作戦会議にフリルドレスで来る奴
翌日の早朝、六時過ぎ。
司令基地の一角にある、小規模会議室では、早くも照明の光が灯っていた。
この時間帯と言えば、一兵卒ならば朝の訓練に勤しみ、士官であっても資料の整理や、部下からの報告処理等、これまた忙しなく働いている頃合いだ。
そういった準備過程をすっ飛ばし、会議室に召集されているということは緊急、あるいはそれに準ずる事態の発生を示している。
指令を受けた隊員たちは、可及的速やかに指定武装の点検を行った後、該当する部署ないし部屋に向かい、上官よりの点呼まで待機せねばならない。
上記のことが、エルヴァンディア陸軍の軍規にきっちりと定めてある。
ゆえに、今まさに会議室内にいる二人の下士官――少女たちは、万全の準備を整えたうえ、直立不動の体勢で上官の到着を待っている――はずなのだが。
「リーバーイーブ! なにその恰好は! ふざけるのもいい加減にしてちょうだい!」
キンキンと耳をつんざくような少女の怒声が、会議室にこだました。
一方、標的となった少女――リバイブは、いかにもわざとらしく自分の両耳を抑えて、面倒そうな表情を作る。
「朝っぱらからうるさいの。そんなに怒鳴らなくたって、聞こえているわ」
「それなら、とっとと着替えてきなさい! 今すぐ! 一秒でも早く! テルミヌス大尉、もういつ来たっておかしくないんだから!」
「だからうるさいって……。はぁ」
部屋の窓に背を預け、寄りかかっていたリバイブは、ため息交じりに振り返り、白色のカーテンを少し開いた。
今日の天気はあいにくの曇り。清々しい青空が見えると期待していたのに、がっかりだった。
いかにも物憂げな雰囲気を漂わせる彼女は、いっこうに動く気配を見せない。
「いや動きなさいよ! 着替えてこいってったのが、聞こえなかったの!?」
もはや反応することさえ億劫になったので、空模様にひたすら意識を集中させる。
見方を変えてみれば、曇天もこれはこれで味わい深い。空を全き包む雲は、どこも同じ色合いに見えて、その実、濃淡の違いが随所にみられる。
真白に近いところ、反対に真っ黒に近いところ……その狭間にある灰色も。一つとして完全同一の部分は無い。それも風の吹くたびに、描く紋様は千変万化に移り行く。
「わざとよね? 明らかに、故意に基づいて私を無視してるわよね!? あったまきた」
つかつかと粗暴な足音が近づいてきたかと思うと、例の甲高い怒声が、あろうことか耳元で生じた。
「リバイブ! こっちを見なさい! なんなのその服は、ヒラヒラちゃらちゃらと……いつ買ったか知らないけれど、それで軍人のつもり?」
頬をリンゴよろしく真っ赤に染め上げているのは、隊員の一人であるレーダであった。
外見年齢は十代中頃といったほどで、身長は平均よりやや低め、体格もこれにほぼ同じ。墨を溶かしたような黒髪をツインテールで結わえ、背中側に垂らす。
絶世の美少女――などといった表現はさすがに過ぎようが、なかなかどうして可愛らしい顔立ちをしている。腹回りが細い割に、出るべきところはしっかりと出ているのも高評価に値しよう。
これで性格がお淑やかなら、リバイブをして満点の評価を与えたに違いない。
しかし残念なことに、天の主は少女に施したもう最後の一ピースを誤った。
見た目だけなら箱に飾っておきたいくらいなのに、いざ口を開けば防音室へ即刻放り込むべき、悪しき人間スピーカーときたものだ。
「……何その目。急にまじまじと見つめてきて。品定めされているみたいで、不愉快なんですけど」
「さぁどうかしら。ま、やっと静かにしてくれて嬉しいっていうのは、少なくとも事実だわ」
「ほんっと、あなた……人を苛つかせる天才ね」
褒められて悪い気はしなかったので、リバイブは穿いているスカートの両端を摘み、うやうやしくお辞儀をした。
今は懐かしき貴族の女性がやるような、カーテシーである。
だが悲しいかな、そういった上流階級のマナーには、とんと疎いレーダにとって、この仕草は解するところでなかったらしい。
「は?」と、あまりにもあんまりな反応があった。
「何それ。……というか、さっきも訊いたけど、いつどこで買ってきたのよ、そのドレススカート。
リボンやらフリルやらが、バカみたいにくっついてるし……安物ってわけでも無いんでしょ?」
レーダの指摘する通り、リバイブが今、着ている上下セットのドレスは、かなりの高級品だった。
十中八九、市販されていないため、正確な値段までは不明だが、普通の衣服の数十倍は下るまい。言うまでも無く、眼前のレーダが着込んでいる正規の軍服よりも、圧倒的に高価である。
「いいでしょう? どうしてもって言うなら、レーダにもあげるわよ。確か、黒の色違いもあったはずだから」
「要るわけないでしょ。何が嬉しくて、あなたとお揃いの恰好をしなきゃなんないの。全裸の方がまだマシね」
「あら下品な。姉さまのお耳に入ったら、きっと叱られるわ?」
言葉尻を捕えて煽ってやると、面白いくらいにレーダは鼻息を荒くした。
「だからその……姉さまって言うのも止めなさいって言ったでしょ! 気色悪い」
「いいじゃない、姉さまは姉さまなんだから。
……そうやって、ムキになって否定するところが尚更あやしい。本当はあなたも、姉さまって呼びたいんじゃ――」
「違う!」
これまでで最も高く、大きな声で否定された。そのすぐ後、一転して囁くような小声で「違うに決まってる」と呟く。
レーダの表情には、隠しきれない懊悩が浮かんで見えた。
「ごめんなさい。ちょっと意地悪だったわね」
非常に稀なことに、リバイブは進んで謝罪を口にした。これ以上からかうと、今から大尉より命じられるだろう任務に影響が出る――そういった判断に及んだためだ。
「ふん、分かればいいのよ」
レーダもそれは承知の上らしく、ぷいと顔を背けると、窓のある反対側の壁までわざわざ移動し、そこに設置された机に着席した。
しん、と一気に会議室は静まり返った。
二人の少女の騒々しい会話が終われば、基地内でも奥まった一角にあるこの部屋は限りなく無音に近くなった。
「どこで買ったか、教えてあげましょうか」
止めた方がいい――とは自分でも思ったが、リバイブは結局それを口にしていた。
胸のむず痒いような、腹の奥底が湧きたつような、そういった衝動に押され、堪えきれなかった。
「どこよ。もったいぶるなっての」
そして同様に、止めた方がいいと本人も思っているだろうに、レーダは案の定訊き返してしまう。
まぁ、そういうところが、姉さま的にはいじらしくて可愛いのかしら――と、片隅に考えた。
「買ってない……わ。ふふ。
これね、姉さまの部屋にあったのだから」
「あなた」 こればっかりは、いくらなんでも聞き流せなかったか、ついさっき座ったはずのレーダが、椅子を蹴り飛ばして立ち上がる。
「盗んだの?」
「軍属で、しかも尉官の癖に、あーんなチャチな鍵一つで防犯対策した気になってる姉さまがいけないの。というより、公爵家ご令嬢時代のドレスを基地に持ち込んでる方かしら?
でも誤解しないで。取ったわけじゃないから。本物はちゃんと残してある」
にんまり、と自分史上でも最大級に、悪く見えるだろう笑みを浮かべて、リバイブはスカートの裾を掴んで掲げてみせた。
「粒子鏡像体。……ね? 実際、綺麗に型取ってあるでしょう? この、糸の解れているとことか、胸元の黒いシミとかも」
――――――
睡眠不足の身体に鞭打って、ベッドと毛布に別れを告げる。
目元の隈と、血色の悪すぎる唇を紅で誤魔化し、リ・ラ・テルミヌス大尉はやっとのことでいつもの軍服に袖を通した。
自らが、部下たちへ通告した集合時間までは、あと一時間程度の猶予がある。
その前に朝食、准将への連絡、および任務開始にあたっての根回しもしておかねばならない。
うかうかしている場合ではないと、普段の三倍増しの速度で、大尉は基地を駆け回った。
よって、自室の奥にあるドレッサーに注意を向けることは全く無かった。
尉官以上の階級にある者には、司令基地に隣接する寮において、より広い個人スペースの貸与が認められる。
中でも、かつての革命戦争において多大な功績を治めたリ・ラ・テルミヌス女性士官については特例的に、軍属では決して有り得ないはずの、それは瀟洒な見た目の衣装棚が、自室に複数、備えられていた。
しかし大尉本人からすると、そういった配慮は全くもって本心から望むところでなく、いわば要らぬお節介の極みだった。
そも、女性だからとか、かつての令嬢だからといって、一度も特別扱いを願い出たことは無かった。……いいや、正確には多少、そういった立場を悪用したことはあったかもしれないが、ともかく豪華な部屋が欲しかったわけではなかった。
とはいえ、厚意でもって与えられた備品を、自分の都合で無下にするのもどうかと思い、それらドレッサーには、どうしても廃棄できなかった何着かの古着を押し込んでいた。
が、所詮は全て過去の遺物。普段の生活で省みることはおろか、年に数度の寮の大掃除を命じられる時でさえ、棚の鍵穴すら回すことはなかった。
そのため。
会議室に入るなり、目に飛び込んできた少女の見覚えの有り過ぎる装いには、あわや卒倒しかかった。
「リバイブ!? あなたそれ……何をやっていますの!?」
「あら? 姉さま、まさか憶えていないの? ご自分のドレスなのに?」
リバイブは真っ白な前歯をにぃっと覗かせて、のたまった。
全く悪びれないその様子に、二の句の継げなくなる大尉。
部屋のちょうど反対側、窓のすぐ傍の席に座っていたレーダが、堪りかねたように口を挟んだ。
「テルミヌス大尉。今からでも遅くありませんから、早いとこ、この女を除隊することをお勧めしますよ。やってることが軍規違反というか……国の刑法に照らしても、完全に違法です」
「それは言い過ぎじゃない? 何度も言うけどこれ、あくまで私の作った鏡像体だから」
「それ以前の問題! 大尉の自室に、不法侵入したでしょ!」
いきり立ったレーダが、前にする机を両手で叩く。
だん! と、樹脂製のそれは太鼓並みにご機嫌な大音量を発した。
さしものリバイブもこれには気圧されたらしく、押し黙った。
ここでようやく呆然自失から復帰した大尉が、短く咳払いをして、話の主導権を自らへ戻した。
「二人とも、いったん落ち着きなさいませ。この件はいったん、わたくしが預かりますので、以降はレーダもリバイブも蒸し返さないように」
「えぇ……? でもさすがに」
「でももスモモもありませんわ。私が良いと言ったら良いのです。つまり、特務隊隊長としての命令です。……分かりましたわね?」
「はい……」
不承不承ではあったが、命令の一言を盾にされては、生真面目なレーダとしては反論の余地が無くなる。彼女は糸が切れたように、すとんと着席した。
「ざまぁないわねぇ」
ぼそり、とそこに余計な感想をリバイブが付け足す。せっかく収まりかけた場が、またぞろ荒れる――前に、大尉が先手を打った。
より正確に表現するなら、大尉の右手が稲光を放った。天井の照明よりも、ずっと眩しい白色。遅れて、ぢっ……という独特の炸裂音が鳴る。
須臾のフラッシュアウトが終わってみれば、そこには何の変化も変哲もない、会議室の風景がある。……ただし一点、リバイブの座る机に、焦げた黒点が一つ生まれていること以外は。
表情も動きも固まるリバイブ。いったい何が起きたか――何をされたのかすらおそらく分かっていない。
それも当然だ。あくまで彼女は再生と増幅を司るパーティキュレータであって、動体視力とも反射神経とも縁が無い。大本の身体は、単に十代後半の少女でしかないからだ。
大尉が右手にコインを一枚握るところは、辛うじで捉えたかもしれないが、それが電磁加速によって射出される瞬間などは、強烈な発光としか見えなかっただろう。
結果として、誰にも被害は与えなかったが……。今の一撃、リバイブの頭ないし心臓を狙っていれば、彼女は為すすべなく即死した。
鉄板すら貫く電磁砲の前では、いかなる防御も、復活措置も無駄である。
例えば、リバイブは粒子鏡像体により、重傷を被ったとしても、即時に全快できる。だがそれは怪我の程度が『命に係わる』で済んでいるからこそ可能な芸当だ。
心臓ごと胸に大穴を開けられでもすれば、リバイブといえども蘇生は叶わない。そういう意味合いで、正しく彼女を殺せる機会があった。
「次は、当てますわよ。リバイブ」
静かな声で大尉は言った。それは言外に、殺害予告をしているのと同義だった。
「っく」
にもかかわらず、リバイブは――。
「くふ」
心から蕩けるような顔をしていた。一連のやり取りは、全てこのためにあったのだと――そう断ずるに相応しい、とても気持ちの良さそうな笑い声だった。
もう一本、左手のうちに握りこんだままのコインの感触を意識し、大尉は自問する。
まだ純粋なフライアや、分かりやすい性格のアクセルと違って、この子はひたすらに致命的だ。
言動も、内面も、火薬がぎちぎちに詰まった樽のよう。僅かでも扱いを誤れば、周囲もろとも跡形も無く消え去りそうな、そんな少女。
しかし、そんな彼女を特務隊に引き込み、我がものとしたのは、他でもない自分自身だ。
よって全ての義務も責任も、自分にある。その時が来たら、迷ってはいけない。コインを強く握りしめる。
やがて時間の経過を知らせるラッパが鳴って、会議室の三人は何事も無かったように、次の任務についての打ち合わせを始める。
その頃にはもう、コインは一片の不可思議な金属塊と化していた
隊員No.3
コードネーム『リバイブ』
年齢:十八歳程度に見える
体形:身長は低めだが、少々横に広い(と言ったら本人が不機嫌になる。)
髪色:蒼
性格:地雷系
能力:粒子鏡像体
『粒子鏡像体』
ある物質を対象として、それと完全に同一な鏡像体を創り出す。(鏡とはついているが、別に左右反転にはならない。)
応用技術として、損傷した肉体や、病にかかった部位を取り換えて、生物を治療することもできる。
鏡像体の生成個数に、上限は特に無い。