【完結】迷子の友人は羨望する 作:シキヨ
※追記
前回の話で立希と結人が出会ったタイミングが微妙にズレていましたが、立希と結人がよく会うようになったのはパンダのストラップを貰った後だということにしてください。この度は申し訳ありません。
CRYCHICはもうない。
その現実がどれだけ祥達に辛く重く伸し掛かっているものなのか、私にはちゃんと伝わっていなかった。でも、ああしていなければきっと祥はずっと自責の念で苦しむことになる。だから、私のしたことは正しい。そう誤認させようとするほど、辛いものがあった。
「睦ちゃん、祥ちゃんから連絡あった?」
もう既に祥は月ノ森から転校していた。
羽丘に転校していたことは知っていたけど、そよは遠回しに私を使ってCRYCHICを復活させようと探っていた。でも、私は何も答えないから時々苛立ちを隠せないのか、自分の指を弄っていた。何回も、何回も……。
「睦ちゃん……そうやって黙ってたら何も解決しないって分かってる?」
「それは…………分かってる」
「分かってないからそうやって反省したフリしてるんじゃないの?CRYCHICが解散したときだって、睦ちゃんがあんなことを言わなければ「それも…………分かってる」」
何も言い返すことができなかった。そよの目は明らかに「使えない」という目線を送っていた。
私はそれに怯えそうになりながらも無表情を貫き通していた。
祥が転校したことは仕方のないことだった。
仕方のないことで済ませたくはない。そういう気持ちはあるけど、そういう言い聞かせるしかなかった。近くで祥を守れない。そういう悪循環を抱えながらも私は学校生活を送っていた。
みなみちゃんとたあくんの娘として……。
そんな昔と変わらない日々が続くなか、私にとっては祥との日々だけが頼りになっていた。
羽沢喫茶店でお互いに飲み物を飲むというこの短い楽しい時間……。ただ互いに飲み物を飲むという僅かな時間だったけど、本当に楽しいものだった……。
でも、その時間すらも一年、高校一年生となって時間が経てば、地獄へと変貌していたけど祥は私にあることを教えてくれていた。
「伝書鳩になってはいけませんわよ、睦」
時間が経てば楽しかった時間が変わり果てるなんていうのは当たり前だった。
それでも、祥だけは変わらないでいてくれた。そよが変わっても祥だけが変わらずに私のことを後押ししてくれていた。だから、私も私で頑張ろうとなれていたけどそれは無理だと再認識させられることになった。
燈達の一回目のライブ。
それは祥がそよに話をつける為にライブハウスのRINGにやって来ていた。私もその付き添いとして此処にやって来ていただけだった。得るものがあった。自分が思っていた以上に……。燈達の一曲目は出来るバンドという感じではなかった。それでも燈が一生懸命に歌っている姿をこうして観客の立場として見るという行為は何処か自分の中で元々同じバンドの仲間だった人間として嬉しいという気持ちもありながらも、あのときのように羨ましいという感情があった……。
そして、それ以上に私の心に届いたのは……。
「違う春日影……」
CRYCHICとは別の春日影……。
あの頃の面影は全くない。でも、何処か心の外側から内側に掛けて明るく灯してくれるものがあった。多分そう感じさせてくれていた一番はギター二人の存在だった。あの二人のことは当時は知らなかった。でも、燈という人間に触れ合うことによって誘われたんだというのはなんとなく分かる。愛音のギターから感じるのは明るくて暗闇の中を照らし出すようなギターの音。楽奈からするのはギターと自分が一体となって自分のものとしている音……。そういうものが伝わる度、私は二人の演奏に惹かれそうになっていた。
本当に二人の演奏が……。
「凄い……」
となれていた。
多分、愛音の方はギターに慣れてそこまでだったと思う。でも、それでもギターの特徴を出せている。それだけで私は本当にこのバンドは……。
いいとなれていた。
「……祥?」
燈達の番が終わった後、祥の姿が無くて私はライブハウスを一旦出ることにした。
今何処にいるの?と連絡すると、祥から電話が掛かって来ていてこう問われる。
「睦はあの春日影どう思ったんですの……?」
私はそれにこう答えた。
「良かった」
「そう、そうだったんですわね……」
間違った選択をしたというのは後になって分かった。
祥が求めていたのはこれじゃない、と……。だからあんなにも辛く悲しそうな声を出しながらも私にこの質問を投げかけたんだと……。それが分かった頃にはもう手遅れでしかなかった……。
祥と話合うことも出来ず、私は次の日月ノ森にそよと一緒に登校していた。
そよの機嫌がかなり悪い理由は分かっていた。そよはCRYCHICに拘りを持っているから。だから、今何を話そうとしているのかも分かっていた……。
「祥ちゃんも来てくれてたんだよね?ってことは……CRYCHICのこと前向きに考えてくれてるのかな?」
「それは……違う」
此処でも私は選択を誤った。
だからそよにこう言われてしまう。
「睦ちゃん、本当に思ったことそのまま言うよね。やってほしくないことばっかり。お願いしたことはやってくれないくせに」
何も言い返すことが出来なかった。
その通りだったから……。私の要らない言葉のせいで祥達のことを傷つけてしまったから。
「祥ちゃんの家知ってるよね」
だからこそ、私はそよに罪滅ぼしがしたくて私は祥の家へと案内することにした。
でも、私と祥だけの秘密にしているあの家のことを教える訳にも行かないからどうしようと悩んでいたけど、私はそよに本当のことを教えようかと悩みながらも一緒に祥の後を追い掛けることにした結果……。
「CRYCHICはもう戻らないのですわ」
そよに現実を突き付けることになってしまった。
これで良かったのか……と何度も悩んだ。いい訳がないのは分かっていた。それでも、ただ私を何も感じないようにしながらもCRYCHICの日々を思い出す度に自分がギターを弾けなかったという事実に打ちのめされそうになる。
「お願い、祥ちゃん達が居ないと私……!!」
それでもそよは何度も何度も祥の手を離そうとしていなかった。
今にも振り払われそうになっているそよの手はただ泣きじゃくりながらもこう語っていた。
「私に出来ることがあるならなんでもするから……!」
「それはいったい、どのくらいの覚悟で言っているんですの?」
「……え?」
「今、貴方が並べた言葉はそれ相応に重いもの。他人の人生を背負おう覚悟もない、貴方が口にするべき言葉ではありませんわ」
目を瞑りたくなっていた……。
現実逃避をしたくなっていた。私も祥の笑顔を守れるなら、祥の傍に居れるなら何かを犠牲にしてでも傍に居たいという気持ちがあったから……。
「貴方、ご自分のことばかりですのね……」
捨て台詞のようにして祥はそれだけを言って去って行く……。
本当に……CRYCHICはもう戻れないところまで来てしまっていた。そよに何かを声を掛けたかった。祥のことを追い掛けたかったけど、私にはどっちの選択を取ることが出来なかった……。
次の日……せめてそよに何か言葉を掛けようとしたけど、そよは学校に暫く来ないままの日々が続いていた……。気がかりだったけど、そよの家に行くことは出来なかった。何を言われるか分からないから、怖いから。私には前を進むだけの勇気なんてものは空っぽだったから。立希や燈のようにはなれなかった……。
だからこそ、私はあの一回目のライブが心の奥底に響いてたのかもしれない。
そして、MyGO!!!!!としてのライブの二回目はそう遠くないうちに行われていたようだった。私はその日、違う用事で燈達のライブを見に行くことが出来なかったけど三回目のライブを見に行くことは出来た。
そのライブはとても良かった……。
一度は修復することが出来なくなっていた燈達のバンドがこうしてまた戻れたというのは複雑な思いもあったけど、私は喜ばしいものが合ったのは間違いなかった。なによりも……。
「燈がよく言ってた……結人?」
RINGの楽屋を探しているとき、結人と出会った。初めて結人と出会ったとき、私はそこまで興味を示していなかった……。私はもう何者にになれない、進めないと諦めていたから。あのときの自分とは違って、もうギターを弾かせるという拠り所もない。ただ祥の傍に居て笑顔を守りたい。それだけだったのに、結人と接近してあるものが芽生えていた。
「結人……お日様のように暖かった……」
あのときの結人は間違いなく、初めて祥と出会ったときと同じ日の光を感じていた。
もう光を浴びることなんてないと思っていた私に新しい希望の光を照らしてくれていた。それだけで私は彼ともっと話したいという欲求が湧いていた。
なによりも……。
「ちゃんときゅうりだったぞ」
美味しそうに私が育てたきゅうりを食べてくれていたのが何よりも代えがたい喜びだった。言葉だけじゃとても表せない、その喜びで満たされそうになっていた。本当に嬉しくてしょうがなかった、人形のように冷たく無表情で居続けた私にとって自分で何かを作り出して誰かに褒めてもらうという行為が替えの効かないものだったからこそ私は……。
結人をもっと知りたくなりたいという衝動を抑えられなくなくなってきていたのと同時に奥底に眠るモーティスも私に共鳴するかのようにしてお互いに笑い合っていた……。
結人に会いたい、そういう気持ちになりながらも私は彼の連絡先も何も知らなかった。
多分……燈達のバンドが好きだということだけはなんとなく私には沁み込んでいた。
「睦、どうしたんですの?これから私達のAve Mujicaが始まるのですのよ?」
「……ん」
そして、私もまたAve Mujicaとして新しいバンドを始まることになった。
ギターは弾けない。それでも与えられた『モーティス』という役割を私は演じ務めようとしていた。
「ねぇ、ムーコ……。アンタはさぁ、自分の顔を売ればAve Mujicaが売れるとかそういうの考えない訳?」
「私は……ただ祥の為にやるだけ。それに……私達は……Ave Mujicaの人形としてしか満たされない」
「ふーん?っそ……要は操り人形って訳ね。まあ、どうでもいいや」
言うだけで言ってにゃむはそれ以上私に何かを言うことはしていなかった。
その隣に居た祥が「気にしなくていい」と励ましてくれるのを頷きながらも、私達はステージの方へと向かって行った……。
「我、死を怖れることなかれ」
大勢のお客さんに囲まれながらも、私は仮面を付けてモーティスとなる。
若葉睦という姿を隠して、仮面の下で笑うことはしない。私はただの人形としての役目を真っ当しようとしていた。これもまた祥の為に……と言い聞かせながらも……。ギターも劇もやってみせようとしていた。
そして、ライブが終わった後……私はただ一人楽屋の鏡を見つめる。
まるで向こう側から誰かがこっちに視線を向けているような気配を感じていた。もうあの頃の私は居ない。なのに、私は誰かがこっちで問いかけて来ているような気がしてならなかった。波をジッと見つめるようにして待ち続けていると、何か音のようなものがしていた。
『睦ちゃんは……それでいいの?』
私はそれをただの疲れ、目の錯覚だと認識させてその場から逃れるようにして立ち上がっていた。その鏡の中に映っていた彼女はずっと……。
狂気的な笑みを浮かべていた……。
結人と一緒に楽奈のことを探すことになったあの日……。
一緒に探すと決めたのには理由があった。それは勿論、結人のことを知りたいということもあったけどそれと同じぐらいに私と同じギター担当で要楽奈という人間のことが気になっていたから。私より一つ下で彼女がどうしてあんなにも楽しげにギターを自由自在に弾かせられるのか興味があった。だから、私は結人と一緒に楽奈を探すことにしていた。
でも、それは少しばかり深入りし過ぎたかもしれない。
「またライブやるから来て」
楽奈は確実に私が多重人格だということを見抜いていた。
いや、実際に見抜いていたのかは分からない。半信半疑になりながらも私に語り掛けていたのかもしれない。だからこそ、私をライブに引き込んでどういう表情をするのか知りたかったのかもしれない。
私は楽奈の言葉に頷きながらも、返事を示す。
楽奈や愛音のギターに興味があった。燈達のバンドに興味があった。なによりも、結人がどうしてそこまでバンドというのに強く惹かれているのかが気になっていた私は4回目のライブも見に行こうとなっていた。
最後に私は結人に今日のことをありがとうと言われて、「気にしなくていい」と返そうとしていたときだった。
「え?ああ、ううん。大丈夫だよ結人君、ライブのとき思ったんだけど楽奈ちゃんは……ギターを弾けて凄いよね」
私の中で眠っていたはずのあの子が目を覚ましていた。
その子はずっと人格というものはあれど、名前はなかった。私がAve Mujicaというバンドをやり始めてから騒がしくなって二度目の結人との出会いでその子はとうとう彼の前に出て来ていた。きっと、あの子は結人という人間に惹かれたから表に出て来た。同じ私だからこそそれが伝わっていて、私はそれが心の何処かで許せないという気持ちになっていた。
「あっ……!帽子返し忘れちゃった……!」
結人がこの日くれた帽子は結局返すことが出来なかった。
私をみなみちゃんやたあくんの子供じゃないと騙す為の変装道具。それを渡されたとき、正直複雑な気持ちだった。まるでお前は目立つから帽子を被っていろと言われていた気分になっていたけど、あの日帽子を返そうとしていたときこう言われて捉え方を変えていた。
「睦にやるよ」
帽子を返そうとしていたとき、結人は私に帽子をくれていた。
貰いものなのは間違いないけど、結人からの贈り物だということが身に染みながらも、これからこの帽子を大切にしようとなって私はこの帽子を被り直していた。本当に嬉しかった、誰かから無性の贈り物を貰うなんてのは祥以来だったから……。
無性というものに温もりに包まれながらもライブの始まりを待っていた。
最初に何個かのバンドがやった後に、燈達のバンドが始まっていたけど私は打ちのめされそうになっていた。私はやっぱり、こんなふうに楽しそうにバンドをやれないとなっていたから……。燈のように心からの叫びを解放できない。立希のようにバンドとしての指揮を出来る訳でもなく、カッコいい音楽を奏でられる訳でもない。
そよのように優しくも情熱的なものを出せる訳じゃない。愛音みたいに陽の光を浴びさせてくれるようなギターを弾けない。楽奈みたいに……自分が出したい音を出すことなんて出来ない。燈達のバンド……MyGO!!!!!は凄く好きだけど、演奏を聴く度に自分が今置かれている現状を嘆くことになる。そういう脆くて弱い自分に溺れそうになってしまいそうになる。
「お前はお前なんだから。若葉の娘だとか、森みなみの娘だとか言われても気にすんなよ。お前は睦、
浅瀬で溺れそうになっているとき、その手を差し伸べてくれたのが結人……。
きっと私が誰かの娘だと言われていたことを気にしてくれていて、それを私が気にすることはないと言ってくれていたんだと思う。私はそれがとても心の中に響いていたし、私は曲げないで頑張ってみようとなれた一言だったのには間違いなかった。だからこそ私は……。
頷いていた……。
これから先、私はもっともっと結人のことを知りたい。知っていきたい、そうすれば自分がもっと人になれるかもしれない。そんな穏やかな願いを抱えながらも、私はその日もライブに出ていたけど……。
そこで起きてていたのは私がムジカの劇を無茶苦茶にしていることだった。
いや、無茶苦茶にしていたの私だけどじゃない。していたのは私の中にずっと眠っていたもう一つの人格……。
「Ave Mujicaの劇ってつまんない!!もっとこう面白いものが見たいのに!!」
お客さんの前で正体を現したのその人格は祥の劇を否定し始める。
お客さんは一同騒然となりそうになっていたが、此処で祥が軌道を修正し始める。
「モーティス、そう。深い眠りから目覚めてしまったから自分を得てしまったのね。でも、大丈夫ですわ。今宵のマスカレードも、きっと皆様方も気に入りますわ。そうでしょう?アモーリス」
「…………棄てられた人形達が自我を持つ。美しくも醜いよねぇ、でもそれじゃあ人間は興味を示してくれない。人形なんて感情を持たないからこそ愛される。それが人形だもんねぇ」
私の中にいたもう一人の人格はつまらそうに「ちぇっ」と小さく声を出していたのと同時に私に体を返していた。そこからは何も問題はなく、ムジカのライブは進んで行ったけど私はずっとあの子のことと、アモーリスの言葉が引っ掛かっててしょうがなかった。
「答えて、貴方は誰なの……?」
ライブを終えた後、私は誰も居ない場所で鏡を開いてもう一つの自分に問いかける。
そこではあのとき鏡に映し出されていたずっと笑っていた彼女の姿が映し出されていた。
「初めまして睦ちゃん、私の名前はモーティス……!!こうして会うのは初めてだよね!!」
もう私の中に精神世界というものは無いと勝手に判断していたけど、それは違った。
まだ私の心の中に潜むものは生き続けていたとこのとき確信していた。自分が幾ら病院の先生やカウンセラーの前で「自分は正常」と言い聞かせていても、私の中に息を止めて私を狙っている影たちは消えることがなかった。
「モーティスは私の名前……」
「違うよ?私の名前だよ?私に与えられた
彼女は自分が「モーティス」であるということを強く訴えるようにして笑っていた。
「折角、やっと貰えた名前なんだもん。活用しないと……」
絶対に引くつもりはない。そういう顔をしている。まるで、それに拘っているかのように……。
「活用したいなら……どうしてライブの邪魔をしようとしたの?」
「なんでって……睦ちゃん。祥子ちゃんのこと嫌いでしょ?」
「……え?」
モーティスと名乗っていた少女の言っている意味が分からなかった。
私は祥のことを嫌いだと思った事なんて一度たりとも無かったから。
「ちゃんと言わないと分からない?だって、CRYCHICを壊れた原因って祥ちゃんなのに、それに泥を被るようにして睦ちゃんが責任を負わされた」
「負わされたなんて、思ったこと一度もない……勝手なこと言わないで……」
そう、私は祥のせいで自分が泥を被ることになったなんて憎んだことなんてない。
あの出来事のせいもあって、そよに何度も当たり散らされたことはあったけど、それは私の言い方が下手だったからああなってしまった。だから、悪いのは私……。
「それこそ嘘だよね」
心臓を抉り取るような声が私の背後に立っていた。
気づけば私は……何処かの劇場のような場所に立っていた。私が着ているのいつものワンピース。そして、後ろに立っているモーティスが着ているのはムジカのライブ衣装だった……。観客も誰も居ない、静まり返ったこの場所でただ二人私達だけが存在していた……。
「睦ちゃん、本当は分かってるでしょ?祥子ちゃんが本当のことを喋っててくれればCRYCHICは解散することはなかった。あのまま楽しい日々を送ることが出来たかもしれないのに祥子ちゃんが全部滅茶苦茶にしてしまった……」
「違う、私はそんなことなにも……!!」
「嘘だよ、睦ちゃん……。だって声が震えてるんだもん。本当は知ってる、自分が祥子ちゃんと居たら幸せになれない。あの子とずっと泥沼の中に居たら苦痛だけだって……。そんな哀れで可哀想な睦ちゃんにはっきり言ってあげるね、祥子ちゃんはね。睦ちゃんにとって……」
「疫病「うるさい……!!」」
自分でも滅多に言わない言葉をモーティスに投げかけると、そのままモーティスはその舞台から消えて行ったけど笑い声だけがその場に反響するようにして残されていたのと同時に、私は満たされない愛の形で眩暈がしていた。
ずっと心の中に残っていた、アモーリスのアドリブが……。
『人形なんて感情を持たないからこそ愛される』
単なるアドリブだということは何度も言い聞かせているのに、私の中では息が詰まりそうになるほど自分が忘れそうになっていた。今は誰に愛されたいのか、誰を守りたいのかそれすらも……。暗闇の中で私はある路上ライブの会場で曇り無き眼で盛り上がっていた結人の姿が視界に入っていた。話しかけようと思っていた、でもそこで行われていた路上ライブのボーカルの人の歌声が私には何処もかしこも刺さってしょうがなかった。
剥き出しのまま歌い続けている。それが重く伸し掛かっていて、私には羨ましくてしょうがなくて私は路地裏に逃げていた。自分がこれからバンドとしての仕事をあるということを忘れて、私はただライブを終わるまで結人のことを待っていようと考えていたときだった。
「睦、こんなところで何をしていますの?」
路地裏で結人のことを待ち続けていると、祥の声がしていた。
ハッとなっていた私だった。でも、動く気が起きなかった。これからムジカの劇をやってライブをやるということはこれ以上自傷行為にしかならないんじゃないのかという不安があったから。モーティスが言おうとしていた祥が「疫病神」という発言を信じる訳じゃない。ただ、私にとってムジカのライブをやる度に私という人間に締め付けられそうになってしょうがなかった。
『じゃあ、私がムジカはやってあげる』
何処からかモーティスの声がしてくる。
本当だったら、ダメだったの分かっていた。あの子にムジカを任せられる訳がないから、でもあのときのようなストレスを抱えたくなかった私は度々モーティスにムジカのライブを任せることにしていた……。そうすることで精神的な問題を自分ではなくモーティスに受けてもらう為に……。
ある意味でモーティスが私の救世主となってくれていた……。
それと同時に私の救いの手になってくれていたのが、もう一人……。
「そこに
あの歌は私に心を掴んでいた……。
泥臭くて自分の心を何処かキュッと鷲掴みされているような気分になっていたけど、背中を押されていた。燈の歌声に似ていて心の叫びのようなものを感じ取ることが出来ていて、私も結人のような音を奏でたいと意識するようになっていたけど、私は結人の歌声を聴いてぐったりとなってしまっていた。
彼の歌声があまりにも私に届き過ぎていたから……。
そのまま帰ろうとしていたとき、愛音が「送る」と言い出していた。遠慮したけど、愛音はそれでもついて来ていた。そして、燈も私のことを一緒に送りに来てくれていたけど、私はそれを丁度いい機会となっていた……。
「燈は……結人のこと好き?」
家の前に辿り着いた私はそう燈に聞いていた。
ほぼ前触れもなく投げかけていたから燈は凄く戸惑っているようだったけど、どうしても燈の口から聞きたかった。結人のことをどう思っているのか、を……。
「好きだよ、ゆいくんのこと……」
「どういうところが?」
「え?えっとそれは……物知りで私が知らない事を教えてくれたり、旅の話をしてくれたりするとことかもそうだけど凄く優しくて頼りになって、私にとってヒーローみたいな存在なんだ……」
考えてみればそんなことは当たり前でしかなかった。
結人のことをあだ名で呼んでいる。それだけでもう結人と燈がどういう関係なのか分かるというのになによりもあの笑顔が全てだったというのに、恥じらい混ざりに笑いながらもそれを述べている燈が本当に……。
羨ましいという感情が湧いていた……。
自分の手を握り締めながらもそれを噛み締めるほどには……。そして、それが妬ましいほど羨ましいとなってしまい、恨みすら持ちそうになった対象が……。
「結人君……これすっごく大事にするね」
違う、違う。
そこに本来立っているべきなのは私……。
「むぅ、逃げた。結人君にモーちゃんとかって呼ばれたかったのに」
なのに立っているのはモーティス。
私じゃなくてモーティスがそこに立っている。私だって結人と一緒にプリクラを撮りたかった。二人で思い出となるものを撮りたかった。それなのにあの子は私のことなんて無視して結人と楽しそうに話をしていた、一緒にゲームをしていた。結人の家族に触れていた。私も一緒に外食をしたかった。私も色を知りたかった。
Ave Mujicaのことは確かに貴方に託したけど、結人に傍に居て欲しいとまで頼んでいない……。
何もない舞台の裏から私は酷く睨むようにしてモーティスのことを見つめていた。嫉妬するほど私はモーティスという人格が許せなかった。
そう、私は最初からモーティスとは話し合うつもりなんてなかった。
あの子が今の自分より強い存在になったということは私の存在が脅かされる。だって、あの子は……結人と自分を切り離して強くなろうとしていた。
「涙ぐらい自分で拭けるもん……」
あの涙はそういうものだった。
だから、私は危惧していた。このままじゃ私という人格の存在を危うくなる。だからこそ、私は心の底に眠るもう一つの人格……。あの頃の自分を呼び覚ますことにした。あの子を蹴落とす為にも……私は生き残りたかった。
どれだけ自分の手を汚すことになろうとも、もうこの手は……。
『睦ちゃん、本当に思ったことそのまま言うよね。やってほしくないことばっかり。お願いしたことはやってくれないくせに』
『そう、そうだったんですわね……』
血で染め上がっているから……もう関係なかった。
「やだ、お願い……!!お願い話をさせて睦ちゃん……!!」
「さようなら、モーティス……」
観客席の一番上から私は私達に囲まれているモーティスをただ見つめている。人格会議の結果、こうなることは決まっていた。そして、戒めの奥に封印されていたあの頃の私は解放した。私となって貰う為にも……。私も成長したいから。私も結人に好かれたいから……。だから、笑う私が必要だったあの子が居れば私達は……。
もうこれで危険視することなんてことはなかった。
「私を復活させてくれたときは驚いたけど……どうして?」
あの頃の私が首を傾けながらも、そう問いかけて来る。
「貴方なら私を強くしてくれると思ったから。祥達の前でいつも楽しそうに笑顔で居てくれた、貴方が居てくれたら、祥を守れる。それに結人とも……もっと繋がれる」
「自分勝手だね」
「そう捉えられても構わない。私は祥と結人さえ隣に居てくれればそれでいい。貴方もかつては祥を守ろうとしてくれた。だから、協力して。貴方にはその権利があるから」
無茶苦茶を言っていることは理解していた。
それでも、あの頃の私なら祥を守りたいと言えば、了承してくれるということは分かっていた。
「変わってないんだね、睦ちゃん……。あの頃と同じで一言が余計」
「……」
黙り込んでしまう。
実際、私もあの頃と何も変わってないんだから……。
「でも、それは私も同じだよ睦ちゃん……。私もあの頃と変わらない、CRYCHICがあれば祥が隣に居て来れば私は自分という人間を成長させてくれると今で妄信している。自分でそれに気づいてるのに鳥籠の中に幽閉されている鳥のように、それに一生拘り続けている。本当、お互い滑稽な話だよね睦ちゃん……」
自嘲するようにして言葉を発する私自身……。
次第にモーティスの方から離れて行き、観客席を歩いている。
「でも、私としても悪い話じゃないよ。私も今度こそ、成長をしたいから……。だから、貴方と一つになってあげる。今度は……」
「一緒に成長しよう?」
互いに消えて行くモーティスに目もくれていなかった。
私とあの頃の睦は互いに視線を送りながらも、合図を送っていったのと同時に私の体は光に包まれていた。これで私たちは……本当の意味で結人にも祥にも相応しい人間になれる。
そう確信していた……けど遠く未来。
あの頃の私が問題に出していた絵画、結人と私だけが残っているあの絵画が……ああなるなんて……。
このときは予想もしていなかった……。