ビリビリ系元公爵令嬢(たぶん悪役)   作:激辛党

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第三章……司令基地にて
電撃戦


 リ・ラ・テルミヌス大尉率いる特務隊が、平時に駐屯する司令基地は、都市中枢部から隔たった平原に設営されている。

 ちょうど小高い丘となっている所に監視塔が建てられ、それを囲うように中央棟、武器保管庫、寮といった種々の関連施設が立ち並ぶ。

 

 基地の規模それ自体は、そう大きなものでなく、国境付近に聳える砦、要塞とは比べるべくもない。

 戦車、装甲車両の配備数も最低限の範囲に留まっていて、実用的な機甲部隊の編制など夢のまた夢だった。

 

 それもそのはず、目下のところ、この基地に求められている役割は、周辺都市の警備および治安維持である。

 つまり、置かれている戦力の大半は、国内での使用を前提としている。

 

 それは――旧貴族連合に与するゲリラだったり、現政権の恐怖統治に反抗するテロリズムだったり、はたまた北からのスパイが企む破壊工作だったり……うんざりするほど多方面に渡る集団が織り成す、内憂外患のフルコースだ。

 

 なんとも統一感の無いそれらコース料理にも、しかし一つだけ共通点がある。

 あくまで、少数戦力による散発的かつ個別的な武力行使に終始することだ。

 言い換えれば、どれだけ事態が悪化しようとも、政府は都市近郊で起きる戦闘を、小競り合い以上には認定しない。

 間違っても、ゲリラの鎮圧やテロへの対処に、一個師団からなる兵群と、それの保有する戦車部隊を派遣したりはしない、ということだ。

 

 軍事戦略はもちろん、民間人保護の観点からも、これは必然の結論だった。ただでさえ最近では、軍の強権的な事の進め方に、批判の声が高まりつつある。

 むやみやたらに、大砲の轟音を響かせたり、無限軌道でそこらの市道を踏み壊したりすれば、それだけ市民の支持も遠のく。

 国軍がその銃口を民に向ける愚かさは、革命の動乱で皆が存分に知るところだった。

 

 以上から、大尉はこの基地という場所を、特務隊にとって最大の安全圏だと認識していた。

 機関砲、大砲、擲弾筒、手榴弾、突撃銃、狙撃銃……エトセトラ。火器の種類は博覧会並みに揃っているものの、肝心の数が全く足らない。

 

 結局は、たまに監査にやってくる中央役人に、担保として見せびらかすためだけの物資だ。武力で事を成した連中は、いざ自分が追われる側になると、途端にネズミより弱気になる。自分たちの安全は確実に保障されている――その証文を足繁く通って目の当たりにせねば、内心の正気を保てなくなるらしい。

 

 全くもってバカバカしい――から、好都合。

基地内の武器保管庫という非常に身近な場所に、ありとあらゆる兵装が、特段の使用の必要も無いまま、無期限に保管されている。

 士官以上、いずれかの隊の長であれば、これらは実質無条件で貸与される。治安維持の名目という魔法の呪文を、上手く変形することさえできれば。

 

 この詠唱が人一倍、流暢かつ創造性に溢れているので、大尉の車はいつも満載だった。

 

「姉さまぁ、ちょっといいかしら?」

 

「いかがしました? リバイブ。もう正面門が見えてきましたから、休憩ならいたしませんわよ」

 

「積み下ろし、またしなきゃいけないの? どうせ次に出発するとき、また乗せるのでしょう? いい加減飽き飽きなのだけど」

 

 こん、と後部座席にもぎっちり詰まった弾薬ケースを爪弾きにして、リバイブがぼやいた。大小複数のそれらは、匠の絶妙な手腕によって、空間を余すことなく活用し、整然と敷き詰めてある。

 結果、窓際の僅かなスペースにて、窓にへばりつくようにして座っている見目麗しい少女――リバイブは、むしろ本来あってはならない異物のようにすら映った。

 特に、むっつり頬を膨らませてこちらを睨む姿は、無骨なケースとの気圧差が凄まじい。

 

「だいたい、数が必要なら私がいれば十分じゃない。前に手榴弾の雨あられ、降らせてあげたの忘れちゃった?」

 

「いつも、あなたが傍にいてくださるなら、それでも構わなくってよ」

 

 大尉の言葉の最中にも、結論を先取りしたかのように、リバイブの顔が目に見えて緩む。今にも後部座席から跳躍、ハンドル操作も知ったこっちゃねぇと急襲を敢行する――ぎりぎりで、大尉は言い切った。

 

「――ですが、あなたは一人しかいませんので。大変でしょうが隊員の編制上、不公平の生じないように、毎回やっていただきますわ」

 

 ()()()()、の部分をいやに強調してあった。それを聞いたリバイブは、ふい……と窓を剥くと、それきり文句を垂れなくなった。

 

「あの……私からもいいですか?」

 

 努めて控え目に、右手を軽く上げて、レーダが質問の許可を求める。「ええ、もちろん」と大尉が返すと、彼女は恐る恐るといった調子で尋ねた。

 

「大尉って、素手でも発砲できるじゃないですか。しかもすっごい威力で。銃器なんてほんとに必要なんですか?」

 

 というか、と更に小声になって付け足す。「使ってるとこ、見たこと無いんですけど……」

 

 レーダからの純粋さゆえの質問に、すると大尉はあっさりと言い切った。

 

「必要ありませんわね」

 

「無いんですか!?」 じゃあなんて、あんなクッソだるい作業を毎回!? と、顔にこれ以上無いほどの呆れが表れる。

 

 同感だったのか、大人しくなったはずのリバイブですら、がたっと音を立てて膝と前部座席を擦った。

 

「わたくし、弾はともかく銃器そのものは苦手ですから。きちんと構えて撃っても、ほとんど的に当たりませんわ。訓練もそんなにしていませんしね」

 

「えぇ……」

 ついに言葉の出なくなるレーダ。物体操作に長けたフライアや、アクセルならともかく、レーダにとって、嵩張るし重たい銃器と弾丸の荷運びは、まこと辛い作業だった。

 四年越しに、それが全く無意味な作業だったという、恐怖の真実を知らされた。泣き叫ばなかっただけ、まだ自制心がある。

 

「こうでもしないと、納得いたしませんから」

 

 意気消沈したレーダの耳に、続く言葉が入ってきた。ふと顔を上げれば、ハンドルを握る大尉の顔はどこか遠い目をしている。運転中ではあるけども、明らかにそんな単純な理由ではない――そんな視点。

 

「わたくしたちはエルヴァンディア軍の特務隊です。それ以上でも、以下でもありませんわ。超常現象を操る異能集団でもなければ、物見遊山の観光グループでもない。

 それを内外に証明するには、こういうのが一番分かりやすいんですの」

 

「それで、この山?」

 

 信じられない、といった声でリバイブが言った。「姉さまってやっぱりバ……いいえ、お優しい性格なのね」

 

「わざわざ言い直さなくても良くってよ、リバイブ。わたくしとて、無意味は承知の上ですわ。実際のところ、きちんと()()()としての役割を果たせているか、怪しいですし。なにせ一発たりとも発砲しておりませんから。

 かといって、市民の血税で贖われている弾薬をいたずらに浪費するわけにも参りません」

 

「にしたって、もっとうまいやり方が――」

 

 ある……と言おうとして、レーダは愕然とした。

 

 その前だ。大尉は今、なんと発言した? まさか、隠れ蓑と言ったのか?

 

 ぎぎ、と首の関節が鳴りそうなくらい、ゆっくりゆっくりと隣の彼女へ振り向く。表情は何も変わらない。自分が何か、とんでもない事を言ったなどとは露も考えていない――普段と全く同じ大尉がそこにいた。

 

 うそ。

 本当に、本気?

 

 マジで、この銃って――いいや、もっと言うなら特務隊は。

 そういう役割でしか、無かったの?

 

 いやさすがにそんなはず……。さっきのはほんの言葉の綾、言い間違いだ。『時間を稼ぐ』のは副次的な目的で、もっと別の深謀があるに違いない。大尉のことだ、きっとそうだ。

 

「たっ……づ」 噛みそうになって、慌ててもう一度喋り直す。

 

「大尉、あと……あと、そうだ、ずっと気になってたんですけど、それ、なんですか?」

 

 運転席とドアの間。ほど狭い収納スペースに、紙包みが一つ、差し込んであった。乗車時にひょいとそこへ入れて以降、期待していた説明は一切無いまま、ついに基地へついてしまった。

 

 道中、よっぽど自分から訊こうとは思ったが、運転席のすぐ傍という位置的に、明らかにリバイブを警戒している。その甲斐あって、彼女は小包に全く気付いていない様子だった。

 ならば上官の意図を弁えて、部下の自分も口にはするまい――と思っていたのに。

 

 うっかり訊いちゃった。

 

「え? あ、あーこれですの? これは……何でもありませんわ。あなたが気にすることは無くってよ」

 

「なんでも無いわけないでしょうが」

 

 我が意を得たり、とばかりにリバイブが首を突っ込んでくる。ぐい、と前部座席の間から顔を覗かせて。

 

「何それ姉さま。私、聞いてないわよそんなの」 「なぜって、言っておりませんし」

 

 途端、車内がにわかに殺気立つ。

 

 多大な後悔と焦燥感に襲われたレーダは、飛び散る視線の火花の間に割って入った。

 

「た、大尉。前向いてください、前を。ほら、門番の人がもう待ってますから。早く許可証を見せないと」

 

「っと、そうですわね。レーダ、感謝いたします」 「おいこらジャリガキ、私と姉さまの話を邪魔しぶべっ」

 

 言い終わらないうちに放たれた猛烈なデコピンが、リバイブを後部座席へと叩きこんだ。なんだか、あのドレス事件を境に段々と彼女の扱いが雑になってきている気がする。

 

 大尉はさして気に留めた様子でなかったが、内心は決して穏やかでなかったということだろうか? 

 例えばあのドレスのサイズ……少々、背丈の低いリバイブに合ったということは、逆に言えば、今の大尉の身長にはまるで合わないことになる。

 

 もしかして大切な人に昔貰った、思い出の品だったり……したのだろうか?

 

「レーダ、通行許可証と……所属票はあなたに預けておりましたわね?」

 

「はい! こちらをどうぞ」

 

 思索を慌てて中断し、身に着けているポシェットから、指示された票を提出した。

こういった重要な物は、本来は大尉自らが持っている方が良いと思うのだが、あえて任せてくれている。

 

 なんでも「わたくしが持っていますと、何かの弾みの電荷で焼きかねませんから」とのこと。

 そんなことが、いったいどれほどの確率で起きるかは別として――信頼してくれていることは、とても嬉しく思う。

 

 しばらくあって、確認の取れた門番が正面のゲートを開いた。基地敷地内に入ると、右翼にある駐車場へと向かう。

 隣接する武器保管庫にほど近い地点で、大尉はギアをパーキングに入れた。

 武器の搬入、搬出の最もやり易いここが選ばれるのは、いつものことだった。

 

 レーダは誰よりも先に降車し、後部にあるトランクを開けにかかった。ここにも予備の弾薬、武器類がぎちぎちに詰め込んである。ほとんど火薬庫、横転事故など起こそうものなら大惨事だろう。

 

「こんなので、誰が納得するってんです……大尉」

 

 思わず出てしまった愚痴が、まさか本人に聞かれてはいまいか……と、レーダは運転席側へ目をやった。

 

 ドアが開き、大尉の履く軍靴の先が見えた――その時になって、ようやく。

 レーダは察知した。今から誰が、どこで、何をしようとしているのかを。

 

「っ……!」

 

 もう時間が無い。発射まで、おそらく三秒と少し。それと着弾はほぼ同義だ。

伝えるべきか? 刹那の逡巡がレーダに生まれた。それでも三秒ある。発声すれば、大尉に注意は促せる。

 

 しかしそれは裏切り行為に他ならない。アイツにとってはもちろん、自分自身に対しても。

 ためらいは、衝動と拮抗した。ほんの僅かの猶予時間の中では、その迷いはすなわち、無行動を意味した。

 

 レーダは何もできなかった。

 大尉は両脚を舗装された地面に着け、長時間の運転で凝った腕をほぐすように、伸びをする。

 

 ここで、三秒といくらかが経った。予測した通り、超音速の弾丸が彼方より飛来する。

 常人の目には見るも能わぬ眩い光線も、レーダの鋭い感覚器にはより具体的な軌道が読み取れた。

 

 空気摩擦により赤熱する直線は、過たず大尉の胸を指していた。

 

 

―――――

 

 

 司令基地の主棟部、その屋上。青々と広がる空を背景に、アクセルは立っていた。ときおり吹きつける初夏の風が、長めに伸ばしている前髪を巻き上げ、額を晒した。

 

 開けた視界の最中にあってなお、見つめるのはただ一点。たった今、駐車場に入ってきた軍の車両である。

 

 その車は最徐行でのろのろと進んだ後、武器保管庫にほど近い、いつもの地点に停車した。それを確認したと同時、アクセルは軍服のポケットから、おもむろに一発の弾丸を取り出した。右の手のひらにそっと乗せて、空へと掲げた。

 あたかも幼子がガラス玉を太陽の日差しにかざして、透かして遊ぶように。

 

 弾丸はライフルに使われるフルメタルジャケット弾だった。

エルヴァンディア陸軍が、標準装備として正式採用しているものであり、性能は他国のそれと遜色ない。貫通力と命中精度に特に優れる。

 

 強いて欠点をあげつらうなら、鋼弾の宿命として、対人殺傷力がいかんせん低いことか。研究者はこぞって、この弾丸を敵兵の体内に残留させようと躍起になっているらしかったが、その解決策は現時点ではまだ開発されていない。

 

 だがその有り余る硬さが、粒子加減速を扱うアクセルにとっては、むしろ好都合だった。

 

 ある物質を無制限に加速できるこの能力には、いくつか避けられない制約がある。

あまりに速く飛ばすと、命中する前に弾丸が燃え尽きてしまうというのが、その一つだった。

 

 木の枝とか、石ころだとかを加速砲として撃つ際に、特にこの傾向が顕著になる。そういった脆い物体を、無理やり音速まで到達させたところで、目の前に火柱とソニックブームが発生するだけで、何の威力も発揮しない。

 せいぜい、ド派手な空砲として周囲を驚かせるのが関の山だ。故郷の村では、それでも十分に獣避けの役に立てたが、今がそんな呑気な状況でないことは、三年前からよくよく理解している。

 

 しかし、この鋼弾は良く耐えた。先日、戦車を一台蒸発させた時などは、我ながら驚いた。大尉より以前から『ガラス玉やコインでなく、きちんとした弾丸を扱えるようになっておけ』と言われていたが、その意図が身に染みて分かった。

 

 確かにこれなら、人間なんて簡単に殺せる。なにせ貫通力の多寡など、加速砲においては論点にもならない。

 音速の十倍を超える砲弾ともなれば、掠めた余波だけでも鋼鉄すら溶かせるのだから。

 

 ついに車両の扉が開き、長身の女が降りてきた。アクセルは手のひらの弾丸を、高く天へと放り投げた。

 

 そして閃光が炸裂する。爆風がまき散らされる。凄まじい高熱が大気をプラズマ化する。

 地上五階、司令基地の屋上にあってなお、その破壊的な反作用は、周囲に多大な影響を及ぼした。

 

 足元、基地の屋上を構成するコンクリートが熱で溶融し、崩壊を始める。隙間から覗いた木製の棚や家具は、何に接触するでもなく、たちまち自然に発火した。

 炎などの、分かりやすい現象として可視化されていないだけで、その瞬間の屋上の気温は材木の発火点を大いに超過していた。

 

 陽炎のうちに佇むアクセルは、煙る視界にあって、ただ一点を見つめた。

 屋上の縁から見える、駐車場。アスファルトで舗装されたその区画には、今や噴煙立ち上る大穴が出現していた。

 

 アクセルの放った加速砲が穿った痕だった。

 大きく口を開いた深淵は、光の侵入を固く拒み、何物をも映さない。当然だ。概算だが、井戸が作れるほどには掘り進んだはず。

 

 言うまでも無く、そこにリ・ラ・テルミヌス大尉の姿は無かった。

そもそもタンパク質やら脂肪やら、脆さの塊のような材質で構築された人体を、アスファルトや鋼鉄と同列に語ること自体が、誤っている。

 ここまでやって、死なないわけがない。

 

「やった」 間違いなく。

 

「やったんだ……あたし」

 

 まさしく、フライアの言った通りだった。結局、やる気がないからできなかっただけ。本気で撃てば、こんなにあっさり。

 

「ねぇ、フラ」 だが、その先は続けられなかった。

 背後の少女に振り返ろうとした矢先、視界下方より一発の銃弾が飛んできたために。

 

迎撃そのものは余裕で間に合った。身体に当たる数歩手前で、急減速の処置を行う。溶けたコンクリートの上に、ゼロ速度となった弾丸が力なく落ちる。

 

「誰……!?」

 

 縁へ駆け寄って、下を覗き込む。勢い込んだあまり、落下しそうになるのを寸前で堪えた。そのくらい、驚愕した。

 

 今のは確かに、屋上に立つアクセルに対する狙撃だった。だがそれは有り得ない。今このタイミングで、いったい誰が自分を攻撃するというのか?

 

 訳も分からないまま、必死に攻撃者を不自由な視界に求める。濛々と立ち込める黒煙のせいで、しかし人影を探すことすらままならない。

 

 思いあまって、アクセルは屋上から飛び降りた。このまま棒立ちで、一方的に射撃され続けるのは業腹だったし――何より、誰が撃ったかが気になって仕方なかった。

 もしそれが、絶対に考えられないけれどあの人ならば、今度こそ確実に殺害しなければならない。

 

 五階の高みからの自由落下を、即座の減速で帳消しにする。アスファルトの地面へ安全に降り立ったアクセルは、油断なく指先を前に構えた。

 

 加速粒子は全身、いずれの部位からも理論上放てるが、照準はしっかり合わせるに越したことはない。

 優先順位としてはそう高くないといえども、無関係の物や人はなるべく巻き込みたくなかった。

 

 煙がいい加減邪魔なので、自然に吹いている風を加速して吹き飛ばす。さながら竜巻のような突風がアクセルを囲み、たちどころに視界をクリアにした――その途端。

 

 右斜め後方、複数の棟からなる武器保管庫――うち一つの影から、四連射を受ける。

発砲音で気が付き、被弾する前に減速停止。ぱらぱらと落ちるそれらを間近に見て、またも心臓が嫌な鼓動を刻んだ。

 

 軍で正式に使用されている弾丸だった。それも、薬莢がついたままの。――にもかかわらず、内部の火薬が燃焼し、発射されている。

 アクセルの知る中で、このような奇特な発砲が可能である人物は、ただ一人しかいない。

 

「大尉……!」

 

 導き出された答えを裏付けるように、更に三発の連続射撃。今度は左側面から。これも停止、だが今度は地面に落とさず、そのまま反対ベクトルに再加速する。

 つまりカウンター射撃。相手の所在はいまだ分からずとも、撃ってくるならその場所にいるはずだ。

 

 三発はそっくりそのまま、発射された地点へと返って行った。しかし、吸い込まれた先である建物の影に、人物の姿は無い。

もう移動した後、当たり前のヒットアンドアウェイ。同じ立場なら、アクセルだってそうする。浮かぶ自嘲、僅かな苛立ち。

 

「バカじゃない……?」 無意識のうちに、そんな罵倒が飛び出ていた。

 

「あたし相手に遠距離戦、挑む気? 全部無駄」

 

 言っている傍から、更に六発が向かってくる。そのまま加減速で反射。やはり手応えこそないが、跳弾時の反響からして、相手が近くにいると察知する。

 

 加速跳躍、武器保管庫となっている建物の上へ。二階建ての家屋はある程度の視野を保証してくれる。

 逆に、相手からしてもいい的らしく、五回の発砲。さすがに違和感を覚えた。

 

 無駄は相手も十分承知しているはず。なら、なぜ自分の居場所を教えるような真似を? しかし考えるよりも先に、手癖で反射を成立させてしまう。

 

 その一瞬後、凄まじい爆発が起こった。粉塵と火炎が飛び散って、周辺に並ぶ武器保管庫の家屋へと燃え移る。

 

「ちっ!」 考えるより先に身体が動いた。炎上した棟の屋根へ移り、燃焼反応を減速停止する。炎――というより、酸化反応および熱運動そのものが無効となり、火災は消滅した。

 

 ――と思いきや、足元が弾けた。アクセルが今、立っている棟が、内部に保管されている弾薬ごと燃え上がった。光、熱、風。何もかもが同時に起こり、少女の細い身体を枝葉のように吹き飛ばさんとする。

 

「舐めるな!」 全て停止。屋根を内側より食い破り、溢れだそうとした炎熱を、何もかも無かったことにする。爆風も起きなければ、熱波も来ない。脅威はゼロに留まらせる。

 

 だが、起きてしまったことまでは取り消せない。アクセルが減速干渉する直前、爆発によって僅かに開いた穴は、そのまま残る。

 

 そこを強引に押し開き、飛び上がってくるは、紫電を纏った一人の女。

 

「油断しましたわね」

 

 にやりと笑った声が耳に届く時、既に電撃はアクセルの身体を貫いていた。

 

「あがっ」 情けない悲鳴が零れた。

 

 無敵とも思える粒子加減速の、唯一の弱点。

 電力を源とする反応は、彼女をもってしても操作できない。

 

 アクセルの脳内思考を形成するのは、あくまで神経細胞の織り成す電気的ネットワークであり、裏を返せば、それと同等の速度を持つ電気的現象は、決して反射が間に合わないためである。

 

 一切の容赦の無い、稲妻並みの高圧電流をまともに喰らった少女は、手足をぴたりと硬直させたまま、緩やかに正面から倒れた。

 ともすれば、そのまま顔面を屋根のコンクリートに強打する寸前で、駆け寄った大尉が抱き留める。

 

 気絶したアクセルの身体をゆっくりと下ろすと、大尉はやれやれと首を振った。

 

「ったく……誰の入れ知恵ですの。降車するところを狙うなど、タチが悪いったらありませんわ」

 

 屈んだ態勢のまま、まだ近くにいるだろう部下へ、呼びかけた。

 

「リバイブ! 早く来てくださいまし。なるべく抑えましたが、ちょっと棟が焼けてしまいましたので」

 

 ついでに、隣に寝転がるアクセルを見やって、付け足す。

「あと、こちらの大おバカさんも治してあげませんと」

 

「バカは――」 突然、横たわる少女の目が開いた。「どっちよ」

 

 刹那、互いの視線がぶつかり合う。それは達人同士が、互いに刃を鍔迫り合わせるような、極限の攻防だった。

 

 先に動けたのは、やはり先に意表を突いたアクセル。いまだ痺れの残る右手を、それでも押して持ち上げ、わざわざ密着までしてくれた大尉の胸部に押し当てる。

 ゼロ距離砲撃、これなら絶対に躱せない。

 

 それと比べれば、やや遅きに失したが、大尉の反応も目覚ましかった。少女を労わろうと頬に滑らせた指を、大きく広げ、顔全体を掴みこむ。

 こちらもゼロ距離電撃の構え。耐電衣を着こんできたのか、アース線を仕込んでいたのか、もしくはそのどちらもか。いずれにせよ、これはさすがに耐えられまい。

 

 果たして、両者の攻撃は同時だった。片や超音速の弾丸と、片や日中に眩いほどの稲光。

 しかし生じた結果には、大いに差があった。

 

 大尉の放った荷電粒子は、念願かなってアクセルを今度こそ完全に昏倒させた。直前に推測した通り、彼女は複数の漏電対策を取っていたが、それら全てを貫通されていた。

 

 その一方で――アクセルの放った砲撃は、少々残念な結果になった。

先の被雷は装備によって防御したとはいえ、それでも意識混濁による能力低下は避けられなかった。

 よって通常通りの加速はおろか、その半分すらも間に合わない。最終的には拳銃以下の威力に有効射程の、全く意図したものでない、極めて貧弱な一射が代わりに放たれる。

 

 けれど、照準は限りなく正確だった。ぴったりと大尉の胸の中心――心臓を貫いた。

 

 陽の当たる屋根上にて、やがて二人は仲良く揃って横へ倒れる。

 白目を剥いたアクセルは、凄まじい形相でぶくぶくと口から泡を吹いている。

 そのかたわら、上着に丸く朱い染みを滴らせる大尉は、じっと空を見上げていた。

 両の瞳はしっかり開かれ、今にも彼女は起き上がりそうだった。

 

 しかし、いつまで経ってもその時は訪れなかった。

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