ビリビリ系元公爵令嬢(たぶん悪役)   作:激辛党

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抗えぬ激突

 一歩、二歩。薄暗がりの廊下を進んだ。

 経年劣化の激しい電球は、か細く弱々しい明かりで行先を照らす。

 以前はあれだけ真っ白に見えた空間は、あちこちを淀んだ影が覆った今、全くの別世界に映った。

 

 幼い頃、ここは全てだった。始まりから終わりへ、一から十まで取り揃えてあって、この内側で完結していた。

 だが、ふとした切っ掛けを機に、白の中から飛び出した。そうしてやっと、この世にはずっと多くの色と音が溢れていることを、初めて知覚した。

 

 十年以上の歳月が経った今、あらためて強く思う。ここには何も無かった。

 配合実験場に囲われていた少年と少女たちは、何も与えられず、何も得ることなく、ただ家畜のように増やされ、そして死んだ。

 こうした地獄に、果たしてどれほどの大義があったというのか? いいや、よしんばあったとしても、それは決して認められるべきものでない。

 

「ガルシアぁっ!」

 叫んだ。迸った声は狭く、真っすぐな廊下に反響する。ずっと先まで届いただろう。

 

「いるのならば出てこい、呼びかけに答えろ! 今度こそ、私がこの手で殺してやる」

 

 廊下の奥にある暗闇は何も答えない。ただ沈黙だけを湛えている。無意味と虚しさを悟りながら、それでも続けた。

 

「私が軍に留まり、特務隊を編成したのを、公爵家のためとでも思うたか!? 事実、パーティキュレータの力があれば、脆弱な政権を奪取するのは実に簡単なことだ。それこそ愚かな民衆までもを躾けて、かつての封建体制を復古することさえ叶うだろう。だが……!」

 

 喋っているうちに、我ながら誰に話しかけているのかも分からなくなってきた。もしかするとそれは、十五年前にそこの部屋に監禁されていた一人の少女に対してかもしれなかった。

 

「そんなことっ! そんなことを誰がするものか! 貴様ら、貴族がこの世に栄えることは二度と、決して、絶対に有り得ない。永久に地の底で忘れ去られ、されこうべとなった亡骸を蛇虫に巣くわれるがお似合いの末路だ」

 

「それほど私が憎いか?」

 

 あまりに叫び過ぎて、息を整えていたところ、出し抜けに呼びかけがあった。ぎょっとして顔を上げるも、そこにはやはり誰も、何の姿も見えはしない。声だけが響いている。

 

「恩知らずの女だ。犬畜生でも乳を、餌を与えたもう自らの親には身を低くする。それとも十余年という月日は、私が手ずから叩きこんでやった品位も礼儀も、露と消え去るに足る長さであったか?」

 

 しわがれた、低い男の声だった。壁、天井に跳ね返り鼓膜を揺るがす、その尊大な声色は少女にとっての父さまとしか思えなかった。

 

「死ね!」

 

 ごく短い音節からなる言葉だったが、それすら言い終えるより先に、紫電が闇を切り裂いた。

 常日頃から、袖に隠してある弾丸。そのうち三発に着火、発砲した。

銃身もなければ、銃口もない。正規の手順で発射されなかった弾丸は、通常ならその場で暴発するだけで、まず標的に向かって飛びやしない。

 

普通なら成立するはずのないトリックを、訓練とは名ばかりの虐待の末、立派な暗殺手段に仕立て上げてくれたのは、他でもない父さま――ガルシアだった。

 

果たして三発の銃弾は音速に近い勢いで廊下を突っ切り、声の主がいるべき箇所を同時に貫いた。

 

「いいね」

 

 聞こえてきたのは賞賛だった。悲鳴でも無ければ、命乞いでも、憤激でもない。拍手さえしながら、ぬっと姿を現したのは一人の男の姿だった。

 

「これ以上ないくらい、分かりやすい攻撃だった。君が自ら証明してくれて、手間が大いに省けた。私の陳腐な言葉より、よほどはっきり伝わっただろう」

 

 低い男の声は、中途から急激に音程が高まった。しわがれた老年のそれから、まだ年若い青年のそれに。

 実に聞き覚えのある彼の声は、ジェパード・ブライト准将のものに相違なかった。

 

「大尉」

 続いて、それまで暗かった廊下がにわかに、照明によるまばゆい光に包まれた。白の空間が瞳に蘇ってくる。

何のことは無い、電球をあらかじめいくつか落していただけだったらしい。

 

 新たに生まれた光源が、その下に立つ二人の少女の姿を示した。焦げ茶の短髪と、後ろで二つにまとめた黒い長髪。

 アクセルとレーダ、二名の部下は呆然とした目で、こちらを見ていた。

 

「大尉、ほんとに生きてたん……ですね」

 

「当たり前でしょう」

 取りも直さず肯定する。 

「あの程度で、わたくしが死ぬと思いましたの? 冗談も休み休み言いなさいまし」

 

「もういいよ、その喋り方。どうせ、さっきのが素なんでしょ」

 

 そう揶揄してきたのは、アクセル。レーダの横に立つと、苦笑いのような表情で、もう一度「もういいって」とダメ押しに呟いた。

 

「いいわけがありませんわ。……何のつもりか知りませんが、早急にわたくしの元へ戻りなさい。これは隊長命令ですのよ」

 

「そのことについてだが」

 

 ジェパード准将が完全に元通りになった声で答えた。おそらく、先ほどまでの声色はアクセルによる、周波数の減速を利用したものだったのだろう。

 

「リ・ラ・テルミヌス大尉。現時点をもって、君の士官としての資格と階級をはく奪する。辞令はおって通達するから、神妙に受け取りたまえ」

 

「それ、本気でおっしゃってますの?」

 

「本気も本気さ。降格処分の根拠は、先の電話で十二分に読み上げてやっただろう? したがって、必然的に特務隊隊長としての任からも解かれるので、今しがた君が二人に出した命令は無効だ」

 

「そういうことだから。あたし、もうあんたのとこには戻らない」

 

 アクセルはいつものように、気怠げな口調で言った。

 

「少し思ったのですが、すると今は曹長である私の方が、大尉より――失礼、元大尉よりも立場が上ということでしょうか、閣下」

 

 レーダが追従するようにして、准将に伺いを立てる。当の彼はやれやれといった風に首を横に振った。

 

「君には悪いが、そうはならない。辞令が正式に交付されるまで、役職そのものは大尉のままだ。ただし指揮権の優先度としては、確かにレーダ君の方が高くなる」

 

「そりゃ良かった」

 ぼつりとアクセルが漏らした。 「本人の前でラテ公呼びは、さすがにまずいし」

 

「あなたにも最低限の自制心はあったようで、結構ですこと」

 

 凄まじい勢いで急転する情勢にあって、大尉は可能な限り平静に言った。

 

「准将、これはいったいどういった趣旨の茶番ですの? わたくしを笑い者にするのは一向に構いませんが、この子たちを出汁に使わなくとも良いでしょう」

 

「どういったも何も、見たままだよ。君は単なる一兵卒となり、特務隊の今後は私の預かるところとなる。彼女らの境遇なら、心配無用だ。無能な政治家や、将軍どもに乱用されることの無きよう、私がしっかり監督するとも」

 

「いったい何のゆえあって? それほどわたくしの振る舞いが気に食いませんか」

 

「その質問は私でなく、彼女らにした方が早い」

 

 そう言うなり准将は一歩退いて、アクセルとレーダの両名に譲った。

 大尉の前方に立った少女たちは、どちらから話すか決めあぐねているようで、何度か互いに視線をぶつけ合わせる。

 

 全員無言のまま、少しの時間が過ぎた後、おもむろに正面を向いたアクセルが、口火を切った。

 

「話、聞いたよ」

 

 視線を一瞬だけ横に、鉄格子の嵌まった牢獄を見る。それが何を示したものか、大尉はすぐさま理解した。

 しかし口を挟むことはせず、そのまま先を言わせる。

 

「パーティキュレータが結局なにで、どうやって生まれたか。大尉が……リ・ラ・テルミヌスがどういった人生を歩んできたか。そんで……その、あたしさ」

 

 もごもごと幾度も口ごもった後、やっとのことでアクセルは答えを出した。

 

「やっぱりあんたは間違ってると思う。大尉は復讐なんて、するべきじゃない」

 

「……何を言っていますの?」

 准将もその言葉を口にしていたが、大尉からするとまるで意味が分からない。そんな下らない理由で、動いたことはかつて一度も無い。

 

「とぼけないで! あたしを含めて、四人のパーティキュレータを集めたのは、全部そのためだったんでしょ? これだけいれば、影響を及ぼせるのは国どころじゃない。きっと世界だって滅ぼせる。何もかもを燃やし尽くして、砂漠だけが広がる死の星にすることだって」

 

「だから何を言って――」

 

「じゃあ他に何があるって言うわけ!? ジェパード准将が公爵家を焼き払った時、実験場にいた生き残りたちを逃がしたのは、他でもないあんた自身でしょう? それをわざわざ各地から、因子濃度のとびきり高い奴だけ選りすぐって集めるなんて……。あたしでなくたって、確信犯としか思わない」

 

「そんなことまで喋りましたの」

 少女の傍らで、黙りこくったままの准将を睨みつける。彼は何も答えなかったが、視線は真っ向から受け止めた。

 

「思えば昔から、父さんも母さんもどことなく変だった。言動がよそよそしいというか、いつも一歩距離を置かれてた。そのくせ妙なとこで過干渉で、どこへ行くにも引っ付いてくる。あたし、この背丈になってもお使いの一つも行かせて貰えなかったんだよ。笑えるでしょ。

 それも当然だよね。貰われっ子のうえに、こんなとんでもない出自してるんだから」

 

「ジェパードぉっ!」

 

 そんな痛々しい笑顔を見た途端、さっき到達したばかりの沸点にまた跳んだ。袖から懐から転がり落ちた弾丸が、半ば自動で激発し、計六発からなる射線を描く。

 何の障壁も無い廊下であるから、一秒足らずで男の胸と腹を撃ち抜けるはずが、いずれも途中で停止し、ただの石ころのように床へ落ちた。

確かめるまでもなく、アクセルによる減速停止の為す技だった。

 

「どうしてっ!? どうしてそんなことまで!? 何度も申し上げるよう、わたくしが憎いなら、わたくしを辱め、あるいは殺せば良いではありませんか。なぜこの子たちを巻き込むのです」

 

「見解の相違だな」

 

 准将はあくまで平板な口調で言った。

 

「先に彼女らを巻き込んだのは、君の方だ。

 彼女ら、十五年前にまだ母体の腹にいた者たちは、酸鼻を極める実験の存在さえ知らなかった。そのまま市井の中で生きていれば、自分が養子であることはもちろん、パーティキュレータであることさえ気づかずにいただろう。

 それが現状ではいったいどうだ? あろうことか君は彼女らを軍属にし、少なくない数の人間にその異能を晒した。もう後戻りはできない」

 

「その必要があったのです!」

 

 大尉は絹を裂くような、裏返った声を放った。

 

「わたくしとて、そのままであることが一番とは承知しておりましたわ。ですが、そうできない理由がいくつかあった」

 

「それが復讐なんでしょう?」

 

 それまで黙っていたレーダが、被せるように言った。

 

「分かりやすい答えですね。出生の頃よりもてあそばれ、権力欲のために生き方を矯正され、挙句に次世代のための配合素体として扱われる。これほどの尊厳を踏みにじる扱いを受けて、怒りを覚えない者がいますか?」

 

「ですからわたくしは――」 「あたしは!」

 

 弁明しようとしたところを、今度はアクセルに遮られる。この辺りで、ようやく得心がいった。二人とも、初めからこちらの話を聞く気が無いらしい。

 

「でも、あたしたちは知らなかった。大尉は名家生まれの元、公爵令嬢で、何不自由暮らしてたんだと、つい昨日まで思ってた。

だから、大尉が特務隊を維持するために家財や身体を売っても、仕方ないことなんだって思えた。あたしたちを故郷から無理やり連れ去った代償に、自分の命を人質に掛けたことも、納得できた。

 あんたを加速砲で撃ち殺した瞬間だって、あたしは全く後悔してなかった。ついにやってやった、これでフライアは自由になれるって、本気で喜んでたんだよ。それが――」

 

 席を切ったように捲し立てるアクセル。その彼女の足が、出し抜けに床を滑り出したかと思うと、一つの音も立てずにこちらへ突進してくる。

 加速による高速移動と気づいた時には、もう遅かった。容赦の無い当て身をもろに喰らい、衝撃と激痛のために視界が真っ白に染まる。

 

 ようやく両目の焦点が結んだかと思えば、そこにはアクセルの泣き顔があった。上から押し倒すようにして、覆いかぶさっている体勢のせいで、ぽたぽたと引っ切り無しに雫が落ちてくる。

 

「それが、全部ひっくり返った。どういうこと? なんで大尉ばっかり酷い目に遭わなきゃいけないの。なんであんたもそれを平気で受け入れてるの?

 どっちも間違ってる。世界も、あんたも。だから、あたしたちが代わりにやる。大尉はもう責任も何も負わなくていい。あたしが世界をぶっ壊す」

 

 痩せぎすの身体の少女が、弱々しい声と顔でそう語るのに、外見だけで判断するなら信ぴょう性は欠片も無かった。逆に言えば、それはパーティキュレータの能力を十全に活用して、という事を意図してはばからない言葉だった。

 

 ――まぁ、結局はこうなるか。不慮の事態に備え、色々と手は打っておいた甲斐があったというものだ。にしても、ここまで最悪の状況に陥るとは思わなかったが。

 

「アクセル。その前に一つ言っておきますけれど」

 

 大尉は右腕を持ち上げ、それを真っすぐ構えた。

 

「わたくしがそのような横暴を許すと本気で思っているなら、とんだお笑いですわ」

 

「っ――!」

 荷電粒子が来ると思ったのか、凄まじい速度でアクセルが後ろに退避する。だが、その判断はまだ甘い。

 

 もう一発残っていた弾丸を握りこむ。瞬く雷光、だが今度は着火による発砲ではない。電磁加速による砲撃だ。これなら、通常の銃撃の数十倍の火力が出る。

 

 間もなく、大尉の右手から一筋の白光が生まれる。仰向けの体勢から、上に向かって放たれた電磁砲は、地下の天井を容易く貫通し、地上にすらその衝撃音を轟かせた。

 

「まずっ! 閣下、即座に退避を!」

 

 さすがのレーダが、すぐさま次に来たる展開を予測し、准将の元に駆け寄る。さりとて防ぐ手立てがあるはずもなく――その僅か数秒後。

 

 押し寄せた超重圧の嵐が、地下の天井と壁を崩し、砕いて、宙へと奪い去った。

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