【完結】迷子の友人は羨望する   作:シキヨ

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また傘を差せなかった…

「二人共、お帰り!随分長かったじゃん!」

 

「まあ、その……色々話してたからな」

 

 愛音の元気いっぱいな声に俺が受け答えをすると、立希は無言でいる。

 何か気づいたのかそよは心底嫌そうに溜め息をついている。これは間違いなく変なことをしていたと見抜かれているな……。

 

「それで……人誑しな結人君は話すことがあるんでしょ?」

 

 関係者側の扉の先から戻って来た立希がRING内でのバイトの仕事に戻りながらも、俺の話に参加する姿勢になっていた。

 

「ああ、そうだな…‥まず何から話すべきか……」

 

 どちらの話もとても重たいものだ。

 こんな綺麗なカフェでするような話ではないが、此処でするしかない。とは言え、現状解決の意図が見えている祥子の家庭事情から話をするべきかもしれないと思った俺はその説明をし始めることにする。

 

 

 

 

 父親である、清告さんが168億の不動産の詐欺に遭い失脚され家を追い出されたこと。現在はアパートで豊川と一緒に住んでいること。最近まで、酒浸りで俺がそれを助けたと言う話……。そして、今は改善の兆しが出て始めているということも……そういう話を全部すると元CRYCHIC組の燈、立希、そよの空気は重苦しいものになっている。こうなるのは分かっていた……。だから、話をしたくなかったんだが……。

 

 

 

 

「でも、祥ちゃん……。前を向いて歩けるように……なったんだよね?」

 

 まるで重力が重い世界に居る感覚に陥っていた中で声を出していたのは意外にも燈だった。

 こういうところでも燈の成長を感じられるようになったのは少しばかり嬉しかった……。

 

「ああ、親父さんは光に歩み出そうとしているみたいだからな……。だから、必ず大丈夫だとは言えねえが祥子の方も光に、な」

 

 信じたいとなってる自分がいてしょうがなかったというのは事実。だが、あそこまで来れたのなら後はもう時間の問題だろう……となりながらも俺は一旦自分の鼻に触れながらもこう考える。

 

 

 

 

「さて、もう一つの方はどう話すべきか……」

 

 声に出しながらも俺は迷っていた。

 睦の多重人格の話となると困惑も増えて来る。今にも指を噛みたくなる気分になりながらも、俺は睦について話す決意を固めつつ床にしっかりと足を付ける。

 

「もう一つの内容は俺の憶測が多いと思う。ただ、これは睦に起きている現実だと受け入れてくれ」

 

 全員から強い視線を受けながらも俺はあくまでも自分の憶測とモーティスからの言葉を信じて話を始めていた。最初に、語ったのは睦が多重人格という話から始めると……。

 

「どういうこと、睦ちゃんが多重人格って……」

 

 椅子から立ち上がって力強くテーブルを叩いたのはそよだったが、俺はそよ相手には徹底的な証拠がある為、それを突き付けようとしていたが頭の中で違和感を生じる。

 

「モーティスにそんなことが出来るのか?」

 

 もし、モーティスがそよに怯えるような事を言ったとした仮定しよう。

 豊川のことは完全に嫌っているようだったが、他のCRYCHICの奴らについては特に嫌っているとかそういう言及をしていなかった。なら、そもそもモーティスでも睦でも誰かがあいつのことを怯えさせたということになるのか?でも、モーティスの奴は今は人格が二つしかないと……。いや、待てよ……。

 

「結人君、いつまで黙ってるつもりな訳?質問してるんだけど?」

 

 こう怒りたくなるのも無理はない。

 そよにとって睦は同じ月ノ森の人間で友人……。交友も深かっただろう。だから自分に覚えがあったとしても自分の友人をそんな風に言われるのは我慢ならない……。本当にこういう話をするとしたらこうやって対立することになるだろうから俺は避けたかった気持ちもありながらも、真っ向からぶつかろうともしていた。

 

「……悪いがそれについては副人格のモーティスから言及されたのを教えられたから事実としか言いようがねえ。それとお前が出会った睦だと思わしき人物は多分……別の人格の睦だ」

 

「どういうこと?結人君、さっき別の人格は一つしか居ないって言ったよね?それって今は二重人格ってことでしょ?」

 

「ああ、あくまでも()()()()はな……これはあくまで可能性の話になるが多重人格ってのは場合によっては奥に封印された人格を再び呼び覚ますことが出来るらしい。例えば、幼少期の睦を呼び戻して再び表に出すなんてこともな……」

 

 視界に愛音を入れると、俺が多重人格の話をした辺りから「あれって睦ちゃんの話だったんだ」と小声で言っている声がする。お前のおかげでモーティスとの会話が出来た。俺は心の中で「ありがとう」と感謝を示す。

 

「じゃあなに?私が話したのは知らない睦ちゃんってこと?」

 

 そよ特有の指弄りもしていることもあってか、明らかに苛立っている。

 

「ああ、その可能性もある」

 

「結人君、さっきからそればっかりだね。可能性はある、可能性はあるって……。まるで全部自分の妄想で話しているように聞こえるけど?」

 

「だから言ったろ、これは推測でしかねえって……。俺は多重人格でもなんでもねえ、だからあいつのことなんて分かったとしても奥底まで分からねえけど……」

 

 

 

「寄り添うことは出来る。だからこうして、今話している内容であいつのことを纏めようとしているんだ。とりあえず今は黙って話を耳にしてくれ、そよ……」

 

 此処で詰められているようじゃ、これ以上会話が出来なくなる。

 今から必要になってくるのは睦が多重人格であるというその証言なのだから。

 

「分かった……」

 

 不満はあると顔に出ているが、抑えてくれたことには感謝しなかった……。

 

 

 

 

「楽奈、一つ確認したい」

 

 今度は楽奈に話を振ると、首を傾げながらも「なに?」と疑問を浮かべている。

 

「お前は前に俺に睦のことを尋ねたとき、言葉通りと言っていたよな?それはつまり、多重人格と認識していたってことか?」

 

 首を縦に振りながらも、即答している。

 どうやらあれは本当に多重人格だと気づいていたようだったらしい。

 

「理由は俺が映像で見ていたCRYCHICのギターの音声から感じ取ったのか?」

 

「うん、あの睦の演奏……と一番最初に話をしていた睦の中に違うのがいた」

 

「……凄いな、お前」

 

 本当にどういう才能があったらこういうのに気づるのかとなっていたが、楽奈の祖母は音楽経験が豊富ということらしいから、そういう心からの音楽の音色というものがすぐに伝わって来るのかもしれない。それを日常会話だけで知り得るのも凄いが……。

 

「はぁ……なんか頭痛くなってきたんだけど……。それで野良猫が最初に気づいてたのまでは分かるけど、他に確証はあるの?」

 

 実際に頭を抑えながらも、立希が言葉に詰まらせながらも話をまとめようとしてくれていた。

 

「えっと……その実は……」

 

「どうしたの燈?なにかあった?」

 

「えっとね実は立希ちゃん……。そのちょっと前に……睦ちゃんと話をしたんだ」

 

「それって俺が此処で歌ってたときか?」

 

「そこじゃなくて……愛音ちゃんと二人で睦ちゃんのことを送ったときにゆいくんとどういう関係って質問されたの。私はそれで大切な人だよって答えたら……好きなの?って……」

 

 俺がRINGでバイトを続けている間にそんなことがあったのか……。 

 それにしても、睦の奴いったいなんの為にそんなことを……。モーティスならそういう話に興味はありそうかもしれないから、あいつという線は考えられるが……。

 

「あっ、それじゃないけど思い出した!!確か、私も楽奈ちゃんも武道館のライブの後、睦ちゃんにゆいくんのこと聞かれたって話したじゃん?その中でゆいくんとどういう関係なの?って……。楽奈ちゃん、覚えてるよね!?」

 

 燈に続くようにして、愛音もまたその質問をされたと反応をすると、楽奈が声に出さずとも「そうだったかも」となっている。それだけで少なくともこの場にいる三人が俺に関して聞き出されたということが判明していた。

 

「質問いい?結人君」

 

「ああ、いいぞ……」

 

「一つ尋ねるけど、此処まで聞いていて凄い嫌だけど睦ちゃんの中で何かが大きく変わっていることは分かった。私もそれを目の当たりにしたから……。その上でもう一度これを投げるけど、結人君はいったいなにをしたの?睦ちゃんに」

 

 改めて思う。言葉は呪いにもなる、と……。

 あのとき、そよに問われたときは自分の中で答えが出なかったが、間違いなくあれが原因だと今なら断言出来てしまうのは自分が冷静になれていたからなのかもしれないのと同時に自分の罪の意識が芽生え始めていた。

 

 

 

 

『お前はお前なんだから。若葉の娘だとか、森みなみの娘だとか言われても気にすんなよ。お前は睦、()()()()()()()だろ』

  

 あれが原因そのものだったんだ……。

 あの言葉で睦は強くなれることが出来たけど、呪いにもなってしまっていたんだ……。

 

『私は私でいい……。結人が言ってくれた、だからあの場でも……強くいられた』

 

 あのときはただ俺は喜びを感じていたが、今にしてみれば最近の睦はやたらと笑みを浮かべていた。それすらも怪しかったんだ。本当に何の因果だろうが、こうして迷信を信じていなかった俺が呪いにしてしまったんだから……。俺が全員に説明をし始めようとしたとき、ポケットに入れてあるスマホから振動がする。誰だろうと思って、俺がスマホを取ると知らない電話番号だったが、気になった俺は……。

 

 

 

 

 

 

 

「この電話番号、誰か知ってるか?」

 

「それ、多分……海鈴だと思う。あいつにお前の連絡先教えろって言われたから」

 

「海鈴……?」

 

 立希の説明を聞いた俺はすぐに電話に出ていると、立希が真剣な表情を俺に向けている。

 

「すみません、少々取り込み中でしたか?」

 

 強風に吹き荒れている音がしている、外にでも居るのだろうか……。

 

「いや、大丈夫だがどうかしたか?」

 

「一応貴方に報告をしておきますが……」

 

 

 

 

「豊川さんからの連絡が途絶えました」

 

 それは予想もしていていなかった情報……。

 何度聞いても同じ答えが返って来るのは間違いないと判断した俺は復唱させることはしなかった。なにより覚えがあってしまったという恐怖感があった。それは今日の朝、念のため豊川宅に訪れたとき、清告さんから「祥子が具合が悪くてね」と言及していたことがあったからだ。

 

「何度か掛けたのか?」

 

「はい、もう四、五回は掛けていますが電話に出ることはないです」

 

「今日はムジカとしての仕事は入ってるのか?」

 

「テレビの取材が何件か入っていますね、仮面外しの件もあって私達は注目の的。こういうことになるのも仕方ないと思います」

 

 テレビの取材が何件も入っていて、尚且つ豊川がその取材を放棄した形……。

 幾ら何でもこれはマズすぎるとなっていた俺は海鈴にこう切り出す。

 

「誰か他に同行したりするのか?」

 

「三角さんですね、若葉さんも居ましたが今は分かれて探しています。祐天寺さんは先ほど電話をしましたが取り込み中のようで来れないそうです」

 

 取り込み中……?という単語が気がかりで俺は小さく「ん?」となっていたが、今はそれよりも豊川のことが最優先にするべきだと判断しながらも、こう切り出す。

 

「海鈴、俺が豊川の住んでいる家を知っていると言ったらどうする?」

「おや、もうそこまで根回ししているのですか?」

 

 即座に反応をする海鈴……。

 こういう話題には本当噛みついて来るよなと俺は若干呆れ気味に肩を落とす。

 

「…………揶揄われているようにしか聞こえねえよ。後で住所を送っておく、俺も合流するからな」

 

「揶揄っていますよ。……分かりました、それでお願いします」

 

「じゃあ、また後でな……」

 

 と言って電話をすぐに切る。

 まさか豊川の奴がこういう事態になるとは本当に考えもしていなかった。あいつはあいつなりの信念というものがあってAve Mujicaをやっているんだろうとなっていたが、よく思い出してみればあいつがそもそもバンドをやっているのかなんてのは俺は今まで知る必要のないことだと決めつけていた。と言うよりは、あいつが喋りたがらないで居たから俺から何かを情報を得ようとすることはしていなかったがただ間違いなく……。

 

「清告さん絡みだろうな……」

 

 あの人は最近まで酒に溺れていた。

 自分が溜め込んでしまっていた負債が原因で自分が駄目な人間だという刻印でそれで納得させていたから、豊川がこれまで何度も一人でなんとかしようとして来ていたんだろう。そして、そのAve Mujicaもあわよくば自分が頑張っている姿で自分の父親が立ち直ってくれるかもしれないなんて淡い期待を描いていたのかもしれない。

 

「自分、一人か……」

 

 頭の中で色々並べていると、それはつい最近八潮さんに指摘されたようなことと似ているような気がしてならなかった。俺はあの人に大切なものを学ばせて貰った、それはましろさんからにもだ……。

 

 まさかあんな偶然の再会、出会いで俺の道を改めて変えることになるなんて想像も出来なかったけど、些細な言葉が響くことなんてのも充分にある。それが言葉って奴だろうな……と一瞬愛音を目で追うと彼女が俺の電話になにかあったのだろうかと心配そうにしている。

 

「悪いが睦に関しては保留にしてくれ」

 

 物凄く嫌な予感がしている。胸騒ぎがすると言うべきだろうか……。

 

「……ゆいくん、祥ちゃんに何があったの?」

 

 一番先に俺に声を掛けて来ていたのは燈だった。

 豊川のことが心配で今にでも会いに行きたい。そういう意志を示している瞳をしている。無理もないだろう、俺の話を聞いた後なんだから。

 

「分からねえってのが現状だな……。でも、家に行けば何か手がかりが掴めるかもしれない。あいつ、今日学校来てたか?」

 

「来てなかった……よ」

 

 やはり、そうだったのか……。

 だとすれば間違いなく清告さんは何かを隠していた可能性が出て来る。あの人はスマホを持っていないから、連絡をしようにも無理だな……。となると、家に直接乗り込むしかない。

 

「家ってさっき言ってたアパートのこと?」

 

 次に反応を示したのはそよだった。

 

「ああ……そうだな。ただこれは正直どうなるか」

 

「それって祥子の現状が不明だから?」

 

 最後に反応をしたのは立希だった。

 立希の方は特に落ち着いた様子で俺の会話に参加しているようで、一番理性的だった。

 

「ああ、そういうことになる。あいつが今どういう状況なのかは俺にも知らねえ。ただ、一つ言えるのは間違いなく正気じゃねえかもしれねえってことだ。これもあくまで俺の妄想でしかねえから実際のところはどうなのかも分からねえがな……。とにかく……」

 

 

 

 

「俺について行くならそれ相応の覚悟を持ってくれってことだ。もしかしたら、辛い現実を見せられることになるかもしれねえ。それでもいいって言うなら、俺はもう止めはしない」

 

 此処からは覚悟の問題……。

 知りたい、その先にあるものを掴み取りたいという欲求は時として自分自身に刃を向けることに繋がる。そうなった場合、自分の心まで蝕まれて支配されることになる。そうなってしまったらもう終わりだ。

 

 扉を開けるには必要なのは勇気と覚悟、決意……。

 その三つだろうが、どうなるのかなんてのは知っていた。

 

 

「ねぇ、迷う必要なんてなくない?祥子ちゃんが大変なことになってるんだよ?」

 

 一番真っ先に声を上げていたのはそう来ると思っていた、愛音だった。

 愛音ならあいつが一目散に声を出すだろうと予想していた。だからこそ、俺は期待してしまっていたんだろうな。知っていたんだろうな、こうなるって……。この暗雲立ち込めている状況の中、希望の星を降り注がせてくれることを……。

 

「愛音ちゃんってこういうとき空気読まないよね」

 

 溜め息をつきながらもそよが愛音に目だけ視線を送っている。

 また、いつもの始まったと言わんばかりだったが……。

 

「いやいや、そんなこと言っている場合じゃなくない?こういうときって覚悟がどうのとかじゃなくて迷わずに進むことが大事じゃない?一分一秒でも時間が惜しいってやつ……!」

 

「あのちゃん……」

 

「別にあいつのことなんてどうでもいいでしょ、バンドのことだってあいつのバンドの責任なんだし」

 

「えー?りっきーだって祥子ちゃんの心配なんでしょ?ほらほら、行こう?りっきー」

 

 立希の背中を押しながらもカフェから出ようとする愛音、それに対して立ち止まろうと踏み止まろうとする立希が居た……。

 

「ちょっ!?お前押すなし……というか私今バイト中なんだけど……!!」

 

「バイトならこの後、他の子来るから大丈夫だよ立希ちゃん」

 

「凛々子さん……!?はぁ……分かった。分かったから、着替えて来るからちょっと待って……。このバイト先、自由過ぎでしょ……」

 

 何度も俺がそう思ってきたことを言われて、吹き出しそうになるも俺は笑わないようにする。平時だったら普通に笑っていただろうな……。

 

「楽奈はどうする?此処で待っ……寝てるな」

 

「楽奈ちゃんは放っておいてもいいんじゃない?こうなったら中々起きてくれないし」

 

「まあ……だな」

 

 此処で放置するのもどうかとなっていたが、こうなった以上楽奈は中々起きてくれない。凛々子さんがカフェに居てくれているから様子を見てくれているだろうと自分を納得させた俺は楽奈を一先ず置いて豊川宅を目指すことになった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 変わらない曇り空の中、私の耳には車が通って行く音がしている……。

 何度も鳴っていた着信音を確認すると、そこには八幡さんや初華からの電話が立て続けに来ていましたわ……。

 

「また……ですわね」

 

 青い光が映し出されている液晶からはこれで何度目かも分からない八幡さんからの連絡が来ていましたわ……。ですが、それを確認もせず私はスマホの明かりを消してそのまま歩道橋の上から私は道路を見渡していた。行き交う車の数の多さ、そういうのを上から見下ろすというのはまるでライブ会場からお客さんを見上げる光景に似ているような気がしていて自分がAve Mujicaの頃を思い出しそうになってしまう。

 

 自分の中に苦悩があることに驚きながらも、私は歩道橋の中心から歩き出そうとしたとき薄緑色の女性が立っていた……。その女性には勿論、覚えしかなかった。それは私にとって一番大切な親友……睦だったのだから。

 

 

「祥……」

 

 明らかに私のことを心配そうにしている睦……。

 そうですわね、今の私は苦悩に満ちた表情をしていますわ。手すりから反射されている自分の顔を微かに見ればそれはもうはっきりと分かるものでしたわ……。

 

「祥……これから仕事……」

 

 きっと睦は私のことを呼び止めに来てくれていたんですわ。

 無表情でも睦の中にある感情というものは読み取ることが出来ますわ。今抱えている感情はきっと私に対する優しさもそうですが、本気で私のことを心配で探してくれていたという必死な部分が伝わっていましたわ……。でも、睦……。

 

 

 

 

 

 

 それは今の私にとってありがた迷惑ですわ……。

 

 

 

 

 

「睦……貴方に伝えておかなくてはいけないことがありますわ……私は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「Ave Mujicaなんてもうどうでもいいんですわ」

 

 哀愁漂う悲哀の風が私達を纏うなか、睦を縛り付ける鎖を解放させる為に私は言い放ったのと同時に、自分の中で芽生えていたのは罪悪感という言葉ではなくようやく……。

 

 

 

 

 

 

 

「祥、待って……私はただ祥の傍に居られれば……」

「いいんですのよ……睦……」

 

 

 

 

 

 

「私のことは一人にしてくれて……」

 

 

 

 

 

 

 

「…………え?」

 

 睦……貴方からすれば残酷なことですわよね……。

 冷たいとすらなっていることだと思いますわ。でも、もう私には残されているのはもう……。

 

 

 

 

 

 

 実に空虚で空っぽになってしまった心だけなんですわ……。使命も誇り高きものもなにもないんですわ。お父様や燈達のように……明るく生きるということは……もう……。

 

 

 

 

 

 出来ないのですわ……。

 

 

 

 

 

「さようなら……睦。お元気で……」

「待って……待って祥……」

 

 追いかけようとしてくる睦を私は振り切ろうとしていましたが、彼女は追いかけて来ることはありませんでした。ただ、最後にこう呟いているのが聞こえていました……わ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また傘を差せなかった……」

 

 

 

 

 

 

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