ビリビリ系元公爵令嬢(たぶん悪役)   作:激辛党

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強制入隊

 礼拝堂で迎える朝ほど、穏やかで静謐なものは無い。

高窓から射した一条の光は、床の木板を淡い白色に染める。その輝きの中にあっては、ただの埃さえも、ちらちらと神秘的な印象を放って見えた。

 

 しん、と時間は凍り付いたようだった。

 厳重に外から締め切られた礼拝堂に、動く影は無い。時計すら掛かっていないここでは、ときおり通りすがった鳥のさえずるのが唯一、世界の脈動を感じさせた。

 仮にそれすら鳴かなかったとしたら、少女はこんこんと眠り続けたままだったかもしれない。

 

 しかし現実はそうでなく、ぴーちくと小うるさい彼らのために、少女は薄目を開いた。

縦に並んだいくつかの長椅子、その一番手前の席。何重もの毛布にくるまって寝ていた彼女は、大きなあくびと共に身体を起こした。

 

 ぱきぽき、と関節が実に騒々しい。

 それも至極当然だ。昨晩、シスターに罰として礼拝堂にぶち込まれて以降、およそ十時間以上もここでずっと寝転がっていたのだから。

 

 退屈しのぎの玩具も無ければ、本も、何なら食料も無い。せめてもの情けとして、毛布を差し入れてもらえたが、これすら無ければきっと遠からず凍死したに違いない。

 暖炉なんて高尚なものは無論備わっていないので、夜中は真冬並みに冷えた。

 

 まさしく殺人級の、極めて厳しい懲罰だった。この修道院きっての拷問である。

「あなたの隣の人を愛しなさい」だとかいう、この空のどこかにいる主さまの言葉に、真っ向から背くこと憚らない暴虐ぶりだ。

 

 ――ま、それもしょうがないか。

 寒さのあまり、薄く青に染まった唇を曲げ、少女は独り自嘲を浮かべた。

 バカやった末に、少女が落下死するのは自業自得だろう。だが、少年を殺しかけたのは我ながら言い訳できない悪行だった。

 

 絶対に死なないし、死なせないという確信こそあったが、少女はその根拠をまだ誰にも教えていなかった。というより、教えられなかった。

 ゆえにシスターの言うがまま、大人しく礼拝堂に閉じ込められ、一晩震えて過ごしたのである。

 

 そりゃあ少女だって、叶うことならこんな責め苦は免れたかったけれども、もう物事の分別のつく年頃だ。

「私は空を自由に飛べるんです」だなんて説明しようものなら、可愛い嘘だと一笑に付されるのがオチだと容易に想像がついた。

 

 よしんば信じてもらえたとしても、魔女か悪魔扱いの上、火炙りに処されるのが良いところだ。それと比べれば、礼拝堂での監禁の方がずっと温情がある。

 

 だが――。

 

「やることない……」のもまた、それはそれで辛かった。

 小鳥たちはまだ、ぴーたらと騒いでいる。羨ましい連中だ。こっちは暇が高じて死にそうだと言うのに。

そもそも、奴らが起こしさえしなければ、まだ夢の世界に逃避できた。何ともはや許し難き鳥畜生どもだ、今から串刺しにして朝ごはんにしてやろうか。ちょうどお腹空いたし。

 

 焼けた肉の香ばしい匂いを思うと、ヨダレが溢れた。なぜって昨晩から結局何も口にしてない。

 冗談めかして考えた妄想は、意外と名案な気がしてきた。シスターに見つからなければ、鳥を襲って食っても構うまい。

こちとら成長期の女子だ、主もきっと笑ってお許しになることよ。

 

 そうと決まれば実行に移るのは早く、少女はいそいそと毛布を横へ押しやると、礼拝堂の高窓の元へ急いだ。

 さんさんと朝日の溢れるその窓は、床からそれなりの高さにある。大の男二人が、肩車をして、さらに精一杯手を伸ばして、やっと指先が届くといったくらいか。

 言うまでも無く、少女の目線からすると、遥か天の頂のように映った。

 

 高窓が嵌め殺しではなく、定期的な換気のため、両開きとなっていることを、少女はよく知っていた。

その際、シスターたちはもっぱら梯子を使って上り下りしていたが、当然それは今、礼拝堂より遠く隔たれた倉庫の片隅で眠っている。

 よって窓へ辿り着きたいなら――方法は一つしかない。

 

「ふぅ」と大きく息を吸い込んで、吐く。

少女は慎重に、可能な限りそうっとソレを使った。

 まず踵が床を離れた。続いてつま先、そうしてすぐにも靴の全部が宙へと持ち上がる。それに伴って、金髪頭のてっぺんは徐々に盛り上がり、窓へと伸びた。

 しかし間違っても、少女の体躯が変わったわけではない。座標が上へと移動しているだけだ。

 

 非常に緩やかな速度で、少女は礼拝堂を壁に沿って、飛んで上った。

起き抜けでぼやけていた頭を、ひりつく緊張感が一気に覚ましてくれる。

 それもそのはずこの挙動。少しでも加減を間違えたら、礼拝堂の天井に頭から突っ込む羽目になる。そんな情けない頓死――というか変死の場面を、少年を始めとした、修道院の皆に晒すわけにはいかない。

 

 果たして、時分に直すと五分以上の時をかけて、ようやく窓へ辿り着く。

両手で押して開くと、さぁっと肌寒い外の空気が押し寄せてきた。けたたましい鳥のさえずりが耳朶を打った。

 

 少女は取りも直さず、そこへ飛び込んだ。小柄な体躯は窓枠でつっかえることもなく、するりと外の世界へ躍り出る。

 しかし当然、出たからといってそこに足をつけられる床があるわけでもなく、礼拝堂の中で上がった分と等しい高みが、依然として待ち構えている。

 

「ん、ん、んむ、んー」

 

 が、それも何のその。厄介な天井さえないなら、難しいことなど何も無い。

いつもの鼻歌交じりに悠々と、少女は宙を遊泳し、鳥あらため朝ごはんたちが遊んでいると思しき林をいざ目指さんとして……はたと気づいた。

 

――脱走に成功してない? 私。

 

 そうだ脱走だった。監禁部屋から普通に抜け出していた。お腹が空きすぎて、全然意識がいっていなかった。

 やばいか? まぁやばいだろう。バレたら今度は鞭打ちが待っているかもしれない。では再び窓を通って、礼拝堂に戻るのかというと、そんな気は不思議と全く起きなかった。

 

 たぶん太陽のせいだ。澄み渡った青空を見てごらん、あの雄大さに背を向けるなど、いったい誰にできようか。少なくとも少女には無理だった。

 

 とりあえず大自然に責任を転嫁した後、少女はふわふわとあてどなく宙を泳いだ。

シスターや孤児たちのいる、修道院の本館にはまだ戻れない。そのくらいの判断力は空腹の頭にも残っていた。自分から牢屋に飛び込む泥棒はいない。

 

 ではいったいどこへ行くべきかというと、これが存外難しかった。

 街……は行ったところで、お金も無いしどうしようもない。何より通行人に見咎められると、後々シスターに脱走が発覚する可能性がある。

 

 やっぱり林しかないか。でもよくよく考えると、鳥を捕まえても火が起こせないから焼き鳥にできない。じゃあ意味ないじゃん。

結局、礼拝堂で毛布にくるまり、シスターが解放に来るのを待つのが一番賢い選択肢だったのでは……? と、少女がこの世の真理を悟りかけたその時。

 

「おーい!」

 

 少年の声が聞こえた。

 その方を見ると、礼拝堂の前で黒髪の彼が、こちらへ向かって大きく手を振っている。

 

「何やってんだバカ!」

 彼は大口を開けて、しきりに少女を罵倒した。

 

 ――何をこいつ昨日は私に負けたくせに。

 激憤に押され、少女は具体的な急転直下で、少年の前へ降り立った。

 

「バカはそっちでしょ。前のテストだって私の方が――」

「うっせぇバカ! 空飛んで脱走するヤツをそう呼んで何が悪い」

 

「ぐっ」

 思わず鋭い指摘に、少女が怯んだ隙を少年は逃さなかった。

「それよりも、だ!」と、いきなり両肩を掴んでくる。

 

「お前、早く逃げた方がいいよ。それ伝えようと思って、ここまで来たんだ」

 

「だから逃げてるじゃん」

 

「いやそうなんだけども、そうじゃなくって……あーもう!」

 少年はがしがしと頭をかくと、いったん一呼吸を置いた。

 

「一から説明するぞ。今朝、院長のとこに変な女が来てたんだ」

 

「変な女?」

 

 彼は唐突に、何の話をし始めたのか。詳しく問い質してみると、以下のような話だった。

 

 院長とは、この修道院を治める修道院長のことだ。孤児たちの面倒を見るシスターらを、さらに束ねる存在であり、つまりこの場所において最も権力ある人物である。

 その院長が、明け方にいずこから来た不審な女と密談を交わすのを、少年は目撃したというのだった。

 

 女は若く、二十代前半の年頃に見えた。背丈もかなりある方で、御年六十を超え、腰の曲がりつつある院長を、上から見下ろすような体勢だったという。

 その割に身体は引き締まっていて、特に腹はコルセットか何かで絞っているのかと疑うほどの細さだった。

 しかしそれは四肢の弱さを意味せず、床を踏んだ二本の足は、テコどころか牛が突撃しても動じない威容を発していた。

 腕にしても、ひとたびそれが勢い良くしなれば、枯れ木のような院長の身体など、粉々に弾け飛ぶんじゃないか? と少年は本気で危ぶんだそうだ。

 

「――どこの化け物よ」

 

 思わず少女は話の腰を折った。比喩のあまりの拙さは、少年が面白がって話を盛っているため、と考えたからだ。

 

「違わい、ホントにいたんだよ」

 少年は躍起だった。さらに身振り手振りを加えて、女がどれだけ異様な雰囲気を湛えていたかを話す。

 

 何においても目を惹いたのは、服装だった。街に住む女性とも、シスターとも、いずれにも合致しない、極めて奇抜な恰好を女はしていた。

 

 濃い灰色をした厚手のジャケットに、下は同色、同じ生地の長いパンツ。足元もまた重厚な革靴で、尖った先は鮮やかに黒光りしていた。

 一方、頭には帽子。前部分にだけ狭いつばの備わった、やけに角ばったデザインのそれを、深々と被る。

 髪も、纏めてそこへ押し込んでいるようだった。扉の隙間から覗いただけの、少年の狭い視野からでは、黄色っぽい束の少ししか、見えなかったという。

 

 総じて、女の普通するべき装いでなかった。むしろ、むくつけき男どもの好む活動的な一式だ。ともすれば、戦にでも出るような物騒さの漂う。

 

「ここからが本題なんだけど」

 と前置きをして、少年は声のトーンを低く落とした。

 

「その変な女、お前を探して、この修道院までわざわざやって来たみたいなんだよ」

 

「私?」

 

「そうお前! 間違いない、名前も何度も呼んでたし」

 

「で、なんで私はソイツから逃げなきゃいけないの?」

 

「当たり前だろ!」

 

 少年の怒声が辺りにこだました。木々の上の鳥たちも一斉に飛び立つ。

 

「ぜってぇ、ろくなことにならねぇよ。それも昨日の今日だぞ、さっきだってお前、こっちの気も知らずにぷかぷか呑気に浮きやがって。ありゃあきっと……」

 

「きっと?」

 少年の圧に押されて、ごくりと少女は唾を飲み込んだ。

 

「兵士だ。でなきゃ異端審問官ってヤツか。とにかく、お前のその……なんだ?」

 ここで少年は言いよどんで、少女の足元を指でさした。どうやら、浮遊いかんについ指摘したいらしい。

 

「空飛ぶ魔法?」

 

「え、魔法なの!?」 「だぶん? いや違うかも」

 

「はっきりしねぇな、自分のことだろうがよ……。クソ、それどころじゃなかった、ともかくお前の魔法だか何だかを狙って、やって来たに違いねぇ! あの女に捕まりでもしたら……!」

 

「したら?」

 

 少女にまたも訊き返されると、少年は今度こそ黙り込んだ。答えは用意しているが、それはどうにも口にし難い……といった表情をもごもご浮かべた後、「うっせぇ」と決まり文句で片づけた。

 

「いいだろそんなことはどうでも。捕まったらダメってことだよ。分かったらとっとと逃げろ」

 

「でも私、ここ以外に行くとこなんて無いよ」

 

「ほとぼりが冷めるまで、隠れてりゃいいんだ。ほら……向こうの森とかに。

あちらさんだって、そう暇じゃないだろ。夕方になったら、俺が迎えに行くから」

 

「でもどうやって森の中で見つけ――」

 当然の疑問をぶつけようとしたが、残念ながら時間切れらしかった。

 

「あっ!」と少年が出し抜けに悲鳴を上げる。飛び上がった彼の手が指さした先には、なるほど異様な風体をした女が一人。ここ礼拝堂へ、かつかつ急ぎ足に向かって来ている。

 

「やべぇぞ早く行け!」

 

「だからどこに」

 

「もういいだろ上だよ、上! お前飛べるんだろ、何でか知らないけど」

 

 そう急かされては断るべくも無いので、少女は飛んだ。

 しかし今回は礼拝堂の中でやったような、万全を期したものではない。急上昇、僅か一瞬のうちに、遥か高みに所在を変えた。

 

 今やずうっと下の地上で、少年が目を丸くして見上げるのが、手に取るように分かった。

 少女の飛行に予兆は無かった。不思議なまじないの詠唱も、意識を集中させる必要も、背から翼を生やす過程も要らない。

 木の枝からリンゴが地面へ落ちるのと同様に、少女は空へと落下する。それが結果的に、飛んでいるように見えているだけだ。

 とはいえ、あまりやり過ぎると良くないと思ったので、ほどほどで落下を止めた。浮遊軌道に移行する。

 

 高き視界の中で豆粒と化した、少年と近くに迫りつつあった女。二人の姿を、何とか目を凝らして少女は確認した。

 

 ほとぼりが冷めるまで、と少年は言った。ならとりあえず、ここにいれば大丈夫だろう。

 退屈になったら、海の方まで行ってみよう。それも飽きたら山へ足を運ぼう。幸いなことに、空中は礼拝堂よりも自由と未知に溢れていた。

 

 だけど、帰り道が分からなくなったらまずいな、とも考えた。ここまでの逃避行はいまだかつてしたことが無い。無茶をやって遭難でもしたら大事だ。口ではああ息巻いていたが、少年が追いかけて来られるはずも無いし。

 

 シスターに頼めば、地図くらいはもらえるだろうか。それとも街の人に案内をお願いすべき? 

同座標に滞空したまま、ああでもないこうでもないと少女が検討を続けていた、その時。

 

 凄まじい爆音が殴りつけてきた。

「ひ、ぎっ」

耳元で発破でもあったのかというような、とんでもない大音響に少女の意識は一瞬にして攪拌される。上も下も分からなくなって、正常な浮遊体勢を維持できなくなる。くるくる回る視界と思考。

 

 自在に空を泳げるといえども、落下そのものの危険性は健在だ。制御を誤り、地面に叩きつけられれば普通に死ぬ。本能的な恐怖に圧されて、少女は空からいったん降りることを選んだ。

 

 上昇時と同様に、速やかに地面に足が着いた。それでも頭痛と眩暈は収まらない。ちかちかと目に星が飛んでいる。あまりの気持ち悪さに吐きそうになるが、幸い胃に内容物は無かった。

代わりに黄土色のべちゃっとしたものが迸って、地面を濡らした。

 

「あら、ごめんあそばせ」

 

 革靴の土を踏みしめる音がした。それと一緒に降ってくる女の声。甲高くて、ひどく耳障りだった。

 

「お話をさせていただく前から、不躾にも背を向けて逃げ出すなどとは、思いもしませんでしたので。うっかり撃ってしまいましたわ」

 

「うっ……はぁ」 顔を上げるのがやっとだ。手足が地面に着いてなお、頭を直接、スプーンでかき回されているようなのは変わらなかった。

 

 見上げれば、女の満面の笑みがある。にっこりと曲がった唇は、口紅で真っ赤に塗られていた。

 

「お初にお目に掛かります。わたくし、リ・ラ・テルミヌスと申す者。エルヴァンディア陸軍では、特務大尉という栄えある地位に預からせていただいておりますの。どうぞお見知りおきを」

 

 ぺらぺらと早口で、訳の分からないことを捲し立てる。声の高さもさることながら、言葉遣いが意味不明過ぎて、ちっとも頭に入らない。

修道院育ちの少女にとって、女の操る持って回った敬語は読解するに堅すぎた。そうでなくても、内蔵全部のひっくり返りそうな吐き気に襲われている最中だというのに。

 

「おいあんた!」

 

 そこへ少年が追いついた。二人の間に割って入るや否や、でん、と女の前に立ちはだかる。

 

「今、銃で撃ったのか!? ふざけるな、なんてことしやがる!」

 

「これはこれは……あえて訂正させていただきますが、決してそのような野蛮なものではございませんでしてよ。拳銃なんて、暴発と誤射の危険性を鑑みれば、百害あって一利なしの欠陥品ですから。まだ一昔前の弓矢の方が信頼におけます」

 

「じゃあ今、何をした!? 俺は確かに見たぞ、あんたの手から光みたいなのが伸びるのを。そんでこいつのすぐ傍、ぎりぎりを通り抜けたんだ。一歩間違えば、ホントに当たってたかもしれない!」

 

「ですから」

 女は顔色一つ変えずに、告げた。

 

「わたくしは誤射などいたしませんわ。当たっていたかもしれないではなくって、当てなかったのです。この意味がお分かりになって? おちびさん」

 

「は? どういう……」

 

 そこでやっと、少女の気分もいくらか落ち着いてきた。震える足で立ち上がり、少年の肩を押して、女の前に立つ。

 

「おい大丈夫――」 「私は平気」

 

 気丈にもそう言ってみせた少女に、満足そうに女は笑んだ。と思いきや、突如として右腕を前に構えた。その指には、一発の弾丸が握られている。

 あたかも素手で発砲でもしようかという体勢のもと、女は言った。

 

「あなたなら、分かりますわよね? それともまさか、自分だけが特別だとでもお思いかしら? まだそのような甘い考えがお有りなら、もう一発お試しになる?」

 

「ううん……いいよ」

 根拠は何にも無かったが、直感はしていた。この女は間違いなく、自分を一秒と掛からず撃ち殺せると。

後ろへ走りだそうが、空へ飛び上がろうが同じことだ。いかなる発射方法なのか、目視すらできない速度の弾丸から、逃れる術はない。

 

「私をどうしたいの?」

 

 少女の問いに、女は構えていた腕をすっと呆気なく下ろした。弾丸をジャケットのポケットへしまうと、あらためてにっこり微笑んだ。

 

「あなたには、わたくしの指揮する特務隊へと入隊していただきますわ。

コードネーム、つまり通称はフライアにいたしましょう? 昨晩、院長さまの連絡を受けた時から温めておきましたの。呼びやすくて、いい名前ではありませんこと? 

何の偶然か、元の名前とも似ていますし」

 

「待て、ざけんな!」

 

 混乱の真っただ中にあったらしい少年が、やっと我に返った。

 

「そんな勝手な、人さらいみたいなこと認められるか! よりにもよって軍!? セリアを人殺しにする気か!?」

 

 セリア。金髪の少女の名前を聞いて、特務大尉だとかいう女は、すうっと目を細めた。顔は笑ったままだが、湛える感情は逆向きにしか見えない。

 

「フライアですわ。特務隊に入るからには、これまでの生活も、築いてきた人間関係も全て忘れていただきます。

そこな、おちびさん。たいへん申し訳ないけれど、あなたとも今生のお別れですわね」

 

「このっ……!」

 

 激昂はついに暴力へと結びつき、少年は拳を振り上げた。飛び掛かろうとする彼の肩を、しかし少女が――フライアが掴んで止めた。

 

「やめて」

 

「どうして!?」

 

 怒りか、それとも驚きのためか。半泣きになっている少年に、フライアは答えた。

 

「この人、私がうんって言うまで帰らないよ。下手に抵抗して、また撃たれたくない」

 

「でも――」 「お願い。私、まだ死にたくないの」

 

 この言葉はさすがに効いた。少年は力なく項垂れて、引き下がる。

 

「けっこうですこと。話には聞いておりましたが、お勉強もなかなかできるようですわね。これは期待の新人ですわ。

 では一度、修道院へと戻りましょうか。あなたにも身辺整理があるでしょうし」

 

 話は終わったとでも言いたげに、その場を締めようとする女を「待って」とフライアは引き留めた。

 

「その前に一つだけ聞かせてほしい」

 

「なんですの? 無理を通した自覚はわたくしもあります。時間の都合上、内容次第ではございますが、可能な限りお答えいたしますわよ」

 

「どうやったら、ここへ帰してくれる?」

 

「ほう」 愉快気に、とても楽しそうに女は顔を歪めた。これまでの社交辞令的なそれでなく、本心からの笑顔だった。

 そして答える。

 

「決まっているでしょう。あなたがわたくしを殺せばよい。それさえできたなら、いつでも解放して差し上げますわ」

 

 フライアの、特務隊への入隊が決まった瞬間だった。

 以降、エルヴァンディア軍に所属が移って二年間、フライアは隊長でもあるリ・ラ・テルミヌス大尉の殺害を幾度となく試みている。

 しかし良い結果はいまだ得られていない。

 

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