【完結】迷子の友人は羨望する   作:シキヨ

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望む未来図は焼かれていた

「睦、これまで私達は過去のバンドを引き摺って来ましたわ、ですが今日この日を持って……私達はAve Mujicaとして生きていくのですわ」

 

「……分かった」

 

 睦、貴方にとってこれは辛い選択肢になったかもしれませんわ。

 場合によってはそよと袂を断つことになるかもしれませんのに、此処までついてきてくれたことを本当に感謝しかなかったですわ。

 

「豊川さん、本番5分前だそうです」

 

「分かりましたわ、それでは参りましょう。私たちの舞台劇をお見せに……」

 

 初華への電話以来、私は新しいバンドのメンバーを集める為積極的に行動してきましたわ。まずは、睦や初華。その後に初華が通ってる花咲川で複数のバンドを掛け持ちしている八幡さん。そして……楽屋の椅子に眠そうにしながらも自分の顔を見つめながらも鏡越しに私を見ている祐天寺さん。

 

「あのさぁ、仮面なんて付けたら折角の顔と数字が台無しなんだけど?」

 

 息を吐きながらも私のことを睨んでいましたわ。

 その瞳は聞いていた話と違うと言いたそうにしていましたわ。

 

「何を言っておりますの、Ave Mujicaは仮面バンドですわ」

 

「ふーん?ムーコやウイコなんて顔出せば一発で知名度鰻登りで、話題性も高くなると思うのに勿体無いことするじゃん」

 

「それではAve Mujicaの良さが失われますわ。このバンドにおいては私がリーダー大人しく従って貰ってよろしくて?」

 

「はいはい、そんな怖い顔しないでよ。いつもの服装はともかく綺麗な顔が酷いことになるよー?ほら、今だって眉間に皺寄ってる」

 

 彼女は軽い口調で私は挑発していましたが、私はそれに応じることはなかったですわ。そのまま、無視をされた祐天寺さんは無言のままマスクを付けながらも、その中で再び溜め息をついていましたわ。彼女は、私に対して反抗する態度が明らかに多かったですわ。それでも、彼女の顔と数字は確かなものだからこそ私は彼女を選んだ。上手く使わなくては……と警戒しつつも楽屋にいる全てのメンバーにこう告げる。

 

「私たちAve Mujicaは仮面を被り、それぞれの役割を与えられた人形となるバンド……。このバンドは最速武道館を目指す、それがまず一幕ですわ」

 

「これからAve Mujicaが運命共同体になるんだよね!」

 

 喜色を浮かべながらも嬉しそうに語る初華。

 初華は私がバンドに誘ったとき喜んで引き受けてくれましたわ、本当に感謝しかありませんでしたわ……。

 

「ええ、そうですわ初華」

 

 Ave Mujicaとして初めてのライブ……。

 このライブには全身全霊を込めて成し遂げなければならなかった。これは私達が運命共同体となり、全てを捧げることになるバンド。一世一代の舞台劇を此処から始めるんですわ……。

 

「これより始まりますのは、私達の仮面舞踏会。お客様の皆様に最高のパフォーマンスを」

 

 仮面を付けることで人形と成り替わり、私はオブリビオニスになる。忘却を恐れぬものとなりて、私はこれから始まる舞台を最高のものに仕上げようとしていた。

 

 

 

 

 そして、その結果は……最高の地点となった。

 観客は初めて見るような感覚で私たちを見るのは当たり前のことですが、全く新しいものを提供できたというこの目で実感していた。それもそのはず、私達は一夜にして謎の仮面バンドとして取り上げられるようになった。

 

「凄いね、祥ちゃん……!Ave Mujicaが一夜にして有名だよ!」

 

「何をおっしゃりますの初華、これはほんの序章に過ぎませんわ」

 

 初ライブを終えた後、私と初華はライブ会場を出て二人で話をしていましたわ。昔のように二人で夜空の星を眺めるようにして……。

 

「ほんの序章……。そうだね、Ave Mujicaはこれから始まるんだよね。お客さんに五感を通していっぱい色んなものを提供しないと」

 

「五感を通したもの……?それはいったいなんですの?」

 

 知らない幼馴染の意思のある発言を聞いた私は何処か懐疑的になりながらも質問を投げかける。

 

「最近会う子がいるんだ。連絡先とかさ知らないけど、凄く私と波長が合う子で、大切なことを教えてもらったんだ。五感を通じて感じ取れるものがあるんだって。聴覚、嗅覚、視覚とかそういうものから話を聞いてて私も納得できる話だなーってなれたんだ」

 

「なるほど、そういうことでしたの……」

 

 此処まで初華が楽しそうに笑いながらもその話をするということはとても貴重な体験をしたということ。ならば、きっと素敵な出会い方をしたに違いないですわ。少しばかり自分の幼馴染の反応に感情深くなりつつも私はこう思っていましたわ。

 

「どなたか存じ上げませんが、きっとその方は初華に良い影響を与えたですのね、そのような方一度会ったみたいですわ」

 

「きっと祥ちゃんとも話が合うよ!!」

 

「それは楽しみですわ」

 

 そんな会話をお互いしながらも二人で笑い合っていた。

 こういう日常はもうほとんど消え去っていましたが、決して悪いものではないと噛み締めながらも私はこれからのAve Mujicaを考えていたましたわ……。

 

 

 

 

 そして、Ave Mujicaは時間が経過するごとに有名になっていきましたわ。

 

『幻のバンド、Ave Mujicaに迫る!?』

『動画投稿者にゃむちによる匂わせ!!?アモーリスはにゃむち!?』

 

 コンビニに入り、雑誌コーナーを見れば嫌と言うほど私達の名前を見ていましたわ。それで自分たちが順調に成功していると実感できたのと同時に……。ただ、これには不本意ながらもお祖父様の力添えがあって実現できたことでしたが、何れはお祖父様とは袂を分かち、私達だけの力でこのAve Mujicaというバンドを強大なものにさせようとしていました。

 

 

 

 

 Ave Mujicaの力が徐々に大きなものに……。私達、Ave Mujicaは謎を謎を呼ぶ仮面バンドとして名を連ねて行くことに成功。更には、圧巻のパフォーマンス、劇で他のバンドとは一味も二味も違うと証明。Ave Mujicaという世界観に魅了され、虜になる人達が多く増えてきたから、私たちは最速武道館という夢を達成することが出き、一週間後にそれを控えた頃、彼と出会った。

 

 

 そう、星乃結人さん……。

 

「また来たんですの?」

 

「ああ、食品配達員としてな。玄関前に置いとくから勝手に食べてくれ」

 

 彼は私のお父様を酔い潰れているところを助けて、その上家まで運んでくれた。それだけなら、ただのお人好しで終わりますわ。ですが、彼の優しさはそこで終わらなかった。あろうことか、私たちの事情を聞いて食料を置いて行くように……。ただのありがた迷惑でしかないのに、彼は毎日の日課のように置いて行くようになりましたわ。

 

「ありがとうございますわ……」

 

「別に礼なんかいらねえよ、じゃあな」

 

「ええ、では……」

 

 どうせすぐ飽きる、面倒になると思っていましたのに彼はやめることはしなかったですわ。本当におかしな人ですわね、となりながらも私は渋々置かれていた食品を受け取る。

 

 彼が同情心ではなく、自分がやりたいからやってるというのを感じ取ったから躊躇いながらも受け取ることができたのかもしれませんわ。本当に……。

 

 

 

「変わった方ですわね……」

 

 ですが、そのような人物だからこそ燈を強くさせることが出来たのかもしれませんわ。あのときの強い意志を持つ眼差しは間違いなく……。

 

 

『随分と目つきが変わったんですわね、お礼なら結構ですわ』

 

 彼のおかげですわね……。

 そして、もう一人その彼の影響を受けたのが……。

 

 

 

 

 

 

 

 お父様でしたわ……。

 彼には感謝はしているつもりですわ、お父様のことを救ってくれたのですから。ですが、それと同時に複雑な思いもあったんですの……。

 

「お父様、いったいなんの音ですの!?」

 

 お布団から起き上がったのと同時に、お皿が落ちたような音がして一大事かと思って私は台所の方へ行くとそこには当然ながらお父様の姿がありました。まるで娘に情けない姿を見られたと言わんばかりにお父様は「あはは、ごめんな祥子……」と割れている皿を素手で拾おうとしている。

 

「いけませんわ、お父様!割れているお皿を素手で拾うのは……!!」

 

「あっ、そ、そうだったね祥子……」

 

「もういいですわ、お父様……。後は私が片付けておきますわ……」

 

「い、いや……祥子だけにやらせる訳にはいかない……」

 

 ……珍しくお父様が協力的なことに私は疑問がありながらもその提案に応じることにしましたわ。それからして、久々に親子らしく何かをするという行為をこれから行われることになりましたわ。

 

「祥子、それで実はだし巻き卵を作りたかったんだが知ってるかな?」

 

「それぐらい知っておりますわ、しかし……お父様が料理なんて本当に珍しいですわ」

 

 豊川家に居た頃はよくお手伝いさんが料理を振る舞ってくれていたから、お父様が料理をしているところなんて見たことがありませんでしたわ。だから、私は本当に驚いたんですわ。

 

「少しでも祥子の役に立ちたいと思ってね……。祥子はいつもバンドで疲れて帰ってきているだろう?だから、せめてご飯ぐらいは作ってあげたいと思ってね」

 

 首の裏を掻きながらもお父様は渇いた笑みを浮かべている。

 

「勝手過ぎますわ……」

 

「え?」

 

「……なんでもないですわ、お父様。それでは早速作って行きますわよ」

 

 一瞬だけ自分の本音が出ていましたわ……。

 お父様がこうして第一歩を踏み出せたことは大変喜ばしいという気持ちと共に、時間が経過すれば何れはお父様にも笑顔を取り戻せるかもしれないとなっていた反面、今更都合よすぎますわとなってしまっていたんですわね……。そういう感情に翻弄されながらも、私はお父様と一緒にご飯を作っていました……。

 

「お父様はだし巻き玉子は甘い、しょっぱいのどちらがお好きなのですか?」

 

 作りながらも、軽く雑談を済ませているとお父様が「うーん?」と済ませていた。

 

「瑞穂が作る玉子はいつも甘かったなぁ……。こんなことを言ったら祥子はおかしいと思うかも知れないけど、瑞穂が作るご飯はいつも家庭的だったんだ。だから、俺も学生時代はよくこっそりと手造り弁当とを食べさせて貰ったことがあってね……。最初の内は祥子の前じゃとても言えないけど、あんまり上手じゃなかったんだ。でも、日に日に上達していって今でも最初に食べた甘すぎただし巻き玉子を思い出すんだ……」

 

「そう……だったんですわね」

 

 こうしてお父様が明るくお母様のことを語ってくれることなんてのはどれくらい振りのことだったのかなんてのはもう忘れてしまいましたわ。でも、こうしてお父様が話をしてくれるということに葛藤はあれど、純粋に嬉しいと言う気持ちはあったのは確かだったんですわ。

 

「……!?お、お父様……!玉子の方が焦げておりますわ!!ちゃ、ちゃんと見ていてくださいと言ったはずですわ!!」

 

「あっ、ご、ごめん祥子……!!と、とりあえず皿に移し替えればい「まだですわ!引っ繰り返してくださいわ!!」」

 

 焦げてしまっているだし巻き玉子を早くひっくり返さないといけないと指示をするとお父様がフライ返しを持って、すぐにやろうとしていた。

 

「あっ、そ、そうだったね……!!今ひっくり返すね……」

 

「お父様ちゃんとフライパンの方を見ていてくださらないと困りますわよ」

 

 溜め息をつきながらも、一番最初に「全く……」と言いながらも言葉を続けている私……。

 

「そ、そうだね。今度からき、気を付けるよ……」

 

「今度から……?」

 

 少々突っかかるようにその言葉を投げてしまうと、お父様が一瞬怯んでいた。

 

「え?あっ、ダメだったかな?」

 

「い、いえ……違いますわ。お父様その……またこうやって料理してくれるということですの?」

 

「料理だけじゃない……よ。祥子が望むなら、俺は祥子の力になりたい。それにこの家のことだってちゃんとやりたい。明日は燃えるゴミの日……だったね。分別はちゃんとしな「お父様……!!!」」

 

 気づけば私はお父様のことをもう一度に飛び込んでおりましたわ……。

 心の底から笑顔になれるほど嬉しかったんですわ。お父様がこうして戻ってくれたことが……。戸惑い、葛藤こそあれどそんなことよりも私の傍でいつも出るのが……。

 

 

『祥子は凄いなぁ……俺なんかとは大違いだ……』

 

 なんて卑屈なものよりこうして隣で笑い合ってお互いに慣れない料理を作って笑い合える。こういう家族に戻れたことが本当に自分の中で「よかったですわ」となれたのと同時にこの光を作り上げてくれた星乃さんへの感謝の気持ちが止まらなかったんですわ。でも……悲しいことに……。

 

 

 

 

 

 

 私の役目は終えてしまったような感覚になっていたことにこのときはまだ気づいておりませんでしたわ……。

 

 

 

 

 

 

 

 ある日のライブを終えた後のこと……。

 

 

「祐天寺さん、少々よろしいですか?」

 

「えー?今日はなに?今回の舞台劇、私は別に異論なんてなかったんだけど。それにちゃんとやってあげたでしょ?」

 

 「また」と言いたそうにしながらも露骨に嫌な顔をする祐天寺さん。

 

「確かにそれはその通りですわ。祐天寺さんの演技力には目を見張るものがありますわ」

 

 照明が白く明るい楽屋の中で私にまた文句を指摘されると思っていたのか、祐天寺さんは凄く嫌そうな表情をしていたましたが、賞賛をされると今度は不服そうな顔をしながらも鏡を見るのをやめていました。

 

「……それムーコが居る前で言う?あの子の方がそういうの高そうでしょ?急にスイッチ入ったみたいに人が変わるときがあるんだからさぁ。まるで人格が変わったみたいにさ」

 

「滅多なことを言わないでくれると助かりますわ、睦は睦ですわよ」

 

 確かに最近の睦は人が変わったように演技力が高くなっているようですが、元々そういうものは持ち合わせている子ですわ。そういうのが指摘されたり、できるんですわね?とされるのが嫌なだけですの……。

 

「ふーん?まあ、なんでもいいけど……サキコが私のことちゃんと褒めてくれるなんて明日は隕石でも落ちて来るんじゃないの~?いつもは貶してくるくせに」

 

 苦笑いを浮かべながらも棘のある皮肉を言ってくる祐天寺さんに私は特にイラっとすることがありませんでした。それどころか、まるで子供の話を聞いているような気分で私は接していましたわ。

 

「随分な言い方ですわね、ですが今回の舞台劇もライブの方に関しても特に悪い点はありませんでしたわ。圧倒的なドラム捌きも今回のライブでは最大限まで披露できておりましたわ、日頃の練習な成果が出ていたのではなくて?」

 

「本当に…………薄気味悪いほど褒めてくれるじゃん、まあ褒め言葉として受け取っておくけどさ」

 

 若干私が褒めていることに違和感を覚えながらも、祐天寺さんは満更でもないと言ったような表情を浮かべていましたが、私が鏡を自分の顔に映し出されていたのは笑顔ではなくただ張り詰めた表情でしかなかったですわ……。まるで、無理をしているそんな錯覚すらさせられていましたわ。

 

「八幡さん、この前指摘していたところでしたが……ちゃんと出来ておりましたわ。Ave Mujicaのティモリスとして相応しいベーシストだったと思いますわ」

 

「……ありがとうございます、豊川さん。それでなんですが、明日からのスケジュールなのですが……」

 

「ええ、そうですわね……」

 

 

 

 

「ウミコにも優しいとか、なんかマジで人が変わったみたいじゃん……」

 

 睦や初華以外にもこうして私が優しくしているという行為は他の方から遠くから見れば、変な私に見えていたのかもしれませんわ。事実、このときの私はどうかしていたと思いますわ。お父様が良くなってきたことがとても喜ばしいという気持ちもあれば、燈達からの逃げという選択が徐々に薄れつつある。そんな効果が薄れつつあるお札が今にも剥がれそうになって、自分が自分でどうしたいのか分からない。そういう状態が続いているような気がしてならなかったんですわ……。

 

 

 人として情けない。

 それが分かっていたとしても私は……徐々に無気力になっていたんですわ……。この一週間で……ものの見事に……。

 

 

 

 

 

 武道館のライブを終えたあの日……。

 私に残されていたのはもうほとんどなにもなかったですわ。

 

「私は……いったい何のためにバンドを……」

 

 祐天寺さんと口論した後、私はただ一人星々が輝いている夜空を見上げながらも外の風に当たっていた。その風は本来であれば、何処か暖かさを与えてくれるものであるはずなのに、今の私には何処か虚無な心を埋め合わせてくれるものすらありませんでしたわ……。

 

「逃げたかっただけなのかもしれませんわね……」

 

 初華に言った「全部忘れさせて」と言う発言は……燈達が春日陰の演奏によって作られたものでしたわ。いえ、そうではありませんわね。それ以前にお母様が生きていた頃のお父様の優しさが消失してしまい、詐欺に遭い酒に溺れる生活になってしまった。自業自得とはいえ、血の繋がったお父様を放っておくことなんてことは出来ませんでしたわ。

 

 今となっては……お祖父様の言う通りに豊川家に残るべきだったのかもしれませんわ。

 

 

「何もかも他人のせいにしてばかりです……わ」

 

 ウンザリするほど何もかも誰かのせいにしてしまっている自分自身に冷ややか視線を送りながらも、これ以上何もかも背負いたくないという気持ちが強くなっていた。燈達は進み始めるという選択肢を選んだ……。

 

 

『祥ちゃん……これ……!!』

 

 ノートを見せようとしてくる燈を振り払ったのはあのときと同じ……。

 自分が惨めにならないようにする為……。何もかも忘れたいなんていう無駄な行動は私を苦しめるだけでしかなかったですわ。でも、もう辛いですのよ。投げ足したい、全てを放棄したいという気持ちに呑まれたとき、私はこう思ったんですわ……。

 

 

 

 

「もう、どうでもいいですわ……」

 

 無気力、虚無感、自分を変えられないという絶望感……。

 こういうものばかりが私を後押ししてくるというのならそれにいっそ呑まれてやりますわ。そうすることで自分が楽になれるというのなら、もう私は頑張らないですわ。何故なら、私にはもう……燈達のように強い意志すらないのですから……。

 

 

 

 

 

 

 

 部屋の一角からカーテン越しに光のようなものが出ていた。

 あー私はもう家に戻って来ていたのですわね……。あの後、何を自分でしていたのかなんてのはもう忘れてしまいましたが、それはもうどうでもいですわ。覚えていないことは些細なことのはずですわ。

 

「祥子、今日は……学校どうするんだい?」

 

「……休みますわ」

 

 畳の上に寝ながらも私はお父様に返事をする。

 声すらしない、ただの無音の中の和室の中でお父様の声は特に響いていましたが、私の声は水滴一つ落ちる音すらしていなかった……。

 

「……祥子、お父さん」

 

「お父さん、祥子が何か悩んでいるなら力になるからな……。祥子がお父さんのことを助けてようとしてくれていたように俺が今度は祥子を助ける番……だから」

 

「お父様……」

 

 本来であれば、輝かしい親子の会話なのかもしれませんわ……。

 でも、私にとってお父様の救いの手は払いのけることしか出来なかった。

 

 

「大丈夫ですわ……お父様。自分の問題は……自分で解決しますわ……」

 

 拒絶することしか出来なかったんですわ……。

 自分が惨めになってしまうから、光の道を進みだすことが出来たお父様のことを……。それにしても……。

 

 

 

 

 これではまるで……立場が逆転したような気分ですわ……。

 あの日以来ずっと私がお父様を支えようとしていたのに今では私がお父様に支えられようとしていたんですから……。笑えない、本当に笑えない話ですわね……。

 

 

 

 

 

 

「私は未練がましいですわね……」

 

 場面は一転して……歩道橋へと変わり果てていた。

 このときの私は……初華や海鈴さんが自宅にやって来るのも時間の問題と捉えて、家から出てこの場所に来てしまっていたんですわ。そう、燈と初めて出会ったこの歩道橋に……。視線を上に向ければ、燈がカーテンを開けて私達がいることを確認している様子があったあの頃の姿があったような気がしてならなかった……。

 

 幻覚が見えるほど疲弊してしまっている私に対して後ろに立っている睦は何処かお日様を感じさせていましたわ……。睦は私のことを助けようとしてくれていましたわ。でも、私は……それを受け入れることが出来なかった。私にはもう何も残されていなかった。だから、あのとき……。

 

 

 

 

「私のことは一人にしてくれて……」

 

 睦を突き放す一言を発する。

 それがどれだけ重いものなのかを分かっていながらも、私は睦の目の前から無気力の足を歩かせていた……。何もないはずなのに、何処へ歩けばいいのかも分からない私はただ自分という人間の体力が尽きるまでこうして歩いてるなんて哀れなことをしていたかったのかもしれませんわ……。

 

 

 

 

 

「私はこれからどうすればいいんですの……」

 

 自分で全てを切り捨てて、逃げ出してもう無理だとなっていたはずなのに手は震えている。

 抑えきれない本心に私はどうすることもなく、逃げ続けた果てに公園のベンチという場所を選んでいた。ただ、誰も居ない夜の時間の中で私は時間だけが流れて行くのを待とうとしていたときでしたわ……。

 

「こんなところに居ましたか、豊川さん」

 

「祥ちゃん……探したんだよ?」

 

「……八幡さん。それに……初華」

 

 私はどうやら一人になるのには色々と背負い過ぎてしまったようですのね……。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

「今日はテレビの取材が色々入っています。今すぐ来てくれませんか?」

 

「もう私には…………関係のないことですわ」

 

 海鈴ちゃんが祥ちゃんに声を掛けると、ベンチから立ち上がることもなくただ無気力のまま会話を続けていた。

 

「関係のない……?何を言っているんですか、豊川さん。Ave Mujicaには貴方の指揮力が必要なんです。貴方抜きでは成り立たないバンドなんですよ」

「待って、海鈴ちゃん……!祥ちゃん……様子がおかしいよ」

「様子が……おかしいですか?」

「だって……私こんな祥ちゃん今まで見たことないよ……。これじゃあ、まるで廃人だよ……」

 

 無気力のままでいる、なんて簡単な言葉で話を進めようとしていたけど明らかに祥ちゃんの手には力は入っていなかった。それどころか、何処か目は虚ろになっている。まるで、この世界に生きる意味を消滅した。そんな悲しいことを言いたそうな祥ちゃんを見る度に悲痛なほど苦しくなる……。

 

「祥ちゃん、いったいなにがあったの?睦ちゃんとは……会ったの?」

 

「睦とは会いましたわ……」

 

「良かった、じゃあ……「私のことはもう追わなくていいと言いましたわ」」

 

 

 

 

「え……?」

 

 思いがけない発言が飛んできて驚いてしまう。

 自分の耳を疑いそうになっていたけど、確かに祥ちゃんから出ていた言葉だった……。祥ちゃんにとって睦ちゃんは小さい頃から大事な友達……。なのに、どうしてそんな風に悲しいことが出るんだろう。分からない、祥ちゃんのことが何も分からない。

 

 

 

『初華、ではあれが織姫、彦星ということですわね!!』

『貝殻……!貝殻ですわ、初華!!凄く綺麗ですわ!!』

 

 島での生活の日々……。

 たった一日だけの大切な祥ちゃんとの楽しい思い出。もうあの頃の祥ちゃんは居ないんだろうか、寝そべりながら無数の星を笑い合って見つめてくれる祥ちゃんはもう居ないんだろうか。驚愕の事実に翻弄されてしまう……。眩暈がしそうなほど沈みかけそうになっていると、海鈴ちゃんが声を出していた。

 

「豊川さん、なにがあったのかは存じ上げませんが……私たちは今やるべきことをやる必要があります。その後で悩みを聞きますので今はテレビ局の方へ向かってはくれませんか?」

 

「……お断りしますわ」

 

「何故ですか……?」

 

 ひたすらに困惑している海鈴ちゃん……。

 私も何をどうすればいいのかもう分からなかった……。

 

「私には……もうAve Mujicaをやれないですわ。ただ抜け殻となって……塵となった私には……」

 

「今は詩的なことを述べている時間はありません。移動中で構いませんので話を聞きます。ですから、せめてテレビだけでも出てくれませんか?受け答えが出来ないのであれば、私達の方でカバーします。豊川さん……」

 

 

 

 

「お願いします……」

 

 頭を深々と下げていた。

 今までバンドに対してあまり積極的に触れようとしていなかった彼女が祥ちゃんを動かす為に頑張ろうと必死になってくれている。そんな光景に目を疑ってしまっている自分がいたけど、これは凄くいい流れかもしれない……。

 

「私も……私も何か祥ちゃんが悩んでいるなら相談に乗るから、だから今はテレビ局に向かおう?タクシーすぐ手配するから……」

 

 

 

「もういいんですのよ……二人共……。私は所詮、ちっぽけな人間なんですわ。他の方たちのように強くなろうとすることは出来ない、目標すらない。出来るのはこの手を握りしめたり、呼吸することだけ……。それでは……息苦しいですわ……」

 

 たった今……祥ちゃんの心の奥底に触れたような気がした。

 今まで知らなった祥ちゃんの内なる心、それに触れたような気がしていた私はそれを知らない方が良かったとなっている私自身に恐怖してしまったのと同時に今いる……祥ちゃんが本物なのかどうかすら疑いに掛かりそうになっていた……。

 

「それに八幡さん……貴方には違うバンドもある。ムジカに拘る必要はないんではなくて?」

 

 掛ける言葉もない、そんな風になってしまっていた私達の心を晴れやかにしてくれる街灯なんてものは何処にも……。

 

 

 

「居たぞ、あそこだ燈……!!」

 

 

 

 

 

 僅かな光がそこにやって来ていた……。

 それは……燈ちゃんと……結人だった。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 俺達はRINGを出て、すぐ二手に分かれて此処に来ていた。

 俺は燈と共に祥子を探していて、もう既に景色は暗闇。何処に居るのかも分からない祥子を探し続けようやく俺達は見つけることが出来たが、海鈴達の近くに辿り着くと誰もが言葉を発するのが難しいそんな重さがあったんだ……。

 

 

 

 

「此処に……居たんだね祥ちゃん……」

 

 先に口を開いたのは燈だった……。

 祥子以外の二人の表情に注目すると、もう既に口論は始まっていたようで海鈴は若干疲弊しているようにも伺える。そして、なによりも初華の方は表情には出していないが、何か狂気を孕んだような視線を祥子に向けている。この会話、長く続かせてはダメだと俺はなりながらも初華への警戒心を強める。

 

「祥ちゃん……バンドまた始めてくれたんだね……複雑だけど……嬉しい……」

 

「…………ですがもうAve Mujicaとは関係ないですわ」

 

 そんななか、燈が祥子との会話を始めようとしていた。

 二人の中では特に緊張感というものは無かったが、何処か祥子の話し方は氷のような冷やかさがあった気がしてならなかった。

 

「どうして……?」

 

「燈、貴方が……知る必要のないことですわ。貴方には……MyGO!!!!!という希望に満ち溢れたバンドがある、そうでしょう?」

 

「どうして、そんなに冷たいの……?」

 

「冷たい……?」

 

 自分の中で疑問が生じる。俺はそのとき自分の中でその「冷たい」というものに違和感を覚え始めていた。確かに祥子の態度は先ほどから明らかに様子がおかしい。俺が一週間あいつの家に食材を運んできたこともあって、何度か会話をしたこともあったがそのときは熱を帯びている芯を感じていた。それは多分、Ave Mujicaというバンドが自分にとっての目標……。強いては最速武道館という夢があったはずだし、あいつはそれで終わりにするつもりはなかったはずだ……。

 

 

 

 

 なのに、何故だ……?

 なんで今のあいつからはまるで低温みたいなものがあるんだ……?

 

 

 

 

「もう一度言いますわ、燈……。貴方には……関係のないことですわ。それにAve Mujicaという箱庭は今日これを持って解き放たれるのですわ。星乃さんも燈も退散することをオススメしますわ」

 

 木々が微かに揺れ動くなか、俺の中で何かがやばいと感じさせる危険信号が発令されそうになっていたのと同時に初華が喋り出そうとしていた……。

 

「ムジカは終わってない……終わってないよ!!待ってよ祥ちゃん……祥ちゃんがバンドやろうって……言ってくれたんだよ?私に……全部忘れさせてって言ったんだよ?嬉しかったんだよ、ムジカは……私達のバンドだってなれたんだよ?祥ちゃんが……始め「やめろ、初華……!それ以上馬鹿なことを言うんじゃねえ!取り返しのつかないことになるぞ!!」」

 

 激昂し始めていた初華を俺は止めようと身体が勝手に動いてしまっていた。

 必死に初華の口を塞ごうとするが、初華は俺の体に何度も肘をぶつけながらも抵抗しようとしている。初華の抑えられない感情をどうにか自分の体に受けていたが、長くは続かないということは自覚していた。「離して……!!」と悲痛な声を上げている初華に「今は堪えてくれ!!」と俺は大きな声を上げてしまう。

 

「海鈴……!なんでもいいから、一旦祥子の口を止めろ……!!早く……!!」

 

 これ以上、互いに喋らせるのはまずいと判断した俺は海鈴にそう指示していたが、動揺している海鈴が動くことよりも先に祥子が禁句を解き放ってしまったからだ……。

 

 

 

 

「……そんなもの一時の気の迷いですわ」

 

 祥子の表情は冷たいものでしかなかった。特に笑っている様子もなかった。ただ淡々と事実を凶器のように突き付けているという地獄を見せられる。場の空気が、一瞬にして濁ったような感情が混ざり合う風で俺達の肌を触れていた……。

 

 

 

 

 似ているんだ、あのときと……。

 あのときと一緒だ……。

 

 

 

 

『そうか、頑張れよ……』

 

 燈に冷たい笑みを浮かべていたあの頃の俺と同じだ。

 俺は動けそうな燈に何かを……多分祥子を止めて欲しいと伝えようとしていたが、まるで古い写し鏡を突き付けられているこの状況に動揺を隠せないでいた……。それと同時に初華の拘束を弱めてしまい、一瞬の隙を突かれて初華が俺のことを突き飛ばす……。

 

 

 

 

 もう誰も止めることが出来なかった。

 ただ傍観者になるしかなかった……。

 

 

 

 

「どうして……そんなこと言うの……?」

 

 

 

 

 

 

「そんなの……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私が知ってる祥ちゃんじゃない……!!」

 

 

 

 

 

 

「ええ、そうですわ初華……ですので……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……もう追わなくて結構ですわ」

 

 

 

 

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