【完結】迷子の友人は羨望する   作:シキヨ

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此処から三話ほど睦の回想が続きます。
本当は二話程度で収めたかったのですが、どうにも無理そうでした


その雨は私自身にも降らせていた。

 私の名前は……若葉睦。

 小さい頃からみなみちゃんとたあくんの娘として扱われ続けていた。最初の内はそれが苦痛だった。消えない痛みでずっと嫌だった。でも、私はそれがいつの間にか消失していた。慣れた、というのが相応しいのかもしれない。諦めたというのが相応しいのかもしれない。私はどれだけ抗ってもあの二人の娘だということは変わらない。だから、私はそれに何も思わないようにしていた。それどころか、私はそれを利用しようとしていた節もあった。

 

「あはは!!若葉さんの娘は面白いなぁ!!」

 

 和んでいるような笑い声がしてくる。

 

「本当、流石みなみちゃんの娘って感じ!!」

 

 6歳の誕生日のとき、私は自分の誕生日に来てくれた大物俳優だったり、大物芸能人を笑わせようとたあくんの一発芸を真似したり、逆立ちをして驚かせようとしていた。来てくれた人達はたあくんやみなみちゃんの関わりがある人達は当たり前だけど、そういう人達が来てくれたからにはというより、私はただ単に純粋な気持ちでその人達を喜ばせたいという気持ちがあった。

 

「ねぇ、みなみさんもこっちで一緒に見ない?娘さん凄い面白いわよ!!」

 

「あーいや、私はいいかな」

 

 この頃からだった、みなみちゃんが私から距離を置き始めようとしていたのは……。

 そして、この頃だった。私の中で別の知らない、何かが生まれたのは……。

 

 

 

 

「……」

 

 誕生日を終えた翌日、私はただ窓から外を眺めていた。

 無数に続くビル、灰色の雲。動かない景色に飽きという概念がありながらも、私は窓を鏡代わりにしながらも見つめていたけどその鏡は笑っているようにも見えて仕方なかった……。それに反応することもなく、まるで適合したかのようになっていると誰かが私の席の前に立っていた。

 

 

 

「睦……さんでしたわよね?」

 

 声がしていた……。

 何処か気品があるような声……。呼ばれた私が振り返ると、そこに立っていたのは……祥だった……。

 

「豊川……さん……」

 

 祥との出会いは……割とよくあるものだった。

 私の誕生日会のときによく会う子で……偶に話もすることがあった。いったい、祥はいったいなんの話をしたいのだろう?と疑問になりながらも、待っていると祥が私の手を掴んでいた。

 

「昨日、お誕生日会凄く楽しかったですわ!!」

 

「え……?」

 

 手を掴まれたこともそうだった。

 でも、それ以上に私は「楽しかった」という言葉を直接的に言われて自分の感情が揺れ動いていた。

 

「睦さんがあんな風にはしゃでいる姿を見たのは初めてでしたわ!!」

 

「えっと……ありがとう……?」

 

 困り果てながらも、私はお礼を述べる。

 

「本当、楽しい誕生日会でしたわ!!お料理の方も美味しかったですが、本当に睦さんという人間のことを知れましたわ!!」

 

「私のことを知れた……?」

 

 自分の中で私のことを知れてよかったことなんてあるのだろうか?と不安になっていると、祥は強く私の手を握られながらも私は彼女の手に何処か光のようなものを得ていた。それが何故なのか自分でも分からなかったけど、祥の表情を見て分かったことがある。

 

「笑ってくれる……」

 

 笑顔……。それも心からのものだった。

 祥の笑顔が私を光へと照らし出してくれているような気がしていた……。それが花火みたいな瞬間的なものじゃなくて、継続的で綺麗……。

 

「どうしたのですの睦さん?」

 

「なんでもない……。それで……豊川さんはそれだけを言う為に?」

 

「あーそうでしたわ!私ったらいけませんわ!!その……」

 

 

 

 

「お友達になってくださる?」

 

 耳を疑いそうになっていた。今まで私に近づいてくる子達はいた。

 

「友達……?」

 

「ええ、そうですわ!私は睦さんと友達になりたいのですわ!!」

 

「ダメですの?」

 

 首を傾げていると、神妙そうな表情をする祥……。

 

「その……」

 

 思考が鈍りそうだった。あまりにも眩しすぎる祥の言葉に……。

 いつもならみなみちゃんの娘だからという理由が透けて見えていた。でも、祥だけは違った。曇り無き眼で祥は私に友達になりたいと言ってくれていた。そんな私は祥の日なたに導かれるようにして……こう答えていた。

 

 

 

 

「…………うん」

 

 自分でもよく分からなかった。

 どうして祥にだけ心を開いたのか、水晶のように綺麗な心を持つ祥になら私は心を許してもいいのかもしれないとなっていたのかもしれない。いや、それ以上にきっと私のことを……。

 

「では、これからは豊川さんではなく祥と呼んで下さると助かりますわ!私の方も睦と呼びますわ!」

 

 

 

 

 

「うん……祥」

 

 私のことをみなみちゃんの娘や、たあくんの娘としてじゃなくて……。

 

 

 

 

 『睦』として扱って居てくれたから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「睦、勝負事なら負けませんわ!」

 

 祥が手を上に掲げながらも、拳を握り締めていた。

 

「……うん」

 

 この日は運動会だった……。

 祥は凄く張り切っているようで、今にも走り出しそうだったけど足があまり早くない私にとっては楽しいかと言われるとそうでもなかった。

 

「ですが睦、あまり無理してはいけませんわ!貴方はこういうのは苦手なのですから」

 

 悟ってくれていたのか、祥は私のことを気遣ってくれていた。

 それに自分の世界に色付きそうになりながらも、私はやれるだけやってみようかなとなれていた。祥が楽しそうにしている、それだけで自分もこの行事に少しばかりだけでも一生懸命になろうかとなれていた……。

 

「祥子、凄く気合が入ってるわね」

 

 瑞穂さんの声がしてくる。

 その声は落ち着いてい走り出していった祥の姿を見送っているようだった。

 

「本当だよ、朝から今日の運動会を楽しみにしてたと言っていたからね」

 

 清告さんの声がしてくる。

 

「でもあの子が運動会を楽しみにしているのも分かる気がするわ、今年は睦ちゃんと一緒だもの。祥子のことよろしく頼むわね」

 

「……はい」

 

 返事をしながらも、心が温かくなりながらも私は祥のことを追い掛けることにしていた。

 

 

 

 

 

 ピストルを構えているのが見えて来る。

 徒競走の合図が今にも送られそうになりながらも、私は隣にいる祥の姿が凝視していた。

 

『お互い、頑張りますわよ睦……!!』

 

 祥の声だけで私は励まされているような気分になっていた。

 本当は得意でもないことをやりたくなかった。でも、私は祥が隣にいてくれる。それだけで充分、この徒競走がやる気になれていた。足は多分この中に誰よりも遅い。それでも、私は祥と一緒なら何処までも頑張れる。そう胸に込み上げるものがありながらも……。

 

 

 瞬間、合図の音がしてくる。

 それと同時に私達は走り出す。少し出遅れてしまったけど、足を走らせる。誰よりも早く走るなんていう行為は無理。でも、私は最後まで諦めずに走って居たかった。その先で待っていてくれている祥に「頑張った」と褒めて欲しかったから……。

 

 そういう感情もあってなのか分からない。

 一人の背中が見えて来ていた。私は最下位。今此処で抜かせば、私は最下位から出ることが出来る。抜かしたい、走りたい。勝ちたいという気持ちが珍しく私の中で込み上げて行くなかで、私は無我夢中の走りをしようとしたときだった。

 

 

 

 

 顔が地面に向いていた……。

 自分でも何が起きたかの分かっていなかった。膝に痛みが生じている。そのときにようやく気づいた。私は転んでいたんだと……。苦痛に耐えながらも、私は立ち上がる。本当は痛いけど、それでも立ち上がっていたのは祥に褒めて貰いたいから。笑顔で迎え入れて欲しいから。

 

「……っ!」

 

 痛みを超越しながらも、私は……ただ走ることだけを考えていた。

 その結果……。

 

 

 

 

 私は結局、最下位だった……。

 

「睦、大丈夫でしたの!?」

 

「……う、うん」

 

 ゴールしたのと同時に私の服や体についていた砂を払ってくれている祥。

 

「だから無茶をするのは良くないと言ったんですのよ?でも……」

 

 

 

「よく頑張りましたわね睦……」

 

 心配してくれていた表情から一転して、祥は私のことを抱きしめてくれていた。

 求めていたのはこれだった。祥はきっと私が無茶をしたら心配をしてくれる。それでも、頑張ったら最終的には褒めてくれる。それを私は期待していた。だから、今の私はこんなにも満たされていた……。

 

『お友達になってくださる?』

 

 最初にああ言われたとき、私は凄く戸惑っていた。

 それでも、今はこうして友達になれたことが代えがたいものだったのは間違いなかった……。

 

 

 

 

 祥は私にとっての()()()だったから……。

 

 

 

 

 

「お母さん……」

 

 運動会から帰って来て私は自分の家に帰って来ていた。

 みなみちゃんやたあくんが私の運動会に来てくれることはなかった。たあくんの方は仕事が忙しかったみたいで後で「ごめんね」と謝ってくれていたけど、お母さん……。いや、みなみちゃんは違った。

 

「睦ちゃん、前にも言ったでしょ?お家でもみなみちゃんって呼んでって。私達は芸能人なの。何処で誰に聞かれているか分からないから、お母さんって呼ばれただけでマスコミがやって来るかもしれない。そうなったら睦ちゃんも不幸になっちゃうでしょう?」

 

 分かっていた、みなみちゃんは誤魔化していたけど私には分かっていた。

 みなみちゃんは私に恐怖している……。毎年行われる誕生日で私が芸能人や俳優さん達に怯むことなく、笑わせたり驚かせたりしていたときから気づいていたんだ。私の「異常性」を……。そして、それだけじゃない。

 

 私が年相応そうに生きているセミを捕まえたり、知らない人にいきなり話しかけていたりしたこともあったから私を年々怪しむようになっていた。元々、私は社会に馴染めるような子じゃなかったら、見抜き始めていたんだ……。

 

 

 

 私が「化け物」だと……。

 だから、あんなにも悍ましいものを見るような目でみなみちゃんは……私のことを見ていたんだ。そして、多分気づいていた……。

 

 

 

 

 私の中に潜む無数の影に……。

 

 

 

 

 

 

 それから私と祥は……二人で月ノ森の中等部に入った。

 今まで通り、私は祥が笑ってくれればいい。祥の居場所を守りたい。そういう気持ちがあったけど、祥の居場所は中学二年生のときに早々に崩れることになってしまう。いつもお財布の中に入れてある一枚の写真を私は取り出して見つめる。

 

 そこには運動会が終わった後、私と祥が一緒に映っている写真……。

 この写真を撮ってくれたのは祥のお父さんだった。祥の両親は優しくて何処か普通の家庭のようなものにも見えていたけど、私のことも温かく迎えてくれていた。祥がピアノの発表会があれば、祥が私が来るのを楽しみにしてくれていたという話をしてくれていた。そういう一面もあったから、私は祥だけじゃなくて祥の両親にも幸せになって欲しかった。でも、それは願ってはいけない望みだったのかもしれない……。

 

 

 何故なら、祥のお母さんは死んでしまった……から。

 どうすることも出来なかった、私には……。後悔が残りながらも、私は移動だということを祥に伝える。それからして、何も反応せず祥と一緒に移動することになった……。確か、次の時間は……となっていると、私達は移動場所にやって来ていた……。

 

 

 

 そして、そこで始まったのは……。

 

 

 

 

 モルフォニカの演奏だった……。

 月ノ森の高等部でバンドをやっている先輩の話は何度か耳にしたことはあった。実際にこうして演奏を聴くのは初めてだったけど、こうやって楽器を奏でたり声を通して音を出すということがこういうことなんだって初めて知れたような気がしていた。みなみちゃんの知り合いが実際に生で歌っているところを聴いたりしたことはあった……けど。

 

「睦、バンド……!バンドをやりますわよ!!」

 

 それ以上にモルフォニカに感化されていたのが祥だった……。理由を特に聞くことはしなかった。多分、モルフォニカの演奏に感動したとかそういう理由だと思うから。

 

「……分かった」

 

 私は嬉しかった。

 瑞穂さんが亡くなってから、魂が抜けたようになっていた祥が改めてこうしてまた自分で何かをやりたいとなっている。それが嬉しくなっていた私は祥に一度は聞き直すものの、私は祥がそれで幸せになれるならと思って頷いていた……。

 

 

 

 

 祥とのバンド……。

 いったいどういうメンバーが集まるんだろうか?という不安はあまりなかった。祥が集めてくれるメンバーならきっと大丈夫となりながらも、私は指定されていた喫茶店で待っているとそこには同じ月ノ森の生徒の人が立っていた。

 

「えっと……若葉睦ちゃんだよね?」

 

 こくんと首を頷かせる。

 そこに立っていたのはそよだった……。

 

「若葉さんの娘だと聞いたけど、本当?」

 

「………本当」

 

 言葉に詰まりそうになりながらも、返答をするとそよが自分の手と手を合わせながらも「そうなんだー」と言っている声がしていた。

 

「若葉さん凄いよねぇ、テレビで見ない日ないもん」

 

 長く薄めの茶髪を揺らしながらも、私の話ではなくみなみちゃんの話が続くことはもう既に慣れきっていた。何処に行っても、私はみなみちゃんの娘だという事実は消えることのないものなのだから……。

 

「……そこに立ってられると邪魔なんだけど」

 

 棘があるような声を出していたのは立希だった……。

 

「あっ、ご、ごめんね……。えっと、確か椎名立希さんだよね?お姉さんは真希さんで、吹奏楽部で主将を務めてたんだよね」

 

「……今その話は関係ないでしょ」

 

「あっ、あーえっとそうだね!ごめんね!!」

 

 棘のある言葉で立希はそよの言葉を封じ込めていた。

 それからして何も言わずに、立希は椅子に座り込んでいた。そよの言葉に私は特に反応はしていなかったけど、立希のことを自分と同じような感覚を受けていたような気がしていた。家族のことばかり話をされる自分と……。

 

 

 

 

「私達はこれからバンド……運命共同体になるのですわ!!」

 

 祥子や燈も集まって来ていて、楽しそうにバンドのことについて話を始めていた祥……。

 これからの方針としてはまずライブを目指して行くという方針が固まっていて、燈が作詞をしてそよがそれを曲として形にするという話になっていた。私はそれに対して特に異論はなく、頷いていた。

 

 

 

 

「そういえばギターをやってたの?」

 

 そよの言葉に対して、首をこくんと頷かせる。

 私は小さい頃からギターを弾いていた。ギターだけが私の取り柄だと信じたかったから、私だけの感情表現信じたかったから。

 

「へぇ、そうなんだ……。そうだ睦ちゃんは燈ちゃんの歌詞どう思った?私は変わった歌詞だなぁと思ったんだけどな」

 

「私は……」

 

 

 

 

「好き、燈の歌詞……」

 

 思って居たことを淡々と告げると、そよが「え?そうなの?」と言っていた。

 そよは私がこうやって反応を示すのを意外に感じていたのかもしれないけど、私は燈の歌詞が嫌いじゃなかった。

 

 

 

 

 寧ろ、好みだった……。

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませ」

 

 店員さんの声がしてくる……。

 そよが店員さんと話をしている。こういうカラオケという場所は来たことがなかったけど、家に機械があったような気がする。たあくんの誕生日会で芸人さん達が宴会みたいな感じで盛り上がっていたのを覚えていた。

 

「睦、これはどうやったら出るんですの?」

 

「……分からない」

 

 お互いにお互いに知らない機械が目に入ってどうやって動かせばいいのか分からなくなっていた。多分、飲み物が出る機械というのはなんとなく伝わっていたけど、実際にこうやって触るのが初めてでどうすればいいのか知らなかった……。

 

「あーえっと、多分それは……お金かかる……」

 

「そうなんですの!?燈、よく知っておりますわね!?」

 

「友達と……来たときに見たことがあるから……カラオケは初めてだけど……」

 

 そんな会話が続きながらも、立希が私達に使い方を説明してくれていた……。

 

 

 

「カラオケってなんて楽しいんですの!!」

 

 個室の中に入ると、最初に入って来た瞬間感じたのは薄暗い部屋の中……。

 電気を付ければ、それが多少は変わっていた。それからして、誰が何を歌うかなんて話をしているかなか、私は電子目次録からパスパレの曲を探して、それを入力していた。この機械自体は家で見たことがあったから、使い方はしていった……。

 

 そして……マイクのスイッチを入れつつも私自身の()()()()も入れる。

 それはみなみちゃんやたあくんを喜ばせる為のものじゃない、私自身の為に歌い始めていた……。

 

 

 

 パスパレの曲を……。

 

「凄い!!睦ちゃん、パスパレの曲歌えたんだ!!」

 

 そよに褒めれらる。

 

「お前、歌えたんだ……」

 

 立希に褒められる。

 

「上手ですわ睦!!」

 

 祥に褒められる。悪い気分じゃなかった……。

 寧ろ、あのときみたいに心が温かくなっていた。陽だまりの中に照らされているそんな気分にすらなりながらも、カラオケは続いていた……。

 

「これ、曲入れたら探せるから。歌える曲ある?」

 

「あーえっと……多分、これとか……」

 

 立希が機械の操作の仕方を教えながらも、燈が歌える曲を選んでいた。

 それと、同時に祥も立希に歌えるかどうか聞いていた。楽しいという感情が湧き上がりながらも、私はそよが選んだ曲を流れたのと同時に楽しそうにマラカスを振っている祥の姿が目に入って私は楽しそうな祥の姿に思わず吹き出しそうになる。

 

「笑った……」

 

「睦ちゃんが笑ってる」

 

 立希とそよが反応を示してくれている。

 私は心の底から楽しいという感情が湧いていた。祥が無邪気にしてくれているのもある、それ以上にこのバンド、CRYCHICと居れば私は自分が()()出来そうな気がしてならなかった。そして、分かったことがある。祥がバンドを組もうと言ってくれたとき、私は何処か期待していたのかもしれない。自分も変われるかもしれない、と……。だからこそ、私はこの時間を楽しもうとなっていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もしかして映画館来たことないの?」

 

 意思表示を示す為に、首を横に振ると立希が溜め息をついている。

 世話が焼けると言いたそうにしながらも立希が映画館の機械のチケットを触れている。

 

「なに見るの?」

 

「立希と同じ奴でいい」

 

「え?」

 

 空気が重くなったよう立希が固まっている。

 どうしたんだろう?と不思議そうに待っていると、立希が渋々同じ映画を購入する。そして、出て来た半券を渡してくれていた。

 

「なにか飲む?」

 

 半券を受け取った後、私は立希にそう言われる。

 立希が目線を送っていた先を見ると、そこには飲み物やポップコーンなどが書かれていた。

 

「……リンゴ」

 

 特に何を飲むか決めていなかった私は適当に目に入ったものを選ぶ。少し待っていると、私はリンゴジュースを受け取って、立希はアイスコーヒーを受け取っていた。

 

 

 

「……」

 

 シアターの中に入って私と立希は待っていた。

 話はしないでただひたすら映画が始まるのを待っていると……立希が選んでくれた映画が始まり出していた。内容は正直よく分からなかった。パンダが主役の映画だというのは把握できたけど、どういう映画なのかは最後まで首を傾げそうになっていたけど、立希が満足そうにしていたから私は特に何も言わなかった……。ただ、一つだけ覚えてるのはパンダの映画に出て来るケルベロスという動物?だった。三つの首を持っていて性質も性格も違う。まるで自分を見せられているような気分だった。最終的にはパンダに倒されてしまうけど……。

 

 

 

 それから映画を出て、私と立希はファミレスに来ていた。

 私が紅茶を飲んでいると、立希がこんな質問をしてくる。

 

「お前さ、なんで自分が誰かの娘とか言われて反論しないの?」

 

「立希だってしてない……」

 

 敢えて立希も自分の姉のことを言われても何も反応をしていないという話をすると、立希が一瞬だけ不機嫌そうな顔になる。

 

「それはそうだけど……お前の場合何も言い返そうとかそういう素振り見せてないでしょ?それってお前が苦しいだけでしょ」

 

「……そうなの?」

 

「は?自分でそういうの考えたこともなかったの?」

 

「そういうもの……だと思ってたから」

 

 考えた事もなかった。

 いや、今まで考えないようにしていたのかもしれない。他人に都合のいい若葉睦を演じることで自分の内側の中で自分はみなみちゃんやたあくんの娘だと言い聞かせて、それが正しいと認識させていた。それが当たり前だったから、そう()()しないとやっていけないから。

 

「はぁ……」

 

 立希は心の底から溜め息をついているような感じだった……。

 何故自分が溜め息をつかれているのかも分からず、立希の言葉を待っていると、こう返される。

 

「お前が誰かの娘だと言われても気にしないとしても……。それでも……睦のことを睦として認識しない……」

 

 

 

 

 

 

「あんな奴らのことなんか気にしなくていいから」

 

 自分の中でそれが当たり前だと認識させていも響くものがあった。

 真正面からぶつかってくれる立希の言葉が私を立たせる為の……成長させる為のものにさせてくれる。そんな強い実感が沸きながらも、私は小さく頷くことにしながらもどうして立希はこうも強くあり続けられるんだろうかと不思議になっていると、立希の鞄に付けられているパンダのストラップが目に入る。そのストラップは最近まで付けていなかったような、そんな気もしていた……。ただ、凄く大事にしている。それがなんとなく伝わっていたのはきっと……立希がそれにときどき視線を送っていたから……だと思う。

 

 誰からの贈り物、そういうものだと納得しながらも私はそれを与えた人がきっと立希に助けになっているとも考えていた……。

 

 

 

 

 そして、私は次の日……。

 燈にとっての強さを目撃することになった。それは偶々だった。偶々、私が喫茶店に一人で行こうとしていたとき、燈の姿が目に入った。燈はあまりこういう場所に一人で行くような人じゃないから、珍しいかもしれないという感情になっていた。

 

「男の人……?」

 

 燈の隣には男の人が座っていた。

 前に祥が言っていたことを私はこのとき思い出していた。燈には男の友達が居るという話……。楽しそうに話していたと祥が言っていたのも……。その話を思い出しながらも、私は燈と彼の表情に注視していると二人は本当に楽しそうに会話をしていた……。

 

「結人君、この前新しい動物シリーズの絆創膏を見つけたんだ。えっとね、これがザトウクジラでね。こっちがシロナガスクジラ、マッコウクジラなんだ……」

 

 燈の話を聞く限り、クジラの話をしているようだった。

 

「クジラ系の絆創膏かぁ……。そういえば、燈はシャチがクジラの仲間だということは知っていたか?」

 

「そう……なの?」

 

「ああ、シャチはハクジラの一種で、マイルカ科の中では最大の種だと言われているんだ。シャチは北極から何曲、熱帯地域、世界中の様々な場所に生息しいているんだ」

 

「そう……だったんだ。色んな動物の中でも頂点の捕食者なのは知っていたけど、シャチもクジラの仲間だっていうことは知らなかった……かも」

 

 二人のシャチに関する話が続いているなか、燈が結人に見せている表情。

 結人が燈に見せている表情が気になって仕方なかった。二人が交互に話しながらも頬を緩ませている姿に何処か羨ましさがあったから……?違う、そうじゃない。あそこまで仲良く話せるのが羨ましいから?それも違う。

 

「結人君……今度水族館行かない?池袋のじゃなくても……いいよ?」

 

「燈はケープペンギン見たいだろ?」

 

「ううん、結人君の話も色々聞きたいから……」

 

「俺は別に構わないぞ?」

 

「……!!あ、ありがとう。そ、それじゃあ今度行こうね……!」

 

 仲の良い友人の話にしか聞こえない。

 でも、それが私は羨ましくてしょうがなかった。この会話だけで燈という人間に結人という人間がどれだけ支えになっていてどれだけ自分の勇気に繋がっているのか心から理解してしまっていたから……。だから、私はあの日結人に少しだけ焦がれそうになってしまっていた。

 

 

 

 あの人なら私のことも成長させてくれるのかもしれない、と……。

 そして、私もまた自分を成長させてくれるかもしれないことが近々起きようとしていたけど、それは全く違った……。

 

 

 

 

 

「睦、燈、そよ、立希……!私達、やり遂げて見せたんですわ!!」

 

 CRYCHICとしてのライブを終えた後、祥たちは満足げに会場から出ている。

 燈も立希もそよも全力を出しきっていたというのが伝わって来るけど、私だけが何処か納得できない、晴れない気持ちで繋がってしまっていた。それでも、祥が喜んでくれているなら私はいいと自分の気持ちを押し殺しなりながらも……私の脳内には心理現象(フラッシュバック)が起きる。

 

 燈の歌がが凄かった、立希のドラムがカッコよかった。そよの音色は優しかった。

 祥が奏でる……ものは……祥が奏でるものは……。自分の記憶に揺らぎ始めながらも、私はただ祥の居場所を守りたい。その意志だけ立たせようとしていた。

 

 そう、私はその為だけに生まれた。

 私は睦ちゃんという存在を守る為に……。今まで色んなことをやってきた。ギターを弾かせようとしてきていたことも、CRYCHICの日々を笑顔で送ろうと……。CRYCHICという輪の中で私も自分で居たいと願う為に……。そして、自分が若葉睦として……。

 

 

 

 ()()する為にも……。

 でも、私にも眠っている睦ちゃんにも言えたことがあった。それは……私はギターを弾かせることなんて出来なかった……。

 

 

 

 

 

「祥ちゃん、今日は来るって!!」

 

 そよの声がしている。

 CRYCHICのライブからもう二、三ヶ月は経っていた……。どうして祥がバンドの練習にあれ以来来なかったのは知っていた。言える訳がなかった。祥のお父さんが詐欺に騙されて、祥がそれを追い掛けるようにして今は暮らしていると……言える訳がなかった。

 

「あいつ、来たら絶対に文句言ってやる」

 

 私は祥のことは喋れず、何も知らないということを演じつつも自分の中では未だにギターを弾かせられなかったことだけがずっと引っ掛かっていた。

 

「……」

 

 私はただ無言のままギターに触れる。

 子供の頃、私にとってギターの出会いは新しいものに触れらるいい機会だったから。

 私は他の子のように何かを弾かせられることが出来なかった。ライブを得たら私は音を弾かせられると思っていた。ただ、それは違った。私のギターは満たされることはなかった。モルフォニカみたいに満たすことが出来なかった。

 

「CRYCHICを辞めさていただきますわ」

 

 祥が来ていた。祥の言葉だけが薄暗くも響いていた。

 誰もが祥のことを責めていた。燈はどうすればいいのか分からず、ただただ困惑していた。落ちて来ない砂時計のように何もおきないという事実に打ちのめされながらも私が出ていたのは……。

 

「バンド、楽しいと思ったことない……」

 

 バンドを打ち砕く為の言葉だった……。

 多分、私の中にいる睦は納得してくれていなかった。私もあの子も成長したかったというのは本当だった。それでも、私がこの選択を選んだのは……祥のことを守りたいから。その一心で自分も泥を被るという一心でこの発言をしていた。勿論、ギターを弾くことが出来ない……から。出ていたものだというのもそうだった……。

 

「え?……嘘だよね、睦ちゃん?」

 

 声を震わせながらも動揺しているそよの声がする。

 何も言えなくなって立ち尽くしている燈の姿がある。祥の胸倉を掴みながらもずっと祥のことを睨んでいる立希の姿がいる。苦悩している祥の姿がある。

 

 この中で私だけだった……。

 後悔をしていなかったのは……自分が正しいことを言ったんだと言い聞かせながらも、実際にはそうではなかったということを……。そして、分かっていなかった。幼馴染、友人の祥の雨を降らせてしまったのは……。

 

 

 

 

 

 

 私自身だったということを……。

 傘を差し出すどころか、私が……。

 

 

 

 

 

 晴れることのない雨を降らせていた……。

 そして、あの日の私から私のことを任せていた人格が一つ消える音がしていたのと同時に消えゆく幻の中で声がしていた……。

 

 

 

『どうして睦ちゃんは……楽しくないなんて……』

 

 

 

 

 

 

『言ったの……?』

 

 

 

 

 

「ごめん……」

 

 

 

 

 

 私はそう返すことしか出来なかった……。

 

 

 

 

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