ビリビリ系元公爵令嬢(たぶん悪役)   作:激辛党

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パーティキュレータ戦

「たいいー!」

 

 地下実験場の天井は粉々に破壊された。今も雨降りしきる黒々とした曇天が、頭上にさぁっと現れる。

 つい先ほどまで静謐な廊下だった辺り一面は、一瞬にして破片と水滴の散る泥沼と化した。

 

「助けに来たよ! で、二人はどうなったの!?」

 

 フライアが無邪気に呼びかけてくるが、大尉としてはそれどころではない。可及的速やかにこの窮地を制する必要がある。

 上空でぷかぷかと浮いている少女を見上げ、大声で叫んだ。

 

「早くこちらへ降りてらっしゃい! やむを得ない事情あって、二人と交戦状態に入りました。急ぎ制圧せねば――」

 

 そのうち一人であるアクセルが、こちらへ突っ込んでくるのが見えたので、大尉は即座に荷電粒子の束を放出した。雷撃が周りの水滴を伝い、そこら中をまばゆい光に包み込む。

 

 たまらず、アクセルが撤退するのを横目に確認しつつ、立ち上がった大尉は右腕を挙げた。その意図をすぐさま察したフライアは、廊下のすれすれを飛行するようにして、回収してくれる。

 

「感謝いたしますわ」

 

「お安い御用。で、どうするの?」

 

「その前に、リバイブはどこに?」

 てっきり、フライアと一緒に飛んできたかと思ったが、なぜか彼女の姿が見当たらない。

 

「リバイブなら、こっそり大尉の後をつけて地下に入って、それきり。レーダに訊いたら?」

 

「あんちく……あの子ったらもう! いったん地下へ戻りますわよ。リバイブまで抑えられると、いよいよ打つ手が無くなります」

 

「りょーかい」

 

 宙空から、崩落した地下通路へと降りる。いつの間に、准将含む三人の影は無くなっていた。フライアの急襲に対して、彼らはいったん退くという選択を取ったらしい。

 

 是が非でも隊員全てを復帰させねばならない大尉としては、極めて不利な状況だが、リバイブを探す余裕があるという意味合いでは好都合だ。

 フライアに頼み、地下の入口方面へ向かって飛行させる。幸い天井の崩落は、先ほどまで彼らと会談していた箇所のみに留まっていて、大部分はまだ健在だった。

リバイブはいきなり降ってきた瓦礫に圧し潰されてしまった――といった事は無さそうだ。

 

「どの辺りにいるか、心当たりは?」

 

「うーん……。大尉を警戒して、だいぶ遅れて入ったから、まだ階段近くなんじゃない?」

 

 その言葉を信じ、階段部分から念入りに、目視でリバイブの姿を探し求める。だがどうしたものか、一向に見つからない。

 

「こんな非常時にいったい何を……! フライアもどうして止めなかったんですの」

 

「えーだって気になったし。ちゃんと説明してくれない大尉が悪いんだよ」

 

 そう返されると、反論の余地がない。確かに、デコピンで無理やり黙らせたのは悪手だった。こんなことなら、無茶を承知で連れてきた方がまだマシだっただろうか。

 いいや、あの修羅場にリバイブなど混ぜようものなら、死人の一人や二人が出てもおかしくなかった。判断に間違いは無かったと、必死に自分に言い聞かせる。

 

「あーもうめんどっちい。たぶんこの辺の部屋のどっかに隠れてるんじゃない? 重力で無理やり引き出すよ」

 

 言うが早いが実行に移したフライアによって、廊下の両側面の壁が呆気なく崩壊する。すると、ある一角から血だらけになった少女が這う這うの体で転がり出てきた。

 

「何するのいきなり! 死ぬかとおも――死んだじゃない!」

 

「でも生きてるじゃん」

 

「そりゃそうでしょ、クソジャリガキにおめおめ殺されてたまるかっての。……あら姉さま。お話はもう終わったの?」

 

 顔と言わず手足までもを真っ赤に染めていた少女が、あっという間に全く元通りの健康的な白い肌に戻る様子を見ながら、大尉はため息を吐いた。

 おおかた、地下へ潜り込んだまでは良かったものの、想像以上に地下通路が狭かったため、足音の反響から発覚することを警戒し、身動きが取れなくなっていたのだろう。

 

「ええ、とっくに。尾行もまともにやる気が無かったなら、なおさら地上でじっとしていれば良かったものを」

 

「姉さまのおっしゃる通りね。痛い思いをしただけで、何も良い事は無かったわ。強いて言うなら……そうね」

 

 リバイブは手にしていた書物を、これ見よがしに掲げてみせた。重厚な革表紙で包まれたそれには『配合実験記録』というタイトルがでかでかと刻まれている。

 

「こういうの見つけたくらいかしら。あんまり内容が面白いから、つい夢中になって読んでしまったわ」

 

「え、なにそれなにそれ。私にも読ませて」

 

 さっそく、フライアが奪い取ろうと飛びつくが、リバイブは両腕に抱きかかえるようにして頑なに離さない。

 

「なんでよぅ」とぶうたれるフライアに、

「おこちゃまにはまだ早いから」とけんもほろろに言い放った。

 

「特にこのルだとか、リだとかいう名前の子が登場するところはね」

 

「貸しなさいリバイブ」

 

「えぇ、姉さま殺生な。私、まだ最後まで読み終――」

「貸せ、と言っているのが分からない?」

 

 卑屈な笑みになったリバイブが、震える手で渡してきた本を、大尉は受け取るなり荷電粒子で着火した。

 分厚い装丁の本は周囲の湿気にもかかわらず、派手に燃え上がり、瞬く間に灰燼と帰した。

 

「バカやってないで、とっととアクセルとレーダを押さえに行きますわよ。手をこまねいていれば、それだけ周囲に被害が及びます」

 

 指に散った灰をはたき落しながら、大尉は言った。まだ、がくがくと身体を痙攣させているリバイブを押しのけて、フライアがその前に立つ。

 

「それって二人と喧嘩するってこと? まずいんじゃない? アクセルはまだ何とかできるけど、レーダの方はどうしようもないよ」

 

 レーダの方……とは、すなわち彼女が扱う熱線照射を指しているのだろう。フライアの重力場は、この世の万物の軌道を曲げることができるが、速度の高い物体の移動に際しては、それだけ強いベクトルが求められる。

 

 粒子線を高密度に圧縮し、亜光速で撃ちだすあの攻撃を、重力場で防ぐことは実質的に不可能だ。

 無論、極限まで重力を引き上げれば曲げられなくはないが、それはつまり周囲の人間を纏めて圧し潰すことを意味するからである。

 

 ちなみに、アクセルにしても亜光速まで砲撃を加速することは可能だが、これもやはり周囲一帯の人間を纏めて衝撃波で薙ぎ払うことを意味する。現時点で、そこまでの暴虐を働く覚悟は彼女にはおそらくまだ無いだろう。

 

「遮蔽物を活用しながら、上手くやり過ごすしかありませんわね。探査波は重金属すら透過いたしますが、熱線はそうではありませんし」

 

 隊員の例に漏れず、レーダも過去に何度か大尉を殺しにかかっているが、その時に活用した戦術だ。

 

 圧縮して密度を増した熱線は、ごく小さな探査波と違い、遮蔽物に当たった際、そのエネルギーの大部分を吸われてしまう。結果、遮った物体を激しく熱し、溶解せしめるが、目標そのものの殺傷には至らないのである。

 

 だというのに、なぜか彼女は建物内でしか大尉を襲わなかったため、窓から扉から点々と移動しつつ、隙を見て腕または足を狙撃し、戦闘不能に追い込むのがいつものセオリーだった。

 

「開けた地点で、レーダを相手にするのは愚策ですわ。このまま地下を移動しつつ、どうにか背後に回り込んで昏倒させるのが適切ですわね」

 

「回り込む? それこそレーダ相手にできるの?」

 

 ようやく復帰したリバイブが、根本的かつ致命的な疑問を発した。大尉の表情が固まる。

 

 対象の位置特定、彼我の距離計算はレーダの最も得意とするところだ。どれだけ虚を突き、奇策を用いたところで、万物を透過する粒子線による探査波を使われれば、それだけでオジャンになる。

 加えて、この速度もまた亜光速だ。躱す術は現地球人類には存在しない。

 

「だとしても、やるしかないんですの。フライア、例えば地中を掘り進めることはできまして? 地盤を大きく変えれば、行動不能に追い込めるやもしれません」

 

「地面丸ごと? その規模はちょっとなぁ……かなり高い確率で、この地域にいる人間みんながぺしゃんこになっちゃうよ」

 

「却下ですわね……。リバイブ、あなたからは何か?」

 

 発言を求められたリバイブは、視線をやや上にして、悩まし気な顔をする。

 

「そう急に聞かれてもねぇ……。歴戦のつわものたる姉さまが思いつかなくて、私に案が出せるわけないじゃない。女神だなんだと言われたけど私、結局ただの引きこもりだし」

 

 ただ、そうは言っても何のアイデアも出せないのは悔しかったらしく、うんうんと唸った挙句に、ポツリと口にした。

 

「そもそも、向こうに戦う気って本当にあるわけ? こうしてくっちゃべっているのに、一発も撃ってこないじゃない」

 

 確かに、三人が寄り集まって作戦会議をしているのは廊下のど真ん中であり、良い的であるのは疑いようもなかった。

 せめて熱線は警戒した方がいいということで、取り急ぎ三人共に最寄りの小部屋に移動する。

 壁と扉こそ、先ほどのフライアの重力嵐により崩壊していたが、射線の角度的に、狙いづらくはなるはずだった。

 

 部屋の壁に寄りかかって、一息ついたリバイブが話の先を続ける。

 

「向こうが本気なら、私たちはとっくに天へ召されててもおかしくないわけよ。これは付け入る隙なんじゃないの?」

 

「いや、単に大尉の電撃を怖がっているだけかもしれないよ。アクセルでもあれは防げないわけだし」

 

「射程の差から、それは有り得ませんわね。わたくしは少なくとも、視界に捉える程度には近づかねばなりませんが、レーダはここの敷地を覆うほどですし、アクセルのそれに至っては無限大です」

 

「じゃあやっぱり、平和的解決を望んでいるんじゃないの? 大尉、試しに行ってみたら?」

 

 煽るようにリバイブが言う。そうしたいのはやまやまだが……と大尉は首を振って否定を示した。

 

「交渉は既に決裂していますわ。向こうに話を聞くつもりが一切ありません。准将に、相当うまくやり込められていますわね。たぶん数発殴らないと正気に戻りませんわ」

 

「となると……単に大尉を撃つのをためらってるってだけかな」

 

 フライアが、急に声のトーンを落とした。

 

「あれだけ言い聞かせて、とっておきの理由まであげたのに。情けない女」

 

 その到底聞き過ごせない独り言に、リバイブが眉をひそめる。

 

「あなた、まだ被れる猫を残してたの?」

 

「さあ? リバイブには関係ない話でしょ。

向こうがいまだにそういうスタンスなら、正面突破も一つの手なんじゃ? 大尉が真っ向から飛び込んできたら、防御に徹するよ、きっと」

 

「一理ありますわね。多少の手傷なら、リバイブで無効化できますし……。それでいきましょう」

 

 話にひと段落がついたと見るや、大尉は部下二人を伴って、再び廊下へと舞い戻った。

 

「准将の身を慮れば、あまり時間をかけてはいられません。速やかにあのバカ共を鎮圧いたしますわよ。二人とも、準備はよろしくって?」

 

「おーけー」 「問題無いわ」

 

「ではわたくしの合図で――」

 とまで言ったところで、フライアの浮遊重力が働いた。宙に浮き上がったと思いきや、お次は横に。自由落下と同じ加速力で、長き廊下を川に流されるよう滑っていく。

 

「フライア、あなたね――」 このクレームも最後まで言い終わらなかった。廊下の奥から飛来するは二発の砲撃。狙撃銃と同程度の速度だったそれは、重力場に阻まれ、明後日の方向へ飛んで行った。

 コンクリートに激突する、乾いた音が後ろに聞こえた。

 

「意外とあっさり撃ってきやがったわね。速過ぎて全然見えなかったけど、たぶん命中コースだったんじゃない?」

 

「跳弾の音からして、威力はさほど高くなかったようですわね。よしんば当たったとしても、身体に穴が開くくらいでしょう。問題ありませんわ」

 

 見方によっては呑気な会話をしているうちに、廊下が十字に分かれている箇所にまで辿り着く。右方に曲がれば、天井が崩落した地点に辿り着く。

彼ら三人が、物騒な対談の終わった後、素直に後ろへ退いてそのままだとすれば、そちらの方面に身を潜めている公算が高い。

 

 が、あの血気盛んな連中が指を咥えてじっと待つかと訊かれれば、イエスとは答えづらいのが現状だ。十中八九、裏をかこうと場所を変えているに違いない。

 

「姉さま、砲撃の発射位置から、向こうの居場所が読めたりしないの?」

 

「真っすぐ正面の突き当たりから飛んできたように見えましたが……どうかしら。アクセルは多少離れた地点の粒子も加減速できますから、これを応用して自身の位置を偽装しているやもしれません」

 

「それでも右翼の廊下から、正面側まで効力を及ぼすほどじゃないでしょう。私はこのまま直進すべきと思うわね」

 

 大尉はリバイブの案を取り、十字を曲がらず突っ切った。その直後、今度は四発からなる砲撃が、背後から襲い掛かってくる。

 

「ぐぶっ!」

 

 予想外の射角、さらに増した速度。二つの要因から、それまでの重力場では全てを逸らしきれず、うち一発がフライアの右脇腹を穿った。

 白い通路に、真っ赤な液体がばぁっと飛散する。

 

「戻しなさい!」 「分かってる!」

 

 指示を受けたリバイブが、即座にフライアの損傷を元通りにする。しかし既に脳髄にまで届いてしまった神経痛までは消しきれない。

 激しい痛みに慣れていないフライアは、集中力を失い、結果として重粒子収束を停止した。三人は宙から投げ出され、床にめいめい身体を打ち付けた。

 

 少女二人が無様な悲鳴を上げる隣で、大尉は受け身を取って衝撃を流し、素早く起き上がった。砲撃がフライアに命中したのは決して偶然ではない。まずは移動手段を奪う算段だろう。ならば次に来る展開は読めている。

 

 しきりに腰をさすっているリバイブを担ぎあげると、急ぎ左方にあった部屋へ飛び込んだ。フライアは心配だったが、自力で高速移動の可能な彼女より、再生能力を除けば、一般人以下の筋力しか持ち合わせないリバイブの救助が優先される。

 

「姉さま、爆撃しましょう。もうその方がいいわ」

 

 大尉の右肩に担がれた体勢のまま、リバイブは言った。

 この爆撃の意味するところは、大尉の標準装備である弾丸を千倍ほどに増やし、一気に着火、爆破するリバイブの基本戦術である。

 リバイブの気分によっては万倍に増やすことも可能で、対人攻撃としてはかなりの制圧力を誇り、たいがいの相手はこれで白旗ないしは断末魔を上げる。

 

 だが、残念なことに今回の相手はたいがいの範疇に収まらない。アクセルの減速停止は火薬反応および熱の空気伝導に対しても有効だ。いかなる爆発が生じたとしても、加減速の作用範囲に収まった時点で、全て消火されてしまう。

 

 ――といったことをいちいち説明している余裕は無さそうなので、大尉は一言で答えた。

 

「無駄ですわね」

 

 一方、廊下に一人取り残されたフライアが、呻き声を上げながらもどうにか立ち上がるのが見えた。その彼女に向けて、容赦のない砲撃が加えられる。

 

 アクセルの加速砲撃の厄介な点は多々あるが、発射の予兆がほぼ存在しないのはその最たるものだ。既存の兵器と異なり、火薬を一切伴わない、ある種の自然現象に近しい加速砲撃には、発砲音はもちろんのことマズルフラッシュさえ起こらない。

 

 何発撃たれたか、どこから撃たれたか。その詳細を把握することは極めて困難だ。よって、これら透明の砲撃に晒されたフライアは、かつてないほど凄まじい超重圧でもって対抗した。

 

 ぐらり、とコンクリートという確固たる素材に覆われたはずの空間に、収縮が生まれた。床も壁もたわんでねじれ、あちこちにひび割れが走る。

 

 当然、その影響はほど近い空間にいる大尉とリバイブにも及んだ。激しい斥力により、フライアの立つ廊下と反対側、部屋の壁へと押さえつけられる。

 

「づっ……!」

 

 口から肺の中の空気が――だけでなく、胃液も何もが絞り出されて、迸った。さながら気分は巨人の手に握り締められているようだ。全身の骨も臓器も軋んで絶叫を上げている。

 

「アクセル! もう怒ったんだから!」

 

 そういった被害も知らず、じゃじゃ馬の少女は廊下をかっ飛んでいった。残されたのは、臓器の複数破裂、全身骨折と満身創痍の身となった大尉とリバイブの二人だ。

 今にも昇天しそうな痛みに襲われながらも、大尉は必死に荷電粒子を発し、とっくに意識を失っていたリバイブを叩き起こした。

 

「戻せ!」

 

 血反吐を散らしながら耳元で叫ぶと、やっとリバイブは己が使命を思い出した。あるいは眼球がどちらも破裂しているせいで、自分の置かれた状況が読み取れなかっただけか。

 死体一歩手前の身から、一秒とかけずに二人は健康体に直った。無論、治ったのではない。

 

「あのクソジャリガキ……! どっちの味方よ。姉さま、本気であいつを隊から追い出した方が良いわ。爆弾より毒ガスより厄介よ」

 

「いいえ、あんなのを外にほっぽりだすくらいなら、一緒に地獄に行く方がよほどマシですわ。……まぁそれはさておき、とうとう三対二になってしまいましたわね」

 

「朗報ね。ジャリガキが根暗女と共倒れしてくれれば、後はバカ真面目をさくっと爆殺するだけで済む。晴れて特務隊は姉さまと私の二人きりよ」

 

「そういう妄想は口だけにしておきなさいまし。あれらを放っておいたら、それこそ世界人類がわたくしとあなたの二人だけになってしまいます」

 

 この表現はやや行き過ぎのきらいがあったらしく、「まぁ!」とリバイブが犬猫のようにじゃれついてくるので、首根っこを無理やり押さえつけ、通路へと出た。

 

 つい先ほどまで白一色だったそこは、全くの異世界へと様変わりしていた。天井は落ち、床は捲れ上がり、壁すらほとんど残っていない。低く唸るような地鳴りがあったかと思えば、頭上から拳大の石つぶてが降り注ぐ。

 

 フライアの一撃は、この区画を完膚なきまでに叩きのめしたらしい。ともすれば大規模な崩落に至るまで、待ったなしの危機的な状況に見えた。

 

 大尉はリバイブを引っ掴んだまま、破壊し尽くされた通路を走り出した。狙撃される可能性はいまだ残っているとはいえ、崩落に巻き込まれる方がより危険と判断した。

 唯一の救いと言えたのは、照明がまだ生きていることだった。非常事態に備え、頑丈な造りになっていたのか、視界は十分に明るく保たれている。

 

 十字路が見える辺りまで走ったその時、鋭利な高周波が鼓膜を揺さぶってきた。音というよりは衝撃に近いそれに、思わず大尉は顔をしかめる。

ソニックブーム。アクセルの加速砲が、音速を遥かに上回った時に生じる独特の現象だ。これが高じると余波だけで窓を割ったり、しまいにはコンクリートを溶かしたりする。

 

 確か、最初にフライアを撃った際の弾速は、まだこの爆音を伴っていなかった。

 つまりあちら側も、攻撃の威力を着実にエスカレートさせている。

 

「たいいー!」

 

 正面側、入口階段のある方面から、フライアが重力加速度で落っこちてきた。だが直前で止まってくれるかと思いきや、全く勢いが緩まない。

 慌てた大尉が、両腕を広げて受け止める体勢を取ると、そこへ狙いを済ませて飛び込んでくる。

 骨と骨のぶつかる鈍い音がして、二人は床を揉みくちゃになって転がった。

 

「何をしますの!」

「伏せて!」

 

 怒鳴り合う声がちょうど重なる。それに僅か一瞬遅れて、光の矢が到達した。予測されるフライアの落下軌道をちょうど貫いて――しかし結果的に狙いを外し、あえなく天井に突き刺さる。

 

 そこからたっぷりの秒数を置いて、遅ればせながら音がやってきた。耳とつんざくような甲高い響きとともに、周囲の破片が浮き上がるほどの衝撃波がまき散らされる。

 

「危なかったぁ……今のはさすがに逸らせる速度じゃなかったよ」

 

「ならこっちに飛び込んでこないでよ!」

 

 呆れて言葉も出ない大尉に代わって、リバイブが必死の抗議を上げる。とっさの判断ゆえか、彼女は地面に突っ伏して、両手で頭を抱えた厳戒態勢を取っていた。そのまま起き上がろうともせずに、引き続き口角泡を飛ばす。

 

「どうするつもり、姉さま。このまま撃ち合いを続けさせてたら、命がいくつあっても足りないわ」

 

「重々承知しておりますわ。地下の崩落具合も気になりますし……。どうにかして、アクセルの砲撃を止めさせねばなりませんわね」

 

 そう頷く大尉だったが、今度は彼女が両腕に抱いたままのフライアが反論してくる。

 

「どうにかして、が難しいの。重力落下で接近しようとしても、すぐに察知されて加速で逃げられるし、逆に向こうをこっちに落そうとしても、自身の減速で対応されるし。

 基地で鬼ごっこした時は、こんなに強くなかったはずなのになぁ、アクセル」

 

「十中八九、レーダのせいですわね。あの子が何らかの方法で、あなたの重力操作を事前に察知し、直ちにアクセルへ伝達しているのでしょう」

 

「そんなこと本当にできるわけ? かなりの離れ業に聞こえるけど」

 

 リバイブは訝し気にしているが、できているからこそ、フライアがこうも苦戦している。

 フライアの重力操作は、その前段階として、重粒子の発生と収束が必ず存在する。これによって生まれた不可視の疑似天体による重力場が、フライアの身体ないしは相手を移動させているわけだ。

 

 レーダはこの疑似天体の位置と質量をあらかじめ観測することにより、それが生じ得る重力の範囲と大小を推測しているのだろう。

 そのような技ができるとは、本人の口からは一度も聞いたことがないが、それしか考えられない。

 

 だが……仮にそうだすると、だ。新たな問題が出現する。それもとびきり厄介な。

ここに至るまで、既に十分過ぎるほどかいた冷や汗が、なおも大量に伝い落ちるのを、大尉は肌に感じた。下着はべっとりと張り付いて、実に気持ちが悪い。

 

「リバイブ……。フライアを一度、戻しなさい」

 

 大尉の命令に、リバイブは首を傾げた。それもそのはず、彼女は苦戦こそしているようだったが、あれから目立った怪我は負っていない。

 寸前のところで、砲撃を躱し続けてきたのだろう。というより正確には、あれだけの威力だと、無傷か致命傷の二択しか選ぶ余地が無い。

 

「いいから早くなさいまし」

 大尉の声色は、しかし切迫さの籠った真剣なものだった。

 

「分かったわ」

 取りも直さず、リバイブは言われた通りにフライアの身体を元に戻した。完全な健康体、彼女が本来あるべき肉体に。

 

 そして、その作業を行った瞬間に、大尉が指摘せんとしていることを、リバイブも把握したようだった。

 

「ああ……そういうこと」 彼女は頭上を仰ぎ、やるせなさそうに息を吐いた。

 

「結果は……その顔を見るに、聞くまでもありませんわね」

 

「ま、ね。地下、密室空間ときて、重粒子なんてぶっ飛んだ代物を観測できる量。あげくにフライアの高機動と追いかけっこでしょ? 推して知るべきだったわね」

 

「ねぇちょっと、どういうこと?」

 

 一人、蚊帳の外に置かれたフライアが、不満げに噛みついてくる。その額を指で押して、強引に突き放すと、大尉はさっと立ち上がった。

 

「説明は後ですわ。一刻も早く、レーダを止めねばなりません。こうなってはもう、アクセルは二の次でもよろしい」

 

「それには激しく同意するけど、結局あのジャリガキの砲撃をまずどうにかしないと無理じゃない?」

 

「いえ、そうと決まったわけではなくってよ」

 

 あえて大尉は軽やかに笑ってみせると、まだ伏せったままのリバイブに手を差し伸べた。

 

「足らぬ足らぬは物資が足らぬですわ。大抵の問題ごとは物量が解決いたしますの」

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