来るべき時が来た。
いずれそうなるとは知っていたが、よもやこの状況下で、とは。
他の全員と同様、初めに驚きこそしたものの、事前に心の準備があった分、リバイブが我に返るのは最も早かった。
「フライアっ!」
名を呼ぶと同時、大尉が隠し持っている弾丸を百倍に増幅し、そのフライアの頭上に降らせた。
着火までは間に合わなかったが、金属の重さを活かした、純粋な質量攻撃だ。躱せなければ、頭蓋骨陥没程度では済まない。
「効くか!」
案の定、重力場で一息に吹き飛ばされる。フライアが凄まじい殺気の籠った目で、こちらを見やった。
だが、それでいい。今はとにかく注意を引かねばならない。
「あらあら怖い。まさか私も殺す気?」
冗談めかして言うと、
「当たり前でしょ」とうすら寒い即答が返ってきた。
「リバイブが先に言ったんじゃない。元から私たち、殺すか殺されるかの関係だよ? それにリバイブがいたら、せっかく片づけたレーダがまた蘇るかもしれないし」
「いくら私でも、死んだ人間は直せないって言わなかった? それができるなら、准将だって――」
「それは准将の細胞が複製できなかったから」
フライアはあっさり、事の真相を暴いた。
「逆に、複製さえできるなら死んでようが生きてようが関係無い。私、確かに大尉を――ママを直してとは言ったけど、もう一人作ってなんて言わなかったよ」
ぞわり、と久しぶりにリバイブは全身が総毛立つ感覚を覚えた。
フライアが、幼い見た目ながら冷静で、冷酷な本性を隠しているのは十分知り及んでいるつもりだったが、そこまで見抜かれていたとは。
「リバイブ、今のはどういう意味ですの?」
耳ざとい大尉が、すぐさま会話に入ろうとしてくるが、それには決して答えるわけにはいかない。
「小童が!」
罵声を浴びせ、さらに千倍に増加した弾丸を頭上に出現させる。
「見飽きたよ!」
それらは丸ごと、呆気なく散り散りにされた。周囲へいたずらに金属の雨あられがまき散らされる。
それだけに留まらず、リバイブは自分の身体が、ぐうっと不可視の腕に押される錯覚に囚われた。
しかしそれは気のせいでも何でもなく、僅か一瞬の後、砲弾のような勢いで、その場から後方へと押し出される――落下する。
先ほどまで背中を向けていた空間へと落ちる。極めて不可解かつ、不快な感覚に揉みくちゃにされ、三半規管がぐしゃぐしゃに攪拌される。
もう上かも下かも分からない。肉体的なダメージはすぐさま直せるが、脳神経の異常は専門外だ。
まともな視覚が戻ってきたのは、通路の果てにあった壁に全身を強く打ち付けた後だった。
背中も腕も足も、そこら中がミシミシと軋む。骨も臓器も、無事でないところが一つも無い。確かめずとも、致命傷と分かった。
しかし無意味だ。一秒と掛からずリバイブは蘇生を終える。この程度では殺されない。むしろ、あの小部屋を抜け出せたのは僥倖だった。大尉や准将、アクセルを巻き込む危険性が薄まった。
リバイブが立ったのと同時に、フライアが追いかけて落っこちてきた。こちらとは違い、壁にぶつかる前に急減速を決め、油断なく構える。
「いいの?」
殺意に淀んだその瞳に、リバイブは問うた。
「私を消せば、もう二度と大尉やアクセル、あなただって戻せなくなるわ。今まで何回、死にかけのあなたたちを助けてきたと思ってるの?」
「みんなと同じになるだけ。生物はみんな、いつか死ぬ。それがこの世の摂理なの」
いつも幼女さながらの言動を繰り返している人物の発言とは思えなかった。くりくりとした瞳を見開いて、美しい金髪を宙で四方に泳がせる彼女の姿は、異様の一言に尽きた。
天使、という表現が脳裏を過ぎる。皮肉なものだ。まさかこの自分が、そういった存在に相対することになるとは思いもよらなかった。
「冗談もたいがいにして欲しいわね。より長く生きたいと願うのは、普遍的な欲求よ。それを否定するなんて、あなた何様のつもり?」
「たわごとを抜かしているのはどっちの方? 牛や鶏ならまだ可愛げがあったけど、人間を増やすのはワケが違う。リバイブこそ自然を冒涜してる」
「それが私たち、パーティキュレータでしょうがあっ!」
壁、天井、至る箇所の物質を増幅した。浮かぶ少女を、大質量でもってそのまま圧殺する。いかな重力場を生み出そうとも、押し退ける余白が無ければ物体は動かない。
無論、こんな真似をすればリバイブ本人もコンクリートの下敷きになるが、そんなことは関係無い。あらかじめ備えておきさえすれば、肉体が細切れになろうとも復活できる。
「無駄!」
この必殺の一手に対し、フライアは砂粒よりずっと小さな、極微小な重力特異点でもって対抗した。
疑似天体と違い、もはや視認できるほどの密度の重粒子。おそらく入ってくる光さえも曲げているために、可視状態となっているのだろう。
それはリバイブが増やしたコンクリートを全て、ほんの須臾の間に吸い込み、消し去った。後には何も残らない。
役目を終えると同時に、特異点は夢幻のようにそれ自体も消失した。
そして今、リバイブの前には数秒前と何ら変わることの無い白い通路が広がっている。
「ふっ……ふふ」
まず笑いが出た。なんだこれは。笑うしかない。
博学でないと自覚のあるリバイブでも、今の現象が決して地球上で発生してはならない現象であることは容易に知れた。推測だが、はるか遠き宇宙の世界でだけ、存在の許されるような代物だ。
もしも、あれが少しでも長く、少しでも大きく顕現していたなら……消されたのはこの地下施設でもなく、エルヴァンディアでもなく、地球だったかもしれない。
「ねぇちょっと、なにそれ。あなたおかしいんじゃない? 世界を丸ごと終わらせる気?」
腹を抱えて笑うリバイブに、フライアはしかし冷ややかな目線を返した。
「リバイブに言われたくないなぁ。そっちだって、石ころを増やしてみんな潰そうとしたじゃん。私がいなかったら、ホントに成功してたよ」
痛いところを突かれて、リバイブは押し黙った。あの時はほんの勢いだった。愛してやまない女が死んだと悟って、破れかぶれだった。
「姉さまを殺したあなたが悪いのよ。……どうせ、アクセルを焚きつけたのだってあなたでしょう」
「うん、確かにあれは悪手だった。認めるよ。リバイブが生きている限り、ママの苦しみは終わらない。その前提を理解してなかった」
濁り切った目で、「大尉」ではなく「ママ」という呼び名を繰り返す彼女の姿勢からは、ある意思が透けて見えた。
本当にどうしようもない……。
フライアが
振り返ってみれば、フライアに接する姉さまの態度には、どこかしら違和感というか、気後れがあった。あれは良心の呵責から出ていたものに違いない。
そういった視点に立てばなおさら、フライアの現状は許しがたかった。彼女の蛮行は、姉さまが最も避けたかった未来そのものだ。
「あなたの言い分には同意しかねるわね。私は姉さまに幸せになって欲しいの。だから何度でも直してあげるし、何度だって生き返らせてあげてる」
「生き返りじゃない! リバイブがやったのは複製でしょ!?
アクセルの一撃は、最初のママを本当に殺したんだよ? 今いる二人目のママは、生まれたままの身体じゃない。リバイブが勝手にコピーした模造品。これがどれだけ酷いことか、本気で分からない!?」
「分かってる!」
壁からの反響を聞くまで、その絶叫がリバイブ自身の出したものだと気づかなかった。我ながらそのくらい、常軌を逸した音圧と音程だった。
「分かってるのよ、そんなことくらい初めから! 自分と同じ顔と身体と思考を持った人間が、この世に生まれるのが、どれだけ気持ち悪いかなんて!
でもしょうがないじゃない! 好きなんだから! どんなことをしてでも、生き返って欲しいって思ったの!」
「もういいよ」
それまでの熱が冷めたように、唐突にフライアは平坦な声色で断じた。
「話、通じないや。死んで」
眼前に暗黒が広がった。
死の感覚はリバイブにとって慣れたものだったが、これは避けがたい終焉に思えた。