ビリビリ系元公爵令嬢(たぶん悪役)   作:激辛党

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エピローグ……あの日々には戻らない

 その日、黒髪の青年は朝からずっとそわそわしていた。

 コーヒーを何杯飲もうが、顔を洗おうが、気分がどうも落ち着かない。

 

 同じ配達員をやっている先輩にも、

「おうレスターどうした。シャキッとせい、そんなんじゃ路面でタイヤを滑らすぞ」

 と叱られる始末だ。

 

 修道院を出て、はや一年。ようやく得たこの職――自動二輪を脚とした郵便業務を、そんなしょうも無いミスで失いたくなかった。

 

 自分の頬を何度も平手打ちし、活を入れる。

いつものごとく山のように積まれた本日、配達予定の郵便物の仕分けに取り掛かった。

 

 政府公認の国家事業となった郵便は、その手軽さと料金の安さから、いまだ通信手段としてはトップのシェアを誇っている。

 双方向の対話ができる電話も、開発されて久しかったが、こちらは広く膾炙しているとは言い難かった。相手方も、電話機を備えていなければ通信が成立しないところ、一般家庭が持つには回線の設置費用が高過ぎるからだ。

 

 まぁ、もし仮に国中の誰しもが、いつでも気軽に遠くの誰かと話せる時代が来たとしたら、郵便の仕事なんて上がったりだ――などと、愚にもつかないことを片隅に考えながら、レスターは黙々と作業を続ける。

 

 早朝、まだ陽が昇って少しも経たない時間だった。

郵便局の中は、忙しなく行き交う人々でごった返している。多くはこれから配達に向かうもので、いずれもパンパンになった配達鞄を携えていた。

 

 レスターも早く整理を終えねば、今日のノルマに遅れてしまう。街の経路は勝手知ったるものだったが、さりとて人手不足の最近では、隣町や外れの村まで、平気で配送範囲に含めてくる。

 あのクソ偉そうな局長め……と、独り言にならないよう苦心しながら、レスターは心の内でボヤいた。

 

 もしくは大した仕事もしないくせに、税だけはちゃっかりむしり取ってくる政府の怠慢だろうか。

 レスターを孤児の身に落とした、あの革命戦争も今は十二年も昔のことで、人々は民主主義をうたう現政権のやり方に、良くも悪くも慣れつつあった。

 北の大国、東西の敵国、遠い海の向こうの島国。いずことも和平交渉は難航し、むしろひっ迫する財政を補うために、戦争の機運が高まってすらいる。

 

 雑貨屋の店頭に並べられた雑誌で『某国が不当に占拠する、我らが領土を取り戻せ』などと扇動する記事を見た時は、レスターも頭を抱えたものだ。

 強盗の真似事を、国を挙げて実行するなど、世も末以外の評価が出てこない。

 

 いわんや、そのために若く体力のある人を積極的に徴兵していると聞けば、憤懣やるかたなかった。

 そんなに土地が欲しいなら、政府の高官どもが勝手に銃を持ってやればいいのだ。いったいどうして、平和に暮らす市民を血みどろの戦地に送るのか。この理屈がてんで理解できない。

 

 特に――年端もいかない、まだ十五にもならない少女を、力ずくで攫って、兵士にするようなことは。

 決して許されるべきじゃない。

 

「あ……やべ」

 

 三年前のトラウマをいたずらに刺激したためか。郵便物を仕分けていたレスターの手は、力加減を誤って、そのうち一つを裂いてしまっていた。

 

「くそ……謝れば許してもらえっかな」

 

 レスターが台無しにしたのは、茶色の長細い封筒だった。右と左で真っ二つ、綺麗に分かたれてしまっている。どうか中身は無事で――と願うも空しく、中から現れたのは、これまた分割された便箋だった。

 

 大失態だが、やってしまったものはしょうがない。とりあえず糊でくっつけた後、代わりの封筒に入れて体裁だけでも整えるか――と立ち上がりかけて、ふと書かれている内容に目がいった

 

 職業柄、記載の住所から、実際の立地を推測することには慣れている。封筒に几帳面な文字で書かれてあるのは、非常に見覚えのある場所だった。

 

 それはレスターの育った修道院に他ならなかった。

 

―――――

 

 

 

 不調を申し出れば、突然の事にも関わらず、休暇願いはあっさり受理された。

 

「一年間、お前は休みも遅刻も無く、よく働いたからな」

 普段はぶすっとしかめ面ばかりの局長は、ここぞとばかりに柔和な顔を作って言った。

 

「それに、無理を押した挙句に事故で単車をダメにされても敵わん。顔色もすこぶる悪いし、今日はゆっくり休んで来い」

 

 レスターは斜め四十五度まできっちり頭を下げ、郵便局を後にした。外に出てみれば、陽はまだ傾いた早朝のそれだ。

 時刻にして午前六時、体裁としては出勤後の早退だったが、世間一般では全休とほぼ同じ意味合いの、時間的余裕がレスターには与えられた。

 

レスターはその足で、取り急ぎ最寄り喫茶店に向かい、朝食を再度取った。気分が優れないのは空腹のためと考えたのだ。それになんだか、これからの行脚は長丁場になる、そういう確信もあった。腹ごしらえをしておくに越したことは無い。

 

 目的地である修道院まで、郵便局前からはけっこうな距離があった。彼の私物である二輪を全力で走らせても、昼までに着くか怪しかった。

 

 街から出て、郊外の林道をひた走る。前後左右には広大な農地。首都圏はいざ知れず、エルヴァンディアの地方都市はどこもこんな光景ばかりが広がっている。

 貴族を廃した後は、産業の革命だと政府は息巻き、製鋼に今は力を注いでいると聞くが、全くその恩恵は具体化しない。

 これは果たして市民の努力が足らないためか、それとも政府の方針が間違っているためか、はたまたその両方か?

 

 真偽はさておき、一市民に過ぎないレスターは、

「ま、何でもいいや」とたわむれに空を仰いだ。彼が望むところがあるとすれば、誰しもが平穏無事に過ごせる世の中だ。

 農作物を育てようが、鉄を作ろうが、その鉄でもって戦車を作るのも勝手だが、とにもかくにも人死にが出なければそれで良かった。

 

 晴れ渡った青空と、ぽつんと浮かんだ白雲を見つめていると、郵便局内でも過ぎった、あの過去がむやみに蘇る。

 

 地面に這いつくばって胃液を吐くセリアと、それを傲慢にも見下ろす女軍人。

それを脇で眺めていることしかできない、非力な自分。

しまいにセリアは腕を引っ掴まれて連れ去られ――そして二度と帰ってこなかった。

 

「あー……世の中、クソだな」

 今になってもそういう感想しか出てこない。

 院長に無理を言って、半ば家出のように修道院を飛び出したのは、ひとえにセリアとの思い出から逃れたいがためだった。

 毎晩毎晩、夢枕に見て、もう限界だった。いつか自分は自分の首を絞め、そうして殺すのだと本気で思った。

 

 単車を走らせている間だけは、それらを全部忘れて無心になれた。

軍人になって、セリアを追う勇気があるでもなく、さりとて軍事機関に嘆願する知恵があるでもなく、ただ悪夢に苦しむしかなかったレスターにとっては、それが唯一の救われる道だった。

 

つまり逃げた。セリアから。

 

 なのにいったいどうして、盗み見た手紙を元に、貴重な臨時休暇を使ってまで修道院に向かっているのか。

これが全く分からない。世の中と同じくらい。

 

 あの手紙は、院長に宛てたものだった。送り主の名前は『ジェパード・ブライト』。当然ながら、聞き覚えの無い男の名だ。

 

内容はごく簡素だった。

『近々、セリア・ラ・テルミヌスのご容態を伺いにいく』とだけ。

その送り主の伺いに行くとかいう、具体的な日付は記載されていなかったが、そんな事はレスターにとってはどうでもいい。

 

 手紙の内容は前提の条件として、セリア・ラ・テルミヌスなる人物が、既に修道院にいるということを示していた。

 

 ミドルネームをわざわざ使った、そんな高貴な名前を持った人も、これまたレスターの知るところではなかった。

 が、なぜだか全く不思議なことに、彼女と初対面である気は全然しなかった。

 

 

 修道院に着いたのは、予想通りに昼下がりの頃だった。

三月、春の訪れを感じさせる暖かな日差しが辺りに満ちる。修道院に向かう道は、途中から平原へと変わって、辺り一面に青々とした芝が広がった。

 ところどころには赤、黄と鮮やかな花々が咲いている。どこまでも長閑で、うららかな行先。

 

 小鳥がさえずるのに、レスターの駆る単車の排気音が少し重なった。ふと、帰りのガスは足りるかが気になった。

 配達業務用のは、必ず出発時に満タンにするところ、この私物はそうしなかったかもしれない。

 

「ま……大丈夫だろ」

 

 何の根拠も無く、安直にそれで片づけた。視界いっぱいの野原は、そうさせるだけの穏やかさに満ちていた。

 

 何とはなしに、道の横の方へ視線を流したら、その景色の中に誰か動く影があるのを見つけた。

 目を凝らしてみれば、それは二人分の影だった。

長身の女性の立ち姿と……その傍ら、地面にしゃがみ込んでいるらしき少女。

 

 二人とも、お揃いのように淡い水色のワンピースを着ている。更によく見れば、髪の色も全く同じ陽光に輝くような金髪だった。

 少女の方は腰元まで長く伸ばしているが、女性はうなじで短くまとめていた。

 

 名状しがたい焦りに襲われて、レスターは単車を道のど真ん中で止めた。

 心臓がどくどくと、速く脈打っていた。とにかく急がないといけない。

 

 レスターは野原へと走り出し、二人の元へと全速力で駆けた。その道すがら、強烈なデジャヴに襲われた。

 礼拝堂へ至る道、撃ち落された金髪の天使、地面を濡らした黄土色の胃液、甲高い笑い声。もうずいぶんと経ったはずなのに、ついさっきのように感じられて仕方ない。

 

 だから走った。息を切らし、大粒の汗を垂らして、彼は二人の前へとついに辿り着いた。

 

「はぁっはぁっ!」

 

 突然の闖入者に、二人の視線がこちらを向くのが分かった。

 何か答えねばと思ったが、その文面がまるで頭に浮かばない。

 そもそも何をしにここへ来たのか。修道院に行く理由すらおぼつかなかったのに、ましてや二人を前にしては、理由も動機も薄弱に過ぎた。

 

「こんにちは、郵便屋さん」

 

 代わりに、長身の女性の方が先に口を開いた。

 

「わたくしたちに、何か御用かしら? お届け物?」

 

「ああ……いや」

 言われて、初めて思い出した。単車こそ私物だったが、そう言えば制服を着替えていなかった。詰襟の恰好なんて見たら、そりゃあ誰だって配達員だと思う。

 

「ちが、違うん……です。俺は……その」

 

 うまく説明できない。もどかしい。救いを求めて、レスターはつい隣の少女を見た。彼女ならきっと――。そんな予感があった。

 

 地面にうずくまった少女は、レスターの視線を真正面から受け止めた。にっこり笑う。ふきつけた春の風が長髪をくすぐり、巻き上げる。

 

 一気に懐かしさが溢れた。少女はまさしく少女だった。あの日、無慈悲にも連れ去られた、少年の妹にして、初恋相手であるところのセリアに相違なかった。

 

 少なくとも、レスターの目にはそう映った。

 

「セリア……」

 

 レスターはよたよたと、病人のような足取りで少女の元へ向かった。腰を下ろして、顔を覗き込む。

 

「俺だよ、レスターだ。憶えてないのか?」

 

「え?」

 

 少女は小首を傾げた。全く要領を得ない……とでも言いたげな、唖然とした顔で、こちらを見つめる。

 

「だから俺だよ!」

 ひどい恐怖を感じ、レスターは大声で怒鳴った。

「修道院で、一緒に育った! ほら思いだ――」

 言い終える前に、後ろから手で、口を塞がれた。冷たい体温、あの長身の女の白い細腕が、信じられないほどの腕力で、レスターを押さえつけていた。

 

「もし、郵便屋さん」

 

 背後の女は言った。強靭な腕と違って、声色は先ほどの穏やかなものと全く変わらない。

 

「一つ、聞いてくださいます?」

 

 疑問形を取り繕っていたが、拒否権が無いのは明らかだった。がくがくとレスターは頷く。

 

「今のこの子は、あなたの知るセリアではない。ですから、昔に修道院で一緒だったあなたのことなど、欠片も記憶にはございません。ですが――」

 

 女はゆっくりと腕を離した。レスターが荒い息を吐く後ろで、言葉を結んだ。

 

「新しくお会いする、レスター・アランドールさまなら、きっと仲良くなれますわ」

 

 その意味するところはすぐに読み取れた。それだけに不快極まりない。

 

「ふざけるなよ」

 

 レスターは低く押し殺した声で、女にだけ聞こえるように唸った。

 

「あんたは記憶を失うほどのことをやらせたのか? その上、どの面下げて、こいつの傍に立っていやがる」

 

 すると意外にも、女からの返答は無かった。彼女は俯き、ただじっとしている。

 

 ますます腹が立った。黙っていれば、泣いていれば許されると思っているのか? 

 一年間、ために溜まった鬱憤と悪夢の残り香が、レスターの中でとうとう爆発した。

 

 彼は女へ向き直り、その白い首に両手をかけた。抵抗されると思ったが、やはり女は何の動きも見せなかった。

結果、レスターの腕はぐいぐいとそこを締めあげた。「えぐっ」気道を潰された女の、醜い呻きが漏れた。

 

「やめて」

 

 少女の声がした。

 

――こんなところまで、三年前のあの日と変わらない。女に食って掛かるのを、アイツが止める。

 

「やめて……。ママに酷いことしないで」

 

 ママ。

 その代名詞を聞いて、レスターにもようやく全てが理解できた。

だからか。だからこの女は、黙って俺に絞め殺されようとしているのか。

 

 まま。まんま。憶えているとも。修道院に来た当初、あの洟垂れのガキが、呪文のように繰り返していた単語を。

 

「そっか」

 

 ならもう言うべきこともやるべきことも、レスターには無かった。

 女の首から手を離す。

「悪かったな」

心にも無いことを口にして、彼はくるりと踵を返し、元来た道を戻り始めた。

 

 修道院に寄って帰ろう。旅行く者のために、ガソリンくらい常備しているはずだ。懸念がまだあるとすれば、その給油代が足りるかどうかくらいだ。こんなことなら、載せられるだけの配達物を一緒に持ってくれば良かった。

 

「また――」

 

 ずいぶんと行った辺りで、風に乗って呼び声が聞こえた。

 

「また会える? お兄ちゃん」

 

 少し迷ったが、レスターは結局振り返った。

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