【完結】迷子の友人は羨望する 作:シキヨ
『さようなら……睦。お元気で……』
睦、貴方にはとても感謝しております……。
私の良き友人として今まで傍に居てくれたこと、CRYCHICを辞めてもこうしてAve Mujicaという新しいバンドについて来てくれたこと……。私の家の事情を隠し続けてくれたこと、本当に感謝しかありませんわ……。でも、もう楽になってくれて構わない……。
貴方ばかりにもう迷惑は掛けられない……。
これ以上、もうバンドという辛いものに拘る必要もない……。
「バンド……。そうですわね、思えば長い付き合いでしたわ……」
重たい足取りで歩いていると、まるで誰かが教えてくれたようにお店の方に視線を送る。
そこは楽器屋で綺麗なギターやドラム、ベースなどが飾られていましたわ。どれもまるで私の過去を彷彿とさせるようなものばかりで思わず浸りそうになっている自分が居てしょうがなかった……。
「これがバンド……」
初めてバンドに触れたのは……月ノ森の学園祭でモルフォニカの演奏を聴いたことが始まりでしたわ……。モルフォニカのバンドは凄く幻想的で聴いていて心が穏やかながらも激しくなるものでしたわ。なんといっても倉田ましろ先輩の歌声は可愛らしい小動物の見た目に反して解き放たれる素晴らしい歌声に感服した、私はバンドというものに感化されそうでしたわ。
「睦、バンドですわ!!」
「……バンド?」
一緒に学園祭でモルフォニカの演奏を聴いていて、尚且つバンドのことを教えてくれた睦に私は熱を持ったままバンドというもののについて興味が湧いて来たという話をすると、睦はバンドを組むということに了承してくれたことをきっかけに私は早速メンバー集めを始めようとしたものの、これが難儀することになっていたましたわ。モルフォニカのおかげで月ノ森でかなりバンドが盛り上がっているようでしてご友人同士でバンドを組んでいるという子だったり、バンド以外のことに熱中している子も多くて中々声を掛けられないそんな状況になっているとき、ある日歩道橋で一人の女性が飛び降りようとしている姿が目に入ってしまっていた。
「お母様……?」
いや、違う。もうお母様はこの世にはいない。
なのに何故、私はお母様の残影を見てしまったんだろうか。
「駄目ですわ、死ぬのなんて駄目ですわ!!」
「え?」
女性の自殺を止めようとしてから、私はそれが何故なのか気づいたんですわ。
恐らく、私はお母様の死から年月が経った今でもこうしてお母様に囚われている。なによりも、死という概念が怖くて仕方なかった、手が震えて縮こまってしまうほどに……。
「あの……違くて……」
「違う……?」
結局、女性……燈が自殺をしようとしていたのは私の単なる誤解でしかなかったのは心の中からホッと出来て良かったでしたわ。彼女曰く、花に見惚れていただけらしいですわ。でも、その出会いもあってか私は出会いに恵まれましたわ。
「この歌詞ノートがあれば、私達は素敵なバンドになれますわ」
あの後、私は燈の家に行って燈の詩というよりは思っていること書いてあるノートを読んでこの子をボーカルにするべきだと決定していましたわ。そして、今このノートを持って羽沢珈琲店でこれから紡ぐことになるメンバーたちと語り合っていた。
「素敵なって……随分と抽象的じゃない?」
「えー?私はいいと思うけどな、折角バンドやるなら個性ぐらいあっても」
睦や燈以外にも……そよや立希がこのバンドに加わることになった。
立希はこの頃、何処か棘の強い発言が多くて、そよと対立することも多かったですわ。それでも仲間想いでよく睦のことを気に掛けてくれていましたわ。
「そう、個性ですわ!バンドには個性が必要ですわ!」
「だからそれが抽象的なんだけど……まあ、今はいいか‥…。それで曲はどうすんの?オリジナル?カバー?」
「此処にいる高松燈さんは歌詞のスペシャリストなのですわ。燈、早速ノートを」
「え?えっと……う、うん……」
燈が恥ずかしそうにしながらもノートを差し出していた。
それからすぐに立希が「貸して」と言いながらも、歌詞を読み上げていると「こういう系か…‥」と呟いていた。
「やっぱり……駄目だよね……」
「…………別に駄目とは言ってないんだけど?」
「立希ちゃん、それじゃあ燈ちゃん怯えちゃうと思うなー。私も読んでもいいかな?」
「勝手に読めば」
立希がそう言いながらも、そよにノートを渡していましたわ……。
少々ギスギスこそはしていても、こうやって互いにバンドという一つの目的に向かって話をするという行為はとても楽しいものだったのは間違いありませんわ。それに燈がただ怯えているだけの子じゃないというのも後になって知ることが出来ましたわ。
初めてスタジオ練習に来たとき、燈の歌声は何処かぎこちないものでしたが決して悪いものではなかったでしたわ。芯のある情熱的な歌い方、それでいて叫び声のように近いものではあるんですわ。しかし、そこには感情が宿っている。心が籠っているからこそ美しいという感情すら湧いてしまうのですわ。
「その……燈って意外と凄いだなって思った」
「立希も燈の歌声が気に入ったのですわね?」
「そういう訳じゃないけど、臆病な奴だと思っていたけどちゃんとやろうとしているのは伝わったというか……ライブやるなら全然ダメだけど。あいつの歌声、悪くないなってなれた」
「そうですわね、立希。私達の目標はライブをやること……!!これからも練習して行かなくてはなりませんわね!」
立希にも燈の歌声が響いたのかもしれない、そう思うと私はとても嬉しかったんですわ。スタジオ練習を行うまで立希の方は明らかに燈に苛立っているように見えていましたから。こうやって立希が燈のことを認めてくれるというのが自分のことのように誇らしかったんですわ。
「それにしても燈は凄いですわね、歌うときは凄い強烈と言いますか……魂に響く歌を歌うんですの」
「それはちょっと思った……」
立希との会話を続けながらも、燈の行動原動力というものが気になり始めている自分が居ましたわ。燈と言う人間は人から見れば独創的な人なのは間違いありませんでしたし、興味を惹かれること自体は当たり前のことでしたが、そんなある日私は目撃することに……。
「燈が殿方と……!?」
ある日、燈をスタジオに呼ぶために一緒に行こうとしていたとき、燈から「お店に居るよ」という連絡を受けた私はそのお店に入る前に窓際から中が見えてそこには燈と男性の方が気楽に会話をしているのが目撃できましたわ。
特徴的の髪色をしている男子高校生ぐらいの方と居たという事実が私には大きな驚き……。
とはいえ、燈が心の底から笑い合いながらもに話をしているのに邪魔をする訳にもいかないとなって私は引き返そうともしていましたが……。
「あんな笑い方も出来たのですね、燈……」
本当に彼と居る時間が貴重そうに会話をしている燈。隣の男性の方……星乃さんの表情には何処か影のようなものがあったような気がしてならなかったのでしたが、きっと気のせいですわねとなって私は首を横に振っていました。
「燈の行動原動力は彼だったんですわね」
甘酸っぱいものを見たと気分が高揚としながらも、自分は元居た場所へと戻ることにしていた。それから燈も戻って来て本当に嬉しそうに彼の話をしているのを見て彼という人間が燈にとってどれだけ救いになっているのか学べる良い機会でしたわ。だからこそ、私はあのときこう言ったのかも知れません……。
「燈、今日のライブは彼も来るのでしょう?でしたら、最高のライブにしてあげないとですわね!!!」
「う、うん……」
ライブ当日の日はやって来ていた……。幾つもの練習を重ねて来ていて、燈も彼が此処に来てくれるのを凄く楽しみにしているようでしたが、連絡が付かないようで浮かない顔をしていた燈に対して私は励ましてあげていた。きっと忙しくて直前まで連絡が取れないそんな都合のいい解釈をしながらも、ライブ会場へと目指すことにしましたわ……。
その結果、私は私の方で遺恨が残る形になってしまった……。
何故なら、お父様の姿がなかった……。今日のライブを凄く楽しみにしてくれていると語っていたお父様がどうしてとなりながらも、楽屋に戻って来ていた私の下にスマホから連絡が来ていた。
『もう一緒に暮らせない』
文面はたったそれだけだった。
私は睦に「少しばかり外に出て来る」と伝えて、急いで家に戻ることに決めていた……。
「お祖父様……!いったいどういうことですの!!」
お祖父さまの部屋に入って抗議の声を上げると、「落ち着け、祥子」と宥められるもの私は止まるつもりはなかった。自分の父親が何かに巻き込まれたというのに黙って居られるほど落ちぶれていなかった……。
「168億の損害だ」
「どういうこと……ですの?」
理解が出来なかった。
詐欺に遭ったというのは想像出来てはいたけど、あの誠実なお父様がそのようなものに騙される訳が……。
「運が悪かった……。私もあの男も、な……」
「……お父様はこれからどうなるんですの?」
お互いにお互いに即座に言葉の応酬を続けていると、お祖父様が窓際の方へと椅子を回転させる。
「あの男はもう豊川の人間ではない、忘れることだ。これだけでも温情だと思え」
「なにをおっしゃりますの!!?私にとってお父様は……血の繋がりのある肉親ですわよ!!それを放置するなんて出来ませんわ!!」
「血の繋がりか……それでいったいどんな破滅を招……!?なにをしている祥子!あの男と居るということは地獄に自分から入るのと同じ行為、馬鹿な真似はやめろ……!」
「お祖父様の分からず屋!!」
お祖父様が話し切る前に私は部屋を出ようとしていました。
私にとってお父様はこの世で残された唯一の肉親……。
それを見捨てることなんて出来なかった。偶々、部屋の外に居た使用人からお父様が何処へ行ったのかを問いただすと、今は赤羽に居ると言うことを聞かされてアパートの住所を得た私は早速お父様に会いに行くという選択を選ぶことにしたが、想像を絶する地獄が此処から始まることになったのはもう少し後になってから知ることに……。
「本当に此処ですの……」
荷物を持った状態で私は怪しそうな顔をしながらも建物を見つめる。
使用人から教えられた住所に辿り着くと、もう築何十年以上も経っていそうなアパートの前に辿り着く……。一瞬後退りしそうになるも……私はそれでも進むことを選んでお父様の家の扉に触れると不用心にも開いているようだった。
「お父様……鍵ぐらい閉めた方が……!?お父様……!!お父様……いったい何があったんですの!!?それにこのお酒の量はいったい……」
畳の上に数え切るのに時間が掛かるほどのビール缶が置かれている。
かなりヤケ酒しているというのがもう缶が入るだけでもう伝わっていましたが、そんなことよりも寝ているお父様のことを起こそうと必死になっているとお父様の声が聞こえ始めていた……。
「祥子……お父さんはもう頑張れない。まさか、こんなことになるなんてな……」
「なにを言っているんですの!?人生はこれからですわ、お父様は悪くな「知ったようなことを言わないでくれ!頼む、祥子……お前まで不幸にならないでくれ」」
「……なにをおっしゃりますの!私はお父様のことを……放っておくことなんて出来る訳ありませんわ!!血の繋がったお父様なのですよ!?」
あのときの私がお父様にどれだけ発言による暴力を投げられるようとも、その痛みに耐えようとしていた。まるで、罪滅ぼしでもしているかのような気分でしたが、それはあながち間違っておりませんでしたわ。何故ならば、私はお母様が亡くなられた後、もっとお父様に寄り添うべきだったと罪の意識があったから……。
ですが、此処から先は恐らく地獄の始まりというものが相応しい。
お祖父様はそれを分かっていて、引き留めようとしていた。無計画過ぎたという事を実感しながらも、私は新聞配達のバイトをしていた。中学生ということもあって、限られたバイトしか出来なかった……。
『中学生はちょっとねぇ……』
『可哀想だとは思うけど、訳アリはちょっと……』
他のバイトを頼む度に聞こえて来たのは淡々と事実ばかりだった。
分かっておりましたわ、当時中学生である私に出来る事なんて限られている。それでも、私はお父様に立ち直って欲しい、時間が解決してくれるかもしれない。そんな泡のような期待を抱きながらも、雀の涙しかないバイト代を稼ごうとしていた……。生活費の為に……。
「祥……あの話本当?」
「ええ、そうですわ睦……。私は月ノ森をやめることにしたんですわ。心配なさらないで大丈夫ですわ、睦。学校を転校しても私と睦は友人であることには変わりありませんわ。だから……
最後にもう一度睦は「祥……」と呼んでくれている……。
それらに後悔や自分が何もできないやるせなさが含まれているのには気づいておりましたが、睦……。それは貴方が背負う必要のないものですわ。だから、本当に今まで通り私の友人として接してくれればいいんですわ……。
ああ、だからですのね……。
結局、私もあのときも睦に背負わせてしまった。
「バンド本当に……辞めちゃうの?」
「燈はお前を待っていたんだよ!!」
燈と立希の言葉……。
「睦ちゃんだってそう思うよね?」
「私はバンド……」
「楽しいと思ったことない……」
CRYCHICは解散という運命に終わった。
運命共同体なんて言葉は諸刃のものでしかなかったのと同時に、私はこれ以上睦に何かを背負わせたくないという意志が強くなっていましたわ。あの発言が、本当であれどうであれ私を守ってくれたのは事実……ですわ。
それからして、私は中学を転校し月日が流れて高校は羽丘に選んだ。
「燈……?」
彼女の後ろ姿を階段から見下ろしていた。
燈が羽丘にいるということを知ったときは流石に驚きましたが、それでも自分なりになんとか周囲に溶け込もうとしている彼女を偶に見かける度に「頑張れ」という気持ちがあった自分がいた。きっと、私にとって燈という人間はCRYCHICが無くなっても決して断ち切ることが出来ない繋がりというものだった……。
『CRYCHICを辞めさせていただきますわ……」
「私も随分の都合のいい人間ですわね……」
そう自虐しながらも、私は去っていく燈の後ろ姿を一瞬だけ見つめていた視線は多分何処か羨ましいものだったのかもしれなかった……。そういう自分が嫌になりながらも、私は廊下に張り出されていたバンドの貼り紙を無視して進んで教室へと行こうとしていた……。
そして、あの日……私は燈達のバンドを見に来ていた。
CRYCHICを復活させたがっているそよに一言を言う為に、燈達のバンドを見に来ていたはずなのに、気づけば私は自分を曲げてこう燈に伝えていた……。
「頑張れ……!!」
決して燈に届くことはなくないはずもの……。
しかし、燈と視線が合ったとき燈は間違いなく意識を歌へと集中させていました。やっぱり、燈……。貴方の歌はいつまで経っても心の叫びなのですね。私は貴方の歌が大好きですわ……。感傷に浸りながらも、燈達のバンドのライブを聴いていると……。
「違う春日影……」
そう、睦の言う通り私達の知らない春日影が流れていた。
キーボードが居ない春日影は何処か別のもので自分達とはもう決別されたような気分になってしまっていた私は最後まで燈達の歌を聞き届けようとなっていたけど、あの日私は耐えきれなくなってライブ会場から逃げてしまった……。本当に限界だった、知らない春日影が流れてしまっていたことに……。
「燈は別の選択を選んだのですわね……」
流石は燈ですわという賞賛の声は出なかった。貴方は貴方なりに前を進んだんですのねという声すら出なかった。寧ろ、自分自身が辛かった……。歩き疲れた私は……街中で初華に電話を繋げる。震えている手で電話をしながらも、こう初華に告げる……。
「全部……忘れさせて……」
そう、今となればこれが全ての始まりだったのかもしれません……。
Ave Mujicaの……。