ビリビリ系元公爵令嬢(たぶん悪役)   作:激辛党

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第五章……仄暗い底
始まりの地へ


「ぶはーっ!」

 

 手にしたワインボトルを、助手席のホルダーへと盛大に叩きつける。しかし本来、紙コップ程度の把握しか想定されていないホルダーに、その役目はあまりに重たく、かちんと跳ね返った。

 

「っぶな!」

 衝撃で割れそうになったボトルを、後部座席に座るアクセルが、激突時に発生した抗力も含めて停止させる。結果、ヒビの一つも生じなかったそれは、車内の空間をゆるゆると不自然極まりない速度で落下した。

 

 ハンドルから手を離したジェパード准将閣下が、それを握って止めた。運転席下部のスペースへ押し込む。

 

「あ、すみません」

 

「すみませんじゃねぇよタコ。なに全部飲んでんの」

 

「いいじゃない別に、もうほとんど残ってなかったんだから。むしろ量的には、あなたの方がよっぽど飲んでる」

 

「そりゃそうだろ。だって任務のお土産だよ? そもそもの話するなら、同行してたあんたが口つける権利無くない?」

 

「あります」

「ないだろ」

「あるったらあるの!」

 

 最後は気合で押し切った。この作戦は功を奏し、口論が面倒になったらしいアクセルは、窓の外へと視線を戻してくれる。

 事なきを得た――とほっと一息吐いたレーダは「申し訳ありません」とあらためて、運転席に座る准将に謝罪した。

 

「うちの隊員が騒がしくして」 「いやあんただろカス」 「上官に向かってカスとは何よ」

 

 再び火花が車内に散り始める。この惨状を憂いたか、准将がやんわりと止めに入った。

 

「まぁ、その辺にしておきたまえ。元気がいいのは結構だが、走行中の車両がクラッシュすると困るからね」

 

「すっすみません、重ね重ね。部下には私からキツく――」 

 

「は?」

 

「そろそろ! 目的地に着くから、降車の準備をしてくれるかい」

 准将がことさらに強い口調で命じたので、二人はそそくさと取り掛かった。

 

 

――――――

 

 

 テルミヌス公爵家、その跡地に向かうに辺り、ジェパード准将はおよそ下士官の一人も引き連れなかった。

 

 行きの車に同乗したのは、レーダとアクセルの二人だけ。後続車両も当然無い。完全に、三人だけの行軍である。

 

「将官ともあろうお方が、いささか不用心ではないですか?」と、レーダが事前に質問したところ、以下のような返答があった。

 

「部隊を同行させるとなると、必ず報告書を作成せねばならない。それが軍隊というものだ。だが、それは君たちの存在の露見をいたずらに早めることになる。無駄なリスクは控えたい。

 だいたい、公爵家跡地はなにも敵地や国境線にあるわけでもないし。それになにより――」

 

 准将はレーダに一瞥をくれると、頬を緩ませた。

 

「君の偵察性能は何と比しても一番だ。加えてアクセル君の砲撃。これ以上の戦力が必要かい?」

 

 これは全く無欠の回答だったので、レーダは大人しく車に乗り込んだ。目指すは市町を二つ越えた先にある、テルミヌス公爵家跡地。

 行きだけでも一時間掛かる道中だというので、何かしら娯楽でも――と探ったところ、大尉が使っていた車の中から、小包にくるまれたワインボトルを発見する。

 

 これ幸いと、喜色満面のアクセルがらっぱ呑みしようとするものだから、上官権限で差し止め、二人で分け合った。

 中身こそアルコールの抜けきった、しかも妙に甘ったるいワインだったが、気分は上々だった。

 なにせ、大尉が自分たちのために買ってくれたのだ。例え、苦い汁だろうが白湯だろうが嬉しいものは嬉しい。

 

 最後の方はなぜだか少し、しょっぱくなったが、それも良いアクセントだったと言える。

 

「なにこれ。ただの廃墟じゃん」

 

 車から降りると、真っ先に駆けて行ったアクセルが、視界に広がる光景を見て、ぽつりと漏らした。

 

 それもそのはず、仮にも公爵家の名が着く地なのだから、それは荘厳な建物があるか思ってみれば、あにはからんや。

 雑草の生い茂る林の最中に見えたのは、かつての栄光など見る影も無い、瓦礫と鉄くずが織り成す山だけだった。

 

 まず正面にあったのは、すっかり蔦に覆われた門構え。高くまで伸びた鉄格子はいずれも真っ赤に錆び、豪邸の入り口というよりは、今や刑務所のそれにしか見えない。

 

 うちに覗く庭も完全に荒廃していて、以前は美しい花々が彩っていただろう花壇は軒並み、不格好に生長した枝葉が占拠している。

中央にあつらえた噴水は枯れ果てて久しく、溜まった雨水が薄緑に淀んだ水面を成していた。

 

 だが、最も悲惨なのはその奥にある、邸宅の本館があったと思しき箇所だ。

 屋根も壁も柱も、何もかもが崩落し、いくつ階層があったのかすら定かでない。吹き曝しとなった内部空間は、風雨の浸食によって削り取られ、さながら爆撃でも喰らったかのような、無様な姿を晒している。

 

 随所に保管されていたはずの調度品は何一つとして残っていない。豪奢な絨毯も、歯車仕掛けの壁掛け時計も、黒檀の机も、東方伝来の陶磁器も。今はただ、埃と塵と黴だけが何も無くなった回廊を代わりに覆いつくしている。

 

「ひっどい……」

 

 気を抜けば上着の中にさえ入ろうとしてくる草木の群れを、慎重に避けながら、レーダは進んだ。先を行く、准将の大きな背中を目印にする。

 どこに何があるかは、探知波で既に判明しているが、重要なのは彼がどこを目指しているか、であるからだ。

 

 雑草の茂った庭をやっと越え、廃墟群の中へといよいよ足を踏み入れる。とはいえ、別に入り口といった明確な境界線はもはや無い。

おそらく玄関があっただろう、向かい合わせにある二本の柱の残骸を通り抜けたのを、レーダはそれと認識した。

 

「これってさ、放置されてたから、自然になったってわけじゃないよね」

 

 かなり早くに到着していたアクセルが、倒壊した天井を見やって、呟いた。

「何というか……徹底的に壊すっていう、人間の意図が感じられるんだけど」

 

「君の言う通りだ」

 准将はその場に落ちていた瓦礫の屑を拾い上げた。レーダも近寄って見てみると、それは錆びた金属塊だった。球体のような、それでいて方形とも言えるような、極めて不可解な形状をしている。

 

「高熱で変形してしまっているんだ。元は……そうだな、玄関ホールという位置からして、たぶんドアノブだったんじゃないか」

 

 准将はどこか名残惜しそうに、ドアノブだった物を地面にそっと置くと、また歩き出した。レーダとアクセルも、すぐに後を追う。

 その歩幅は極めてゆっくり、あたかも過去、隆盛を誇った屋敷の内部を、二人の少女に案内するようだった。

 

麗しき装飾を施されていだろう、庭に面した大窓――今は一片のガラスさえ残っていない、ただの枠型から顔を覗かせ、准将は空を仰いだ。

今日の天気はあいにくの曇り空だった。分厚い黒雲からは、今にも雨粒が落ちてきそうだ。あるいは、そういった天候こそ、この場に相応しいのかもしれないが。

 

「ここで、何があったと思う?」

 

 空を見上げたまま、そう訊いてくる。レーダは一歩進み出ると、はきはきとした口調を心がけて応答した。

 

「敵襲ですか? 名高い公爵家ならば、他国勢力からの攻撃を受けることもあったでしょう」

 

「いいや違う」

 まぁ、この第一答目が外れるのは予想の範疇だ。推論の軌道をやや修正する。

 

「となると、やはり革命の際でしょう。怒れる農民たちの手によって、邸宅は荒らされ、打ち壊された。高価な物品が根こそぎ消え去っているのも、略奪によるものです。

また中には、旧国軍から奪った兵器で武装している者もいたそうですから、爆発の跡にも説明がつきます」

 

「惜しい」

 

 これも誤りとなると、レーダとしては少し窮する。次を答えあぐねたところ、黙りっぱなしだったアクセルが口を挟んできた。

 

「じゃ、もしかして准将がやったんですか? さっきドアノブを拾った時の口ぶりからして、前にも来たことがあるっぽかったし」

 

「アクセル、いい加減あなたは話し方をね……!」

 振り返って、怒鳴り付けようとしたレーダだったが、そこにパチパチと拍手が聞こえた。

 

「正解だよ、アクセル君」

 彼は相変わらず、窓の向こうを見つめたまま、流れるように喋り出した。

 

「公爵家を攻め滅ぼしたのは、他でもない私だ。部隊を指揮し、何百発と砲撃させ、しまいには火を放った。ここに住んでいた者や、仕えていた者たちも皆、一人の例外なく撃ち殺したよ。

付け加えるなら、その時に率いていた兵士たちは全員、貧しく飢えてもいたから、欲しい物があれば許可を待たずに持ち去った。しかし私はそういった行為も見て見ぬふりをした」

 

「理由をお聞きしても?」

 

「君がさっき答えてくれた革命さ。だから惜しいと言った。

 まさか知らないはずはない。今、軍に従事している士官たちはおよそ全て、革命において評すべき功労のある人物だ。

自慢ではないが、私も旧国軍の将軍を幾人か屠っていてね。代わって自ら将の位につきたいと願い出れば、これに賛同する者は多かった」

 

 ぴちょん、と水の滴る音がした。危惧したように、小雨が降り始めていた。やがて辺りは雨音に包まれるも、准将は窓の傍から動こうとしない。

 ならば、同行する自分たちも離れるわけいかないので、二人して大人しく拝聴を続ける。幸い、頭上には天井の名残が僅かにあった。直接、雨だれに打たれることは無い。

 

 逆に、開けた場所に立つ准将は濡れるがままとなっていたが、本人がそこに居座る以上、傘も持たないレーダたちには為す術も無かった。

 

「だが、ね。実際のところ、私は陣頭指揮に立っていただけで、公爵本人を殺害したわけじゃないんだ。ああ、ここで言う公爵とは間違っても君たちの隊長ではない。

 ガルシア・ラ・テルミヌス公のことだ。彼女の実の父親だね」

 

「その名は聞いたことがあります」

 相槌代わりに、レーダは知る限りのことを口にした。

 

「テルミヌス公爵家は歴代、選帝侯としての地位も兼ねる、まさしく貴族の中の貴族でしたが、とりわけガルシア公は図抜けて権勢を振るった人物として、悪い意味で有名です。

 領地の農民に、凄まじい重税を掛け、労役も課し、時には私設した軍隊に徴兵することもあったそうですね」

 

「とんでもない暴君がいたもんね」 不勉強なアクセルが、他人事のように言った。 「そんな奴、倒されて当然よ」

 

「私もそれには同意するが、問題なのは最終的に誰が殺したか、だ。

 とは言うものの、賢い君たちなら薄々察しはついているんじゃないか?」

 

 雨脚が強くなってきた。最初はさぁさぁと草木を揺らすだけだった粒は、今は枝を手折らんばかりに降り注いでいる。

 准将は今やずぶ濡れで、着ている軍服は元の色が分からなくなるほどだったが、レーダはどうしても「陰に入りましょう」の一言が口に出せなかった。

 

 自ら進んで打たれているように見えて仕方が無かったからだ。

 

「大尉だよね」

 よせばいいのに、アクセルが真正面から答えた。

 

「軍人の階級なんて詳しくないけど、大尉って曹長よりずっと偉いんでしょ? そのくらいの手柄がないと」

 

「そうだ。君たちの隊長は、その手で血の繋がった父親を殺した」

 

 父親と生臭い表現を強調されれば、アクセルもようやく、自分がどれほどデリカシーに掛けた発言をしたか悟ったらしい。うす暗い雨中にも分かるほど、顔の血色が悪くなる。

 しかしそれでも喋るのを止めないところが、彼女の彼女らしいところだ。

 

「それだけの覚悟があったんだよ。血が繋がってようが、父親だろうが、自分が止めなきゃって思ったから、大尉は行動に移したの。それってすごいことじゃない?」

 

「同感だよ」

 

 准将はその答えを待っていたかのように、ぐるりと勢いよく振り返った。袖に伝っていた水滴が、さぁっと散らばる。

 

「過ちは正さねばならない。それが自分に近しい者であるなら、なおさら。

 ところで、君たちは隊長の振る舞いをどう思う? 彼女が特務隊として、これまでやってきたことをどう評価する?」

 

「急に何の話?」

 アクセルが敬意も何もかなぐり捨てて、苛立った声を上げた。

「今、関係無いじゃん、そんなこと」

 

「いいや、ある。そのために、わざわざ君たちをここまで連れてきたんだ。どうか答えて欲しい。テルミヌス大尉のやっている――やろうとしていることは果たして正しいか?」

 

「そんなの、正しいに決まっています」

 いきり立つアクセルを押しのけて、レーダは前に進み出た。その拍子に屋根から出たために、途端に大粒の雨が打ち付ける。しかし何ら構わない。

 

「大尉は最期まで、自らの任務を立派に勤め上げました。准将閣下とはいえ、それだけは否定していただきたくありません」

 

「レーダ君。何か勘違いしているようだが、彼女はまだ死んでいない」

 

「はっ?」

 

 アクセルと揃って同時に、素っ頓狂な声が出た。

 

「いやそんなはず……。准将閣下だって、死体を見たとおっしゃったではありませんか」

 

「確かに見たが、それは直ちに大尉がこの世から消え去ったことを意味しない。リバイブ君の能力があれば、蘇生する見込みはかなり高い。ほぼ確実と言っていいほどだ」

 

「だけどあいつ、死人だけではどうやっても生き返らせるのは無理だって……」

 

 アクセルの言葉は尻すぼみに終わる。信じたい気持ちと、信じがたい気持ち。両者のせめぎ合いは、傍目に見ても明らかだった。

 

「死者は復活できずとも、やりようはいくらでもある、ということさ。まぁ……これはいずれ、本人自らが証明してくれるだろうから、説明は省こう。

今、重要なのは大尉がそれほど身を粉にして取り組んでいる任務の正誤についてだ」

 

 准将は降りしきる雨の中をもろともせずに、堂々とした体勢でレーダに問うた。

 

「君はもうとっくに気づいているはずだ。特務隊などといった不安定極まりない立ち位置は、遠からず崩壊する。上の圧力、下の不審、あるいは他国よりの諜報によって、ね。

 パーティキュレータの有する異能は、個人の努力程度では到底隠しおおせるものでない。さりとて何もしないでいれば、それはそれで軍内の立場が怪しくなる。

実際、大尉はよくやっていたよ。実験だの、間諜の特定だのとニッチな任務を方々から請け、ぎりぎりのバランスを五年以上の長きに渡って維持し続けた。これは手放しに褒められるべきことだ」

 

 准将は言葉の中途で、やにわに視線を変えた。玄関ホールのあった箇所、ちょうど先ほどドアノブを置いた地点――その傍の壁に刻まれた、テルミヌスの家紋。両翼を広げた鷹のエンブレムである。

 はっしと、それを睨みつけた。

 

「そういった努力はいったい何を目指しての事か? 決まっている。……復讐だ」

 

 その言葉を告げると同時、彼はつかつかと歩き始めた。エンブレムの刻まれた壁にまで辿り着くと、その場にしゃがみ込み、何やら地面をまさぐり始める。

 

 いったい何をするつもりなのかと、固唾を呑んで見守る少女二人。やがて少しの時間が経った後、准将の手が唐突に地面の内側へと沈み込んだ。

 ――いいやそうではない、土に埋もれて見え辛かったが、そこには石畳の床があった。その一枚を、准将は押し込んだようだった。

 

 その動作に連動して、不思議な現象が起こり始めた。重たい石同士が擦れあう、音とも振動ともつかない響きが周囲にこだまする。

 

 レーダはここでようやく、探査波をもう一度放つ気になった。雨が降っていると、範囲内全ての粒を感知するためにちょっと不快になるので、それまでためらいがあった。

 

 しかし、こうなっては好奇心に負ける。大地すら透過する探査波を広域に伝播させてみたところ、意外な結果が返ってきた。

 

 邸宅の地下には、どうも非常に広大な空間がある。それこそ、何十人もの人間が生活できるような、無数の部屋を兼ね揃えた居住スペースが。

 

「さあ、こっちへ来たまえ」

 

 准将が手招く先には、石畳がスライドして生じた、地下へ繋がると思しき階段が見えた。荒れ果てた地上の邸宅と異なり、その奥に覗いた通路は、ひたすらに純粋な白色に満ちていた。

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