ビリビリ系元公爵令嬢(たぶん悪役)   作:激辛党

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間章
仕事終わりの一杯は頭から


 深夜にもなると、都市部の住人であれ、おおむね寝静まる。

 街灯の光もまばら、家々に点いていた電灯は一つ、また一つと徐々に消えていく。やがて舞台に幕が下ろされるように、街の大通りは宵闇の黒に閉ざされた。

 

 電気照明の発明、頒布から数十年が経ち、今や市民生活にも文明の光は広まって久しい。しかし今をもって、電気料金による家計圧迫という問題は、解決の糸口すら見えていなかった。

 

 夜通し、煌々と明かりを焚いて、湯水のように電気代を垂れ流せる組織は、軍部をおいて他にない。

 一般家庭や商店は、午後十時も数えぬうちに、早々と床に就くのが習慣だった。

 その数少ない例外が、古めかしいガスランタンを頼りに店を営む、酒場やバーだった。

一仕事終えた工場労働者や、遊び足りない放蕩息子、はたまた毎夜別の男性と眠りにつく婦女子といった、それなりにバラエティ豊かな顧客たちを相手に、商売を切り盛りしている。

 

 これらが国の風紀を乱すとして、問題視する声も新政権の樹立当初にはあったそうだが、圧倒的多数の民意によって、圧殺された記憶はいまだ新しい。

 

 いつの時代も、人間とは綺麗で美しい部分だけでは、息の苦しくなるものなのだ。

かくいうリ・ラ・テルミヌス大尉もその一人で、彼女は今回の任務に一区切りがついたとみなすと、レーダには病院での待機を命じ、単身で夜の酒場へと繰り出していた。

 

 ちなみに、リバイブは首輪つきで病院の当直室にふんじばってある。こうでもしないと、確実に余計なちょっかいを出してくるに違いないからだ。

 手錠や足かせでないのは、本気を出した彼女は、自分の手足を引き千切ってでも脱走を試みるためである。

 

 真っ暗な街路を練り歩くこと少し、ようやく小ぢんまりとしたバーを一店見つけ、大尉はその木製の扉を開けた。

 ぎぃ、と油もろくにさしていない蝶番が、か細い音を立てた。

 

 ランタンの乏しい明かりが映し出す店内には、総計四人の客と店主がいた。客はいずれも工場勤務のブルーワーカーのようで、煤に塗れたオーバーオールをお揃いで着ている。

 廃材を接ぎ合わせただけの簡素なテーブルには、ヒビと黴とで曇り切ったグラスがそれぞれ置かれ、そこへ一目で安物と分かる酒が指三本程度の分量注がれていた。

 

「どうも、お邪魔いたしますわ」 

何も言わないのも変かと思ったので、とりあえず挨拶した。

 

 店内はごく狭かった。

卑近な例で言うと、今朝がたも使用した軍の会議室を、さらに一回り狭めたほど。そこに大の男が四人と、店主も加えるなら五人もいるわけだから、圧迫感がより際立つ。

 

 そうした密閉空間に、突如として飛び込んできた闖入者こと大尉は、ともかく目立った。むくつけき男たちが皆一様に、ぎょろりとした眼を向けてくる。

 ゆえに、驚かせた非礼を詫びる意思もこめて、頭を下げたわけだったが……。

 

「おい嬢ちゃん」

 

 全員ともに、曰く言いたげな顔であった彼らの中から、ここは店主が代表して口を開いた。

 

「ここはあんたのような人間が来る場所じゃねぇ。とっとと帰んな」

 

 それは果たして、大尉が軍服姿であることを指してか、それとも妙齢の女性であることを指してか。もしくはその両方か。

いずれの理由かは不明にせよ、ともかく自分があまり歓迎されていない身であることを早々察した大尉は、次なる手を取った。

 

「店主さん。ここで一番高いお酒は何ですの?」

 

「……あ?」

 

「ですから、高価なお酒はどれですの? そちらの棚に、並んでいる物のいずれかでしょう?」

 

「そりゃあ――」 深く考えるより先に、身に沁みついた習慣がそうさせたのだろう。店主は自然な仕草で、カウンター内の棚に並んだうちの、ある一本の瓶を指した。複雑なエンブレムの刻まれた、ラベルの張ってあるものである。

 なるほどそれは、酒類の知識に疎い大尉の目からしても、高級な部類に映った。

 

「それ、買いますわ」

 

「いやだから――」

 

 店主が言い終わる前に、大尉はあらかじめ用意していた金貨を取り出し、カウンターに置いた。

現政権が発行している通用紙幣ではなく、あえて旧政権のものを使った。こと市政においては、兌換性の低い紙幣より、それ自体が価値ある金貨の方が遥かに強い。

 

「これだけあれば足りるでしょう。超過分は別に、取っておいてよろしくてよ」

 

「……毎度あり」

 山ほどの疑問を呑み込んで、店主はそれを素早く懐へしまい込んだ。慌てる乞食は貰いが少ないとは言うものの、ここは四の五の口を挟む局面でないことは明らかだった。

 

「では、いただきますわね」

 

 カウンターに差し出されたボトルを受け取ると、大尉はそれをすっと横へ移動させ、テーブルの上に置いた。「はい、どうぞ」

 

 言うまでも無く、四人の男が前にするテーブルのことである。

 

「あ?」 またしてもこの反応。いったい先ほどから何なのか。それほど自分の存在が珍しいのか。

 四者、計八つの目玉が射抜くような視線を向けてくるのを感じつつ、大尉は極力、優しい笑顔を心がけて言った。

 

「そちら、差し上げますわ。一本あれば、四人でお分けになっても一晩はもつでしょう?」

 

「まぁ……な」

 

 男の一人が頷いたとみるや、「ですから」とやや食い気味に話を継ぐ。

 

「たいへん申し訳ありませんが、今すぐ退店していただけます? ここを貸し切りたいのです」

 

 元から、大尉の方を向いていた男たちの首が、さらに角度を絞って集まった。深夜の静寂に、関節の鳴る音が響いたようでさえある。

 

「……二本だ」

 男の一人が、そう呟いた。

 

「なら二枚」

 

 店主もついでに乗ってきた。

 

 

―――――

 

 

 

「――といった顛末ですの。取り立てて面白味の無い、起伏に貧しい話でございましたが、ご清聴たまわり、恐悦至極に存じますわ」

 

「いいや、何もそこまで謙遜することはない。君の語り口はなかなかどうして、上手かった。惜しむらくは、その嫌味なくらい固すぎる敬語だね。きょうび良家の雇うメイドでさえ、そんなみょうちきりんな喋り方はしないよ」

 

「お褒めに預かり、たいへん嬉しゅうございます。准将閣下」

 

 後半のあれこれは全て受け流し、大尉はさしあたり返礼の意を伝えた。

 受話器を持っていない方の手が、自然と腰元に伸び――本来そこに備わるべき、スカートの裾を摘もうとする。

 だが、今の彼女が履いているのは、飾り気の欠片も無い陸軍仕様のパンツだ。指は当然、空を切った。

 

 子女としての礼儀作法の教育を受けたのは、もう十年以上も前だというのに、染み付いた所作は今をもって失われない。ここまで来たら、もしや死ぬまで忘れないのかと、ときおり恐怖を感じさえする。

 

「連絡、ご苦労だった。当該病院に関する情報が、全くの誤謬であったことは、私から然るべき部署へ上げておく。君は明朝にも、基地へ帰投したまえ。

……いや、もう少しゆっくりしても良いかな。明日の夕刻にでも着けば、十分報告書の作成は間に合うだろう。君の早業があればね」

 

「それは結局のところ、わたくしの負担が増すだけなので丁重にお断り申し上げますわ。早朝、街を出立いたします」

 

「そうかい。可愛い君の部下たちに、お土産でも買って帰らなくていいのかね? 都市部の民間施設に、それも特務隊のメンバーのみで向かうなど、滅多にない機会だろう」

 

「確かにおっしゃる通りでございますが、彼女らも軍属の身です。妙な勘違いをされては困りますから、過度に甘やかすのは控えておりますの。

その点は、部下たちにしても弁えているかと」

 

 そこでいったん言葉を切って、大尉は静かになった店内を振り返った。

 四人の男たちは満足顔で店を去り、今は店主が黙々とグラスを磨いている。いかにも小汚いシミの着いた布巾でそれをやって、どれほどの効果があるのかは不明だが、とにかく作業に集中している。

 

 金貨を三枚もやった甲斐はあって、店主は電話を借りることを許してくれた。

 取りも直さず大尉はダイヤルを回し、こうして准将に直電を繋げている次第である。無論、酒どころか水さえ一滴も口にしていない。

 もしかすると、店主が若干不機嫌なのはそのためかもしれなかった。

 

「テルミヌス大尉? まだ何か連絡事項が?」

 

「失礼しましたわ。そう……もう二、三の確認事項があるのです。どう説明したものか、迷っておりまして」

 

「聡い君が言葉を探すに手間取るなど、珍しい事もあるのだね」

 

「お世辞なら止めてくださいまし。……確認させていただきたいのは、准将閣下が入手した情報の、その出所についてですわ」

 

「ほう」

 

 ごく短い、簡素な反応。何の同意も、反感も読み取れない。

 不安と恐怖が、胸の内に渦巻く。准将は結局のところ、特務隊の味方では決してない。己が利益に相反すると判断すれば、彼は確実にこちらを切る。

 

 だが、これは聞いておかねばならない事だ。放置しておけば、間違いなく将来に禍根を残す。

 

「院内にて、連合の組員ではないにせよ、その助力を得ている可能性のある人物と接触したことは、既にお伝えした通りですわ。

 さらに尋問の結果、所持していた爆発物遠隔発火装置および、それに繋がる爆薬――の模造品について、彼は心から実物であると信じていることが発覚しました。

 彼は年老いた男でしたが、かつては騎士の叙勲を受けた、一角の人物でした。程度の低い詐欺師ごときに、惑わされるとは考え難いのです。

 しかるに、かなり高い確率で、彼奴の背景には何らかの組織があると、わたくしは推測いたしますわ」

 

「しかし、それは旧貴族連合ではない、と」

 

「ええ。なぜなら彼奴は……パーティキュレータを狙っていたからです」

 

「本当か?」

 

 准将の声色が変わった。それまでの温和な空気とは一転し、冷徹な、容赦のないものに。

 

「本人がその単語を口にしたので、間違いありませんわ」

 

「にわかに信じがたいな。それの意味するところを知る者は、大尉と私の他となると、かなり限られてくる」

 

「可能性があるとすれば……革命戦時、テルミヌスの旗下に参じた騎士か、もしくは……」

 

「君の父上である、ガルシア・ラ・テルミヌス公だね」

 

 どうしても自らの口で言いづらかったその名は、准将によって発音された。

 

「ですが、あり得ませんわ。父さまは他でもないわたくしが、この手で弑奉ったのです」

 

「それでも木っ端の騎士よりは現実的だ。なにせ彼らは皆、民衆の前でギロチン刑に処された。疑念を挟む余地はない」

 

「……はい。その点に関しては、閣下のおっしゃる通りでございます」

 

 憶えているとも。

 テルミヌス公の名を信じ、ひいては尊きその血統を継ぐ令嬢であるリ・ラを仰ぎ、あえて革命軍側についた、騎士らのことを。

 

 いざ革命が成功に終わってみれば、最下位とはいえ、名目上の特権階級にある彼らは皆全て、当然のように死刑判決を食らった。

 

 ごろりと石畳に転がった、首と首と首が注いでくるは無念の視線。全てを真っ向から受け止めたあの瞬間を、いったいどうして忘れられようか。

 

「ガルシア公の死体そのものを、君は見ていないんだろう?」

 

「いいえ見ました。このわたくしが、背後から荷電粒子をたっぷり浴びせましたもの。確実に心停止に追い込みました。胸に耳を当てても、鼓動は聞こえませんでしたわ」

 

「しかし首は落とせなかった」

 

 そうだ。准将の言う通り、それが唯一の心当たりだった。

 

 もしも万が一、億が一の可能性として……ガルシア・ラ・テルミヌスが荷電粒子の使い手だったとするならば、心停止は致命傷には程遠い。

 なにせ除細動は電気ショックの得意分野だ。

 

 ガルシアが異能を使う場面など、一度として見たことも無かったが、()()()()()と仮定すれば、全ての辻褄が合う。

 

「ちくしょう!」

 

 知らずのうちに、叫んでいた。

 

「ちくしょう! あの……あの俗物が! 牛馬にも劣る匹夫めが! あの時、撃ち殺してさえいれば! クソクソ……ああもう!」

 

 込み上げる怒りに任せて、床に足を叩きつけたら、グラスを大量に差し込んである棚が、ぐらりと揺らいだ。

 やば――と思ってとっさに手を横へ伸ばし支えたが、間に合わない。

 

 てっぺんにあったグラスの一つが、重力に引かれて落ちてくる。とっても運の悪い事に、頭へと目掛けて。

 衝突音はあまり響かなかった。

 電話の向こうの彼も、幸いこちらの事態は伝わらなかったらしい。

 

「リラ。もうよせ」

 

 二度と呼ぶなと言ったはずの名前を口にしたうえ、全く見当違いの台詞を吐いたから。

 

「後のことは、私が何とかしておく。今日は休みたまえ。それがいい」

 

「承知いたしました……わ。閣下」

 

 ぎりぎりのところで、理性のしっぽを引っ掴まえることに成功し、まともな返答を口にできた。

 

 ちん、と空しい音があって、電話が切れる。

厭に温いな、と思って額に手をやってみると案の定、べっとり赤色がついてきた。

 

 深夜で良かった――と、まず思った。明るいうちにこのザマで帰ったら、部下がきっと大騒ぎする。

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