ビリビリ系元公爵令嬢(たぶん悪役)   作:激辛党

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かわいそうな戦車

 その巨体は、晴天のもとで黒光りを放っていた。

 

 大地に深く食い込む、無限軌道の履帯。分厚い鋼鉄で覆われた車体。そして前面部から真っすぐに突き出すは、火を噴き破壊をまき散らす砲塔。

 

 ティンゲール弐式。エルヴァンディア陸軍で、ほんの三年前まで正式採用されていた戦車だ。

 過熱する一方の開発競争の中で、今でこそ第一線を退いたが、決してそれは兵器としての欠格を示さない。

 

 機動性、火力、装甲といった各種性能は突出するところはないものの、いずれもバランスよくまとまっている。

 パーツの互換性も高いため、前線における整備、修理も簡便に済む。

 なにより、運転および火器の操作系が極めて分かりやすく、まだ戦車に慣れない者の多かったエルヴァンディアの兵士にとっては、これ以上ない訓練教官であり、頼もしい相棒となった。

 

 総じて、後の開発研究に多大な影響を及ぼした、初期の傑作品との呼び名が高い。

 

 

 

 王宮と貴族による、千年に渡った封建制は、一年足らずの革命戦争で脆くも崩れ去った。

 その背景には、他国との貿易摩擦による経済低迷や、力を増しつつあった北方の帝国の脅威といった、様々があるにはあった。

 しかし結局のところは、特権階級たちの長年の横暴に、農民たちの怒りがとうとう沸点に達した、という一点に尽きる。

 

 生まれながらにして我らは王族、貴族である――。しかして他にさしたる根拠も理由も無く、民が汗水垂らして、時には血を流して稼いだ財貨を、彼らはワイン片手に吸い上げていくのだ。

 むしろ、ここまで我慢に我慢を重ねていた方が不可思議であり、不健全だった。

 

 重税に苦しんだ、とある地域の村民が起こした一揆は燎原の火のごとく、瞬く間に王国全土に伝播した。各地の農民は示し合わせたように、手を取り武器を握り、たんまりと私財を蓄えた商人や、貴族どもの家を打ち壊していく。

 

 これを抑えるべく、今は旧き王国軍が派遣されたが、そもそも兵士も出身は農民だ。銃を持つ手が緩むどころか、かえって反抗勢力に味方する者すら現れる始末。それも一人や二人でなく、師団単位なのだからいよいよ呆れる。

 

 慌てた王と王妃が国外脱出を企てる頃には、民衆の為すべき事はおおよそ終わっていた。宝石やドレスを詰め込んだ、あまりにも鈍い荷馬車を引っ掴まえ、二人をギロチン送りにすることは、たわわに実った麦を収穫するよりどれほど易しいことだったか、あえて言及するまでも無い。

 

 ――と、まぁそういった勢いの元に発足した革命政権だから、現行のエルヴァンディア軍は武断政治の趣が強かった。

 他国との交渉も、内部の統制も、とかく何をするにつけて開口一番、武力で制圧が飛び出てくる。

 前方に発生する諸問題は、おしなべて大砲でもって、ぶち抜くのが最も適切かつ速やかな解法であると、首脳のおおむねほとんどが口を揃える有様である。

 

 それは全く結構なことだが、ならば法と慣習という無形の力で民衆を抑えつけていた王宮と、現在の革命政権はいったい何が違うのか? むしろ実際に血を流す人間が出る分、より狂暴で、無軌道になっただけなのでは?

 

 この二式戦車など、まさに証左だ。破壊と殺人の権化。いかに効率よく街を壊し、人を虐殺するか。ありあまる暴力衝動が、鋼鉄の火車に形を変えて、この世に顕れ出でている。

 なんともはや、空しく、さもしいことだ。それも当人たちに自覚が無いのがいよいよもって救いがたい。

 

 革命を主導した人々は、今をもってなお、自分に理があると本心から信じているのだろう。あるいは信じ込もうとしているだけか。

 

 こういった感傷が浮かぶのは、自分が誉ある貴族――それも序列一位の公爵家の出だからだろうな、とリ・ラ・テルミヌス大尉はたわむれに思う。

 

 そこらの町人にでもこの話題で話しかければ、いいところ唾を吐きかけられ、悪い場合は旧貴族勢力の一派とみなされ通報される。

 呼ばれて出てきた憲兵に捕まったら最後、鉄錆塗れのギロチン送りだ。天国では、親戚一同が文字通り雁首揃えて待っているはずだから、寂しい思いはしないだろうけれど。

 

「大尉? どーしたの?」

 

「……ああ、ごめんくださいまし。少々、考え事をしておりましたの」

 

 かたわらを見れば、フライアが不思議そうに小首を傾げていた。

そのおでこには、医務室でもらった包帯が巻き付けてある。

 荷電粒子により撃ち出され、彼女の額と激突した受話器は、骨まではいかないにせよ、皮膚と肉を多少抉っていて、少なくない出血がみられた。

 

 それを当人は気にも留めず、だらだら血を滴らせながら「たいいー」と駆け寄ってくるのものだから、堪りかねた大尉が手ずから巻いてやった次第である。

 

「痛い?」 そうっと、包帯の端を撫ぜて訊く。

 

「すっごい痛い、死にそう」 にっこり。

 

「笑える余裕があるなら、まだ死にませんわ。基地に帰ったらリバイブに診てもらいなさいませ」

 

「えーやだ。あいつと顔、突き合わせたくない」 

今度はしかめっ面。本当にコロコロ表情の変わる子だ。

 

「わがままを言ってはなりません。傷口からばい菌が入ったら、炎症を起こしますわよ。クソ藪医者どもの手に掛かる前に、きちんと処置しておきなさい」

 

 新体制への移行時のごたごたもあって、国内にいた医師たちは国家による公認資格をみな失った。

 それだけならまだ良かったが、免許の再発行が遅れているのを奇貨として、勝手に医師を名乗って診療の真似事をやり出す不届き者が現れる。

 

 当然、彼らの腕前と知識は、本職に比べるべくもない底辺で、うっかり傷口を見せようものなら、植物の粘液に塗れた不潔極まりない湿布を張られたりする羽目になる。

 地方の農民たちの間では、いまだこういった民間療法が主流であるからだ。

 

「はいはーい」

 

 はい、は一回ですわよ、の叱責を背中に聞き流し、気ままな少女はとてとて走って行ってしまった。

 

 呼び止めようかとしたが、その必要も無いかと考え直した。

これから始めるお披露目会に、フライアが隣席する義務はない。逆に、いない方が好都合ですらある。

 

 訓練施設内のグラウンド、その中心部に設置されたティンゲール弐式を仰ぎ見て、思う。

 

 あの純粋無垢な少女では、これから始まる茶番劇を素知らぬ顔でやり通すなど、天地がひっくり返ろうと不可能だろうから。

 

 

――――――

 

 

 

「大尉。実験準備、できたよ」

 

「そこはせめて、できました、と言ってくださいまし。他の者も聞いているのですよ」

 

 小声での一言は、「ふん」という鼻息だけでいなされた。

グラウンド外周部に仮設されたテントから出て、長身痩躯の少女は、事前に指定されたスペースへすたすた歩いていく。その右肩には、細長い筒状をした鉄器がベルトで掛かっていた。

 

「テルミヌス特務大尉どの。本当に、あの下士官がテスターでよろしいのか?」

 

 一方、視点を戻して仮設テント内。

 

軍服姿の数人が、神妙な面持ちで鉄器を携えた少女と、そのずっと前方にある、国産戦車――ティンゲール弐式の両者を見守っていた。

 

 うち一人、襟元に大きなバッジを備えた中年の軍人が、隣の女性士官――リ・ラ・テルミヌスに話しかける。

 

「今からでも代役はいくらでも用意できる。ちょうど、うちの兵卒に、射撃に長けた者もおってだな」

 

「たいへんありがたい申し出ですが、結構でございますわ。少佐のお手を煩わせるわけには参りませんので。

 なにより、あれはわたくしの部署で開発された兵装。であれば、こちらの隊の者がまず扱うのが道理でございましょう?」

 

「うむ……」

 

 初めから、そこまで強弁に言い立てるつもりは無かったか、視察にやって来た陸軍少佐は矛を収めた。決まりが悪そうに、軍帽の角度を手に弄る。

 

 お気持ちは分からなくもありませんが――。と心の内で付け足した。そりゃあ誰だって、年端も行かない痩せぎすの少女が、あんな物騒な得物を担いでいたら、不安な気持ちにもなる。

 

「ご心配めさるな。テルミヌス大尉はきっとお考えがあって、このような検証手順を考案されているのだろう」

 

 後方から、援護射撃を飛ばしてくれたのは同じく視察に来た佐官の一人。ただし、こちらの男には事前にたっぷりと鼻薬を嗅がせてある。余計なことは口にせず、疑いを持つ者が現れれば、このように場をいさめてくれる寸法だ。

 

「皆さま、これより発射準備に取り掛かります。ご注目のほどを」

 

 さりとて、無駄に時間を取り過ぎては、不信感が再燃しないとも限らない。頃合いを見て、大尉は部下の少女――アクセルへと、視察人たちの視線を集めさせた。

 

 頭上には晴れ渡った青空、まばゆいほどの日差しを浴びながら、アクセルはベルトを解いて、肩から鉄器をいったん下ろした。

よほど重たい物だったのか、訓練所のグラウンドは砂地でありながら、ごとんと腹に響く音がする。

 

 しかし、さして疲弊した様子も無く、アクセルはてきぱきと鉄器の組み立てを始めた。あちこちにあるカバーを次々に開けては閉めて、その繰り返し。

多少、距離のあるこのテントからでは、実際に何を確認しているかまでは判然としないが、始動にあたっての点検を行っているのは見て取れた。

 

「発射まで、少し時間が掛かるようだね」

 

「もちろんですわ。なにせ、相手取るのは歩兵でも遮蔽でもなく、あの戦車装甲ですもの。それを一撃で貫徹するだけの威力を持った兵装です。

扱いを一つ誤れば、撃ち手はもちろん、周囲の味方にまで被害が及ぶのは、ことさら説明する必要もございません。

 ……ちなみにこの味方と言うのは、今この場における、わたくしや皆さん、のことですわね」

 

「大尉、念のため聞いておくが、この実験の安全確保は十分にされているのか?」

 

 この問いかけは、大尉の息が掛かった人物のもの。あまり肩入れした発言ばかりしていると、かえって怪しさを増してしまうため、適度に横やりを入れるように言ってある。

 

 とはいえ、この突っ込みはお芝居に関係の無い、本心からのものだったかもしれないが。

 

「失敬、言葉が過ぎましたわ。その点は重々配慮しております。

 当該部下は、無数の事前実験で兵装に十全に習熟していますし、いくつもの予防措置も講じてありますわ」

 

「なるほど。こちらこそ、やや勘ぐった物言いだったようだ。すまない」

 

「いえいえ、とんでもございません」

 

 フライアがこのテントにいなくて心底良かった――と頭の片隅に考えた。あれで妙に観察眼の鋭いところがあるから、こんな顔を見られると「なんで大尉、笑ってるの?」などと指摘されかねない。

 

 実際のところ、大尉は予防措置なんて高尚なものは、何一つ用意などしていなかった。

 そもそも、アクセルの用いる粒子加減速について、それを外部から干渉、妨害する手段はこの世に一として存在しない。

 

 繰り返すようだが、一切全くだ。おそらく本人すらも一度加減速を始めると、容易には止められない。

 

 自身や隊員を含めて、大尉は複数人の()()()()()()()()()を知っているが、みな同じ性質だった。彼女らの操る粒子は、基本的にその人よりの指令しか受け付けない。

 

「調節も今、終わったようです。もう間もなく発射、でございますわね」

 

 色々と複雑な手順を、事前に決めた通り一分程度で済ませると、アクセルは筒の先端部を、ついに前方へと向けた。

 仮想の照準が合わせられるのは、グラウンドにどっしりと横たわる鋼鉄の巨体。我らがエルヴァンディア軍の誇る旧主力戦車、ティンゲール弐式である。

 

 新兵の教導用に、この施設で長年愛されてきた機体だったが、規定耐用年数を五年も超えれば、うんともすんとも言わなくなるのも無理はない。

 今この時をもって、彼は役目から晴れて解放される。来世は新型戦車の素体にでもなるだろうか? それとも完全に鋳潰されて、寺院の鐘にでもなるのやら。

 

 全ては、アクセルの力加減に掛かっていた。

 

 大尉はこのテスト……もとい茶番劇を取り仕切るにあたって、彼女には極めて単純な指示しか与えていなかった。

 

『それっぽい感じで鉄筒を構えて、適度に加速した銃弾を戦車にぶち当てろ』……。

 あまり込み入った表現を使うと、あの根が大雑把な少女のことだ、目も当てられない大惨事を起こす予感がしてならなかった。

 

 熟慮の末に出てきたのが、『それっぽい』だとか『適度』とかいった、ご家庭向け料理本じみた表現の数々である。

 

「五! 四……!」

 

 拡声器を構え、アクセルにも伝わるようにカウントを行う。結果の分かった実験ではあれども、秒数を読み上げれば、自然と握る手に力が籠った。

 

「一! ……零!」

 

 視界が焼けた。真っ白に染まった。

 お日様よりも、ずっと明るい光の雨が、世界の全てを覆って閉ざす。

 

 音は当然のように置き去りにされた。はじめの輝きがあって、どれほど経ったか。

 無限長に思えるホワイトアウトは、ようやく訪れた轟音と共に終わりを告げる。

 

 さながら眼前で起きた落雷。もはや音というより、衝撃そのものが鼓膜を伝って脳髄を直に攪拌する。

 

 ぐちゃぐちゃに溶けた自意識が、いくばくかの理性を取り戻すきっかけとなったのは、鼻腔に感じた異臭だった。

 

 軍事に携わるものならば、一度は経験したことのある、物質が燃焼する際に発生する匂い。だがおかしい。

グラウンドには、燃えるような物質など何一つ置かれていなかったはずなのに。

 

 何度も目をまたたかせているうちに、次第に視力が戻ってくる。焦げた香りの原因は、なるほどそこらにいくらでもあった。

 

 地面に描かれた黒色の直線。擦過によって発した高熱により、射線上にあった砂が溶けていた。

 

 そのずっと先。黒い線を辿っていけば、完全にスクラップと化した悲しき戦車の残骸が――無い。

 

 何も無かった。射撃の痕跡は延々と続き、敷地の外部にまで続いているようだ。幸い、そちらは草木も生えない荒野だった。でなければ、今頃は手の付けられない大火事になっていたに違いない。

 

 しかし、鋼鉄の戦車の影は見当たらない。まさに跡形も無くなっていた。

 高速での激突によって、いずこへと弾き飛ばされたのか。はたまた摩擦熱がそのまま蒸発させたのか。

 真相は定かではないが、戦車が丸ごと消えたという事実は、依然として動きそうもなかった。

 

「大尉?」

 

 ぽて、と頬に柔らかい感触があった。すぐ横に、誰かがいるようだった。

視覚も聴覚も、どうもまだ本調子でない。ぐらぐら揺れるばかりで、正常なそれとは程遠い。

 

「ねぇ大尉。これで良かった? 思ったより余波が酷かったから、とっさに周りの温度を下げたんだけど……。うまくやれてた?」

 

 ぱちぱち、と更に数回、まぶたを閉じて開ける。ようやく、不安げにこちらを覗き込んでいる少女の顔に焦点が合った。

 

 ぽてぽて、と頬に追加の接触。少女――アクセルが、伸ばした指で突っついていた。

 おかしい、確かにアクセルは部下の内では最も背丈が長いが、それでも自分の方が上だったはず――と不思議がったあたりで、やっと己が倒れているという事実に思い至った。

 いつの間に、平衡感覚すら失っていたようだ。

 

「ねー大尉ってば。次はどうすんの。もう的、無くなっちゃったけど」

 

「おバカ。決まっているでしょう」

 

 色々と言いたいことはあったが、とりあえず。

 

「わたくしを助け起こしなさい」

 

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