ビリビリ系元公爵令嬢(たぶん悪役)   作:激辛党

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激昂

 正面玄関から差し込む西日だけが、唯一の明かりだった。

 暗くなりゆく院内に、しかし電球は灯らない。配電設備はまだ生きているというのに、あいにく始動用のキーが無かった。

 

 施設管理者が持っているのだろうけれど、残念ながら休診日の今日は出勤していない。門番にも一応、話を伺ってみるも、予想した通り、配電室の存在自体、彼の了知するところでなかった。

 

 一階、玄関ホールに設置されているソファは、そこら中が破けて、穴だらけだった。中のクッションは好き放題にはみ出ていて、しかも随所が黒や茶のシミに浸食されている。

 これに腰を下ろすなど、昔の自分なら悲鳴と共に拒絶したのだろうな――とリ・ラ・テルミヌス大尉は詮無いことを考えた。

 

 だが今となっては、ハンケチも敷かずにどっしりと座り、背中を預けても何ら忌避感すら湧いてこない。

 かつてあったはずの潔癖さは、一体全体、何を切っ掛けに失われたのだろうか。

 

 雨の降りしきる戦場で、ヘドロの流れる溝にぶち込まれて溺れかけた時か? それとも砲撃の止まぬ塹壕で、腐りかけの味方の亡骸と一緒に三日三晩を過ごした時か?

 

 いいや違う。もっと以前の段階だ。もっと昔に――。

 

「姉さまぁ……」

 膝に寝かせているリバイブが、甘えた声でぐずった。

 頭を撫でて欲しいらしい。

 それで気が澄むならお安い御用。荷電粒子と一緒に、頭頂部が擦り切れるまで撫でてやろうかと思ったが、さすがに自制した。代わりに、ぴんと指でおでこを弾く。

 

「いい加減、起きなさいませ。任務中ですわよ。

 まぁ今回は特別頑張りましたから、少々の休憩を許してあげましたが、それもここまでです。日が完全に暮れる前に、動きませんと」

 

「ええ~? いいじゃない別に、もっとゆっくりしたって。私、もっと姉さまと二人きりでいたい。基地に帰ったら帰ったで、またあのクソジャリガキ共に邪魔されるしぃ」

 

「同隊の仲間をそのように呼んではなりません。怒りますわよ」

 

 この叱責は無視された。リバイブはうつ伏せに――つまり、大尉の膝に顔を押し付けるようにして、更なる追及から逃れる。

 

 軍服の分厚い生地を越えてなお、少女の密やかな吐息が伝わってくるようだった。

 

「……はあ。しょうがない子」

 

 図体だけは一丁前に太ましい、この幼児を入隊させるために、多大な犠牲を支払わされた。

 

 大勢の人をその手で傷つけ、その数倍を荷電粒子砲で撃ち殺した。百や二百では到底、利かない数だった。

 なにせ、崇拝の対象は物資を無限に増やせる天使だ……。彼女を取り巻く信者は、小国を形成するだけの規模があった。

 

 あれを境に、自分は変わった……のだと思う。

 なんと言うべきか……いろいろどうでも良くなった。身も蓋も無いけれど、これが最も分かりやすい表現だろう。

 

「テルミヌス大尉!」

 

 その時、廊下の奥から少女の声が呼ばわった。

 

 大尉はすぐさま反応し、ソファから飛び起きる。寝そべっていたリバイブは、強烈な膝打ちを食らい、「ぶげっ」という哀れな悲鳴を残して床に落ちた。

 

 そんな彼女には目もくれず、「どうしました!」と、大尉は廊下から現れた少女――レーダに訊き返した。

 

「反応があったのですか?」

 

 問いかける声は弓のように張り詰めている。先ほどの休憩時にあった穏やかさは嘘のように掻き消えていた。

 

「いえ……それは無かったです。現在も、院内で不審な動きをする集団、個人はいません」

 

「よろしい」

 

 ふっ、と大尉の肩から力が抜けた。事態の緊急性が、さしたるものでないと判断できたためだ。

 ここでようやく、自分の足元で、頬を抑えてのたうち回っているリバイブの惨状に気づく。

 

「あら、これは失敬」

 

 普段なら抗議を上げるところだろうが、痛みのあまりそうもいかないらしく、引き続きリバイブはジタバタと床を暴れまわった。

 

「何やってんのよあなた……。お得意の再生をすればいいじゃない」

 

「でんっでいっひゃぁ!」 舌を噛んだようだ。

 

 仕方ないので、後を大尉が引き継ぐ。

「神経の発する電気信号までは、鏡像体でも入れ替えられませんから。どうしても消したいなら、原因となっている箇所をまるっと換える必要がありますの。

 それは面倒なんでしょう」

 

「はあ、さいですか……。じゃなかった、そんなことより大尉。報告があります」

 

 ここまで走ってきたらしいレーダは、いったん呼吸を落ち着けると、はきはきした口調で始めた。

 

「院内にて、いまだ留まっている患者の一人が、リバイブとの面会を強く希望しています。許可されますか?」

 

「いいえ、ダメです」 

 考えるまでもなく、そう告げた。

 

「民間人とパーティキュレータの接触は可能な限り避けねばなりません。今回の治療は特例中の特例です。

なおも言い立ててくるようなら、わたくしが処置いたしますわ」

 

「処置、ですか?」

 

 対処、の言い間違いかと思ったのだろう。不思議そうにするレーダに、まだ床にうずくまっているリバイブが話しかけてくる。

 

「電気ショックで、記憶をぶっ飛ばすの。あれもすっごく痛いし苦しいわよ。これほどじゃないけど。……うっへへへ」

 

「そ、そう……てか、なんであなた、そんな嬉しそうなの」

 

「お子ちゃまには分からないでしょうねぇ……。ふへ、へ」

 

 じり、とレーダは一歩後ずさった。

 話が任務と全く関係無い方向へ進みつつあるのを感じ、大尉は「それで」と強引に割り込む。

 

「その御仁はどこにいらっしゃるのです? 揉め事の芽は、早いうちに摘み取っておくに限りますわ」

 

「二階に上がってすぐ、廊下の端です。そこでいったん待ってもらってます。

 ここまで直接連れてくるのはまずいかなって思って」

 

「良い判断です。今後、もし似たような場合があってもそうなさい」

 

 うし、とレーダが小さく拳を握ってガッツポーズをする。彼女のこういう純朴なところが、特務隊の長としては非常に助かるところだ。

 まだ床から起き上がろうともしない蒼髪の子などは、真っ先に見習って欲しい。

 

 

――――――

 

 

 急ぎ足に階段を駆け上れば、レーダが指定した場所に、その老人男性は立っていた。

 みすぼらしい入院服に、足元にはぺらぺらのスリッパ。禿げ上がった頭部に備わる眼窩は、落ちくぼんで深い井戸のようだった。

 

「あなたが――」

 

 話しかけようとした大尉の言葉を「お前さんが」、老人が先に遮った。

 

「テルミヌスの娘か。久しいな、選帝侯の家名の者とまみえるのは」 確かに、彼はその名を口にした。

 

 瞬間、大尉の脳裏に選択肢が三つ生まれる。

 

 一つ、常に袖に隠してある弾丸を射出し、彼を撃ち殺す。

 二つ、別人であると言い張り、白を切る。

 三つ、なぜそう思ったか、尋問する。

 

 この取捨選択に、大尉にしては長くも十秒の時間を要した。そうなった主な要因は、階下で控えるレーダの存在を意識したためである。

 

 彼女の探査能力がいつ、どれだけの範囲で起動しているか。これを感知することは何者にも不可能だ。

 軍部では、電磁波を利用した本来の意味での『レーダ』機器の開発に取り組んでいるそうだが、あれを使っても粒子線放射を捉えることは、たとえ一部でも叶わないだろう。

 

 電磁波と、パーティキュレータの放つ粒子線は、似ているようで全く非なる概念だ。現代科学が『レーダ』の構築に用いているような合金素材では、容易くすり抜けられてしまう。

 これこそ、逆探知が絶対に不可能である理由だった。

 

 結局、大尉は袖の銃弾を放たなかった。砲撃を行えば、下のレーダに察知される可能性がある。

 この場で、彼女に死体を見せたくない。なにせ傷病人の腐敗した傷を見ただけで、嘔吐するような繊細な子だ。

掛ける精神負荷はなるたけ最小限にすべきだった。避けられるなら、ぜひともそうする。

 

「どこで、その名を知りましたの?」

 

 代わりに、老人に問うた。油断なく構えながら、やせ細った身体の彼と相対する。

 

「どこで? ふっ……これは異なことを。いやしくも貴族連合に与する者ならば、それを知らぬ者はいない。いるとすれば、最近流行りの北国より訪れたスパイだろうよ。

 あの愚か者どもは、調査対象の国の歴史すら、まともに調べなんだから」

 

「その物言い。……なるほど、あなたがそうでしたの」

 

 准将の伝え聞いた噂は、真相を一部にせよ当てていたわけだ。

ただし、その実態は想像とかけ離れたものだったようだが。

 

 老人が何ら戦闘能力を有さないことは、外見から明らかだった。それどころか、リバイブの再生を受けていなければ、三日と保たない身だったに違いない。

 

 要は偶然の産物。旧貴族連合のゲリラ部隊は潜んでいなかったが、それに繋がる者がたまたま入院していた。

 その彼が、調査に来た大尉こと、テルミヌス家の令嬢の存在に気づき、話しかけてきた……と。

 

 ――いや待て。極めて低い確率だろう、それらの事象が、こうも同時に重なることがあるか?

 

 准将の、爽やかとしか表現しようのない笑顔が脳裏に過ぎる。糸を引いた人物がいるとすれば、あの男だけだ。

 

 さては図られたか?

 リスクは念頭に置きながらも、大尉は弾丸を袖から手の内へと滑らせた。僅かの音も無い、一瞬の所作。

 

「ワシを殺すか?」

 

 見抜けたはずもなかろうに、しかし老人は最適のタイミングでそう言った。

 

「――っ」 

 否応なしに、銃弾を握った右手がぶれる。これは実に易しい答え合わせで、勝ち誇ったように老人は笑んだ。

 

「半死半生の年寄りと侮るなよ。これでもお前さんの数倍生きて、数十倍の死線を潜って来たんじゃ。

 それとも我々、下級貴族の労苦など、選帝侯のご令嬢どのおかれましては、推し量りようの無きことかね」

 

「もし、帝国騎士についておっしゃっているのでしたら、それは誤解ですわ……」

 

 努めて、平板な声色で大尉は答えた。

 

「あれらの忠誠心には頭が下がる。おかげで散々、要らぬ首を落とさせられた」

 

「そうだ……そういう台詞が聞きたかったのだよ、テルミヌス公!」

 

 押さえ込んだ風船が弾けるように、老人は突如として人が変わった。開け放たれた口から、雷鳴のような笑い声が迸る。

 

「やはり貴様! 貴様が裏切り者だったか! 忘れはせぬぞ! 最後の戦、帝国の未来を決めたあの一戦で、陣の背後より上がった大鷲の叛旗を! 

信じて道を開けた諸侯らを、間近で撃ち抜いた砲の音を!」

 

「今は過去の話だ」 吐き捨てるように返す。 「振り返る価値も無い」

 

「いくらだ!?」 

 ますますもって激昂した老人は、枯れ木のような腕を伸ばし、詰め寄った。

 

「いくらで我らを売った? いくらで尊き選帝侯の特権を売ったのだ!?

 同胞の血を湛えたグラスは、さぞや貧狼の渇きを癒したことだろうよ。吸血鬼めらが!」

 

「敗残の老いぼれに相応しい、知性の切れ端も感じられぬ讒言(ざんげん)よ。

 そのような醜態を披露するがため、私の前に姿を現したのか?

 ならば疾く、自らの首を刈れ。それが最も舞台挨拶に適している」

 

「はっ」 激憤はついに頂点を通り越し、嵐の中心部に達したか。

老人は気の抜けたような声を絞り出し、ふらふらと後退した。

 

「変わっておらん。貴様らはいつもそうだ。気位ばかりが天より高く、貧民のことなど歯牙にも掛けぬ。

 この救護院の窮状など、まさにその良い例よ。僧正どもに擦り寄るがため喜捨などとうそぶき、財貨が底をつけば、玩具に飽いた子供のように抛り捨てる。

 なにが高貴なものの務めだ……。貴様らが一度でも、倫理の義務を果たしたことがあったか!?」

 

「あったとも」

 

 大尉――テルミヌス公はきっぱり断言した。

 

「貴殿ら、旧時代の遺物の持つ権勢を、国より一掃したことだ。

 さて、言いたいことは以上であったか? 私は貴殿と違って為すべきことがまだ多い。大事(だいじ)が無いなら、話は終わりだ」

 

「ほざけ!」 老人はやにわに入院服の胸元に手を突っ込むと、そこから――長方形の箱を取り出した。

 

 黄昏時のうす暗さの中にも、その無骨な外観と、鉄特有の鈍い輝きは見て取れた。

 何らかの通信装置か。しかし誰と? その僅かの逡巡が、老人にとっては十分過ぎる猶予となった。

 

「信管の遠隔操作装置だ。物分かりのさぞや悪い貴様に、あえて説明してやるなら、特殊な電波を発生させるもの。……おっと! 動くなよ」

 

 脚を前に出そうとした大尉を、老人の鋭い叱責が牽制した。彼の右指は、箱の前面部に添えてある。

 つぶさに観察してみれば、そこには押しボタン式のスイッチが備わっていた。

 

「押下すれば直ちに電波が放射され、爆雷に差し込まれた信管が起動する。……その若さで、この救護院と命運を共にしたくはなかろう?」

 

「一応指摘しておくが――」

 

 うんざりとした感情を隠しもせず、大尉は言う。

 

「貴殿も死ぬぞ」

 

「それがどうした」 案の定の答えが返ってきた。だから嫌だったのだ。

 

「どうせこの身は明日とも知れぬ身。それが背信者を地獄への道連れにできるなら、望外の戦果よ」

 

 鉄製の発信機は決して軽いものでは無いらしく、支える老人の右腕は脆くも震えている。身体に一撃でも加えられれば、奪うことは容易い。荷電加速を使えば、よりその成功率は高まるだろう。

 

 しかし、絶対確実にはならない。相手が人間である以上、必ず無力化できるという断定は避けるべきだ。こちらが何らかの動きを見せた――あるいは、その予備動作に移った時点で、ボタンを押す可能性は十二分にある。

 

 荷電粒子砲を放つにしても同じ。目にも見えないほどの微粒子すら飛ばせるアクセルと違って、大尉のそれは、あくまで認識できる物質のみが対象だ。この状況でいけば、それはやはり手の内の暗器しか該当しない。

 しかしその存在は、既に相手の覚知するところである。裏はかけない。

 

 身動きの取れない大尉に、いよいよもって老人は高笑いをした。

 

「立場が逆転したな。さぁ、ひざまずけ。そして慈悲を請え。

吾輩にではなく、貴様が手に掛けた同胞たちに! それが唯一、貴様が罪を注ぐ術である」

 

「……分かりましたわ」

 

 やれやれ、と肩をすくめた後、大尉は床に膝をついた。両手を上げて、武器が無い事を相手に示す。その拍子、隠し持っていた弾丸が、金属音と共に床へ落ちた。

 

 対する老人は、それに取り立てて興味を持たなかった。暗器の類があることは、既に気づいていたからだろう。

 

「従順で結構。悪名高き吸血鬼も、そう大人しくしていれば、娘っ子とそう大差無いな。先ほどの居丈高な言葉遣いはどうした? あれは有利な時だけか?」

 

「御冗談を。あなたに合わせるなら、お父さまのような喋り方が良いかと思っただけのことですわ。舌と頭が疲れるから、二度とやりたくありません」

 

「末期の言葉がそのような間の抜けたもので良いとは、なんとも謙虚な娘よ。それこそ、放蕩の過ぎた父君の血は受け継がなかったらしい」

 

「一つ、訊いてもよろしいですか?」

 

 両指は広げたまま、目線も老人の足元から上げないままで、尋ねる。

 そのまま、彼がイエスノーを返すより先に、質問の内容も口にする。

 

「この際、あなたのそれがブラフかどうかは気にしないとして。

 仮に爆薬をしこたま院内に仕込んでいるなら、それは誰の支援によるものですか? 病人だったはずのあなたに、そのような高度な兵器を入手する手段があったとは、どうしても思えないのです」

 

「これは驚いた。軍の犬になったにもかかわらず、貴様は旧貴族連合の名も知らぬのか?」

 

 やや呆れた調子で、老人は答えた。その様子を見て、大尉は内心で快哉を叫ぶ。

 ここで『貴様と交わす問答はもうない』の一言でスイッチを押されれば、終わりだった。まず一つ目の賭けに勝ったと言える。

 

「またまた冗談の過ぎることを。邪知謀略に長けたかの地下団体が、このような極めて個人的かつ、感傷的な復讐に手を貸すはずなどございませんわ。

 貴重な爆薬を山ほど浪費し、今となっては何の権威も持たない小娘一人をやっと殺す。これのどこに、戦略的価値があるのです?」

 

「いいや違うな。貴様は小娘ではあるが、権威を何ら持たぬわけではない」

 

「選帝侯の令嬢だからと?」

 

 これは事実だ。リ・ラ・テルミヌスは公爵家の中にあって、さらにその頂点に位置する選帝侯の生まれである。

革命から十年の月日が経ち、封建制の歴史も急速に薄れる中、これを知るのはジェパード准将を始めとした、旧政権に詳しい人物しかいない。

例えば今、目の前に立っている騎士の位を持っていただろう老人男性だとか。

 

 しかし当の彼は、「それも外れだ」、とあっさり推測を否定した。

「今のエルヴァンディアに、帝はおらん。その爵号は無意味だ」

 

「ではいったい?」

 

「パーティキュレータ。……これだけ言えば、十分だろう」

 

 走った悪寒は途中から電流に変わった。もはや一切の躊躇なく、全身より荷電粒子を放出する。

 

 暗がりの廊下を爆発的な電光が埋め尽くす。さながら爆撃。

 特に何を射出するでもない、指向性の無い雷の嵐は、その強烈な光と音で、ひ弱な老人の意識を容易く刈り取った。

 

「と!」

 

 崩れ落ち行く老人の手から、起爆装置を奪い取る。次いで、彼の肩を掴んで、倒れる前に止めた。

 

 だが、揺さぶっても頬を叩けども、目を覚まさない。まさか落雷によって心停止したのかと思ったが、胸に手を当ててみると、弱々しくもちゃんと鼓動は打っていた。

 一安心して、そっと床に横たえる。

 

「大尉!」

 

 少しの間も置かず、階段を掛けてくる軽快な足音が聞こえてくる。視線を向けずとも、その少女の名前は明白だった。レーダである。

 

「ご無事ですか!?」

 

「ええ、わたくしは問題ありませんわ」

 

 二つに結い上げた黒髪を振り乱し、凄まじい勢いで少女が突進してくる。さすがにリバイブと違って、身体をぶつけてくることは無かったが、息を切らせた姿からは、こちらへの心配がひしひしと伝わってきた。

 

「大尉、そのお爺さんといったいどんな話を――」

 

「ちょっと、お待ちくださいまし、レーダ」

 

 その前に、どうしても彼女に訊きたいことがあった。老人が起爆装置の説明をしだした辺りから、ずっと喉に引っかかっていたことである。

 

「つかぬことをお伺いしますが……この装置」

 

 黒い直方体を、レーダにも見えるよう掲げてみせた。

 

「電波で信管に指示を送るそうですけれど、あなた……これの存在、気づいていましたの?」

 

「もちろん」

 

 何の衒いも無く、少女は言った。

 

「中身、なんにもないただの箱です。まさか大尉、信じたんですか?」

 

「ふっ……。まさか、ですのことよ。当然、初見で見抜いていましたとも」 

 

 よりにもよって、レーダの断定だ。裏なんて取る必要も無い。

 まぁ……そうでもなければ、隊長である自分に、危険物を所持した老人を、おいそれと紹介したりしないだろう。

 

「レーダ」 「はい?」

 

「ですが安全管理上ないし精神衛生上念のため、次からは、そういった細々としたことも必ず報告するように。いいですわね?」

 

 真面目な割に、肝心なところで抜けがちな彼女は、神妙な顔で頷いた。

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