【完結】迷子の友人は羨望する 作:シキヨ
俺と燈は今河川敷に来ていた……。
燈が俺が遠ざかって行くというあの悪夢を昨日の夜に見てしまったということもあって、出来る限り俺の傍にいたいという要望に俺も答えることにしていた。そよには悪いが、少々RINGに行くのは遅れると連絡をしておいた。怒られるのは確定事項だが、今この状況で燈を行かせる訳にはいかない。
「状況か……」
精神的に安定していないのは俺の方だろう。
燈や立希達に睦の多重人格のことや祥子の家庭事情のことを隠したままにしている。何か隠していない?と探られても答えることが出来ないこの事態は、俺が信頼している燈達に裏切っている感覚に陥っている。
「子供楽しそうだな……」
現実逃避をする為か、河原の方を眺めながらも小声でそう呟いていた。楽しそうに母親と遊んでいる姿があった。嫌なことから逃げている自分に嫌気が差しながらも、俺は歩いていると……前から二人ほど歩いている。ただ、その一人が何処かで見覚えがあるような気がしていると……。
「ましろさん?」
「結人君……だっけ?」
向かい側から歩いて来ていたのはましろさんだった。
こんなところで遭遇するなんて奇遇だな……と一旦自分の隠し事については逃げることになる。
「俺のこと覚えていてくれたんですね」
「うん、もう一人の人とすっごい騒いでたから……」
「それは……そのすみませんでした……」
変な覚えられ方をしているな、とちょっと頭を抱えていると燈が知り合い?と首を傾げながらも俺に目で訴えている。
「ああ、知り合いなんだ。前にちょっとハンバーガーショップで出会ってな」
「そうなんだ……」と反応を示している燈から視線を逸らして、ましろさんの隣の女性を見る。ましろさんの隣にいる女性は何処か大人びていて視線を奪うような女性というのが相応しいのかもしれないとなっていた。この人は雑誌で見たな……。
「あっ、えっと……。紹介するね結人君と高松さん……。八潮瑠唯さん……るいさん。モルフォニカではヴァイオリンを担当しているの」
「ヴァイオリン……」
バンドには聴き慣れない楽器だったから、燈はその名前を復唱していると八潮さんが燈の方に狙いをつけるみたいに見つめていた。
「彼女は……確かMyGO!!!!!というバンドのボーカルの高松さんだったわね」
「知ってるの瑠唯さん?」
「ええ、バンドのことは調べているつもりだから……。バンド自体も最近出来たばかりのバンドで感情のままに歌うのが特徴的なようね」
「……は、はい」
萎縮している燈に対して、俺はそれを瑠唯さんに注意することはしなかった。
何故なら、八潮さんという人がこういう人なのを雑誌で読んでいたからだ。彼女は自分を信じることが出来なかった。そして、今も出来ていないと語っていた。でも、それでもモルフォニカというバンドが彼女のことを引っ張ってくれていると語っていた。そういう深い根っこの部分がある話は俺はとても話として嫌いじゃなかった……。だから、いつものように燈の騎士にはならなかった。
「そういう感情任せの歌い方はあまり共感は出来ないけれど……貴方は貴方なりに頑張っているようね」
「え?は、はい……あ、ありがとうございます……」
意図は燈には伝わらなかったけど、多分燈の目を見れば気づけていたとかそういう奴だろうか……。と勝手に都合のいい解釈をしながらも俺は河原の方へ視線を向けると、先ほどの子供が居なくなっていた。
「あれ?」
「どうしたのゆいくん?」
俺の様子がおかしいことに気づいたのか、燈も河原の方へ意識を向けていた。
「いや、さっき子供が居た気がしたんだが……!!?」
もう家に帰ったのだろう?とどうでもいいことを気に掛けていると、川の方に視線を送るとそこには溺れている子供が居る……。
「マジかよ……!!」
俺は驚愕しながらも河原の方へと降りて行ったのと同時に八潮さんの声が聞こえて来る。
「……なにをするつもりなの?」
「助けるんですよ!!」
声と意志は同じ方向を向いていたが、俺の体は震えていた。
当然だろう。誰かを助けるという行為をするにしても、これは幾ら何でも危険すぎる。救助隊、もしくは誰かが手伝ってくれるのを期待して……。いや、それじゃ駄目だ。子供が死ぬ。今、此処で気づけている俺が助けなきゃ意味がないんだ……。勢いよく、川の中へと飛び込むという他人から見れば無鉄砲な好意をしていたが、打算がない訳じゃなかった。
此処の川はゆるやかで流れが遅い。
更に俺の服装は半袖ということもあって、重たい訳じゃない。だから、必ず子供を助けれられるとなっていたけど、俺は恐怖していた。怖かったんだ、思ったより重いこの川という世界の中に自分が全く知らない世界の中を体験させられているような感覚になるが、俺はそれでも進むという選択肢を選んだ。自分の命よりも他人を優先するなんて行為は危険だというのは承知の上だった。それでも……。
「助けたいんだよ……!!」
叫びながらも、子供の腕を掴んでそのまま河原の方へと目指す。
溺れていた距離からはそう遠くない場所だった為、俺は焦ることなくゆっくりと進みながらも……最終的には……。
「キミ、大丈夫か!!?」
駆けつけてくれていた大人達によって俺と子供は引き上げられていた。
なんとか子供を助けられて俺はホッとしながらも、大人達からはこう声を出される。
「キミ、危ないことをあんまりするんじゃない。もう少し誰かを来るのを待つとかそういうことを……」
正論ではあるが、俺は謝罪ということを出来なかった。
そのまま、近くに来ていたのだろうか母親が救急車に乗って子供と共に向かって行った。お礼をされていたけど、俺は今それを受け取れるような気分じゃなかった……。恐怖心が抜けないまま、手を震わせながらも「はぁ……はぁ……」と呼吸を荒くしていた。
「ゆいくん……大丈夫?」
「ゆ、結人君……大丈夫?」
燈の声、ましろさんの声がしているなか俺は八潮さんの方を見ると何か物申したそうにしている彼女の姿があった……。暫くすると、救急車も大人達も消えていた。静まり返ったこの河川敷の中でどんよりとした空気が漂っていると、八潮さんがこう口を開いていた……。
「星乃結人さんだったからしら……?いいことをしたって満足そうにしているけど、貴方のそれは優しさではないわ。それはただの傲慢よ」
傷跡を残された体……そんな感じだ。
傲慢……。俺は今まで自分がそれを当たり前のことだと認識していてやってきていたつもりだった。俺がやらなくちゃいけないから、誰かがやらなくちゃいけないから。そう思って生きてきたのにそれが否定されたような気分だった。
「貴方のことはよく知らないけど、先ほどの子供を助けた行動からしていつもそのようなことをしているようね?」
「それが……なんですか?」
自分の中に眠る邪念、怒りを抑えつけている。
今にも衝動のあまり、それが解放されそうになっていて仕方なかったんだ……。
「それで何度も上手く行ったことはあったでしょうね。でも、その優しさを振りまいた結果、誰かを傷つけたり不幸にしたこともあったんではなくて?」
「なにが言いたいんですか?」
自分の長所とまで言われていた、すぐに謝るという行動はこのときもう既に頭のから消え去って行った。自分の存在まで否定されているような気分になっていたから、頭に血が上っていたんだ。
「簡単な話よ、倉田さん。貴方の隣にいる高松さんをこの二人を不安にさせて心配にさせたのは貴方自身ではなくて?」
「ッ……!!」
反論することなんて出来なかった。
俺は顔を目線に入れないでいたが、燈が悲しそうにしてるのがなんとなく届いている。ましろさんが不安そうにしてくれていたのも知っている。それでも、俺は今更自分を曲げることなんて出来なかった……。だから言ってしまいそうになっていた……。
「俺はただ……当たり前のことを当た……」
『言葉ってのはまじないとか意志だとかそういうものも込められてるって俺は思う』
自分の拳を力強く握り締めて意識をはっきりとさせる。
違う、俺はこれを言い切ったら駄目だ。これを口から出すということはつまり……。
『さっきゆいくんが言葉の意志とか言ってたじゃん?それってさ、行動でも出来るんじゃないかなってちょっと気づいたの。ほら、実際に「助けたい」と思っている人に、ただ「助けたい」とか口にするんじゃなくて行動で示すことが出来れば、人はより人のことを信じられる的なみたいにさ』
愛音に言い放った言葉と……愛音が教えてくれた言葉を別のものに変わってしまう。
そうなったら、どうなるかなんてのは明白だ。自分の意志が無くなって、歪な優しさを振り向くだけの正義感マシーンになるだけだ。それにずっと囚われ続けて、頭の中ではそれを愛音のせいじゃないとなっていても俺は愛音のことを恨み続けることになるし、言霊を怨霊としか考えられなくなる。俺は全部愛音に押し付けて逃げようとしていたのかよ……。
「クソ最悪だな、俺は……」
唾を河川敷の草むらの中に吐きたくなるほど自分に嫌気が差していた。
頼りになると思っていたあいつとの会話を全部悪意に変えてしまうところだった。いや、それだけじゃないだろう。
『お前のすぐ受け入れて呑み込んでちゃんと謝れるところとか、いいところだと思うし底抜けなく馬鹿みたいに明るいところは……嫌いじゃないから』
『ありがとう、私に手を差し伸べてくれて……。私が落ち込んでいるとき、手を差し伸べてくれて……馬鹿みたいに優しい結人君に本当に感謝してる』
そよや立希が俺に感謝してくれていたことすら都合のいい解釈をして俺は自分で潰そうとしていたのかと思うと反吐が出て来てしまう。
『ゆいとのこと、絶対連れてく。それでいっぱい泣かせる』
楽奈のあの発言……。
俺がMyGO!!!!!が好きだということすら重荷に変えてしまう。なにより、俺が今一番危惧しているのは……。
『だから一緒に前に進んで行こう?結人君?』
一緒に進むと背中を押してくれた燈の発言に救われていたのに、燈が俺に感謝していることを全部放棄してそれを捨てようとしたら、今までの関係が壊れるに決まっているだろ。迷子でもいい、迷子でも進め。そう教えてくれたのは燈自身だろ。だったら、今俺が選択するべきなのは今までの行動を鎖に縛り付けるんじゃなくて、今までの記憶と記録を悪いものにするんじゃなくて……。
「すいませんでした、八潮さん……」
どの記憶も鮮明に思い出すことが出来ていた。それはきっと俺にとってどれも替えなど効かない大事な思い出だからだ。そう、こういうものを悪いものにしていくじゃなくて、大事なのはいいものにしていくことなんだ……。穢れたものにしたくなかった。そして、俺の中で今一番辛くて仕方なかったのは……。何度も何度も……。この耳を通して鼓膜に入って来ていて、心地よいものだった。
『ありがとう……
いつも俺に感謝してくれていた燈自身のお礼だった……。
自分の行いを正当化させる為に燈のお礼を消えない呪印にしてしまうところだったんだ……。それだけは俺には嫌だったんだ。あいつがくれたものを全部ぶち壊すということだけは……。
「先に重たい感情を向けて来たのは、俺か……」
その言葉は風と共に去っていくことになる。そうだな、その通りだなそよ……。
俺は両手では掴み切れないほどのものをあいつらに持っていたのかもしれない。でも、それでいいんだ。俺はあいつらと進むと決めたんだから。
「素直に謝罪をしてくるとは少々驚きね、どういう風の吹き回しかしら?」
海の浮かびながらも空を眺めながらも自分の回想に浸っていると、俺の謝罪に対して意外そうにしている八潮さん……。
「……いえ、謝罪をしたいというよりは俺は八潮さんに感謝しているんです」
「感謝……?」
「ええ、俺はさっきまで自分を見失いそうになっていました。きっと誰かに指摘されることが無ければ、きっと俺は壊れた先の人間になっていたかもしれません。それが、八潮さんのおかげでなんとか踏み止まれた。だから……」
「ありがとうございました……!!」
深々と頭を下げた後に、今度は八潮さんの表情が視界に入れることが出来ていた。
さっきまで誰の顔を確かめることも出来ていなかったが、八潮さんの何処か大人びた顔立ちがはっきりと視線に向けられていた。
「可笑しなことを言うのね、私は貴方のことを侮辱したのよ?」
「最初は俺もそう思っていました。俺の大切な奴が教えてくれた、当たり前のことを当たり前にしようとしている。それだけだって叫ぼうとしていました。でも、違うって踏み止まれたんです」
徐々に弱くなっていた握り拳を再度握り直し、俺は自分が今強くあろうとしているのがなんとなくそれっぽく認識出来ていたけど、それを悪いとなることはなかった。寧ろ、今は気張らないと駄目だったから……。はっきりとした意志で自分の意見を述べなくちゃならない。
「それは何故?」
「今まで積み上げて来た言葉の意志って奴だと思います。記憶ってのは大事なことをいつも脳に残してくれている。それが忘れていることがあっても、心に残ったものってのはそう簡単に消えるものじゃないんですよ。だから、それのおかげで踏み止まれたんです」
「感情のおかげと言う訳ね、それは時として破滅の道になることもあるわ」
「……そうかもしれません、感情ってのが正しいだけじゃないのは俺も覚えがあります。繋がりが深い人間を時に傷つけてしまうこともある。でも、俺は嫌いじゃないんです。そういうのって……だって」
「人間らしいじゃないですか」
前に俺は海鈴相手に人間讃歌という言葉を使ったことがある。
それと似たようなことを今言っていたが、思えば俺が反転させようとしていたものはMyGO!!!!!の奴らに投げたものばかりじゃないんだろう。多分一番俺の認識を改めさせてくれていたのは……。
『ううん、そんなことないよ。そうやって当たり前のことを口にするのって凄く大切なことだよ。本当結人には色んなことを教えられてばっかりだなぁ……。ありがとうとか、嬉しいとかそういう小さな言葉の積み重ねでもそれはきっとそうなんだよね?』
初華だったんだ……。
あいつは、俺に五感の大切さ。身近にあるものを教えてくれていた。俺は少なくとも、あいつのことを友人だと認識しているけど、正直あいつも俺のことを友人と認めてくれていたら嬉しいとなっている自分が居てしょうがなかった。
「本当、自分で全部ぶち壊すところだった……」
自分のことが嫌になりながらも、戸山先輩から受け継いだ「キラキラドキドキ」すらも変な解釈をし直してしまうところだったと猛省しながらも俺は現実の世界に戻って来ると、八潮さんに投げられていた。
「それは感情論ね、一概に正しいとも言えないわ」
という問いに対してこう答える。
「感情論だって、なんだっていいです。俺は進むと決めた。隣に燈達が立ってくれるなら、それで進めるから。ただ、貴方が言っていたように俺は傲慢過ぎたのかもしれません。だからこれからは……」
「
立希……。
俺もお前と同じだった。誰かを頼りたい、誰かを頼りにしたい。そういう気持ちがあっても、それをしたらダメだと言う感情が中にあってしまう。それを違うよとしてくれたのはお前自身と燈だったのに俺は心の何処かでそれすら投げ入れてしまいそうになっていた。だけど、これからは違う。解決できなければ、俺は誰かを頼る。そんで自分の中で答えを出す。それで行くつもりだ……。
「自分を変えはしないということね、それは修羅の道になるわよ」
「構いません、元々自分の自業自得で地獄のような道を突き進んできました。……だから、どれだけ傲慢だとけ険しい道だとしても俺はこれからも自分を曲げるつもりはありません。でも、変わってはみせます」
「矛盾しているわね、曲げるつもりはないけれども変わってみせるなんて」
「ええ、俺も笑っちゃうほど矛盾していると思います。でも、俺が掲げるにはこれがちょうどいいと思うんです。当たり前のことを当たり前だと言ってくれた奴がいてくれたから、俺に助けられたと言ってくれた奴らがいたから、そして……五感を通して得れるものを教えてくれた後輩がいたから」
「俺に……当たり前のことをありがとうと感謝してくれる奴がいたから、だから燈……」
「いつもありがとう」
やっと隣にいてくれている燈の表情を見れていた。
俺はずっと燈が今どういう顔をしているのか不安で仕方なくて視線を合わせることが出来なかったが、今は違う。はっきりとした覚悟を持って俺は燈の方を向きながらも、背中に手を回して自分の方に寄せ付けてそのまま……抱いていた。
「ごめん、燈心配掛けて。俺馬鹿だからこうやって抱いたり頭撫でたりして不安落ち着かせることしか出来ないけど……本当にごめんな」
「いいよ、ゆいくんは私にとってのヒーローだから……」
言葉、か……。
やっぱり、凄くいいもんだな。目を瞑りお互いの心臓の鼓動を確かめていると、俺は一瞬だけましろさん達の方を見ると、ましろさんが慌てふためきながらも顔を赤くしているのに対して、八潮さんは溜め息をついている。
「見せつけてくれているところ悪いけど、やるなら人がいないところでやってくれると助かるわ」
「ご、ごめんなさい……」
顔を真っ赤にさせながらも燈が離れて行ったのと同時に八潮さんに謝罪をしていた。
俺もそれを指摘されて、恥ずかしくなって二人に深々と謝罪をすることになっていたのと同時に羞恥心を隠しながらもて八潮さんにこう告げる。
「八潮さんって厳しい人ですけど、優しい人ですね」
「……今度は何を言いたいの?」
「いえ、初対面の俺にこうまで忠告してくれて優しくしてくれるなんて中々ないだろうなと思ったんです。そのおかげで俺は目を覚ますことが出来ましたから」
「女性の前で異性を抱きつく……先ほどのような光景を見せられた後では幸先不安もいいところね」
とんでもなく痛い所を突かれて声が出なくなってしまう俺。
こればかりは否定することが出来ない……。
「……それでも、貴方の意志は充分に伝わったわ。意志を曲げずに、意志を変える。とても興味深い矛盾も聞かせて貰ったわ。だけど、一つだけ最後に質問することにするわ」
「貴方の優しさで身を滅ぼすことになった人が居たとしたら、貴方はそれをどうするつもりなの?感情なんてくだらないもののせいでそうなった場合、貴方はどうするの?」
「俺が救います。救って、俺が背中を押します。ただ、それは今まで通り
「
昔、こんな言葉を耳にしたことがある。
自分一人の力じゃ駄目なら誰かの力を借りればいい。二人でダメなら、三人で……。それ以降もずっと続いて行くこの言葉は確か毛利元就の逸話を起源とされている内容だったはず。そういうものの知識もあって、俺はこう答えられていた。
「そう、貴方はそう選ぶね。感情をそう掴むのね……。いいわ、好きにやってみるといいわ。貴方のその理想論が何処まで正しいのか」
「はい、そうさせて貰いますよ八潮さん!!」
俺はこの日決めた。
もう自分の力だけじゃない、誰かを頼ることにした。それが例え険しい道だとしても、山々を上るときの岩場を降りるときの気分だったとしても……。俺は変えたりしない。
「それでは八潮さん、ましろさん……いつかモルフォニカのライブ見に行かせていただきます!!!」
と二人にお別れを告げて、それぞれ反対側を歩き出して行ったのだが……誰かが後ろから走って俺達のことを追いかけてきている足音が聞こえて来て振り返るとそこにはましろさんが立っていた。
「ましろさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫……」
息を荒くしながらも、ましろさんが俺達の前で手を膝に付けていた。
「それでましろさんどうかしたんですか?」
「あーえ、えっとね……そのるいさんってモルフォニカの練習とかで透子ちゃんとちょくちょくいざこざがあったり……。あっ、透子ちゃんっていうのは同じバンドの桐ヶ谷透子ちゃんで……。それで練習とかも凄く厳しいけど、その本当は優しい人なんだ……」
ましろさんの口調は何処か柔らかくて優しいものだった。
バンド仲間だからこそなのかもしれないが、固い絆で結ばれている。そういうものがあるのかもしれないと俺は察しながらも頬を緩ませていた。こういうのが嫌いじゃないから……。
「さっきのだってきっと……結人君のことを試したかったんだと思う」
「試したかったですか?」
「うん、るいさん自身が感情に翻弄されたくないと抗ってた時期もあった。きっと結人君が自分の正しい心って言うのかな?それに抗おうとしているように見えて試そうとしたんだと思う。結人君の当たり前っていうのを……」
膝に置いていた手を腰辺りに宙に浮かせながらも、立っている姿勢に戻っていた。
まだ息を荒くしていたがそれでも彼女は八潮さんがそんな悪い人じゃないというのを教えてくれていた。
「だからその……あんまり気にしないでね、もしるいさんのが気に障っていたらごめんね」
「ましろさん……」
知らなかった。
いや、知る由もなかったことだろう。八潮さんがそういう人間だったということを……。雑誌だけでは把握できないようなその記憶は八潮さんにとって嫌なものだったんだろうと俺は浸りそうになりながらも強い決意を胸に秘めさせていた。
「そこは俺も分かっています。多分、俺が無茶し過ぎていたからあの人はちゃんと警告してくれていたんだということも……」
「そ、そっか……あ、後ね……」
「変わることって……凄く難しいと思う。私はモルフォニカがあったから、なりたい自分になれない怖さを知れた。でも、なりたい自分になりたい気持ちを教えてくれたのもモルフォニカだったんだ……。結人君の場合……自分を曲げずに自分を変えるだったけど、それってかなり難しい事だと思う。……私はなりたい自分に変わろうってなれたけど、これだけは覚えて欲しいんだ。何かを変えたい、曲げないでいたなら大切なのは……」
「自分を信じることができることが大切だって……」
その話はまるで物語を読んでいるのかのような共感性があった。
決して軽いものではなかった。一語一句にこれまでのバンドの重たいものを感じさせてくれている。恐らく、これまできっとましろさん達は今まで楽しいことばかり、嬉しいことばかりじゃなかったんだろう。辛いことも大変だったこともそういうことを乗り越えることが出来ていたんだろう。すげえなバンドの人達ってこういう人ばっかなんだろうか、と俺は尊敬の目をましろさんに向けながらも……。
「ありがとうございました、ましろさん」
「え?いやいや、私はその……結人君に説教みたいなことしっちゃっただけで別にそんな……」
「いえ、それだけではなくて……。俺の隣にいる燈がCRYCHICってバンドに入れたのは間接的に言えば貴方のおかげなんです」
「私のおかげ?」
ましろさんが頭に吹き出しを出しているようだったが、俺は話を続ける。
燈の方は豊川から聞いていたのか、何処か知っているような素振りもあった気がしていた。
「簡単に話をするんですけど、元々豊川祥子って奴が貴方のバンドの見学をしに行ったときにバンドをやりたいってなれてそれでCRYCHICってバンドが出来たんです。たった一度のライブで俺はそれに来れなかったんですけど、多分そのCRYCHICを通してそれぞれのバンドメンバーにいい思い出もあったと思うんです。だから、お礼を言わせてくださいましろさん……。俺は言える立場じゃないかもしれませんけど……」
「いやいや、そんな……そんな気にしなくていいよ。でも、そうなんだ。私のおかげでバンドを始めてくれた子が居たんだ。言葉的に解散しちゃったのは悲しいけど、なんだか嬉しいな。そうやって影響を……受けてくれる子が居るのって……」
解散したのだろうとすぐに気づいたましろさんは少し複雑そうにしながらも、嬉しそうにもしていた彼女にとって自分のおかげでバンドを始めてくれたというのが希望にもなっていたに違いないとなっていたのと同時に俺はこの話を出来てよかったとなっていた。
「それでは、ましろさん……俺はこれにて失礼します。ただ、もし……また何か迷い事があればそのときはそいつと一緒にライブを見学させて貰います」
「うん、楽しみにしてるよ……。後、結人君……シャワー入った方がいいかも、匂いが凄く……川の匂いするから」
「えっ!!?あっ、す、すいません……!!どっかでシャワー浴びて来ます!!」
自分が子供を助ける為に川に飛び込んだということを思い出した俺。
自分の服や肌の匂いを嗅いでみれば確かに変な匂いがする。俺はこのまま燈に抱きついたのかとなると、嫌な気分になっていたが渇いた笑みで俺はましろさんに反応を示していた。
「それではましろさん……」
「うん、ライブに来てくれるの楽しみにしてるね。高松さんもこれからのバンド……頑張ってね」
「は、はい……!」
燈は声を高くしながらも、返事をしていた。
多分だけど、何か労われるとは想像していなかったんだと思う。
「それでは今度こそ……ましろさん……」
と俺はましろさんに告げて燈と共に歩き出していた。
モルフォニカのあのバンドも今まで色んなことが今があるバンドなんだろう。そういう積み重ねもある意味、繋がり……なのかもしれないな……。お互いに反対側を歩きながらも、俺達はそれぞれの進むべき道を歩き出そうとしていた……。
「はぁ……さっぱりしたな……」
それにしても……俺はあのドブの匂いのまま、燈に抱きついていたのかと思うとかなり罪悪感がある。きっと、燈も臭かったのを我慢してくれていたんだろうなと若干自分で傷つきながらも、俺は銭湯から出て来て休憩所の椅子に座って紙パックの牛乳を飲んでいると、燈が隣にやって来ていた。
「燈も牛乳飲むか?」
提案すると、首を縦に振ってくれていた。
それからして、俺は立ち上がって自販機から出て来た牛乳を燈に渡していた。
「燈……その俺臭かっただろ?」
「えっと……そのあんまり気にしてなかったよ?」
これは多分、割と臭かったという反応だろうなと俺は若干更に傷つくことになる。
自分の傷心を落ち着かせる為にも、牛乳を飲んでいると燈が軽く牛乳を飲んだ後に口を広げる。
「えっとね……さっきゆいくんが傲慢だって怒られてたけどね。私はゆいくんの優しさ凄い好きだよ?暖かくて、日の光みたいで眩しくてそういうところが本当に好きなんだ……。いつも傍に居てくれて物知りで、ヒーローみたいなゆいくん……が好きだよ?」
「俺も燈のことが好きだ……。その……俺は燈のおかげで変わることが出来た。突き離しても、何度も諦めないで一緒に隣を歩いてくれようとしてくれる燈が居てくれたから俺は助けられた。それが劣等感に繋がっていた時期もあったけど、今は違うって断言できるんだ。だからもう一度、言うけど……」
「俺は燈が好きだ」
八潮さんのおかげなのか、ましろさんのおかげなのか……。それとも二人っきりしか居ない空間だからなのかは知らねえ。俺はもう自分の気持ちに素直になってしまっていた。今なら本気で、愛音の飛びぬけた行動力、立希の仲間思いなところ、そよの面倒見のいいところ、楽奈のギターへの熱意を褒めた後にそれぞれに対して本当に「好きだ」と狂いそうになるほどあいつらに対する思いが強すぎる。これがかなり歪んでいるのは分かってる。でも、もう俺はこいつらに滅茶苦茶複雑な感情を抱えてしまった。だから……。
「ゆいくん……」
「燈……」
お互いがお互いの鼓動を確かめ合いたい、触れあいたい。
そんな情熱的なものに魅入られてしまいながらも、お互いの顔を近づけていた……。
「牛乳の味したね……」
「だな……」
お互いに初めての体験をしながらも笑い合う。
少しずつ顔を離して行こうと思ったが、燈が至近距離で俺にこう言ってくれていた。
「一生忘れない……よ?」
「俺もだよ……」
再びお互いの顔を近づけながらも今度は目を瞑った状態でしていた……。
──そして、やはり残っていたのは……牛乳の味だった。
でも俺はこれを一生忘れるつもりはなかった──。
なによりも俺は決めていたことがあった。
俺はもうあの二人のことを燈達に話そう、と……。