ビリビリ系元公爵令嬢(たぶん悪役)   作:激辛党

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フライアが故郷の村より拉致されて、二年後――。


一章……旧訓練施設にて
軍人もどきの朝は遅い


 軍人の朝は早い。どの国でも同じだ。

 南国の砂漠でも、極東の島国でも、北方のツンドラでもきっと変わらない。

 

 彼らはいつでもどこだって、厳しい上官と険しい軍規に従い、足並み揃えて毎日を過ごす。

 なかでも起床、および就寝時刻の定めは別格だ。

 およそ軍服を纏う者であれば、起床ラッパを聞いてなお、目覚めぬ者はいない。たとえ彼の階級がどれほど高くても、だ。

 泥や入れ墨などよりよっぽど深く、刻み込まれた修練の日々が、自然とまぶたをこじ開ける。

 

 ただし。

 

「むにゃぁ……」

 

 何事にも例外はある。その一人が今、寮中に響き渡るラッパの音を、寝返り一つで防ぎ切った。

 

 時刻は午前五時半。窓際のカーテンの隙間から、初夏の朝日が薄っすら射している。

軍属としては、ごくごく一般的な起床時間だった。

監視の任に就く者や、出動命令のある者ならば、これよりもっと早いのもザラにある。何なら夜通しも珍しくない。

 戦場で出くわす敵は、休息の時間など待ってはくれないのだ。

 

「ふぁ……あ」

 

 うなじに届く程度の長さで切り揃えられた焦げ茶の髪が、枕元に短く広がった。けたたましいファンファーレがやっと終わってくれたので、これで思う存分、眠りに浸れる。

 

 真白いシーツと暖かな毛布にくるまって、短髪の少女はまた一つ大あくびをした。

彼女の年の頃は十六歳ほど。身体つきこそ痩せぎすで、起伏も薄いが、背丈そのものは女子としては高めだ。

 すらりと伸びる色白の両脚は、ともすれば毛布どころかベッドからも突き出そうなほどに長い。

 

 この部屋――仮眠室には二段ベッドが六つあった。幅広の室内で横向きに三列、それが左翼と右翼で二セット。

 つまり合計十二人の眠る場所が部屋に備わっているのだが、現在使用中であるのはたったの一つだけである。

 

 大胆に言い換えれば、仮眠室は少女の貸し切り状態だった。よって、少女の朝寝坊を妨害できるものは存在しなかった。……今のところは。

 

「ふわぁぁ……もう食べられな」 「起きろーっ!」

 

 起床ラッパの十乗の破壊力を持った怒号が、部屋の静寂と少女の惰眠を貫いた。出入口の扉を蹴って現れるは、こちら輝くような金髪の少女。

 その背丈は低く、体つきも幼い。――ベッドで今、眠りこけている方と比べても三、四年は低く見える。

 

 金髪の彼女はついでとばかりに、自分が今しがた蹴り開けた扉を、あえてもう一度手でぶっ叩く。

 寮の扉は全て頑丈な金属製だ。気持ちの良い高音が鳴ると一緒に、それの実行者はうずくまって自分の右手を抑えた。……思ったより痛かったらしい。

 

「おき、おき……起きろこらぁ!」

 

 ウォークライと同じ原理。再び声を張り上げて、皮膚に走る痛みを誤魔化した。勢いそのままで、窓際のベッドへと走りこむ。

 

 この惨状にあってなお、ぐーすか寝ている焦げ茶髪の少女の胴体部めがけて、ボディプレスを敢行する。

 

「みぎゅっ」 期待に反して、悲鳴は上がらなかった。どちらかというと、断末魔的な呻きが漏れただけだった。

 

「起きた?」 

悶え苦しみを通り越し、今や安らかな顔で目を閉じる焦げ茶髪の少女。

その彼女に、主犯であるところの人物は無邪気に訊いた。「目、覚めた?」

 

「ダメ。死んだ」 焦げ茶髪は青息吐息だ。

 

「マジ!? じゃあ、心肺蘇生法を実行しなきゃ! 肋骨数本はイくって話だけど我慢してね!」 

 

「止めて、もっと死ぬから」 

言い出した時点で、両指は既にキツく結び合わされていた。焦げ茶髪による制止は、だいぶギリギリなタイミングだったと言える。

 

「えーじゃあ電気の方? あれ機材が無駄に重たいし、ここまで持ってくるのイヤ、めんどい」

 

「あのさ、フライア」

 

 ようやく上体を起こす体力の戻った焦げ茶髪は、同じ隊に所属する同僚だったはずの暗殺者に言った。

 

「あんたと知り合ってから、もう二年経つけれど、そろそろ寝込みを襲うの、止めてくれない? 

敵地の真っただ中ってわけでもないのに、どうして私の睡眠には死の危険性が付きまとうわけ?」

 

「違うよ、寝ぼすけさんを起こしに来てるだけだよ」

 

「ごめん、あたし耳と目が悪くなったかも。今なんて?」

 

 焦げ茶髪があからさまに皮肉めいた言い方をすると、その眼前に座る少女――フライアはむっと頬を膨らませた。ついで、白磁のそれに赤みがさす。

 

「アクセルが悪いんじゃない。名前の割にいっつもいっつも、お寝坊ばっかり。兵士さんたちは当然として、修道院のシスターたちだって、もっと早起きだったよ」

 

「仕方ないでしょ、低血圧なんだから。つか、コードネームは私が決めたわけじゃねーし」

 

 完全に開き直った言い訳をすると、焦げ茶髪の少女――アクセルは、しっしっと手を乱雑に振った。

言うまでも無く、いまだ自分の胴体部を不法占拠しているフライアを追い払うためである。

 

「ほら、退いた退いた。そっちこそ、こんなとこで油売ってる場合?」

 

「んー」 不服めいた唸り声交じりに、フライアはぴょんとベッドから飛び降りた。背中を覆うほど長い金糸の髪が、ふわりと揺れる。ちょうど朝日にかざされて、まばゆい燐光を放った。

 

「それもそう……かな。今週、私の番だったもんね」

 

「ええ、おっしゃる通り、フライアの当番。

 安心した、てっきり忘れたもんかと」

 

「まさか!」

 

 くるり、と華麗なターンでフライアが振り返る。またしても金髪が踊り、黄色いラインを宙に描いた。

 

「忘れるわけないじゃない。なにせ、一カ月のうち、たった七日しかない貴重なチャンスよ?

 今月も、しっかり作戦を練ってきたもの」

 

 年相応の無邪気な笑顔をいっぱいに浮かべ、フライアは言った。

 

「今週こそ私が、大尉を殺してみせるね」

 

 

ーーーーーーー

 

「んー、ん、んぐ、んむ」

 

 完璧な四拍子を刻むハミングが、寮の廊下にこだまする。

 とて、とて、とて……弾んだ足取りが、ベースドラムの代わりを務めた。

 

 行く先のあちこちには、土埃の吹き溜まり。窓から入り込んだ落ち葉や、包装の切れ端がそこへ更に重なり、お世辞にも廊下は清潔とは言えない有様だ。

 

 軍事施設と言えば聞こえはいいが、ここの内情は万年人手不足の自転車操業である。

設備の清掃は兵卒の役目と相場が決まっているところ、残念ながら現状のエルヴァンディア軍には、貴重な戦力に床磨きをさせる余裕などありはしない。

 

 年々、きな臭くなる国境沿いの警備に、勢力を盛り返しつつある国内不穏分子の警戒。兵を置くべき場所は際限なく増えていく一方だ。

 

 ひるがえって、一昔どころか二昔も前の時代――封建制時代に建設された、歩兵専用の訓練場など言うに及ばず。

 前線にて、今や主流となった機械化装甲兵として戦う彼らに、この施設の存在意義について問えば、「バカ言うな、とっとと潰しちまえ」と返ってくるに違いなかった。

 

 

「んん、んむ、んふー」

 

 といった種々の事情は露も知らない……もしくは聞いていてなお、素知らぬ振りをしている少女は、しごく上機嫌に鼻歌を繰り返す。

 

 仮に、都市部にある司令基地だったなら、さしもの彼女も大人しく床を見つめて歩いていただろう。

 しかし、小うるさい教官とも、厭に粘っこい視線を向けてくる一兵卒共も、ここでは無縁の存在だ。

 

 清々しい朝の香りを口いっぱいに吸い込み、高らかな歌声に変える。サビ部分のグリッサンド奏法が派手に決まり、いっそう気分が良くなった。

 

「フライア、うっさい……。よくもまぁこの時間からそのテンションでいけるわね」

 

 高揚感に浸るのも束の間、斜め後ろをついてくる同隊の少女が、陰気な声で抗議してくる。

 

「アクセルも歌えばいいじゃない。気持ちいいよ?」

 

「パス」 即答だった。

 

「つまんないのー。せっかく起こしてあげたのに」

 

「せっかく? あなた今、せっかくって言った?

もしかしてそれ、ストレスにより私の血流を速めることにより、覚醒を促そうとしてる?」

 

「うん!」 

 とりあえず、盛大に頷いた

表現が急に小難しくなったため、正確な内容は実のところ、あんまり理解できなかったけれど、アクセルが元気になったのは確かに見えたからだ。

 

「……鼻血出して失血死しろブス……」 

なんだかものすごく不適当かつ物騒な悪口が背後から聞こえた気もするが、追及はあえて控えておく。

 起き抜けのじゃれ合い程度ならともかく、アクセルと取っ組み合いの喧嘩などしようものなら、訓練施設どころか、街がいくつあっても足らなくなる。

 それくらいの自覚は、呑気な少女――フライアにもあった。

 

「で、今回はどんな作戦で行く気よ」

 

 生来の飽き性とニヒリズムゆえか、アクセルの機嫌はものの数秒で元の状態へ復帰した。プラスにこそ上らないが、原点到達まではごく短いのが彼女の気性だ。

 

「――あれだけ、自信満々に言い切ったのなら、少しは勝算があるんでしょうね」

 

 淡々と訊いてくるアクセルに、「そうだなぁ……」と鼻歌をいったん止めて、天井へと視線を上げる。主のいなくなった蜘蛛の巣が、隅のそこかしこに張っていた。

 

「部屋ごと、どーん! は前回やったけどダメだったでしょ? ならいっそ建物ごとばーん! はどうかなって。これ、名案じゃない?」

 

「……できるの?」 懐疑的な反応。

 

「できるよ」 確信を持った返答。

 

「えーと……そ、ね。その場合……」

 

 アクセルは考え込む素振りを見せた後、ぽつりと言った。

 

「私はどうなるわけ? 同じ建物内にいるんですけど?」

 

「あ」 今、気が付きました! と目と口で同時に語るフライア。

「ごめん、アクセルどうするか忘れてた。なんとかならない?」

 

「なるかボケ。ラテ公を殺す勢いでやるんでしょ? 巻き添え喰らったら確実に私も死ぬ」

 

「えー……。せっかくの名案なのに」

「おいこら、またせっかくって言ったかブス」

 

 口がどんどんと悪くなっていくアクセル。傍目から見れば、年少の妹分をイジメている、素行の悪い姉貴分……といった絵面に見えなくも無い。

 が、その実態はもっと猟奇的で、切実なものだ。ここで真面目に反論しなければ、今日がアクセルの命日となってしまう公算はかなり高かった。

 

 ちなみに『ラテ公』とはリ・ラ・テルミヌス大尉のフルネームの、後半部分をやや作為的に切り取ったうえ、悪罵の意を込めた、アクセル謹製の略称である。

 本人の前だろうが臆面もなく口にするが、その大尉からは『お茶の名前みたいで可愛いので許しますわ』とのことだった。

 

「……だってぇ、アクセルのりゅーしか……なんちゃらって自分の移動にも使えるんでしょ? なら大丈夫じゃない?」

 

「粒子加減速、な。

 ま、使えなくもないけど、あたし程度の質量が超音速に達すると、発生する余波も尋常じゃなくなる。結果、至近距離にいる、あんたも死ぬけど問題無い?」

 

「大ありだよ! ダメ、やっぱこの作戦はナシ!」

 

「自分で言いだしといて、自分で取り下げてたんじゃ、世話無いわね」

 

 呆れたように言って、アクセルは「ふわぁーあ」とひときわ大きなあくびを放った。

 

「やっぱ今朝は止めといたら? だいたい、あんたの当番って、毎回無駄に大事になりがちなのよ。やるにしても、あたしと別行動の時にしてくんない?」

 

「えーでも」 さぞ不満げに、フライアはぷくっと両頬を膨らませた。

 

「大尉をヤる時は、絶対に一緒だって言ったの、アクセルじゃない」

 

 アクセルの脚が、ぴたりと止まった。

 

 仕方なく、フライアも歩くのを止め、同僚の少女へ振り返る。

 

「どしたの?」

 

「あたし、そんなこと言ったっけ? ……いつ?」

 

「いつも。今朝だって、怒られるって分かってたけど、そのためにアクセル起こしたんだよ?」

 

「いや……」 反論しようとした言葉は、そこからなぜか続かなかった。

 心当たりは無くは無かった。

確かに、他ならぬアクセル自身が、フライアに……残る二人の同僚であるリバイブにもレーダにも、口にしていた。

 

 なのに、指摘されるまで意識していなかった。その事実に、一番自分が驚いている。

 

よくよく考えてみれば、先のフライアの作戦を改善案には、わざわざ粒子加減速など使わずとも、もっと抜本的かつ簡単なものがある。

 

 アクセルが前もって、訓練施設外に逃れておけばいい。たったそれだけだ。

 

 しかし、それを実行すると極めて軽微なデメリットが発生する。

すなわち、アンチクショウの死に顔を拝めない。

 

「フライア。もっといい作戦、思いついたよ」

 

 困り顔で立ち止まったままの妹分に、アクセルは駆け寄った。その両肩に手を置き、微笑みかける。

 お人形じみた容姿のフライアに、高身長のアクセルが並ぶと、姉妹というより母娘のようだ。ほとんど抱きすくめるような体勢になりながら、アクセルはその内容を小声に教えた。

 

「――ね。分かった?」

 

「うん!」 勢いよく頷くフライア。その反動で金髪が舞う。日差しの乱反射が無数の煌めきを生んだ。

 

 これだけ可愛いから、アクセルとしても安心して「ブス」と連呼できる。




隊員No.1
コードネーム『アクセル』

年齢:だいたい十六歳くらいの見た目
体形:背はけっこう高い。痩せ気味
髪色:こげ茶
性格:おおむね陰気
能力:粒子加減速

『粒子加減速』
視認できる範囲内の物質を自由に加速または減速できる。
減速できる上限はゼロ、つまり停止まで。
加速できる上限は特に無い。
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