ビリビリ系元公爵令嬢(たぶん悪役)   作:激辛党

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遠くへ行くあの人

 柄でもないと自分ですら思うが、アクセルはときおり眠れない夜がある。

 昔の事――故郷の家族の事や、特務隊の面々との付き合い方などなど……様々な『どうしようもない』ことが頭に浮かんでは消えて、枕を何度返しても寝付けない。

 

 かといって、司令基地の寮では消灯時間が厳密に決められていているので、みだりに外へ出かけると厳罰に処される。

 

 安眠の訪れることが無いことを知りながら、アクセルはベッドの内で悶々と過ごさざるを得ない。

 牢獄からの解放を知らせるのは、当番の兵士が吹き鳴らす起床ラッパ。常日頃なら、限りなく疎ましい存在である騒々しい音色も、この時ばかりは天上より降りし使いの奏したもう音楽に聞こえる。気分はハレルヤ。

 

 ぶち上がったテンションのまま、朝日の昇る平原へと散歩にでも繰り出したいところだが、しかし。

 いかに睡眠こそ取れなかったとはいえ、十代女子として、寝起き姿で外出するのはためらわれる。

 

 ラッパの余韻がまだ終わらないうちから、寮の洗面所へと向かうことにする。

 窓から差し込む朝の日差しが、寮の廊下にストライプの模様を描く。白と灰色、光のラインに侵入するたびに、まばゆさのあまり目を細めた。

 

 誰もいるはずのない洗面所からは、なぜか忙しない物音が聞こえてくる。抜き足差し足で入ってみると、寝間着姿をした長身の女性が一人、鏡相手に睨めっこをしていた。

 厳めしい顔をして、自分の目元や頬を指で押さえ、しきりに揉んでいる。

 

 面妖な、いったい何事かとアクセルは訝しんだが、洗面台の上にある瓶の存在に気づき、疑問は氷解した。

 豪著な装飾の施された瓶には、肌を染める白粉を詰めたものだった。遊牧民に囲われて育ったアクセルにはとんと縁のない、貴族の用いる化粧品である。

 

「何をしていますの? 顔を洗いたいなら、入っていらっしゃい」

 

 突然、声をかけられた。「え、あ、はい」なぜだか、身体がびくついてしまう。

 それでも、突っ立ったままではおかしいので、妙に緊張する脚を無理やり動かし、アクセルは隣の洗面台の前へ行った。

 

「あなたにしてはお早いですわね。良い心掛けですわ」

 

「いやえっと……」

 

 バカみたいに口ごもりながら、アクセルはやっと率直な気持ちを言葉にできた。

 

「大尉こそ何やってんの? それ、お化粧……だよね」

 

「はい」

 

 軽く応えると、鏡から視線を外し、その人はくるりとアクセルの方を向いた。

 高級なシルクのようにまっさらな肌、美しい曲線のまつ毛、発色の良い赤の唇――同性ながら、息を呑むほど整った女の顔が、そこにある。

 

 白粉や口紅といった、化粧の効果も当然あるのだろうが、普段から素顔の彼女と接しているアクセルには良く分かった。

 もともと抜群の素材だからこそ、こうも綺麗に仕上がるのだと。

 

「それが何か?」

 

 余裕の笑み。質問する方が不躾であろう――とでも言いたげ。気圧されそうになるが、ここで退いては今後の関係に差し障りがあるとアクセルは判断した。

 

「いつもはしてないよね。急にどうしたの? とうとう軍を辞めて、どこぞの家にでも嫁ぎにいくわけ?」

 

 すると大尉は真顔になった。無言で、じぃっとこちらを見つめてくる。

 

 ――まさか、マジ? 心臓が変な鼓動を刻みだしたその時、「ぶっ!」と大尉はとても下品な吹き出し笑いを放った。

 

「な、なに言ってますのあなた! わたくしが嫁ぐ!? やっぱりあなた、早起きなんてすべきではありませんわね。まだ寝ぼけていらっしゃいますわ」

 

「笑うことないっしょ! だって思いつく理由なんてそんくらい……つか、笑い過ぎ!」

 

「ごめんなさいまし、ですが面白すぎますわ。アクセルの口から、結婚なんて概念が飛び出るとは思いもよりませんでしたもの。これはフライアにも教えてあげないといけませんわね」

 

「止めろってホント……ぶっ飛ばすわよ」

 

 大尉はひーこらと、しばらくお腹を抱えるようだったが、どうにか息を落ち着けると、「出張ですわ」とようやく答えらしいものを口にした。

 

「首都の方で、ちょっと野暮用がございまして。正装をしなければなりませんの。死ぬほど面倒ですが、これも令嬢の務めですわね」

 

「なにそれ……どんな用事よ」

 

「あ、縁談とかではありませんから、ご安心くださいまし」

 

「してねーよ誰もそんな予想」 「そう」

 

 ふふっ……と今度は少々いたずらっぽい笑みを漏らすと、大尉は髪を結わえていた紐を解いた。

 普段は堅苦しい軍帽の中に押し込まれている、長髪が宙に舞った。柔らかな日差しを受けて、輝かしい煌めきを放つ、ブロンドの髪。

 

 抗いようも無く、目を奪われた。どうしてこうも、この人は。

 言ってることも、やってることも滅茶苦茶なのに、佇まいはひたすらに美しいのか。

 

「なら、心配ありませんわね。二日ほど基地を空けますが、その間の留守は頼みますわよ。フライアの言動にも、しっかり目を光らせておきなさい?」

 

「……分かった」 それ以外に、どう答えろというのか。

 

「よろしい」

 

 こちらの心境を知ってか知らずか、大尉はそそくさと化粧品類の片付けを終えると、洗面所から出て行こうとする。

 

 その背中に、つい呼びかけた。

 

「大尉」

 

「何かしら?」 くる、と首だけ振り向けた彼女に――しかし掛けるべき言葉が見つからない。

 

 呼び止めたのは他でもないアクセルなのに、肝心の内容を考えていなかった。

 

「アクセル? わたくし、少々急いでいますの。用が無いなら――」

 

「いや、あるの。あるはずなんだけど」 思い出せない。

 

 言わなきゃいけないことがある。でも出てこない。

 

 黙ったままのアクセルに、呆れた大尉はやがてまた歩き出してしまう。縞模様の廊下の奥へ、吸い込まれるように消えていく。

 

「待って! 待って、あたし……大尉に」

 

 頭がこんがらがってくる。頭痛を覚えるほどのデジャヴが襲う。前にも全く同じ景色を見た。

 違う、これは過去の映像だ。……いいやそうでもない。確かに化粧する大尉は見かけたが、あの時はこんな風に制止はしなかった。

 何も言わず、出て行く大尉を横目に歯磨きしていた。

 

「待て、待ってよ……行かないで」

 

 後になって、リバイブに聞いた。

 

 現政権の官僚どもは、旧貴族に対してそれはそれは鬱屈した思いを抱えている御仁が多い、と。

 なにせ、かつては居丈高な諸侯らや、その夫人方に、さんざん足蹴にされ、時には無視されて、常に税を貢がされていた者たちだ。復讐心は煮えたぎる油のようで、王族に加え、大半の爵位持ちの連中をギロチン台送りにしても、まだ飽き足らない。

 

 なので、最近ではとある催しが博しているらしい。

 身内の貴族を売ってまで、粛清の嵐を生きながらえた、唯一の元公爵令嬢。

 あえて旧態依然とした、華美な装いを彼女にさせて……しかるのち、肥溜めに落として笑いものにする。

 窒息寸前のどす黒いその顔を、軍靴で踏みにじるのが最高に気持ち良いのだとか。

 

 あくまで噂だ。リバイブ自身も、確証を得たわけではないと話した。

 

「逆に、もっと酷いこともあったんでしょうねぇ」

 

 リバイブは空を見上げたまま続けた。

 

「私、姉さまの()()よく直すから」 とのことだった。

 

 バカじゃねぇの、と心底思う。

 本当に勘弁してほしい。何より酷いのは、そういった見返りに、軍での特異的な地位が政府高官より認められていることだ。

 

 つまり、この極めて異常な特務隊が存続できているのは、全く何もかも、大尉一人の尽力によるものだった。

 さらに言い換えれば、彼女一人の犠牲の元に、四人のパーティキュレータの安寧の生活は成り立っていた。

 

 生かす理由が無い、とフライアに言ったのはアクセルの本心だった。

 早く殺した方がいい。それ以外に、解決できる手段が無い。

自分たちがある限り――あるいは、この世にパーティキュレータがいる限り、おそらく大尉は止まらない。

 

 大好きだから、殺さなきゃいけなかった。

 

 

――――――

 

 

 浅い夢から目覚めると、見慣れた自室の天井があった。

 窓カーテンの隙間からは、透き通った空と薄い雲が覗いていた。時刻は正午前といった頃合いか。

 

 ベッドから起き上がったアクセルは、とりあえず身体に異常が無いか、確かめた。擦り傷はいくつか新しいものができていたが、骨折や捻挫、また手足指の痺れも無い。肉体は健常そのものだった。

 

「また加減しやがって……」

 真剣な殺し合いの結果がこれだ。四肢の一本、二本はもとより織り込み済み、心臓をも刺し違える勢いで、突っ込んだ。

 

 にもかかわらず、終わってみれば自分は自室ですやすや寝入っていた。包帯も巻かれていないから、医務室にすら搬送されていないのだろう。

 

 毎回これだから腹が立つ。相手は手が千切れようが足が灰になろうが、平気で翌日の任務を指揮するというのに。

 

 ぶつくさ愚痴をしていても始まらないので、アクセルは手早く身支度を済ませ、部屋から出た。

 いつもと同じよう、寮の廊下を抜けて階段を降り、ひとまず基地へと向かう。兵士たちは皆、既に出払っているようで、非番らしき数人としかすれ違わなかった。

 

 基地に入る正面ゲートの前で、黒髪の少女が両手を腰に当て、待ち構えていた。アクセルの姿を見とめると、小走りに駆け寄ってくる。

 

「おはよう、アクセル。調子はどう?」

 

「……問題無い」

 

 そう言うレーダの方も、特に動きに支障は無さそうだった。着ている軍服も、いつもと同じく皺や汚れの一つも無い綺麗なものだ。

 

 軍属の兵士に本来課せられる訓練とは、アクセルたちは一切無縁だった。射撃はもちろんのこと、基礎体力を作るための走り込みさえ命じられたことがない。

早朝の起床ラッパで起きる必要すら、本来は無いのだ。……だいたいフライアに起こされるけれど。

 

 隊長曰く『特務隊は新兵装の開発に携わる、研究員としての地位にあるもので、貴重な頭脳を、無用な鍛錬でいたずらに消耗させるべきでない』。

 

 基地を統括するジェパード・ブライト准将はこの要求を承認したため、むくつけき男たちが勤しむ隣で、四人の少女たちは自由気ままに活動できる。

 

 例えば、根が真面目なレーダは書庫に引きこもり、毎日勉強に励んでいる。

 任務が無ければ、ひながフライアと空中で追いかけっこをしているアクセルとは大違いである。

 

 だが最近ではこの幼い同僚にも、机につく習慣ができつつあるので、いずれは三人揃って本の虫と化す日が来るかもしれない。

 

 リバイブについては……特に言及するまでも無い。任務の有無にかかわらず、いつも大尉にべっとりだった。

 

「それで……レーダ。今の状況は?」

 

「それは中で、准将閣下のご臨席のもと話しましょう。さ、こっちへ」

 

 レーダは素っ気なく言うと、基地内へと先々行ってしまう。

 准将という役職が真っ先に出てきたことに、アクセルとしては不審を覚えないでもなかったが、レーダを追わないわけにはいかなかった。

 

 寮とは違って、基地には大勢の兵士たちが詰めかけていた。廊下、搬入口、会議室、食堂……いずれの場所でも、十人で利かない数の軍服たちが騒々しくも働いている。

 

 気のせいか、その盛況さはいつにも増して甚だしく感じられた。ためしに、レーダに尋ねてみると、こういう返答がある。

 

「保管庫の修繕があったからよ。最寄りの基地から、応援も呼んできたみたい。なんといっても、基地設営以来の変事だったから」

 

「へぇ」

 

「へぇ……って、あなたね。もっと言うこと無いの?」

 

「どうしてよ」

 

「はぁ」 レーダは大尉そっくりの仕草で、やれやれと肩をすくめた。「訊いた私がバカでしたわ」

 

 それきり二人の間には何の会話も無かった。

黙々と廊下を進み、階段を四階分も上がり、角を曲がった先、突き当たりにあった大きな扉の前で、やっとレーダは脚を止めた。

 

「ここで閣下がお待ちになっているわ。先に言っておくけど、失礼の無いようにね。あなた、敬語とかちゃんと喋れる?」

 

「いやちょっと待てよ。勝手に話進めないで。色々と意味不明なんだけど」

 

 これまでずっと我慢してきた疑念が、抗議となって噴出した。

「そもそも、准将の執務室って五階じゃない? ここ、作戦前に使う部屋じゃん」

 

「あ・な・た・が!」一言一言切りながら。「五階を溶かしちゃったから、仕方なくよ」

 

「そういやそうだった」

 

「だからもっと他に言うことが……もういいわ。時間がいくらあっても足りない。とっとと入りましょ。基本、私が閣下と応対するから、あなたは黙って聞いてて」

 

「は? 何様のつもり?」

 

 この売り言葉に、レーダはやにわに振り向くと上着の胸ポケットのある付近をぐい、と突き出して示した。

平均と比べても非常に薄いその胸板には、なるほど真新しい徽章が備わっている。軍規に疎いアクセルにも、ごてごてとしたその装飾の意図するところは読み取れた。

 

「あんた、いつから階級持ちになったわけ」

 

「つい昨日付けよ。これからはレーダ曹長と呼びなさい」

 

 長い黒髪をツインテールに束ねた彼女には、全く似合わない呼び方だった。

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