ビリビリ系元公爵令嬢(たぶん悪役)   作:激辛党

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悪ガキの夜遊び、もしくは……

 耳元で黒板を引っ掻かれたような顔を、アクセルは突如として浮かべた。

 

「う……」

 

 その顔のまま、基地の外壁にあてがっていたコップから、ゆっくりと耳を離した。なおも、苦痛は続いているのか、しかめっ面はまだ直らない。

普段から細目がちな彼女の瞳は、ほとんど横線みたくなってしまっている。

 

 もしかすると、先ほどの比喩はあながち全くの空想でなかったかもしれない。アクセルのそんな不可思議な反応をみて、他人事のようにフライアは思った。

 

 盗聴に気づいた准将が、不届き者をやっつけるべく、黒板引っ掻きとはいかないまでも、不快な音波の発生器……的な物を使用したのだ。

なにせ、あのスケベおじさんのやる事だ、大いに有り得る。

 

 となると、今から自分の為すべきは、儚く散ったアクセルの鼓膜のかたき討ちである。心に新たな決意の生まれたフライアはさっそく、外壁の向こう側で、受話器片手にふんぞり返っているだろう准将に向け、超重力による圧殺を試み――。

 

「止めんかバカ!」 試みる前に、傍のアクセルに頬をぶっ叩かれた。

 

「いきなり何しようとしてんの! あたしが即、減速中和しなかったらマジで死んでたぞ」

 

「あ、やっぱアクセル今、邪魔してた? なんか上手く集まらないなーって思ったら」

 

「こんのクソガキャ……」

 

 アクセルは尻すぼみに暴言を終えると、それは大きなため息を吐いた。

 

「まぁ、もういいわ。無事だったっぽいし。

……まさか、こういう場合を予見して、あたしって毎回あんたと組まされてる? なんだかんだ、相性いいのは間違いないし」

 

「ん、アクセル、そんなに気にしなくていいよ。こういうの、持ちつ持たれつって言うんだよね」

 

「言うけど言わねーよ。わざと? ねぇ、わざと物分かり悪い振りしてる?」

 

 しかるのち、またも深く息を吐く。そのうち、肺が空っぽになってしまいそうだ。

 

「ダメだ。夜中にあんたと話してると、頭痛くなって眠れなくなりそう。

用事済んだんだし、早く部屋に帰りたい。シャワーもまだ浴びてないっつのに」

 

 そう言って、ちょいちょいと上空――深夜の夜空を指で示した。

暗闇の絨毯には、輝く満点の星が今夜もたくさん塗されている。宙に寝そべって、四季折々の夜景を眺めるのが、フライアの数多い趣味の一つだった。

 

「えー? もーちょっとだけ散歩していかない? せっかく大尉がお留守なんだから、もっと夜遊びしたいなぁって」

 

「うっせぇ早く寝ろ、ブスがもっとブスになる。四、五年経って、シミとほくろだらけになってから後悔しても遅いから」

 

「どケチ」 「あ?」

 

 司令基地の敷地内、その宙空。ジェパード・ブライト准将の居室――に、ちょうど接する外壁部分にて、二人の少女ことフライアとアクセルは睨み合った。

 

 この無音の膠着状態は、二分に及ぶ厳しいものとなったが、やがてアクセルの折れる形で終戦を迎えた。

 しかしそれは決して、年長者としての功ゆえではない。

 

 単に、重力操作の主体がフライアであるという一点に基づいた妥協だ。彼女が首を縦に振らなければ、アクセルは自室に帰るどころか、地面にすら降りられないのが現状だった。

 加減速を使えば、着地自体は可能といえども、その前段階として、フライアが現在、発生させている浮遊用の重力から逃れる必要がある。

 

 それはさしたる高重圧ではなかったが、加減を少しでも間違えば、頑丈さで誉の高い基地の外壁へと頭から突っ込む羽目になる。

 このクソ眠たい中で、そのような面倒な計算をやる気になれなかった――といったところだろう。

 

 つまり、フライアの作戦勝ちだった。

 

「よーしよしよし、どこ行こっかな? 前に、森の方には行ったしなぁ……。でも川は飽きたし。ね、アクセルって海って見たことある?」

 

「ふざけんな、ぜってぇ行かないから。こっからどんだけ離れてると思ってんの。夢語る前に地図見ろ」

 

「えー。アクセルが、ばびゅっとすれば一瞬だよきっと」

 

「その場合、ソニックブームで近隣の住民宅が軒並み全て破壊されるけど、問題無い?」

 

「大ありだよ! んーつまんないなぁ、せっかくアクセルが散歩したいって言ってくれたのに」

 

「また、せっかく……はぁ」

 

 ここでついに、アクセルのため息の残弾が尽きた。

あまり手入れのされていない短髪を、自らの手でくしくしと乱雑に掻きまわすと、彼女は諦めきった顔を浮かべた。

 

「降参! 降参しますぅ、あたしが悪ぅございましたわ。……そんなに聞きたいの?」

 

「当たり前じゃん」

 

 真顔で即答すると、「だよね」と彼女も同様にして、頷いた。

 

「……場所、移そっか。さすがにここだと、マズいでしょ」

 

「ん」

 

 何の音も、光も、一切の兆しもないままに、星明かりの照らすもと、二人分の影が踊った。

 暗き闇へと、きらきら輝く天の川へと真っすぐに落ちていく。

 

 

――――――

 

 

「あのさぁ」

 

 この期に及んで、さんざん勿体をつけた挙句、アクセルはやっと重たい口を開いた。

 

「あんたって、来月にはもう三年目になるんだっけ」

 

 ――かと思いきや、全然違う話だった。忍耐力に自信のあるフライアもさすがにイラッときて、飛行経路を少々乱暴に横へと振った。

当たる夜風の勢いが倍速以上になり、「きゃあっ」と非常に珍しい女々しい叫びが漏れる。

 

「違う、ちーがーうって! 枕! そうこれは話の枕なの。関係あるから!」

 

「本当に? 嘘だったら落とすよ」

 

「もう落ちてね? てかそれ、どっちに?」

 

 戦々恐々のアクセルの表情が、想像以上に可愛らしかったので、意地悪はここまでとすることにした。

 何の意味も無く、話を先延ばしにしたり、誤魔化したりする女の子ではないことは、フライアも重々承知している。

 

「ごめんなさい、脅すような真似して」

 

 横へのベクトルを零に。縦軸への変化も緩やかにする。

今夜の天気はいっぱいの晴天。雲一つ無ければ、風もほとんど無風状態。変に滑空なんかしなければ、十二分に遊泳を楽しめる。

 

 視界の遥か真下には、基地のものと思しき電球の照明が小さく見えた。

真っ黒な大地の中にぽつんと黄色の一点、さながらお洒落なチョコレート菓子だった。

 

「あー……でさ。つまりそれって、あんたが修道院を離れてから、三年が経つってことじゃん?」

 

「そうだね」

 

 この辺りで、アクセルが言わんとしていることを察した。なるほど、確かにこれは枕――本題にとっての、ちょうど良い前段階だ。

 

「寂しくないの? そこじゃ、基地なんかよりもずうっと長い時間を過ごしたんでしょ? 友達に、シスターに、仲の良かった人たちに会いたくない?」

 

「会いたいよ」

 

 虚勢を張ったり、話を逸らしたりすることは可能だったし、仮にそうしたとしても、アクセルは何ら自分を責めたり、怒ったりすることは無いと分かった上で。

フライアはあえて本音を伝えた。

 

 率直に、一瞬も悩まず。回避する選択肢は複数あったが、一つも目に入らなかった振りをした。

 

「修道院にはね、私みたいな孤児がたくさん集まってたの。私がいた頃は、十四人いた。でも、本当は子供を育てるための施設なんかじゃないんだよ。あくまでシスターが修行するための場所だから。

 でも、前の革命戦争のせいで親を亡くした子がたくさん出て、見かねた院長がそういうのを始めたんだって」

 

「そっか。その院長や、シスターたちは優しかった?」

 

「ううん全然。みんな鬼か悪魔かってくらい厳しかった。朝のお勤めに寝坊したらご飯を抜かれるし、昼のお勉強をサボったら廊下に立たされるし、夕方のお掃除で遊んでたら、容赦なくぶん殴られた」

 

「あんた……。修道院時代から、そんな調子だったわけ」

 呆れ口調になるアクセル。しかしフライアは悪びれずに続ける。

 

「でも謝ったらちゃんと許してくれた。ボロだったけど服もくれたし、普通にしてたらパンもスープもくれた。今、文字を書いたり読んだりできるのも厳しくしてくれたシスターのおかげ。私、あそこで育ってなかったら、たぶん今頃、市場でパンや果物を盗むただのコソ泥になってたと思う」

 

「あんたが盗みをやるなんて、考えただけでもぞっとしないね」

 

「でしょう? あとね、友達もいたんだよ。一番仲が良かったのは、黒髪のレスターって男の子。私よりも先に修道院に来てたから『俺は年長者なんだぞ』って威張ってるの。でも口ばっかりで、駆けっこもテストも、最終的には私がいっつも勝ってたよ」

 

「それ仲良かったって言うの?」

 

 そう訊かれてみれば、確かにレスターは友達だったとは言えないかもしれない。記憶もあやふやな幼少の頃はともかく、憶えている限りでは張り合って喧嘩してばかりだった。

 とりわけ『お兄ちゃん』と呼んだ時の反応が面白くって、何度もそれを出汁に無理難題を吹っ掛けたものだった。

 

 修道院の尖塔でやった、あの命知らずの度胸試しが今はもう懐かしい。当時の思い出話をアクセルにしてやると案の定、彼女は渋面を作った。

 

「うわ。あんた良くそのレスターって男の子に殴られなかったな。あたしだったら撃ってるわ」

 

「その言い方は酷くない? 落ちたレスターを助けてあげたの、私だし」

 

「あんたがいなかったらそもそも落ちてなかったっつの……。

はあ。ま、何か色々と分かったわ」

 

 アクセルはぼうっと、星々を見上げたまま呟いた。

 

「あんたやっぱり、年上に好かれるタイプなんだね」

 

「えぇ? アクセル、私のこと嫌いなんじゃないの? いっつもブスって言うし」

 

「誰があたしのことっつったよ。つか、聞こえてたのかよ」 

 

「聞こえてないと思ってたの?」

 

 がば、と音がしそうなくらいの勢いで、彼女はこちらを向いた。真剣な顔。

 

「なら……なんで今、こうしてあたしの下らないお喋りに付き合ってくれてんの?」

 

 これは難しい質問だった。答え方が三……四通りくらいある。少し悩んで、一つを選ぶ。

 

「仲間だから」

 

「なんのだよ」

 

「もちろん……大尉を殺すための」

 

「ふ」

 するとやっぱり、アクセルは笑った。それは実に彼女らしい、陰気で、荒んだ顔だった。

 

「今の今まで、言わないでおいたけどさ、本当はあたしもあんたと同じなの」

 

 出し抜けにその両手が動き、肩を思い切り掴んでくる。すごく強い力。痛いくらい。

 反射的に振りほどきそうになるが、そこを何とか堪えた。特に根拠は無いけれど、そうしたら最後、アクセルは二度と口を利いてくれない気がした。

 

「あたしの両親は、遊牧の羊飼いだった。

 二人はある日、突然の雨に降られて、羊ともども飛び込んだ廃墟の中で、ぎゃーぎゃー小汚い赤ん坊が泣いてるのを見つける。

 元々、羊飼いってのは穏やかな気風の人が多いんだけど、二人の場合は飛びぬけて親切ってか、お節介でさ。何の得も無いって分かり切ってるのに、そいつを拾った挙句、何を思ったか娘として育てた」

 

 アクセルの話しぶりは静かだったが、余計な言葉を挟ませない気迫が籠っていた。両腕の力も、いまだに衰えない。むしろより強くなってすらいる。おかげで手指の感覚が若干、希薄になってきた。

 

「兄弟姉妹はたくさんいた。親戚連中も含めれば、もう数えきれないくらい。中にはあたしと同じように、血の繋がっていないのも。

 お父さんもお母さんも、みんなと同じように、あたしを叱り飛ばしてくれたし、褒めてくれた。あたしが加速砲で狼どもを追い払ったら、『お前は天に愛された子だよ』って撫でられた」

 

 頬にひんやりとした感触が当たって、初めて気づいた。現在、形成している変動重力場の中に、小粒の水球がいくつも浮遊している。

 落下することも、飛散することもできず、あてどなく空気中を漂っているそれらは、眼前の彼女から流れ出たものに違いなかった。

夜空には相変わらず、雲一つない。

 

「それをあいつが全部、ぶっ壊した。大切な羊たちを雷鳴で散り散りにして、慌てた父さんと母さんを人質に取りやがった。今でも一言一句思い出せる……。

『指一本でも動かしてみなさい? 大好きなパパとママの心臓を、すぐにでも止めて差し上げますわ』って。笑いながら言うんだよ、信じられる……?」

 

「まぁ、大尉だし」

 おそらく、加減速を警戒しての対応だろうが……それを言ったところで、慰めにもならないのは明らかだったので、やめておいた。

 

 しかしそれこそ余計な心配だったようで、アクセルは出し抜けに「だよね」とおどけて言った。

 

「あいつがクソふざけた女だってのは、この三年間で身に染みて分かった。あいつにとっちゃ、あたしらの生活や人生なんてどーでもいいことなんだってね。

 手紙も出させてくれない、たった一日の里帰りだって認めてくれない、電話の一本すらかけさせてくれない……。

 あいつは! あたしの全てを奪ったんだ……!」

 

「でも、生きてる」

 

 その一言を出した途端、ぴたりとアクセルの泣き言は止まった。

 

「アクセルに私に、レーダにリバイブ。代わる代わるの週当番で殺しにかかったけど、でもまだ生きてる。

 重力捕縛も加速粒子も、熱線照射も飽和爆撃も最終的には全部、無力化された。逆に、大尉が私たちを殺すチャンスはその数百倍あった。けどやっぱり生きてる、お互いに。それはなんで?」

 

「あいつが強いから……?」

 

 首を横に振る。あの人はそういうのじゃない。それは断言できる。

 

「あたしたちが弱いから?」

 

 これも無い。断定はできないけれど、容易く街を消滅させられる人間は、たぶん弱いとは評価されないと思う。

 

「じゃあ、なんであいつはまだ殺されてないのよ」

 

 泣きながら、なおも問い詰めてくるアクセル。これではあべこべだ。こっちが話を訊こうと思って、夜空の散歩に誘った体なのに。しかし、こんなに必死の形相をされては答えないわけにいかない。

 

「結局そんな気、どっちも無いからだよ。本当に殺す気があるなら、とっくの昔にそうなってる。……じゃない?」

 

「そんなわけない!」

 

 正真正銘の絶叫だった。間近で受けたために、耳が一瞬きぃんとなる。

 

「あいつを! 生かす! 理由が! どこにあるっての!? 死んだら帰れるんだよ!? あんたは修道院に。あたしは平原に。

レーダとリバイブだって、いつもうだうだ言ってるけど、故郷の方がずっと幸せに決まってる」

 

「なら、殺しなよ」

 

 あらためて、その答えを提示する。彼女の頭の中でも、何度となく繰り返し現れては、消えていっただろう答えを一言一句、丁寧に。

 

「さっき、電話で話してた通りなら、大尉は明日にも基地に帰ってくる。そしておあつらえ向きにも、ちょうど週明け。来週はアクセルの当番だったもんね。ベストタイミング」

 

「で、でも――」 

 どうして『でも』が真っ先に口をつくのか。本人も矛盾は自覚しているのか、逃れるように目元を両手で覆い隠す。

 だけど、それは許さない。無理やりこじ開け、目線を合わせる。

 

「何が難しいの? 大尉の乗った車は、まず正面門から入ってきて、右方の駐車場へ向かう。運転席から降りてきたところを、上から狙撃すればいい。普通の銃ならちょっと厳しいかもしれないけど、アクセルなら問題ない」

 

「そんなの……どうせうまくいきっこない。だって三年あったんだよ? 不意打ちや、卑怯な真似だって、これまでさんざんやって来た。

リバイブなんて、扉開けた先に地雷まで仕掛けたのに、それでもダメだった」

 

 なんだか腹が立ってきた。なんだこの女、めんどくさい。

陰気なのはまだいいが、こうもウジウジと堂々巡りの話をされると、聞いているこっちが参ってしまう。

いっそ平手と言わず、高重圧でぶん殴って目を覚ましてやるか――と思ったが、逆にいよいよ収集がつかなくなる気もするので、止めにした。

 

 代わりと言ってはなんだけれど――と変動重力の加圧ベクトル数を増加。横軸に二つ、マイナスとプラスで衝突させる。

 結果出力――夜空、星の輝く夜景のもとで、二人は糸のもつれ合うようにして、抱き合った。

 

「え……?」

 

「それなら、もう一つ理由をあげるよ」

 

 耳元で、そうっと囁く。できるうる限り優しく、弱々しく。

 

「私のために勝って、アクセル。私をお兄ちゃんのところに、連れて帰って」

 

 みるみるうちに、彼女の顔色が――顔つきが変わる。

少女の儚い泣き顔は移り行き、現れ出でるは剣を携えた騎士。

 返事など、もはや聞く必要も無かった。

 

浮遊重力はやがて消え、二人分の影は間もなく基地敷地内へと帰投する。

挨拶も無しに廊下の角で別れ、それぞれの自室へと戻る。

 

 一人きり、真っ暗な部屋に佇んで、フライアは尋ねた。

 

「これでいいんだよね? 大尉」

 

 自問自答は闇に吸い込まれるだけだ。しかし、それでいい。

 

 壁越しに、電話を盗聴していたのは、アクセルだけではなかった。結局、彼女は最後まで気づかなかったが、フライアにもその内容は漏れ伝わっていた。

 

 部屋の内部に、現にいたジェパード准将の声はともかく、受話器越しの大尉のものまで拾うのは、軍謹製のコップでは少々、役者不足だった。

 

 そこでアクセルは受話器の音声を対象に、音波が空気を伝わる際の速度を加速させ、壁に至るまで、十分な音量を確保した。

ただし、これだけでは周波数が変わり、肝心の内容が解読不能になるため、壁へと到達した時点で減速、元の波形に戻す処理も行っていた。

 

 この無駄に複雑、かつ技巧的な手順のために、周囲への注意がおろそかになったらしい。加速で届かせた声の音量が思った以上に大きくなっていたことに、アクセルはまるで気づかなかった。

 それこそ隣に浮かんでいるフライアにも、全部が聞き取れるほどだったのに。

 

 だから本当のところ、フライアはああまでして話をせがむ必要は無かった。

 盗聴を終えたら、大人しく夜遊びの終了を宣言し、早々にアクセルと分かれて自室に戻っても良かった。

 

 それをあえて聞こえなかった振りをして、准将と大尉の密談の内容を、アクセル本人に問い質す――ように見せかけ、実際は彼女を焚きつけた。

 大尉を殺させるために。

 

 いい加減、そうしないといけないと思った。あの電話が、フライアの意思をいっそう強くした。

 

 大尉はきっと、いつも怒ってた。

ですわですわ、と明るく振る舞いながら、内心ではあの耳にするのも悍ましい悪罵の澱を湛えていた。

 

 それは准将に対して? 違う。では自分たち隊員に対して? 外れ。

ならば、ガルシアなる父親に対して? 一見はそうだが、真相はおそらく別。

 

 なぜなら、あの瞬間に大尉が激怒したのは『父親を撃ち殺さなかった自分』について、だから。

 

「たいいー……」

 

 いつの間に、ぽろぽろ涙が溢れていた。慌てて両手で拭うけれど、全然間に合わない。指から腕から伝って滴り床に落ちる。足元の水溜まりはいつか湖になるんじゃないかってくらい、止まらない。

 

「わたしね……わたしね……たいいにね……」

 

 幸せでいて欲しい、と続けたかったのに、舌が回らない。

 アクセルに殺されるのは、確かに彼女の幸福であるはずだが――フライアの考えが正しければ、それで全く正解なのだが――果たして死ぬことは幸せなのか?

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