ビリビリ系元公爵令嬢(たぶん悪役)   作:激辛党

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全ての発端

 遠い昔、十数年前の在りし日のこと。エルヴァンディア全土をも巻き込む革命戦争、ちょうどその前夜だった。

 

 テルミヌス公爵邸の三階にある父さまの書斎に、公爵令嬢の少女は呼び出された。

時刻は午後七時と夕食時だったので、少女は不思議に思った。

 

 ――何か話したいことがお有りなら、晩餐の際にすれば良いのに。どうしてわざわざ、ご書斎にまで、お申し付けなのかしら?

 

 しかし、そういった疑念を吐露する権利の一切を、自分が持ち合わせないことは身に染みて理解していた。

 少女はドレスの両端を摘み、淑やかな所作で階段を昇る。

書斎の扉の前で、立ち塞がっていた使用人に会釈して退いてもらい、ゆっくりとそこを押し開いた。

 

「父さま、お待たせいたしました。あなたのリラが、ただいま参りましたわ」

 

 鈴を転がすような少女の挨拶を、当の父さまは背中でもって受け止めた。書斎の奥にある窓際に立っていた彼は、じいっとガラスの向こうの景色に見入っている。

 

「父さま、ご用事がお有りでしたら、なんなりとご命令くださいまし」

 

 少女は弁えたもので、出入口の扉から僅か数歩だけ進んだ位置を、決して動かない。近寄って、話を伺うのは父さまの許しを得た後である。

 

 しかし、その時はなかなかやってこなかった。父さまは振り返る様子も見せない。

 確かに少女の挙動はたおやかで、些細な物音さえ立てない静かなものだったが、さりとて呼びかけた声に気づかないはずがない。

 分かっていて、あえて無視されている。

 

無音という圧力が書斎に渦巻く。少女のなかで、ある不安がむくむくと鎌首をもたげた。

 

 ――とうとう、わたくしも不要になったのかしら?

 

 少女に代表される、実験場で生まれた覚醒体には二つの未来しかない。

 一つは子息、令嬢として縁故ある貴族に召し抱えられること。

父さま――テルミヌス公爵が主導するこの実験は、血筋を扱うという性質上、数多の家との交流が避けられない。

 その中でもとりわけ一部の貴族は、血統の提供の見返りとして、優秀な子孫――すなわち覚醒体――を望んだ。

 

 かくして少女を含め、エルヴァンディア国内にある名家には、何人かの覚醒体が点在している。今後、高貴な家の名前を背負う者として、おのおの大切に育てられているはずだ。

 

 だが、それは上手く事が進んだ場合の話である。何事にも失敗はつきもので、なかんずく運要素の強く絡むこの実験では、当事者らにとって、満足な結果の得られないことは多々あった。

 

 常人を遥かに上回る体力と、知力を併せ持つ覚醒体だが、個体間の性能差はやはり大きい。伸びしろが増えた反面、上下の格差がより程度を増したとも言える。

 

 パーティキュレータか、そうでないか。粒子操作能力の有無は、その最たるものだ。

因子濃度の極めて高い覚醒体が顕現させるこの能力は、多くの貴族が欲して止まない、まさしく宝玉のような扱いを受けていた。

 

その後に為されるべきは、極めて合理的な判断だ。より希少で、貴重な宝が手に入れば、元々持っていた劣等物を大事に持っておく意味は無い。

 

つまりこれこそが、二つ目の未来。敗れ劣った落伍者は、速やかに処分される。それが少女ら、覚醒体の生得的な規則だった。

 

「わたくしの……産んだ娘は」

 

 そんな当たり前の事を考えていると、自然と声が滑り出た。普段なら絶対に欠かさない、父さまの許しを得るのも忘れて、少女は独り言のように続ける。

 

「わたくしの娘は、お気に召しましたか? 因子濃度が極めて高いことは、産後の検査でも確認されたと聞きました。間違いなく、わたくしと同じパーティキュレータですわ」

 

「いいや」

 

 腹の底に響くような、重苦しい低音が言った。少女はぶるりと身体を震わせ、恐れ入って一歩退く。

 

「お前とは異なる。同じパーティキュレータがこの世に同時に存在し得ないことは、過去の例から見て、ほぼ確定している」

 

「そっ……」

 

 安堵と困惑が一挙に到来した。最終的に前者が勝った。父さまが、少女の失礼な振る舞いに激怒したのではないかと、心底不安だったから。

 

「そう……ですか」

 

 しかし父さまは相変わらず、窓の外へご執心のままだった。顔すら見せようとしない。

やはり何か失礼があったのではないかと、縮み上がる少女をよそに、彼は再び口を開いた。

 

「ところで、リラよ。私がお前を公爵家に迎えてから、何年が経ったか分かるか?」

 

「五年と三カ月ですわ」

 

 少女はすぐさま答えてみせた。

 

「至らぬわたくしを取り立ててくださり、まことに感謝いたしております」

 もちろん、礼儀を添えるのも忘れない。更なる謝辞を少女が続けようとするのを、父さまは「もうよい」と小うるさそうに遮った。

 

「要はそれだけの長い年月が経った、と言いたいだけだ。

あえて率直に褒めよう。お前はその間、立派に務めを果たした。テルミヌスに恥じぬ教養、知性、そして品格をお前は見事に身に着けた。他でもない、このガルシア・ラ・テルミヌス自らが保証する」

 

「父さま……」

 

 感極まるあまり、少女は先ほどとは別の意味合いで、がくがくと身体を震わせた。もしも、その手が傍にあった柱に届くのが少しでも遅ければ、そのまま床へ崩れ落ちたに違いない。

 

「お前が言いつけを破ることは一度として無かった。礼儀を覚えろと命じれば、陽が上るまで所作を繰り返し、書物を読めと命じれば、三日三晩と図書室に籠った。

 今にして振り返れば、あの教官めにやらせた鍛錬は行き過ぎのきらいがあった。私は確かに、凶手にみすみす殺されぬだけの武力を養えとは命じたが、全身血塗れになれとは言わなんだ」

 

 それまでの頑なさが嘘だったかのように、唐突に父さまは少女の方を振り向いた。そこには穏やかな笑みが浮かんでいた。

 

「何を今更と思うだろうが、私の不慮を許してくれるか。こと学問には多少通じている自負もあったが、ああした武の素養は欠片も持ち合わせてはおらんかった。お前をいたずらに、痛めつけるつもりは無かったのだ」

 

「いえ、いえ!」

 

 少女はとうとう我慢が利かなくなって、敬愛する父さまの元へ、不敬を承知で駆け寄った。

 

「そのようなことは決してございませんわ。父さまのご薫陶を賜ったがため、今のわたくしがあるのです。どうか、どうかお顔を上げてくださいまし」

 

「いや……済まない」

 

 父さまはなおも申し訳なさそうに呟くと、傍に来た少女の頬に手を伸ばした。シャンデリラの光のもと、麗しくも金に輝く横髪に指を添わせる。

 

 少女は薄く目を閉じて、身を委ねた。節くれだって、ごわごわとした父さまの指はしかし暖かい。ぞくぞくと得も言われぬ快感が、足元から頭頂部に至るまで立ち上る。

 

 ひっきょう、少女にとってはこれが全てだった。父さま以外には何も無い。彼がいなければ、こうしてドレスで着飾る事も、コックの作る美食に預かる事も、舞踏会にて男たちに誉めそやされることも無かった。

 

 白い牢獄に這いつくばり、飢えに凍えて、排泄物に塗れて死ぬ。それが少女の本来の運命だった。それを捻じ曲げてくれた方こそが、父さまである。いったいどうして、その彼を恨み、責め立てる言葉が思いつこうか。

 

「リラよ。良く聞け」

 

「はい、父さま」

 

 優しく撫ぜていた手をそっと離して、父さまは言った。

 

「お前を次代のテルミヌス公とする。私の後を継いで、この栄えある選帝侯の地位をいっそう盤石なものとしろ」

 

「はい……。ありがたき……お言葉を……」

 

 返礼の言葉が上手く出てこない。こういった時のために、散々練習してきたというのに肝心の本番で舌がもつれる。

 そういった少女の失態を咎めようともせず、父さまは言った。

 

「ゆえに、貴顕血統を用いた実験はこれで終わりだ。お前という最高の成果を得てなお、私に望むものは無い」

 

「え……?」

 全く意味が分からない。きょとんとする少女を前に、父さまは淡々と続ける。

 

「既に、実験場も閉鎖した。研究者やら、看守たちにも皆、解雇通告を出した。協力者だった貴族連中には、不満を述べる者もいたが、知った事ではない。注文を凝るばかりで、ろくな資金も提供せなんだ奴らを、どうしておもねる必要があろうか」

 

「で、でも……パーティキュレータは依然、未知の部分が多いと、研究者の方々は言っておりましたわ。本当によろしいのですか?」

 

 言い終わった後、少女は自らの言動に愕然とした。父さまに真っ向から反論を行うなど、これが初めての経験だった。

 

「ああ、良い」

 父さまは堂々と宣言した。

 

「そも、パーティキュレータを研究などして、何になる? あれらは人知を超えた存在だ。生まれながらにして、天地の理を外れた神秘を、たかが現代科学で解き明かそうなどと、片腹痛い。このような無謀な挑戦に、民の血税を費やすことは、およそ君主の為すべきところではない」

 

「ですが、以前はあれほどご熱心に……」

 少女とて覚えている。研究者たちによる、新たなパーティキュレータの誕生の報告を受けては、目を輝かせて喜ぶ父さまの姿を。

 その度に、いつ自分が廃棄処分とされるか、恐ろしくてならなかった。

 

「認めよう。あれは誤りだった」

 

「はっ?」 今度こそ、少女は驚きを抑えきれなかった。慌てて口元を両手に抑えるが、出てしまった素っ頓狂な声は取り消せない。

 

 それにもやはり構うことは無く、父さまは喋り続ける。その一方的な様はある種、壇上に立たされた罪人の告解にも似ていた。

 

「私は今まで、無比の力を持つことこそ、貴き者の務めと信じて憚らなかった。パーティキュレータはまさにその体現と思っていた。

 だが……あれは違う。無比の力、程度に収まるものでない。矮小な我ら人間ごときが、扱って良い力では無かったのだ」

 

「父さま、いったい何をおっしゃって――」

 

「研究者は以前、粒子分離のパーティキュレータをして、彼女が大地を真っ二つに割る事を危惧した。当時、私はそれを妄想と笑い飛ばしたが、あれの……イスラフルの生誕を耳にして、考えを改めざるを得なくなった」

 

 イスラフルという名前には、少女も聞き覚えがあった。遡ること二年前、実験場にて出生したパーティキュレータである。自然界では決して有り得ない、蒼髪が特徴的な女児だった。

 

 その女児が有していたのは、あらゆる物体を複製する粒子鏡像体と呼ばれる能力である。これを極めて高く評価したのは、とある異国の大神官で、法外な金銭と広大な土地管理権の譲渡を対価に、彼はイスラフルを買い取った。

 

 少女が伝え聞いたのは、そこまでだ。この後、かの異国でイスラフルが何をしたか、露も知らない。

 しかし父さまにとって、それはまさしく忌避すべき行いであったようだ。髭をたくわえたその精悍な顔つきに、苦悩が満ちる。

 

「たった一年で分かった。あれは魔性だ。人の欲望を再現なく増幅し、堕落させる。あのような化け物が、この世にあって良いはずがない。ましてや人を導く君主などと……とんだ思い違いだった」

 

「化け物、でございますか」

 

 この辺りから、少女は不思議な感覚に囚われ始めた。父さまへの敬愛の念は当然あるが、それはそれとして、なんだかとっても気持ちが悪い。

 全く逆向きのベクトルをした感情が、どうしてだか頭の内で同居している。

 極めて不可解で、それだけに否定しがたかった。有り得ないからこそ、そう思っている自分を確固たるものとして、認識する他なかった。

 

 少女の内面の変容には気づきもせずに、父さまは引き続き述懐する。

 

「君主にあるべきは、より良き治世を敷くに足る知性と、傷病に負けぬ健全な肉体と、人の上に立つに相応しい権威だ。この三つが十分揃っていて、それ以上何を望むというのか。

 私が貴顕血統に求めたのは、権威を裏付けるに足る常人を越えた力であって……今の世界をことごとく破壊するような、ふざけた魔法ではない」

 

「それゆえ、実験を止めると?」

 

 少女の相槌に、父さまは「ああ」と即応した。

 

「これ以上のパーティキュレータは不要だ。あまねく人の住む世において、あれは害悪でしかない。実験場に残っている覚醒体らも、明朝ことごとく廃棄する」

 

 はっきりとした宣言であり、断絶だった。いっそう吐き気が強まるのを自覚しながら、少女は尋ねる。

 

「しかし、イスラフルはまだ生きているのでしょう? 今後どうするおつもりですか?」

 

「おって、王国軍に通達を出す。あれを擁立した神官は、凄まじい勢いで国力を強めているが、まだエルヴァンディアでも太刀打ちできる範疇だ。

可及的速やかに駆逐すれば、世界に与える影響は少なく済ませられるだろう。……先に言っておくが、その際はお前に先陣を切らせるゆえ、そのつもりで準備をしておけ。名を広める良い機会だ」

 

「御意に。……彼女を捕らえたあかつきには、どうなさいます?」

 

「決まっておろう」

 

 父さまは何の呵責も見せず、言い切った。

 

「覚醒体同様に、疾く処分する。一分一秒足りとも、あれを生き長らえさせてはならぬ」

 

 少女の脳裏に、実験場にて一度見たきりの女児の様子が蘇る。まだ自力で立ち上がれず、人語も解さない、ほんの赤子。

あれから二年と少しが経って、覚醒体であるから、外見年齢は六歳頃になっていよう。学習速度もずば抜けて早いため、直接会えば話をすることもできるはず。

 必殺の弾丸を指に構えた少女に、果たしてなんと答えるか。

 

 いや、そんなことを考える必要は無い。イスラフルが仮に何を言おうと、少女が為すべきは変わらない。電磁砲でもって撃ち殺す。父さまが求めたのは、たったそれだけ。

 

 しかし、でも、だが、だけど……。必然的な未来に対して、次々と逆接の語彙が浮かんだ。魔性の化け物を殺戮することが父さまの願いだとすれば、それは最終的に何に結びつく?

 

「父さま……」

 

 静かに訊いた。

 

「では、わたくしの娘はどうなさいますの?」

 

 生まれたばかりの、何も知らない、可愛い天使。

ジェパード・ブライトをかどわかし、無理やり寝所に連れ込んで、その果てに成した。極めて因子濃度の高いパーティキュレータ。

 

 父さまの呼ぶところの、世界を滅ぼす悪魔の一人だ。

 

「お前が手を下すことは無い」

 

 優しい口調で、そう言った。

 

「私がしかるべき者に頼んでおく。何も心配するな」

 

「う」

 

 高価な絨毯の床を両脚が叩く。後方、宙に飛び上がりながら、両手を前に。上から下に振り下ろす。

 

 雷撃、閃光、全ては瞬きの内に。

 

「うああ……」

 

 呻き声が口から零れた時には、もう終わっていた。水分のたっぷり詰まった、重たい肉が倒れる音。鼻腔を微かにくすぐる、肉の焦げる異臭。

 

「はぁっ……はぁ………」

 

 耐え切れなくなって、吐いた。昼間に食べた軽食が、ぴちゃぴちゃと跳ねた。

 

 父さまだった死体は、ぴくぴくと痙攣している。少女は床にうずくまって、引っ切り無しに嘔吐している。

 

「やだよぅ……」

 

 言葉にしてみると案外、簡潔なことだった。

 いやだったんだから、しょうがない。

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