ビリビリ系元公爵令嬢(たぶん悪役)   作:激辛党

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最終話……絶滅

 一か所に留まらないことを第一に考える。

 

 フライアが一瞬だけみせた、あの攻撃。加速砲撃さえも一瞬で融解せしめた、黒い球体だ。

 あれだけは絶対に喰らっちゃいけない。直撃は無論、周囲に近づくことさえダメだ。

通常の重力場なら、まだ脱出の可能性があるが、あれはおそらく巻き込まれた段階で、肉体が瞬時に圧壊する。

 

 アクセルはその一点を念頭に置いて、小部屋から通路側へと飛び出した。

 

「みーつけた」

 

 楽しそうな声に合わせて、宙を舞い踊る金糸の束。上下逆さのフライアが、にっこり笑って指をぱちんと弾く。

 

 前方加速、あえて接近する。

正面から飛び込めば、その笑顔に動揺が走る。後ろで床のめくれ上がる異音。案の定、後方の空間では例の球体が出現していたらしい。

 

突っ込んだ勢いのまま、身体に組み付こうと試みる。密着すれば、威力の高い攻撃をフライアは行えなくなる。それをすれば最後、自身も被害を免れないからだ。

 

「離れて!」

 その危険性はフライアも十分認識しているらしい。途端、逆さ向きになった重力場が、フライアを一息に後退させる。

 

 加速して距離を詰めることもできたが、それは選ばず、むしろ弾丸を袖から滑らせた。

 一発、二発。同時に速射、とりあえず両脚を狙う。

 

「ぎっ!」

 意外にも、フライアはこれに対抗できなかった。無音で発砲された二発の弾は、的確に彼女の足の甲を貫いた。床に真っ赤な血の雨が降る。

 

 通常歩行する人間なら、これだけで戦闘不能に追い込めるほどの大怪我だったが、いかんせん相手は空飛ぶパーティキュレータだ。

怒りに顔を歪め「このぉっ!」、黒い球を同時に複数出現させる。

 

「あああ!」 遍在する球体から逃れるスペースは無いと直感した。どこへ加速しても、影響範囲にぶつかってしまう。

 とっさの判断で、まだ袖に入ったままの弾丸を一発、天井へ射出した。それが着弾し、コンクリートを穿つ手応えを確認するより先に、アクセル自身の身体も突っ込ませる。

 

 激震、痛み、明滅する視界。

 苦し紛れの一射では、完全な退避孔を作るには至らなかった。かといってあまり威力を高めすぎると、地下空間そのものを崩壊させてしまう。

 

 結果、アクセルはその肉体を高速で固い地盤に激突させた。つい先ほど、似た衝撃を受けたばかりの全身が、再度の苦痛に凄まじい痛みでもって、抗議を上げる。

 

 しかしこれは朗報だ。痛覚があるということは、意識がある。ならばまだ生きている。あの球体に吸い込まれていない。

 

 加速落下、通路へ舞い戻る。床に降りて違和感。自分の身体を見て、納得した。

とっさに顔を庇おうとしたためか、右腕が変な方向にねじれ、潰れていた。おそらく衝撃の大半をそこで受け止め切ったのだろう。

 

 ぷしゅぷしゅと、開いた傷口からシャワーのように飛び出る血を、アクセルは減速で止めた。応急処置としては下の下で最悪の場合、壊死を招く酷いやり方だったが、問題無い。あと数十秒でも保てば、十分お釣りがくる。

 

「痛い……痛いなぁ」

 

 一方、フライアの方も酷かった。両脚からの出血は止まらず、彼女の周りを無数の血玉が泳いでいた。纏っている重力場は、血液の落下も防いでいるようだ。

それがいたずらに、彼女の着ている軍服にぶつかり、水玉模様を描いた。

 

「それならやめれば?」

 

 ほんの少しの期待を込めて、アクセルは訊いた。

 

「ママのとこに帰りなよ。別に背中を撃ったりしない」

 

「いや」

 

 ひっひっ……と痛みによるしゃくり上げと、笑いの混じった、奇妙な呻き声を漏らしつつ、フライアは答えた。

 

「パーティキュレータはみんな殺すの。じゃないとママが安心できない」

 

「あんた自身はじゃあどうするつもり」

 

「ひひ……ひ」

 

 フライアはふらふらと、上下左右に視線を揺らした。どこを見ようというよりは、アクセルの視線を避けたい、その一心からくる挙動に思えた。

 

 やがて根負けしたように、床のある下方向へ固定すると、ぼそりと呟いた。

 

「だから、リバイブを先に殺したんだよ。ためらわないように」

 

 再生能力のことを言っているのか――? と思いかけて、すぐ違うと分かった。パーティキュレータとしての話ではない。もっと深い、心情的な……動機的な意味合いでのことだ。

 

「アクセルは……ね。大丈夫だと思う。隊の中では一番、力を制御できてる。上手くやれば誰にもバレずに生きていける」

 

 ぼそぼそと、人に聞かせるつもりのない小声、それも早口でフライアは唱えた。

 

「私もちょっとそれに近い。可能性ならどっちにもあった。だけどどっちかはやらなくちゃいけない。だから私がやるの。ママの娘である私なら、きっと納得してくれる」

 

 打って変わって、大声で「アクセル!」とフライアは継いだ。

 

「私はアクセルを殺すよ、絶対に殺す。何が何でも、手足が千切れようとも、首にかじりついてでも確実に息の根を止める」

 

 フライアの軌道が変わる。血玉と一緒にかっ飛んでくる。直情的な突進を、アクセルは床に伏せてやり過ごした。通り過ぎた背後から、加速砲を撃とうと構えるも、狙うべき相手がそこにいない。

 

 すぐさま首を上に向ければ、そこに狂気的な笑みがあった。通過したと見せて、即座に上へ張り付いたのか。

 

 接近は不利と気づいていながら、このやり口。完全に裏をかかれた。対処しようと砲撃の角度を上へ変えようと試みるが、先に用意していた相手の方が当然、早い。

 

 左手にとても奇妙な感覚が生まれた。先端が何かの生き物に吸い付かれるような、かつてない感触。

 

 ひたと感じた時点で、右方向へと最大限に身体を加速させた。みたび、壁に強打される羽目になるが、構っていられない。

 強烈な眩暈に襲われる視界の中で、左手へ視線を落としてみると、そこには何も無かった。肩口から先がさっぱり消失していた。

 あの球体に接触したせいだろう。痛みはほとんどなく、自重の減った奇妙な違和感の方が強かった。

 

「あーあ。左腕もダメになっちゃったね」

 

 ひひ……と、フライアがまた嘲笑う。

 

「はや、は、はや早くしないとほんとに殺しちゃうよ。全然大丈夫なアクセルを、私、時空の彼方に消し飛ばしちゃうよ」

 

「バーカ」

 

 母娘揃いも揃って、本当にどこまでもどうしようもない。

 これだけ愛おしいから、アクセルとしても、遠慮なくバカにできる。

 

「誰があんたの言う通りにするか」

 

 正面に向かって加速。遮ろうとした球体が道を塞ぐが、知ったことか。それを丸ごと、上へ加速して退けた。

 

「な!?」

 掛け値なしの驚愕がフライアの口から漏れた。

 だが何がそこまで不思議なのか、アクセルの方がむしろ驚く。重粒子の集合体を、自分だけが操れる物質だとでも思っていたのか? 

 

ジェパード准将の執務室で、その収束を減速中和したことをもう忘れたらしい。座標攻撃として、直に差し向けられるのならばともかく、障害物として前もって置かれるならば対処は余裕だ。

 

 おそらく必殺技をあっさり無効化されたために、フライアに明確な隙が生じた。この機を逃すはずも無く、アクセルは彼女の身体を加速度ゼロに――つまり固定した。この状態では、どう重力場を発生させようとも動けない。

 

 最接近する二人の影。ついにその顔を間近に捉えた途端、フライアはふにゃっと表情を緩めた。憑き物が落ちたような、澄み切った笑み。両手を広げて、来るべき一射を待ち望む。

 

「だから!」

 

 怒鳴りながら、もう一つの物体を加速する。通路の奥から走ってきた、女を持ち上げ、ここへと持ってくる。

 

「誰が!」

 

 女は待っていましたと言わんばかりに、アクセルの加速に乗り、惚れ惚れするような体捌きで、身体を床と平行に、右手を前に突き出す姿勢を取った。

 

「あんたの!」

 

 その右手がばちばちと激しいスパーク音を立てる。弾けた電撃が、白い通路を紫に照らした。

 

「言う通りにするかっての!」

 

 その女――リ・ラ・テルミヌスの突進にやっと気づいたフライアは、激しい抵抗を見せた。無茶苦茶な重力場が出現し、傍にいるアクセルの身体を切り刻む。

 

 鮮血が飛び散るが、知ったことじゃない。一度加速したものには、当たり前の物理法則として慣性が働く。たとえアクセルが絶命しようとも、大尉は決して止まらない。

 

「ダメ……!」

 

 爆発的な移動ベクトルを、フライアの重力場は果たして逸らしきることができなかった。突っ込んできた大尉の右手が、フライアの頭部を鷲掴みにする。

 既に臨界寸前まで籠っていた電撃が、一挙に爆発した。

 

 少女の頭蓋を隅々まで荷電粒子は駆け巡る。神経ニューロンの織り成す電気信号をことごとく上塗りし、それの形成する思考、記憶を全て焼き尽くす。

 

 やがて雷光の収まる頃、通常の地球重力に引かれて、三人の身体は床へと落ちた。

 しばらくの間、誰も動かない。

 たっぷり一分以上が経過した後、ようやく最も背の高い女が立ち上がる。

 

 彼女はのっそりとした動きで、周囲を見渡した後、自分と全く同じ金髪をした少女をそうっと抱きしめた。

 

「セリア……ごめんね」

 

 この世から、フライアというパーティキュレータが消滅した瞬間だった。

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