そよりんとはぐれちゃってさ……。ほら、睦ちゃんとか祥子ちゃんのことで色々あったじゃん?それで私だけ迷子になっちゃったんだよね」

 

「ああ、そういうことか……」

 

 帰る時間帯がAve Mujicaのライブを見ていた観客が多かった時間帯だろうし、それに揉まれた愛音は迷子になり、そよは祥子達のことで愛音がはぐれているかどうかも認識していなかったんだろうな……。

 

「それで睦は?」

 

「それがよく分かんなくてさ、さっき聞いたら夜風って言ってたから。夜風に当たりに来たんじゃないのかな?」

 

「……そうか」

 

 さっきからずっと俺に視線を向けている睦……。

 何かを期待しているのかもしれないと察した俺は愛音から少し離れて睦の方へと向かう。

 

「睦、会場でのこと大丈夫か?」

 

「大丈夫……」

 

 睦が森みなみの娘、若葉の娘としか認識されていないのは最早本人にとって当たり前のことでしかないんだろう……。

 

「私は私でいい……。結人が言ってくれた、だからあの場でも……強くいられた」

 

「睦……」

 

 そうか、ちゃんとあれは睦に響いていたんだな……。

 自分でも何を喋っているのか伝わっているのかもすら不安だったけど、意図が伝わっていたならよかった……。

 

「だからそのお礼……手広げて結人……」

 

「え?ああ……」

 

 手を広げて欲しいと頼まれた俺は手を広げると、睦が包み紙に入った飴を渡している。

 

「きゅうり味の飴……ですか?」

 

 覗き込むようにして見ている八幡。

 

「美味しいのかな……」

「不味そう」

 

 それぞれ思い思いの感想を述べている愛音と楽奈……。

 野次馬三人組を一旦無視して俺は睦にお礼を言う。

 

 

 

 

「ありがとな、睦……。それじゃあ、ちょっと舐めてみる」

 

 包み紙を開けて、口の中に入れる……。

 舌で転がして行く内になんとも不思議な味が広がっている。決して不味い訳ではない。ただ、意外とクセになりそうな味わいではある。全体的にすっきりとしているものの、最初の一口はきゅうりらしいほんのり青臭い感じがしている。

 

「どう?」

 

 俺の顔を伺うようにして睦が心配そうにしている。

 

「ん?ああ、意外とクセになる味でいいと思うぞ」

 

「……良かった」

 

 と安心しながらも口元を緩めて笑っている様子の睦。

 その安堵のあまりの笑みに俺は安心感を覚えていると、睦のスマホに着信音が鳴っているようだった。

 

「睦ちゃんスマホ鳴ってるよ?」

 

「……」

 

 無言のまま電話に出ると、徐々に声色が落ち込んで行っている。

 

「睦ちゃん、どうかしたのかな……?」

 

 愛音もそれに気づいたのか、心配してくれていた。

 俺も声を掛けようとしていたが、睦は一瞬だけこっちを見て頬を緩めていたような気がしていた。

 

 

 

 

「うん、じゃあ後でね……みなみちゃん」

 

「え!?みなみって森みな「おい、愛音」」

「あーごめんね、睦ちゃん……ゆいくん」

 

 すぐに訂正をして謝罪をする愛音。

 それに対してあのときと同様「気にしないで」と言わんばかりに首を横に振っている。

 

「電話の相手、森みなみさんでしたか。内容は今日の仮面外しの件ですか?」

 

「……ん、話があるって」

 

 電話の内容を八幡に話している睦の表情は何処か暗がりだった。

 恐らく、睦にとって森みなみという母親はあまり味方じゃないんだろう……な。なんとも、胸が痛くなるような話だが同情ばかりしている訳にも行かない。

 

「睦、何を言われても自分を持てよ。お前はお前なんだから」

 

「ん、ありがとう。それじゃあね……」

 

 

 

 

「結人……」

 

 最後には俺の名前を呼んで、睦は歩道橋を歩いて行った。

 階段の先に睦の姿は徐々に消えて行っていた……。静寂に包まれそうになっている歩道橋の中で、俺は愛音達に質問をしようとしていた。

 

 

 

 

 

 

「お前ら二人は睦と何か話してたのか?」

 

「確かゆいくんが普段どんな子なの?とかそういう話だったよ」

 

「そ、そうか……楽奈もか?」

 

 楽奈は無言のまま首を縦に軽く振っている。

 ぼやけた視界で景色を確かめるような感覚で吹き出しを頭に浮かべながらも愛音が俺に応えてくれている。睦の奴、いったい何のためにそんなことを……と疑問になっていると楽奈が俺の服を弱めに掴んでくる。

 

「ゆいと、帰ろ」

 

「あー、ちょっと待ってくれ楽奈」

 

 そのまま強めに引っ張ろうとしてくる楽奈を制止すると、不服そうにしている楽奈と帰ろうとしない俺に不思議そうにしている愛音。

 

「あれ?ゆいくん、帰らないの?」

 

「あーいや、ちょっと……待ってる奴が居てな。そいつを一人にする訳にも行かないんだ」

 

「あー八幡さんだっけ?ムジカの」

 

 俺が八幡に視線を送ると、夜風に当たっている彼女の姿があった。

 夜風に当たっている彼女は何処か寂しげだった。

 

「話を少ししたいから先帰ってくれるか?」

 

「……抹茶アイスと蕎麦」

 

「じゃあ私はクレープ!絶対忘れないでよゆいくん!!」

 

「分かったよ、分かった。ちゃんとどっちも用意してやるから」

 

 今朝方俺が提供すると話をしていたもの以外に増えていることは俺は触れることはしなかった。それについて突っ込んで楽奈の機嫌が悪くなったりしたらそれこそ大変だからな……。そして、何故か愛音にも奢ることになっていることが確定していた。まあ、クレープぐらいならいいか……。

 

「それじゃあ悪いけど先帰って……。あー、愛音一ついいか?」

 

「なに?ゆいくん?」

 

「お前豊川とか睦のことは立希や燈には話をしたのか?」

 

「あーえっと、りっきーには話したよ?」

 

「そうか、燈に話してないならいい。それじゃあ愛音、楽奈を頼むぞ」

 

 愛音の元気な「はーい!」という声がこの場所で響いたのと同時に、愛音は楽奈を連れて先に帰って行った……。二人の後ろ姿を時の秒針が進んで行ったのと同時に実感していた。

 

「今はまだ話すべきじゃないだろうしな……」

 

 とはいえちゃんと話をしなければならない、それが近い未来なのは確かなことだ……。

 

 

 

 

「とりあえず行くか……」

 

 完全に二人の姿が見当たらなくなってから俺は八幡の方へ戻る。

 

 

 

 

「良かったのですか?一緒に帰らなくて……」

 

「子犬みたいに泣きそうな奴放置できるかよ」

 

「別にそんなふうに物恋しそうに見ていた訳ではありませんが……」

 

 どう考えてもさっきまで「あーいいな、あの三人」という表情で羨ましそうにしていた奴の表情だったんだがとなっていたが、俺はそれ以上何かを説明することはしなかった。今は必要ないことだしな……。本題に入るとするか……。

 

 

 

 

「八幡、睦のことで話があるんだが……」

 

「若葉さんについてですか?なんでしょうか?」

 

 真夜中の涼しげの風のように何処か八幡の声は冷たかった。

 多分、それは彼女が人を寄せ付けたくない、過干渉したくないという意志が強いからだろうが、俺と話しているときの海鈴はそうは感じられなかった。まるで、信頼だとか繋がりだとかそういうものを欲しているようにしか見えなかったのだ。言葉も行動も……。

 

「睦のことをお前に託してもいいか?」

 

「…………言っている意味が分かりかねます」

 

 表情に出ていなかったが「冗談のつもりで言ってるんですよね?」という意志があった。実際、同じバンド仲間の人間とはいえこんなことを急にされたりしたら驚くというか呆気を取られるのも無理はない。

 

「言葉通りの意味だ、Ave Mujicaが今危機的状況なのはお前にも鮮明に分かるだろ?」

 

「それは確かにそうですが、そこから若葉さんを私に託すという話がよく分からないと言っているんです」

 

「簡単な話だ、俺は八幡海鈴が信じられる人間だと思えた。だから……Ave Mujicaと一緒にいるときはせめてお前が守ってやってくれないか?祥子一人だけじゃ無理なはず。初華は自分のことで手一杯だろうし、にゃむは無理だろうからな」

 

「意外と手を出すのが早いんですね」

 

「あのな…………」

 

 八幡の意味深な発言に俺は飽きれながらも次の話をしようとしていたところ、八幡はこう言い始める。

 

「若葉さんのお守りでしたっけ?私がそれに答えられないかもしれませんよ?」

 

「別にそれでもいい」

 

「それは私がそこまでの人間だと言いたいということですか?」

 

「別にそうじゃねえよ、ただ八幡は信じられる。そう思っただけだ」

 

「信じられる、ですか……」

 

 真剣に何かを掴み取ろうとしている八幡……。彼女は信じるという言葉に何処か思い定義を置いているようにも見える。だから、必死に考えようとしているのかもしれない自分が正しいと思える信じるだとか、信頼だとかを……。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

『それは私がそこまでの人間だと言いたいということですか?』

 

 正直な話、断るのはとても簡単なことでした。私には何の得もないですし、他のバンドだってあります。Ave Mujicaを主に置く必要なんてないのですから。ただ、彼に「信じられる」という深みのある言葉を使われたとき、彼を試してみるのも悪くないかもしれないとなって、わざと彼の反感を買いそうな言動をすると、一瞬ムッとしていましたがやはりどうしても気になって仕方ありませんでした。何故、私のことを信用して任せようとしているのか……。

 

「何故ですか?」

 

「立希の友人なら信じられる、そう思っただけだ。あいつの友人なら悪い奴じゃねえだろうからな……。どうしても俺のことを信用できねえなら、もう一度立希の奴から信頼について聞いてみることだな。最も、返って来る答えは同じかもしれねえけどよ」

 

「では、そうさせて貰いま……なにをしているんですか?」

 

「ああ、電話だよ……」

 

 

 

 

 

 

「立希にな」

 

 

 

 

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