ビリビリ系元公爵令嬢(たぶん悪役)   作:激辛党

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これ以上は限界だって分かって

 気持ち悪い。

 いつから、彼らをそんな風に思うようになったか。

 

 かの天使のもとへ、人々は救い求めてやってきた。時に癒しを、時に物資を請い願う。

 

 ――地上にあっては有り得ざる奇跡の数々を、ここには叶えてくれる方がいらっしゃる。其は天上より降臨せし、女神の写し身。世にも珍しい()()()()が、その証よ――。

 

 そういうわけで、群青の石室が、女神こと少女の原風景になった。

 物心ついた時には、既にそうだった。それより前は憶えていない。どこで生まれたから、誰に育てられたか。

 

 具体的な過去があまりに無いものだから、『天から降りてきた』という信者の話を、半ば本気で信じていた時代もあったくらいだ。

 

 しかし、それは何の根拠も持たない推論――というか願望に過ぎず、結局のところ少女は少女でしかなかった。

 ()()()()()だなんて、大層な名前で呼ばれていようが、ふと石室の覗き窓から猫が見えれば、気になって追いかけたくもなる。

 

 信者によって嵌められた手錠と足かせを(自らの手足を)引き千切って脱し、神殿の外へとさまよい出た。

 それまで図鑑でしか読んだことのなかった、毛むくじゃらの図体を持ち、四足歩行でありながら、しかし液体としか思えない挙動をする存在を追い求め、ひた走ることしばらく。

 

 駆け付けた衛士たちは皆揃って血走った目で、少女の脱走を百の叱責で咎めた。

相変わらず蒼いだけの石室に連れ戻されるや否や、今度は鉄の首輪を科された。

 

 いやしくも天使と崇める者に対する扱いか、これが……? 

 僅かに過ぎった疑念を見透かしたように、大神官だとか名乗った中年男性は、威厳たっぷりの声で答えて曰く。

 

「偉大なる主にあらせられましては、その御威光を賜るばかりでは飽き足らず、不遜にも手中に収めんとする不逞の輩が、世にはばかることをご存知ないか。

 主の創りたもう久遠の国を、そういった凶手より、我々は是が非でも守らねばならないのです」

 

 ――大事な金庫に鍵を掛けるのと一緒。

 長々と小難しい言葉で語ってくれたが、要はそういうことらしかった。なら、変に着飾らず率直に言えばいいのに。

後に振り返ってみればこれが、不快感の始まりだったかもしれない。

 

 信者たちの要求は年月を経るごとにいっそう苛烈なものとなり、同じく拘束もより厳重になった。

 

 蒼い石室はついに、大の男十人掛かりでやっと開閉できる鉄蓋で閉じられるに至った。空気と食料は自分で何とかしろ、との訓示。

 まぁ実際できるから、反論しなかった。そもそもそんな余地、初めから無かったかもしれないけれど。

 

 パン、水、肉……。要求がその辺りに留まっているうちは、まだマシだった。

金銀、宝石、工芸品……。この頃になると、信者たちの自分を見る目が変わってきだした。

 

 石炭、鉄鋼、ボルトやナットといった細々とした部品……。これらは材質としての価値が下がった分、求められる量が尋常でなくなった。

 かつて手のひら一杯で満足していたはずの彼らは、今では数十を超す樽を全て満たさねば帰ってくれない。

 

 ある日、珍しく神殿の外へ連れ出されたかと思いきや、車輪付の胴体に、二対の羽が備わった珍妙な乗り物を見せられた。

 ひょろひょろと細い胴体部には、銃が据え付けてあることから、兵器の一種であることは少女にもすぐ分かった。

 

 そして、こい願われた通りに、それらを百倍に増やしてやった。

 やけに角ばった服を着こんだ新顔の信者たちは、突如として平原に列をなした無数の『羽根つき車』に、腰を抜かした。

 

 震える足で起き上がると、ここまで少女を連れてきた古参の神官たちに、こぞって頭を下げ謝礼を述べる。

 その場の誰もが幸せそうで、他でもない少女自身も、久方ぶりの達成感を味わった。

 

 その一方で、不快感はいよいよ無視できない規模になりつつあった。

 信者も神官も、口を揃えて少女を女神だ天使だと崇める。だが、人殺しの道具を量産する者に、果たしてその称号は相応しいのか?

 

 分からない。確認したいが、できなかった。訊いたらダメだという確信はあった。

 

 そうこうしているうちにも時は過ぎ、蒼の石室にて、最も位が高いのだと宣う神官が、厳めしい面で訊いてきた。

 

 実際の内容までは、さすがにもう憶えていない。なにせ、彼の口上はあまりにも長く、複雑すぎた。

 難解な表現をこれでもかと多用し、尊敬の意を示すためか、持って回ったへりくだった言葉遣いの雨あられ。

 おそらく前もって学者連中と会議した上に、論文を練ってきたのだろう。そうでもなければ、とても人の諳んじる代物でなかった。

 

 聞き苦しいにも程があったので、とうとう我慢できなくなった。

 

「それで? 結局、わらわに何をさせたいのじゃ? おぬしらの話はいつも分かりづらくてかなわん。

 また、あの飛行機とやらを増やせばよいのかえ? それとも銃弾の方かえ?」

 

「いいえ主よ」

 

 神官は顔色一つ変えずに答えた。

 

「次に増やしていただきたいのは、御身そのものです」

 

 なるほど。そうきたか。

 

 その発想は正直、無かった。確かにそれをやれば、久遠の国は今よりずっと、栄えるだろう。

 

 納得できたので、実行した。地上に舞い降りし天使、イスラフルだとかいう名前だった少女は、自らの身体を増やした。とりあえず、四つに。

 

 合わせ鏡のように、そっくり同じタイミングで、同じ方向を向く四人の少女。互いの視線が正面からぶつかり合った瞬間に、今まで堪えに堪えてきた不快感が、ようやくはっきりした実体を持った。

 

 気持ち悪い。

 

 別に、自身と全く同じ顔で同じ体で同じ髪色の少女三人に対しての感想ではない。

 こうして上手くできたから、次はきっと十人か? それもできたら百人か? 彼らの欲望に果ては無い。あまつさえ、少女の能力にも上限は無かった。

 

 文字通り、なんでもできる。自分の肉体すらも増幅できたのだ。美女でも兵士でも赤子でも、民が望むなら、いくらでも呼び出してやろう。

 

 その先に訪れるべき未来図が、一瞬垣間見えた。

何も生み出さず、何も考えなくなった人間たちと、その一体一体の傍らにそれぞれ控え、望む限りの物を供給し続ける、かつて天使と呼ばれた蒼髪の少女。

 

 しかし、その有様は人を堕落にいざなう悪魔と、何ら変わるところが無かった。ただただ気持ち悪かった。

 

 あ、無理。もうダメ、溺れる、ぷくぷくって沈んじゃう。酸欠なんて経験したことないけれど、たぶんこんな感じなんだなって。

 

 そうして意識の水底に落ちて、どうしようも無くなった後に、上からふっと差し込んだ光――それこそが。

 

「なんじゃ、おぬしは。あの鉄蓋をどうやって一人で開けた? そも、警備の者は? この神殿にどうやって入ったのじゃ」

 

「答える必要があるか?」

 

 暗闇の石室に突然、現れた軍服姿の女は、そう言って血塗れの腕を前に構えた。指には一発の銃弾が握られている。

 それは脅しでも冗談でも何でもなく真実、自分を殺すためのものだと、少女には天啓のように伝わった。

 

 しかし恐怖は無かった。何より先に出てきたのは、共感だった。

 目つきも、表情も、声の調子も、あからさまに取り繕ったその言葉遣いも――彼女を形成する全部が全部、一緒だった。

 

 嫌悪、忌避、拒絶、何もかも気持ち悪い。世界も、自分も。

 にわかに想起された共感覚(シンパシー)。きっと初恋だった。

 

「殺せ」

 目を閉じて、少女はお願いした。それ以外に望むことは無かった。

 なぜって、こんなに幸せなことがあるだろうか?

 好きになった人の手に掛かって死ねるなんて、水底に沈み切った少女にとっては、望外の幸福と言えた。

 

「撃って」

 

 なのに。

 自分から、神殿に突入してきたのに。鉄蓋をどうやってか、こじ開けてこの水底へ降りてきたのに。

 その瞬間はなかなかやってこなかった。

 

「どうした。早くわらわを撃ち殺せ」

 

 不思議に思った少女は、薄く目を開ける。

 そこには銃弾を握り締め――がくがくと右腕が震えるくらい力を込めて――顔を涙に歪ませている女の姿があった。

 

「なぜだ?」

 大きな大きな雫が、女の頬から、蒼色の床へ落ちた。

 

「なぜ四回とも同じことを言う?」

 

 それを聞いて、ようやく少女は全てを理解した。

 つまり既に三回、この女を殺したのだと。同時に、それは彼女の限界でもあった。

 この四回目で、同じように水底に着いたんだ。

 

 その瞬間、殺されたいという衝動が、それよりずっと強い感情によって押し潰された。

 少女はおそらく生まれて初めて、唇を締めて微笑んだ。

 

「ならば……此度は撃たずともよい」

 

「なに……?」

 女は訳が分からないというように、目をまたたかせる。

 長身で、凛々しい顔つきの彼女が、可愛らしくも混乱している様子がいたく気に入り、思い余った少女はそこへ抱き着いた。

 彼女の軍服に散った血しぶきが生温いが、全然構わない。力いっぱい抱きしめて、もう一回、さっきとは別のお願いをする。

 

「その代わり……わらわをここより引き揚げて――ここから、連れ出して。わ……たし、あなたと一緒に地上の世界へ行きたいわ」

 

 返事はなかなか返って来ない。ダメ押しのように、少女は耳元で囁く。

 

「私を三回も殺した責任を取りなさい。一生離れてあげないから」

 

 女の身体の震えはやがて止まった。銃弾を構えているのとは反対側の腕が、少女の手をしっかりと握る。

 

 蒼色の牢獄、深い水底に紫電の輝きが灯る。岩壁も、鉄蓋も、大勢の信者たちも全て切り裂く。少女のこれまでを形作っていた何もかもが、女によって撃ち殺される。

 

 地獄絵図の最中を二人で駆ける。人々の阿鼻叫喚を耳に浴びながら、少女は笑った。これもやっぱり初めての大笑いだった。

 

「ずっと……ずうっと一緒よ」

 姉さま。

 

 

――――――

 

 

「生き返って」

 

 少女の声がした。

 

「生き返ってよ、姉さま。もう一度、目を開けて」

 

 すすり泣いている。

 

「お願い、起きて」

 

 抱き着かれる。……いいや、既にされていた。身体の感覚が急速に蘇る。

 ベッドへ仰向けに横たえられていた。右腕、左、そして両脚。いずれにも欠損は無く、指先にもしっかりと感触がある。

 

 少女の泣き声は止まない。長雨のごとく、しとしと引っ切り無しに振り続ける。

 重たいまぶたを、全力でもってこじ開ける。まず飛び込んできたのは、痛いくらいにまぶしい光。反射的に、せっかく開いたものを固く閉じる。

 

「姉さま?」

 

 次はゆっくり、慎重に。果たして戻った視界には、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった、蒼髪の少女の顔があった。

 ぱちぱちと、彼女は両目をしばたたかせた。信じがたいものでも目の当たりにしたように。

 

 自分でやったことだろうに、何をそんなに驚くのか。阿呆のように口を開けているその様が、無性に可愛らしくなって、リ・ラ・テルミヌス大尉は目覚めたばかりの身でありながら、右腕を素早くひるがえした。

 

「あえ……」

 顔に備わる穴という穴から現在進行形で迸っている、少女の体液の一部を、指で拭ってやる。

それでもまだ、呆然自失から立ち直らない少女に、ダメ押しに言った。

 

「わたくしを戻してくれて、感謝いたしますわ、リバイブ。それはそうとして、少し離れていただけませんこと? そんなに強く締め付けられては、今度こそ本当に天に召されてしまいますわ」

 

発言の意図は正しく伝わったのやら。この期に及んで、リバイブは巻き付けている両腕から力を抜こうとはしなかったが、表情の方には変化があった。

 

へにゃり、と泣き笑いの顔になると「大好きよ、姉さま」と恥ずかし気も無く口にする。

 

これだから、この子は苦手だ。

まさか死にかけても――事実、死んだような感覚もあったが――追いかけてくるとは。いよいよもって、この子から逃れる術は世に存在しないのではないかと思わされる。

 

「もう絶対に離さないわ。何があっても、姉さまは私と一緒なの。

 だって、私たち同じだもの。ねぇ……そうでしょ?」

 

 一週間前、リバイブが戯れに着てきた、あの青いドレス。忘れるはずも無い、あれには幼少の頃に覚えた、憎悪と不快感の全てが凝縮されている。

 

 リバイブにそういった過去の体験を打ち明けたことは、もちろん一切ない。だが、なぜだかどうして彼女には筒抜けらしかった。本当に敵わない。

 

「姉さま、姉さま……」

 

 すすり泣きから一転して、彼女は切なげな声を漏らしながら、身体を擦りつけてくる。柔らかな肉の感触が、復活したばかりの皮膚神経をいたずらにくすぐった。

 ともすれば中毒作用のある薬効のような、魔性の囁きが耳元で言う。

 

「姉さま、一つになりましょう? 私、そろそろ我慢できないわ」

 

 その誘いに、抗えない。やっぱり同じだから。持っている刃も、受けた傷も、そっくりそのまま。

今でこそ二つに分かたれたが、元々は一つだった手鏡。それがようやく、真なる形に戻ろうとしている。

互いに生じる磁力は凄まじく、悲しいかな、個人の意思では到底引き剥がせない。

 

 上から覆いかぶさってくる、リバイブのぽってりした唇。あえなくそれを迎え入れようとした――寸前で、相手の動きが不自然に停止した。

 

 ぴたり、と止まったかと思いきや、それだけでなく逆に浮き上がる。首を持ち上げたとか、そういう範囲ではなく、リバイブの身体が丸ごと、宙に浮いた。

 

 それに少し遅れて、扉が叩き開かれる騒々しい音が響いた。

 

「起きろーっ!」

 

 両腕をぶんぶん振り回しながら、飛び込んできたのはフライア。

いつも天真爛漫、元気いっぱいな少女は、ベッドに横たわっている特務隊の隊長と……視線を斜め上側に、ぷかぷか揺れているリバイブを見て、首を傾げた。

 

「何やってんの二人とも」

 

「見て分からない?」

 意外とリバイブの反応は早かった。

 

「クソジャリガキをどう料理してやろうか、悩んでるのよ」

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